四話-1 注目の的
あちこちに残っていたという妖怪の残党も処理をしたことで一般市民の人たちに向けられた戒厳令も解かれ、仕事のあるの人たちは足早に、そうでない人たちもそれぞれの生活に戻っていった。
最後の最後まで遠隔支援の待機をしていた僕たちも全ての用を終えたということで帰宅する流れになり、全力で戦い続けたことでの多大なる疲労感と大きな事を成し遂げた達成感を胸に協会が用意した車に乗車していった。
心配はしていたけど行きと違って帰り道は襲われることもなく、途中で景文さんと冬香を土御門家に下ろした。
景文さんとは話したいことがあったけど、それはひとまず置いておくことに。戦いが終わってからでも僕たちにはやるべきことが沢山あり、それが終わってからじゃないと満足に話し合うことも出来ないから。
それから残る千郷を芹井家に帰したことで少し寂しくなった道中を、行きよりも多い護送車に囲われながら僕たちの家に帰宅した。
家に帰ってからの一日目は少し埃の積もった家の中を掃除して回ったり、建物の周りを改めて浄化して回ったりとゆっくりとした時間を過ごしながら過ごしていった。庭先を掃除しているとあちこちから菓子折りを持った人がやってきて対応に追われた時は日常が帰ってきたと実感したものだ。
そんなことを続けていたとある日、用があると呼ばれて行くと何やら重々しい雰囲気の咲夜が机の上にある何かを睨んでいた。
パッとみる限りではそれは手紙のようだ。その量が尋常ではないというだけで。
机に乗せた後に手を付けた痕跡がないのを見るに僕を待っていたらしい。
「これは何なの?」
「お見合いの手紙よ。ざっと二百通くらいかしら」
「二百!」
僕の驚いた声と一緒に机の上に置かれた箱から一通の手紙が落ちて床を滑っていく。
大門先輩が拾ってくれているけど、手伝う精神的余裕がなかった。
一体全体どうしてこうなってしまったのだろうと意識が遠くなるような錯覚すらしてきた。
「特級認定の話も出ている年頃の女の子に明確な婚約者がいなかったらこうもなるでしょう。見たところ一定の家格以上の家からしか届いていないみたいだからどこかで間引かれているのかもしれないわね」
「一定の価格?」
「値段の方じゃなく家の格って意味よ」
「……現実逃避くらいさせてよ」
「意味のないことしてないで貴方も選別を手伝いなさい」
「……いや、全部お断りってことで処分しちゃっていいよ」
どうせ受けないものの為に、それも二百通もの手紙に掛ける時間はない。
段々と霊具製作の依頼が舞い込んできているせいで最近は忙しさが増してきているのだから。
その中にはこの手紙の送り主たちも含まれているのだから送る時期くらい考えて欲しいものだけど。
だから何気なく言った全てお断りという言葉に、咲夜は軽く頷いた。
「そうね。じゃあそうしましょう。千洋さん、処分をお願い」
「畏まりました。裁断機にかけた後に焼却処分しておきます」
倉橋さんが全ての手紙を袋に詰めて持っていく。
「いいの? 無視出来ない家とかありそうだけど」
「選別するよりも十把一絡げにした方が角が立たないのよ。今までのやり方と同じだから何も問題はないわ。本当に重要なものは人の手を介して伝えられるから安心しなさい。少し前の会合の話を最初に持ってきたのは土御門君だったし、あの岩蔵さんだって自らの足でやって来ていたでしょう?」
「なるほど、確かに……」
それでも少しくらい重要なものも混ざっていたのではと思っていたら、机の上には数通だけど残っていることに気付く。
「これは?」
「それは私宛てよ」
「……見てもいい?」
「どうぞ。面白い話じゃないけれど」
これは今までの悪戯をやり返す機会かと思ったけど、咲夜の顔を見るにどうも色のある話ではないらしい。
僕の場合は宛先がここにしかなかっただけで、彼女に対する結婚話はここではなく宝蔵家に先に行くはず。
五家やそれに並ぶ良家がそういった作法を飛ばして直接本人に送りつけるような真似をするとは思えない。
先ほどから続いている咲夜の嫌そうな顔はそこに理由がありそうだ。
手紙については許しが出たので開けて中身を見てみる。
