三話-4 適者生存
落下してくる瓦礫に関してはこのまま白面の氷像の下にいれば安心だとして、その後はどうやって外に出たものか。
水で押し流すにしても、まずは落下してくる岩がなくならないことには迂闊に顔を出すことは出来ない。
暫く外の音が止むのを待っていると、次第に音は小さくなっていく。そして完全に止んだところで軽く息を吐く。
そして白面に刺し貫かれた手のひらの痛みに気付いた。
「手の傷がまだ癒えないか……」
危なかった。実を言うとあのまま人間形態のままの方が僕としては命の危険があった。
ああして距離を取ろうとしたお陰でこれ以上の怪我をせずに済んだし、白面はその図体の大きさによって瓦礫に巻き込まれ、体勢が崩れた所で最も氷の巡りが早い心臓部に力を当てることが出来た。
人間体の時に抑えつけていた左手の火傷具合はかなり酷いものだし、貫手を受けた右手に出来た穴だってすぐには回復しないだろう。
特に右手に込められた妖気が回復の邪魔をしているせいで今も満足には動かせていない。
あれは白面にとっても文字通りの全力を込めた一撃だったに違いない。その影響はすぐには消し去れないくらいに強く残っている。
「清花さん!」
右手の傷の治療に注力していると、轟音が響き渡り氷の像と化した白面に降り積もった瓦礫が振り払われた。
そこからは竜に跨った景文さんの姿が見える。
瓦礫の隙間から伸ばされた手を掴むと勢いよく引き上げられ、そのままの勢いで龍の背中に降り立った。
どうやらあの隕石は本当に途轍もない大きさだったようで、そこかしこにその巨大な残骸が残っている。
「やったんだな」
あの氷像からは白面の生体反応が完全に消えている。妖力を完全に殺すあの氷の中では転移も治癒も出来ないし、生きていたとしても確実に死ぬことだろう。
彼なりにそれを確認したのか、景文さんはホッと胸を撫で下ろしていた。
ここの戦いは終わった。けど、まだ他の戦いが残っている。
「でもまだもう一体残ってる。油断はなしだよ」
「勿論だ。それでも無事で良かった」
「……心配掛けてごめんね。僕を信じてくれてありがとう」
白面との一対一は彼からしたら肝が冷えるどころではないだろう。
僕がそれを望み、いかに勝算があったとはいえだ。
ホッとしたのも束の間、見慣れた妖気の反応が僕たちの視線をそこへ集める。
「そこ!」
そこにいたのは小さな狐だった。その狐は耳を動かしながらこちらを見ていた。
すぐに攻撃しようと水を構えた僕に対して狐は口を開いた。
「お主の秘密を聞いたその男が何と言ったか聞きたいか?」
「……っ⁉︎」
不意の言葉に水弾の軌道が逸れ、その隙に狐は姿を眩ましてしまう。
間違いない、白面だ。おそらく死ぬ間際に分体と入れ替わったか、そもそも全ての分体を倒さなければ本体を倒しても死ぬことはないという可能性もある。
あれがその白面の嫌がらせであることは間違いないはずなのに、不覚にもその言葉に少なからずの動揺をしてしまった。
少し前の自分であれば関係ないと攻撃を当てていただろうことを思えば複雑な思いではある。
そんな思いを心の奥にしまいこみ、今は目の前のことに集中する。
さっきのあれが白面を倒せる最後で唯一の機会だったかもしれないのに逃げられてしまったけど、ああして姿を見せた以上はまだ何かしらの手段があったと見るべきだから、白面のことはきっぱりと諦めることにしよう。
ともかくもう周囲にそれらしい気配はなく、結界を張っても反応がないことから完全に逃げられてしまったようだ。気配を断つ方法が卓越しているのか、気配を辿ろうとしても上手くいかない。霊力が底を尽き掛けているのも要因だろう。
ともあれ、あれでは白面も暫くはまとも動けないはず。
景文さんも先ほどの言葉には何か思うところがあったのか、少し複雑な様子ではある。