「……うーん?」
書かれているのはお世辞にも上手いとは言えない字体。しかし子供の字ではない、と思う。
となると手が不自由な人か日本語を書き慣れていない人ということになる。
中身を見てみるとやはりというか意味としては確かに日本語ではあるものの、何というか違和感があり、それはまるで外国語を翻訳機にかけた時に出るような、日本語のそれぞれの単語を直訳して繋げられたような言葉の綴り方だ。
まず間違いなく日本語を第一言語として教育されていない人が書いた文だろう。
「景文さんが言ってたことが現実になった、ってことかな?」
「そうね。ただこれは政府に丸投げする案件だから私たちは気にしなくていいわ」
「じゃあどうしてここに残したの?」
「これを送った存在がいるって知っておく必要があるからよ。私の予想だと、お優しい清花様の同情を誘うような哀れで可哀想で今すぐにでも誰かの救いが必要そうな、そんな身の上のか弱い年頃の女の子が送られてくるでしょうからね」
「僕が見て見ぬふりが出来ないような、ってことか」
事前情報なしにいきなりそんな場面に出会したら確かに衝動的に助けてしまうかもしれない。
純粋に助けを求める子どもなら悪意もないだろうし、容易に接近される可能性は確かにある。
周辺の人物の悪意も見えることは岩蔵さんも知らなかった情報だし、いざ見たらその子ま周りは真っ黒の可能性もあるけど。
本当に真っ白な心で助けを求めてくる可能性も零ではない。
「救いの手を振り払うのは心苦しいけど……」
「最初の一国に手を貸したらそれを知った別の国が、更にそれを知った別の国が、と延々と続くことになるのが目に見えているのだから最初から手を貸さないが正解なのよ。私たちに出来ることは限られているのだから」
咲夜の言う通りの未来が目に見えるようだ。
景文さんから忠告されてから調べた限りだと海外の状況は決して良いものとは言えないみたいだし、そこに巻き込まれたら大変なことになるに違いない。それこそ外国を渡りに渡って日本に帰って来られないという事態すら起きかねない。
「さっき政府に任せるって言ってたけど、そっちは信用出来るの?」
「清花を手放すのを良しとする大間抜けがいたとしても、そんなことをすれば間違いなく退魔師側から壮絶な突き上げを食らうでしょう。それを嫌って裏で取引がされていると仮定すると正規の方法以外で接触してくるしかないわね」
「それなら事前に連絡もなさそうかな。じゃあその時点で結界で弾いても良さそうだね」
例え僕に対する悪意がなくとも前持っての連絡もなしに隠れて会おうとするのはあまり褒められた行為ではなく、この行為自体が結界で弾ける範囲内だ。
そのことに罪悪感すら持たない人であればそもそも結界を超えることは出来ない。
これらの条件を飛び越えて僕の所へ来るとしたら、それは……。
「強硬手段に出るってことは?」
咲夜はそれはないと言いかけて止めた。相手が日本人ではないなら、自分たちと同じ常識を求めるべきではない。
政府を介さず密入国をし、実力行使で拉致をするという可能性もなくはない。その疑いが自然と頭に浮かぶくらいには日本と外国との間の溝は深い。
「それをやったら最悪、国同士の諍いに発展する可能性もあるからないと思いたいけれど……」
「外国人の考えまでは分からないからね」
「結論はすぐには出せないから私の方で情報収集と一緒に圧力をかけておくことにするわ」
「岩蔵さんを頼るのは駄目なの? 向こうにとっても外国の介入は好ましくないはずだよね?」
「それはどうでしょうね。政府が貴方を差し出した場合に得られる利益を考えるとあまり関わりたくないのよ。面倒なのは協会の内部で意見が二分していて、どこかで情報が遮断されている場合ね。それを考えると私たちに近しいあの人を信用し過ぎるのは危険なの」
「岩蔵さんに情報が行かないかもしれないから信じ過ぎるのは危険ってことだね。その政府の利益って?」
「一言で言えば外交力ね。要はこれだけの戦力を差し出してやったのだからお前も何かを差し出せ、ってこと」
「教会所属でもない僕を道具みたいに出来るものかな?」
「私が政府側の人間なら仮採用はするわね。もしやるなら大々的に世界の脅威を煽って誇大広告を……。まぁ、これは政府側の頭が揃ってお粗末な場合の起こる確率の低い未来の話よ」
そう言いつつも絶対にないとは言い切れない程度の確率でもあるということだろう。
未来の話というと弓削家の動向が気になるところだけど、どうせ聞いたところではぐらかされるだけなので気にするだけ無駄だろう。
文奈さんがダメなら名雪さんに聞いてみるというのも手ではあるか。
「そのことについては岩蔵さんが今回の件で昇進するみたいだから対抗勢力については抑えておくようにおど……お願いしておきましょう」
あの人には悪いけど、これも協力の見返りの一つだと思って対処して欲しい。
その岩蔵さんと言えば咲夜と色々とやり取りをしていたような記憶があったことを思い出した。
「そういえばになるけど、岩蔵さんと色々と交渉していたみたいだけどそれはどうなったの?」
「どれの話?」
「迷うくらいの量があるんだ。ほら、車の中で何かの資料貰ってたでしょ?」
「あれは土地の名簿よ。依頼の報酬として貰えるって話だったけれど、全部政府管轄の土地だったから断ったわ。報酬と言いつつも貴方に自分の膝下で定住してもらう為のものだから一考する必要すらないわね」
「うん。それは嫌だね。じゃあ代わりに別の場所を貰ったとか?」
「いえ、まだ保留中よ。一案としてこの土地を買い取ることも考えたけれど、その為には私もまだまだ勉強しないといけないことがあるしね。安易に手を出すと却って不利な立場になりかねないもの」
「法律とか権利問題とか、そこら辺は色々知っておかないといけない事が多いよね」
「えぇ。その辺りの資格の勉強もし始めることを考えて大学も視野に入れないといけないわ。だからいま土地を渡されても困るだけ。……全く、目先の餌に釣られていたらいい様にやられていたでしょうね」
そういった知識なしに土地の管理は出来ないし、何か問題が起こった時に知らなかったでは済まされない。
本来ならもっと時間を掛けてやっていく予定だったことが一気に来てしまった感じだ。
「僕も大学に行った方がいいのかな?」
「行きたいの?」
「うーん。どうだろ? 大学に行きたいっていうよりは咲夜と一緒の学校に行きたいって感じかな」
仕事が増えることが確実で行けるか分からないし、通ったところで意味があるか分からない。
同じく意味がないとしても今の高校生活も楽しいと思うのは咲夜や冬香、同級生のお陰なんだと思う。
また同じようにと考えるのは欲張りなのだろうけども。
「…………そう。でもそれは無理ね。貴方には貴方のやるべきことがあるのだから」
「分かってる。残念だけどね」
高校も大学も、本来は学ぶ意欲のある人の為のもの。学んだことを活かすことも活かす予定もない人に枠を割くべきではない。
もし行くとしても僕は退魔師専門の教育機関の方だろう。そうなると別々のところに通うことになってしまう。
「でも、別行動することが多くなるなら再利用出来る霊具を早く作らないとだね」
「大学と言ってもまだまだ先のことだからゆっくりでいいわよ」
「そうだね。その辺りは景文さんと……うん?」
建物の周りに張っている結界に触れられた感触を感じた。
車で敷地内に入ってきてそのままこちらに向かってきている。
「どうかしたの?」
「結界に誰か入ってきた。強い霊力は感じるけど悪意は全くなくて、感情を押し殺している感じがあるから誰かのお使いって感じかな? 人数は二人だけど日本人かどうかまでは分からないね」
「……視たわ。教会よりはもっと退魔師側の人たちみたいね。どうやら来るものが来たってところかしら」
咲夜が立ち上がったので同じく立ってやって来たであろうお客の所へ向かう。
「それって、さっき言ってた大事な物は人が持ってくるってやつ?」
「おそらくが頭につくけど、あの装いからしてほぼその通りでしょう」
執務室から長い廊下を歩いて玄関まで辿り着くと、そこには先に訪問客を大門先輩が相手している姿が見えた。それを咲夜が手で合図をして代わりを買って出た。