「清花さん……」
「その話は後にしよう。とりあえず、すぐに咲夜たちの方に向かって欲しい。白面が良くないモノを放ったみたいなんだ」
「……っ、分かった。すぐに向かおう」
地面は瓦礫だらけでまともに走れはしないのでこのまま龍で飛びながら連れて行ってもらう方がいい。
距離としてはそんな離れてはいない。
でもそこまでに辿り着く時間が途方もない程に長く感じる。
暫く前から咲夜たちの声が聞こえなくなったけど、まだ反応は感じる。
多分いまも抗っている最中なのだろう。
「みんな、大丈夫⁉︎」
訓練場に入って見えたのは結界という薄皮一枚の防御で何か黒い亡霊のような相手と対峙する冬香だった。
ただ結界は周囲を保護出来ない程に機能不全に陥っており、今にも瓦解してしまいそうなくらいにギリギリの状態だった。
咲夜たちは作っておいた浄化の力を付与した武器で残った妖怪と、結界の外から侵入しようとする亡霊の腕を撃退するのに忙しいようだ。
「じょーぶ、じゃ、ないれすーっ! た、助け……てぇぇぇーーーーー⁉︎」
案外大丈夫そうだけど、僕が来たという安心感からか腕がプルプルと震え出した。
結界が崩壊する前に新たに張った結界が亡霊諸共全てを弾き飛ばし、咲夜たちを戦いから解放する。
ついでに弾かれた妖怪については水弾で追撃して消滅させておいて。
「遅れちゃってごめん。で、これが白面の言ってた奴かな?」
弾かれてもなお冬香に食らいつこうとする亡霊らしき存在。
それは予想の通りに浄化の力に対して一定の干渉力を持つ、先祖の遺骨を利用して作られた悪霊のようだ。
残念ながら、僕との力関係は蟻と象以上の差があるので何ら脅威ではないけれど。
目の前から冬香以上の力を感じてか、亡霊の殺気がこちらに向いた。
『オマエ、オマエオマエオマエオマエ! オマエモオナジカァァァァァ!』
「そうだね。でもお前は僕たちと同じじゃない」
死んでまで子孫に迷惑を掛ける奴とこれから前を向いて歩いていく冬香が同じな訳がない。
形相を変えて標的をこちらにして突っ込んでくる亡霊だけど、残念なことにちっとも怖くはなかった。
先ほどの戦いを経てからではどんな戦いも簡単なものに感じてしまうのは間違いないだろうけども。
「冬香の練習台に使えそうだけど、まだ敵が残っているから……」
『コ、ロ——』
「邪魔者は消えろ」
白面にやったのと同じように結界で捕らえてから縮小させて押し潰す。
あの時は抵抗されて満足に出来なかったそれも、今回は葡萄を一粒握り潰すかのように簡単だった。
怨霊は最後まで僕たちを呪おうとしていたけど、結界の中ではそれは何の意味も為さない。
それからすぐに浄化の力を振り撒いてみんなの体力と傷を回復させるとようやく一息吐いて落ち着いたようだ。
「咲夜と倉橋さんは大丈夫?」
「いいえ、死ぬところだったわ。……全く、本当に割に合っていないったら」
「私と咲夜お嬢様は皆様に守られていたので傷はありません。ですがお二人は……」
どうやら結界は冬香の維持する一枚で最後だったようで、千郷と大門先輩は冬香の負担にならないように結界の外で妖怪の相手をしていたようだ。咲夜と倉橋さんはその補助に徹していたのだろう。
最後まで粘った冬香もだけど、その状況下で非戦闘員を妖怪たちから守り切った千郷たちの苦労も並ではなかったはず。
すぐに水を作り出して千郷と大門先輩を包み込むと、二人は荒い息遣いから少し楽な状態になっていった。
「ありがとう。二人がいなかったら本当に危なかった」
「どういたしましてー。流石に疲れたけどねー」
千郷の疲労も中々だけど、この中で最も傷を負っているのは大門先輩だった。
辺りに散らばる武器の数も半端ではない。全てを使い果たすつもりでみんなを守ってくれていたのだろう。