咲夜の言った通り、二人組の装いは退魔師協会の人たちのそれではない。
高価そうな和装に身を包み、所作も含めてそれなりの身分のある人だということは伺えた。
男女二人組の内、男性の方が一歩前に出て頭を下げる。
「お初にお目に掛かります。私は大道、隣は風守と申します。まずは前触れなく訪問したことを謝罪致します」
続いて女性の方も同様に頭を下げる。
「お二方におかれましては、ますますのご活躍のことと存じ上げます。つきましてはその功績を讃える為の催しに参加をお願いしたく、我々がその招待状を持って参りました次第で御座います」
二人からは尊大や侮りといった人間関係を上下で見る感情は伝わってこない。
寧ろ僕に対しては尊敬の念すら感じるくらいだ。なのに表情は至って平静そのものなのは訓練の賜物か。
咲夜は差し出された手紙を受け取ってから裏を見る。
「お聞きますが、貴方たちは以前に清花が似たような会合にお呼ばれした際に一級退魔師たちに襲撃されたことはご存知ですか?」
「肯定します。類似した状況に疑心暗鬼になるのは重々理解しております。そしてその懸念は完全に払拭出来ないものだということも」
あの出来事が作戦の内で、本心から僕を捕まえてどうこうするつもりのないものだったとしてもやはり心のどこかで不安になる部分はある。これを完全に消すなら僕の結界の中くらいしかない。
これを理由に断るのかと思ったけど、咲夜の様子を見るにどうも違う。
ここはもう少し様子を見るべきだろう。
「では私たちが即答出来ない事情はご理解頂けますね?」
「そのご不安を解消出来るか分かりませんが、こちらをご覧下さい」
咲夜が手渡されたのは名刺で、その枚数は相当に多い。十数枚はある。
書かれている文字は人の名前だろうけど、見たことのある苗字もあれば見たことのないものもある。
これがどうしたのかという僕たちの視線に女性が答えた。
「それらは清花様の後見人に名乗りを上げている方々のお名前に御座います」
「後見人? 理由や訳を聞いても貴方には分からない話ですよね」
女性は申し訳ありませんと言って頭を下げる。
「そこに書かれている方々の詳細については説明出来ますが」
「いえ、必要ないわ。これらの名前を知らない方がおかしいでしょう。どうも最近聞いた名前が多いようですから」
「畏まりました。此度の催しでは、その名刺にある名前の方々がお二人の安全を保証すると受け取って下さればと思います。状況は複雑ではありますが、複雑であるからこそお互いの動きを牽制し合い迂闊な行動は出来ない状況が生まれていると主上はお考えです」
最後の言葉に咲夜の警戒度が露骨に上がったのを感じる。その言葉の意味を僕も知っているからこそ何も言えない。
そしてそれを聞いてしまったからこそ、答えは必然的に一つに絞られた。
「お話は承知しました。ご招待については喜んで受けさせて頂くとお伝え下さい」
「承りました。もし差し支えがなければで御座いますが、衣服などについてお悩みでしたらこちらの店舗にお問い合わせ下さいませ。大蓮寺清花様、並びに宝蔵咲夜様のご両名に関しては着付けから化粧などを含めた一切の全てを無料とさせて頂いております。汚れなどでの弁償も必要ありませんのでどうぞ心置きなくご利用なさって下さい」
「こちらが一覧になります。ここにない物で気になる柄や模様などありましたらすぐにご用意致しますのでお気軽に」
手提げ袋が男性から咲夜を経由して僕に渡される。この場で中身を見ることはないけど、きっと高級店なのは袋自体の高級感からして間違いない。
「日時や会場の場所、移動手段などの必要な点につきましては今お渡しした袋の中にある冊子に記載してあります。他に何かご不明な点などありますか?」
「そうですね。付き添い人の許可はどうでしょうか?」
「会場までのことでしたら、事前にお話を頂いて審査を行った上で許可が降りることになるのでなるべく早くのご申請をお願いします。また侍従の方は二名まで同伴を認められていますが、こちらは会場内には入ることは出来ないことはご理解ご承知おき下さい。また土御門景文様も同じくご招待される予定ですので同伴という形での入場は認められないこともご留意下さいますよう」
「彼は参加を受諾されたのですか?」
「はい。清花様がご参加なされるならという条件ではありますが、参加の意思は頂いております」
景文さんらしい答えと言えばいいのか。
聞こえ方によっては断り文句になりそうだけど大丈夫なのだろうか。
「他にも招待されている方はいらっしゃるのですか?」
「いいえ。今回新たに招待状が送られているのは大蓮寺清花様、宝蔵咲夜様、土御門景文様の三名のみとなっております。出席者の名簿についてもお渡しした紙袋の冊子に記載がありますので目を通して頂きたく。その他の出席者の一部については機密扱いということで伏せさせて頂くことは申し訳御座いませんが何卒ご容赦下さい」
「それは構いません。それと貴方たちが聞いているか分からないけれど、どうして私までお呼ばれしているのかしら? 呼ぶのは清花だけだと思っていたのだけれど」
「その情報は私共には与えられていません。ご質問に答えられないことをお詫び申し上げます」
「いえ、お気になさらず。貴方たちは仕事をしているだけだもの」
「ありがとうございます。代わりと言ってはあれですが、もし参加を迷われた場合に伝えるはずだった参加することで得る利益についてをお教え致します」
「それは嬉しいですね。よろしくお願いします」
「最も大きいのは参加すること自体が一種の資格として扱われることです。一級退魔師でも招待されるのはほんの一握りでして、過去を振り返っても一級退魔師で呼ばれたのは五家の当主とそれに匹敵する実力を持った者のみとなっております。二級以下の退魔師でお呼ばれされたのは御三方が初となります」
「それは光栄なことですこと。ですが浅学な私にはそれがどう利益に繋がるのか判断しかねるわ。宜しければ理由を教えて下さらない?」
「お答えします。ご参加された方は漏れなく退魔師の最高到達点の方々と肩を並べることになります。そのお方を軽々しく扱うことは同じ位を持つ方々を軽視すると同義と看做されのです。出席以後の皆様のご活動ではそのような扱いはされず、もしされたとしたらお歴々の怒りを買うことになりましょう。これは後見人の有無とは関係はありません」
僕たちは自立して自分たちの力でやっていきたいのであって、誰かの庇護を求めている訳ではない。だからその影響というのは頼もしくはありつつも僕たちを虎の威を借る狐にしてしまわないかが心配だった。
或いはそれすらも利用してこその自立と言うべきか。行くことはほぼ決まっているのだから、後は流されるだけの人生になるか、これを好機として退魔師の世界でのし上がっていくかは自分たち次第ということだ。
「分かりました。利益についてはそれくらいで結構です。ちなみに、断っていた場合はどうなっていましたか?」
「その場合の回答を私たちは持ち合わせておりません。あくまで私たちは招待状を届けに来たただの使いであります故」
「では、過去に断った人がどうなったかは教えて頂けないかしら」
「お答えします。その方々の大半は最終的には出席を決断されることが多く、また一部の方は出席されないまま今の今まで行方が分からないままだと聞いております」
「……そうですか。お答え頂いてありがとうございます」
つまり一部の人は逃げ切ったということか。本当にそうなのかは当事者のみ知ることだけど。
僕もやろうとすれば結界で侵入を拒絶出来るけど、そうなると一生結界の中で過ごすことになる。それに直接狙わずとも周囲の人や状況を利用して引き摺り出されるかもしれない。
そう考えると最後まで出席しないでいるというのは相当な力量と覚悟が要りそうだ。
「私からの質問は以上です。この度は遠路遥々お疲れ様でした。何か分からない点があれば連絡させて頂きたく思います」
「我々は二十四時間体制で受け付けておりますのでどうぞ遠慮なく聞いて下さい。それでは私共はこれにて失礼致します。次は当日にお迎えに参ります。本日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございました」