「お疲れ様でした。後のことは僕に任せて下さい」
「いえ、まだ……体が動く内は働かせて頂きますよ」
「分かりました。でも今は傷を治すことに専念して下さいよ?」
傷は治したし体力も回復させたけど、失った血は戻らないし気力だってすぐには元通りにはならない。
戦意はあるようだから少しすればまた動けると思うものの、今すぐに動くのは流石に看過出来ない。
その意思が伝わったのか大門先輩は自分を包み込む水に体を委ねて体の力を抜いた。
そしてあの悪霊を食い止めていた功労者にも声を掛けようとしたところ、向こうの方から走って抱きついてきた。
「清花さん来るのが遅いですよ! も゛う駄目かと思っだんですから゛ーっ!」
「ごめんね。でも冬香ならきっと出来ると思ってたよ」
「ぞれな゛らぞうと言っで下ざいよ゛ぉぉぉ!」
「あれ、言ってなかったけ」
「言゛っでないでずよー!」
そうだったかと納得しつつ抱きついて泣きじゃくる冬香の頭を撫でる。すると余計に泣いてしまったのだけど、でもそこが限界だったのか抱きついたまま急に意識を失って眠ってしまった。
術の過度な行使は精神に多大な負荷が掛かるのでこれについては仕方ないとしか言いようがない。
無理に起こしたところで同じように結界を維持するのは困難だろうから、冬香についてはこのまま寝させておく方がいい。
「その子は私が預かるわ。貴方は自分のするべきことをしなさい」
「任せるね。結界は張っておくけど、何かあったらすぐに呼ぶんだよ?」
「その時は馬車馬のようにこき使ってあげるからすぐに帰ってらっしゃい」
「うん。すぐに戻ってくるよ」
残るは今も神様が相手をしている妖怪だけ。しかしあの浄化の力の塊と言っていい神様でもいまだに倒せていない事実は楽観出来ない。
地面を蹴って宙に浮かぶ景文さんの元に戻ると、彼は戦闘音の鳴り響く方向から目を離さないでいたようだ。
「どんな感じかな?」
「戦況は変わらずってところだな。妖怪の方は有効な手立てがないみたいだし、神の方も直進して体当たりするばかりだから避けられてる。ただ少しずつ神の体が小さくなっているみたいだ」
戦いは森の中で行われているので神様の姿が見えるのは妖怪を追って飛び上がった時のみだけど、確かに彼の言う通り顕現した最初の時から少し小さくなっているようだ。すぐに消えることはないだろうけど、それも時間の問題だろう。
「儀式も中途半端だったし、顕現出来る時間に限りがあったのかな。だったら加勢するなら今の内だね」
「その前に、清花さんは大丈夫か?」
「体のことならもう完治して霊力も戻ってきたし……うん、問題はないよ」
「あれだけやってもう”それ”は白面が可哀想になってくるな————っと」
これから戦いに向かおうとした最中、唐突に乗っていた龍の体が薄れ始めていった。
おそらくはこの式神ももう限界だったのだろう。寧ろここまでよくやってくれたとすら言える。
「ありがとう。もう休んでいいよ」
龍の背中を触りながら告げると、龍はこちらを一瞬見た後にその姿を消した。
本当はもう一体いたはずだけどそっちは今までの戦いで形を維持出来なくなったのだと思われる。
「えっと、君はまだ大丈夫そうだね」
残ったのは鬼の式神だけだけど、鬼は自分はまだ大丈夫だとばかりに鼻を鳴らしていた。
「つい話しかけちゃったけど……式神にも意思はあるの?」
地面を駆けながら聞くと、景文さんは驚いた顔をしながらも優しげな目をこちらに向けていた。
「あぁ、全部が全部って訳じゃないけどそれなりに力を持った式神は自我を宿すことは多いよ。けど、まさか知らずに話しかけてたとは」
危うく恥ずかしい独り言になるところだったらしい。人間のものとは異なる思考だったので感知が出来ていなかっただけで、どうやらこの鬼にもその自我はあるのだろう。
視線を向けると、鬼は走りながらも僕に手のひらを差し出してきた。
どうやら乗れと言ってくれているみたいなので有り難くも飛び乗ってみると、鬼は器用に肩に乗せてくれた。
地面を走っているのでそれなりに振動はあるものの自分で走るよりは速く走れていたので感謝を述べておく。
すると隣で走っていた景文さんが鬼に対して厳しい目を向けていた。
「あっ、おい! なんで主人に断りなく清花さんを乗せてるんだ!」
しかし発声器官を持たないらしい鬼の式神は一瞥しただけで前を向いて走り出す。
いや、何故か更にはその速度を上げていった。
身体能力では鬼の方が上回っているせいか、その距離はどんどん引き離されていく。
確かに早く戦地に赴きたいけれど、その為に景文さんを置いていくのは得策ではない。
速度を落としてもらうよう頼むと仕方ないといった風に鼻を鳴らして速度を景文さんに合わせ出した。
それから彼の方を少し見てまた鼻を鳴らす。今度は侮蔑の意味合いが強かった。
そのことに憤慨する景文さんを見ながら走ってもらっていると、すぐに男の妖怪と神様が戦っている現場に辿り着いた。
「涅槃浄界!」
「六根清浄、急急如律令!」
姿が見えると同時に術を叩き込んで仕留めに掛かるけど、妖怪は最初に見た時と同様に身代わりでもって回避をしていた。
追撃で鬼の式神が武器を振るうけど、それを軽々と受け止めた妖怪は僕たちが白面と戦っていた方角を見やる。
「お前たちがここに来たということは奴め、失敗しおったか」
「次はお前の番だ」
「それはこちらの台詞と言いたいところだが、ここらが潮時よ。我は帰らせてもらうとしよう」
「逃がすと思っているのか?」
「思っているとも。既に用意は終わっている。もうお前たちと会うことはないだろう。せいぜい束の間の安寧を楽しむといい」
言うや否や、妖怪は懐にあった宝石のようなものを砕くとその背後には妖穴が現れる。
すぐに僕や景文さん、それに加えて式神と神様までもが追撃をするものの、残念ながらその攻撃が届くことはなく。
妖怪はそのまま不敵な笑い声を残して穴の向こうに去っていってしまった。
「また逃しちゃったか」
「あれに関しては仕方ないと諦めるしかないな。でもあれなら油断させてすぐに戻ってくるってことはないはずだ」
それが出来るなら最初から別の大妖怪を伴っているだろうし、景文さんの言う通りだろう。
もう退治出来ない場所まで行かれてしまった以上は気持ちを切り替えるしかない。
ひとまず戦いはここまでだ。早く咲夜たちの所へ戻らないといけない。
「神様もありがとうございました。もう帰って頂いて大丈夫です」
そう水の神様に告げると、こちらを一瞥した後にその大量の水の塊を地面に撒き散らして消えた。
鬼の式神も先程の攻撃が限界だったようで、こちらを一瞥にした後に消えていく。
両者に心の中で再度感謝をし、気持ちを切り替えるべく軽く息を整える。
「すぐに戻ろう。まだ戦っている所があるだろうから、咲夜と協力して支援してあげないと」
「それじゃあ俺が連れて行くよ。貰った霊力を使い切らないといけないからね」
「そういう事ならよろしくお願い。でもどうやって?」
「あー、ちょっと失礼して」
景文さんは僕の背中と膝関節に腕を回すと軽々と持ち上げて地面を蹴った。
蹴った足が地面に着く事はなく、そのまま急上昇しては空を飛んでいく。
「こんなことも出来るんだ」
「普段は龍に乗ってるからね。自分で出来ないこともないってだけさ」
竜の背に乗って風だけを避けるのと、その上で飛行制御までやるのとでは難易度が違うのは当然だ。
彼に抱えられながら空を飛んで元来た道を引き返すとすぐに咲夜たちのいる所まで辿り着いた。
僕たちが帰ってくるのを視ていたのか、咲夜が霊具を用意して待ってくれていたようだ。