彼らは個人的な感情を殆ど見せる事なく、淡々と仕事をして帰って行く。
身なりや所作から上流階級にいる人、或いはそれらに仕えている人の印象を受ける。
この人たちの前ではおかしなことは出来ないと思わせるような迫力すらあったほどだ。
「とりあえず中に戻るわよ。ここに人目につくわ」
「そうだね」
こちらを覗く望遠鏡の前に霧を発生させるのも疲れるので早く入ってしまうとしよう。
「変な鼠も入り込んでいるみたいね」
「定期的に浄化はしているから、もしかしたら耐性のある人なのかも」
「浄化使いが覗き魔の真似事ね。ちょっと監視する必要があるかしら」
「やろうと思えばすぐに排除出来るけど?」
咲夜の眼と同時に僕の方でも位置の補足は出来ている。
同じ浄化使いだろうと、こちらの平穏を脅かすなら敵だ。
「それは最後にしておきましょう。単独犯か裏に誰かいるのかくらいは知っておきたいわ」
「分かった。じゃあ僕たちは先に貰った資料を読んでいるよ」
「そうして頂戴。千洋さん、東司、また色々と忙しくなるから覚悟しておいて」
大妖怪との戦いが終わったと思ったら、今度は一級や特級退魔師たちの集う会合にお呼ばれだ。
人が相手だと戦う力とは別の努力が必要になるのはどうにかして欲しいところではある。
特に今回は、前回よりも気の抜けない会合になりそうだから礼儀作法にも力を入れる必要がありそうで頭が痛い。
談話室に戻ってから手提げ袋の中から中身を取り出して全員に見えるように机の上に広げた。
軽く目を通す中で重要そうなのはやはり日程だろう。
「日にちは二週間後。結構短いですね」
「上の人というのはとにかく下の者の都合を考えませんからね。清花お嬢様を尊重しているように見せかけていも根っこの所は変わらないということかと」
「言葉は交わしてないですけど、特級の人たちってそういう自己中心的な思想をしてる感じがしましたね」
咲夜の眼を通しての援護で見ていると共通して感じたことは「合わせろ」と言われた気がすることだ。
明らかに何かしらの指示が出されるのだけど、それは示し合わされたものではなく、その全てが最短最速の決断でもって即興を強いられていた。自分でもよく出来たなと振り返って感心するくらいで、その瞬間の為に集中力を研ぎ澄ませていた気がする。
それくらいしないと大妖怪に対抗出来ないと言われれば反論は出来ないものの、もう少しくらい歩み寄ってくれてもよかったのではと思わずにはいられなかった。
というか、最初は雨を降らすだけでいいという話だったのに本気の本気で介入しないといけなかったのはどういうことだと言ってやりたいところだ。
お陰で術の扱いは上達したものの、そもそも大妖怪に対しては一対一で勝つと息巻いていたのは誰だったか。
結果だけを見れば、僕が介入した戦いは全戦全勝。介入しなかった戦いは五分五分といった結果だから本当にこの戦いは危うかった。一歩間違えれば奈落の底へ一直線の綱渡りの連続だったように思う。
「どうかしましたか? 何やら難しい顔をしていますが」
「……いえ、特級退魔師って言ってもそんなに大したことなかったのに凄く偉そうなのは納得出来ないなって思っただけです」
「ブフッ」
珍しく大門先輩が吹き出した。肩を震わせて笑っている。
笑いを止めようとしたものの思い出してはまた吹き出してしまった。
これは暫く続きそうだ。
更に笑い続けては咽せて咳き込んでしまったので喉の辺りを治癒しておく。
「も、申し訳ありません。退魔師の頂点に君臨する方々にそんなことを言えるのは世界広しと言えども清花お嬢様くらいですね」
「多分ですけど、咲夜も同じことを言うと思いますよ」
自分の名前が出たことで目を閉じていた咲夜が億劫そうに目を開いた。
「好き放題言わないで。私はそんなことは言わないわよ」
「言わないだけで思ってはいるでしょ?」
「そんなの当たり前でしょう」
咲夜は元より僕を頼る状況に憤りを露わにしていたので決して意外ではない。
この調子では面と向かって会ったとしても同じように文句をつけるだろう。
そんな様子にまた大門先輩が笑い転げてしまうのだった。