「状況は視ていたわ。岩蔵さんから支援を要求されている場所を聞いているから早速やるわよ」
「分かった。そういえば、あの人の遺体はどうなった?」
「あのご老人の遺体なら、あそこ……にあったはずだけれど」
咲夜が指差した方向には確かに血の跡らしきものはあった。けど、遺体らしきものはそこにはなかった。
他の人もそこに遺体があったことは認識していたいのか揃って首を傾げている。
つまり、何かしらの要因で遺体がそこから居なくなったということになるのだけども。
「妖怪に食べられちゃったとか?」
「ない話ではないけれど、それならもっと血や残り物が散乱しているはずね」
「…………結界内にはそれらしい人の反応はないし、とりあえず僕たちに害にはなさそうだから今は放っておこう」
「気になるけれど仕方ないわね。土御門君、そういうことだから警戒は厳でよろしく」
式神はすぐには再度呼べるようにはならないのか、別の式神を傍に置いて彼は頷いた。
そして咲夜の眼を介して支援を再開していく。
六時間以上も経っていると流石に直接戦闘は終わっている場所の方が多く、支援をするのは籠城戦になってしまっている所へのものが多くなっていた。物理的に立て籠っている場所や、結界で守られた場所へと雨を降らし、屋内に残っている妖怪には水流操作で波を繰り出して消し去っていく。
生放送で僕がやることを宣言していたからか、雨が降ったと同時に消える妖怪を目の当たりにした市民たちは大いに喜んでいた。
それをあと十回以上を繰り返したところで岩蔵さんからは次の現場で支援の打ち切り、つまり一旦の終戦を宣言された。
『僕の結界も役立ってくれたみたいで嬉しいね』
『送った場所には清花の作った物だと宣伝しておくように強く言っておいたからこれで評判は鰻登り確実ね』
『知らないところでそんなこともやってたんだ』
『退魔師を抑えるのは力だけど、政府側を抑えるには一般市民の意見が大切だから売れる時に恩を売っておいて損はないわ』
どうやら参謀役は打てる手は色々と打ってくれているらしい。
確かに密かに恩を売ったところで見返りがある保証はないし、だったら大々的に売っておいた方がいいのかもしれない。
政府の人間が選挙によって選ばれる以上、僕たちに恨まれるようなことをすれば一般市民の人たちを煽って選挙に不利に働くことをされるかもしれないと、そう思わせることが出来れば下手なこともし辛くなるか。
『とりあえず今は戻って休むとしましょう。貴方は特にしっかり休みなさい』
『大丈夫と言いたけど、みんなに心配させないように休むとするよ』
体力はともかく気力は確かに万全とは言い難いのも確かだ。このままでは無理やりにでも休ませられる未来が見えたので大人しく休息をさせてもらうとしよう。
今までと同じように雨を降らして妖怪を蹴散らしたところで霊具を切って視界を戻すと慣れたように倉橋さんと大門先輩が色々と準備をして待ってくれていた。汗を拭き取った後に飲む倉橋さんのお手製のお茶が喉や胃によく染み渡る。
「お疲れ様でした。お二人の年を考えれば一生分の働きをしたと言って良いかと思いますよ」
「倉橋さんもお疲れ様でした。千郷も、凄く助かったよ。ありがとう」
「それはいいから……とりあえず寝させて」
咲夜は大門先輩とやり取りをしているので千郷に例を述べると、彼女は眠気まなこを擦って体を揺らしていた。
「まだ早いよ。とりあえず体は拭く程度はしないと。汗とか血でベタベタでしょ?」
「じゃあやっといてー。もーだめ。ねる」
何とか立ちあがろうとした千郷だけど、眠気には抗えなかったのかそのまま寝てしまった。
寝ている二人を水に乗せて置いておき、妖怪が撤収したと思わせておいて再度襲撃してくる可能性も考慮して今は僕たちも少しでも体力を回復するよう努めておく。
咲夜は少し疲れているようだけどまだ動ける。倉橋さんも同じだ。冬香と千郷は暫くは再起不能と見ていい。それにあの怨霊がいなくなったとはいえ、冬香に維持してもらう結界の予備がない以上はこれ以上の支援は難しいと言わざるを得ない。
加えて景文さんも大門先輩も既に限界に近い。次に戦闘があれば疲れで予期せぬ怪我を負ったり闘いの最中で気絶する危険性すらある。
出来れば一度まとまった休息が欲しいところではあるけれど。
「咲夜、この後って予定はあるの?」
「一先ずはこのまま待機ね。身を清めたい気持ちもあるでしょうけど今は我慢して頂戴」
「それは大丈夫だけど……」
多くの大妖怪は死んだか退いた。支援が必要そうな所はもうない。残るは散り散りになった妖怪たちの始末になるだろう。
そうなると僕が出来ることは少ないので出る幕はないと思われる。
仮に一級相当の妖怪が残っていれば話は別だけど、それなら既に存在が感知されていてもおかしくはないはず。
「他と違ってそれだけ私たちに出来ることが多いのよ。少なくとも今日の日付が変わるまではこのままで待機することになりそうだわ」
「それなら場所を移す? ここで長い間過ごすのは精神衛生上あんまり良くないと思うからさ」
「……そうね。ここはあまりにも殺伐とし過ぎたわ」
訓練場だけあって傷があってもおかしくはない場所ではあるものの、周囲は余りにも破壊痕や鮮血の跡といった非日常で溢れかえっている。これでは気が休まるどころではなく、かえって気をおかしくさせてしまう要因にもなり得る。
頷いた咲夜は必要最低限の荷物だけ持って移動することを決めた。
建物を覆う結界も張り直したことで休める場所であれば建物内のどこでもいいけど、出来れば少しでも広い場所がいい。
ということで玄関から入ったすぐの大広間にした。ここであれば戦闘区域を外にし易いし居間も近いので休憩も出来る。
寝ている千郷と冬香は持ってきた布団の中でお休み中だ。
「清花も少し目を閉じて休んでいたら? それだけでも気が休まるでしょう?」
「僕は大丈夫。流石に日を跨ぐ頃には休ませてもらうけど、それまでは起きているよ」
「そう。私は少し仮眠を取ることにするわ。その間のことは東司と千洋さんにやり取りをして貰うから、必要な時は起こして頂戴」
咲夜も各方面と連絡を取り合ったり僕との視覚共有でかなり疲れているはずだから休んでもらった方がいいだろう。彼女が布団に包まったところで、建物の上で周囲の警戒をしてくれていた景文さんが降りてくる。
「清花さんも少し寝た方がいいんじゃないか? 見張なら俺がしておくからさ」
「いや、寝ていると結界の制御が出来なくなっちゃうから寝れないよ。白面が放ったあの怨霊が一体とも限らないし、少なくとも霊具の予備を作っておいて冬香が万全の状態にならないと安心して寝られないかな」
「そうか。それなら仕方ない、か」
「景文さんの方こそ寝るなら今の内だよ? というか、寝ておいてくれると変わりばんこ出来るから寝て欲しいんだけど」
「俺は三徹までイけるから安心してくれ。ここに来る前は軽く二徹はさせられてたし」
言ってから景文さんは「あっ」と言って口元を押さえた。
あれほど危険なことはしないようにと言ったのに、二日間も睡眠を取らないで犯罪退魔師を捕まえていたらしい。
そのお陰で助かった人もいるだろうから何も言いはしないけども。
「口が滑ったのは疲れている証拠だと思うんだけど、違う?」
「ち、違いません……」
「そんなに寝たいのなら膝を貸してあげるけど?」
「大人しく布団で寝させてもらいます!」
そう言って景文さんは倉橋さんからお布団一式を借りて眠りについた。
流石に膝では睡眠としては質が悪かったかもしれない。反省だ。




