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三話-3 生存競争①




 相手の沸点が低いのは有り難いことだけど、状況的には最悪と言っていい。

 こちらはまだ白面の全てを暴ききった訳でもないのに、その中でもう一体の相手なんてしていられない。

 退却の二文字が頭に浮かぶけど、それにはまず咲夜たちの安全を確保しなければいけない。


「清花さん」


「二対二か、一対一を二つか。どっちがいいかな?」


「一対一だな。向こうに協調性があるとは思えないけど、今は清花さんっていう狙いがあるから」


「景文さんを無視してでも二人で僕を狙う可能性が高いということか」


 確かに二体から放たれる殺気の向かう先はこちらにのみに注がれている。

 特に男の妖怪からの殺気は尋常じゃない。余程虫扱いされたことが腹に据えかねたと見える。

 白面が術師型なのに対し、向こうはどういった戦術を取るのかは僕には分からない。多少なりとも戦いの気配を感じ取っていただろう景文さんの方が相手をするなら適してはいる。

 ただ肉体的な疲労は彼の方が強く、今から攻略をしていくのは至難の業と言える。

 こちらも増援があればと思わずには、そう考えて頭に閃くことがあった。


「いる」


「清花さん?」


「予定変更。時間を稼いで欲しい」


「分からないけどとにかく了解! 指一本触れさせないから安心してやってくれ!」


 戦場を俯瞰して見た時に視界に映るのはあの二体に匹敵する景文さんが呼び出した式神。

 それを見て、この状況を何とか出来るとしたらあれしかないという想像の輪郭が頭に過ぎる。

 確かそう、岩蔵さんはこう言っていた。


『ちなみに、古くから神の住まう地と呼ばれていたそうですよ』


 ここは神域から最も近い場所。つまり、神がいても不思議ではない場所。

 ならここにあの水の神様を呼ぶことも可能なのでは。

 呼べるとしたら、その為の条件があるはずだ。

 それは何か。頭を最大限に稼働させて思考を回す。

 確か……冬香のお婆様が持ってきていた霊具に、霊力を保存する目的ではない物があった。

 あれは鏡だったか。霊力を保存する為の機能としての霊具ではなかったはずなのにどうしてあそこにあったのか。

 退魔師としての鏡はただ自らを映す道具ではなく、此方と彼方の境界を意味することが多い。

 それはきっと大蓮寺家でも例外ではないはず。意味するところは神のいる場所との境になるだろうか。

 しかし今ここにそれはない。冬香も用途不明のあれは持ってきていなかった。

 なら、別の物で再現出来るか。

 水鏡という言葉があるように、水を少し弄れば出来ると確信した。

 他に何か必要なものは何か。祝詞、霊具、祭具となる鏡……あとは、舞。


「咲夜。冬香にそこで舞と歌をするように頼んで!」


『急に何を————いえ、すぐにやらせるわ』


 祭壇も霊具もないけど、そこに関しては力尽くでどうにかするしかない。

 成功すれば三対二の状況になる。それも強力な助っ人、ならぬお助け神。勝ちの目も高くなるはず。


「九尾の。あれは何をするつもりだ?」


「分からん。ただ、嫌な予感がするのは確かだな」


「ふむ。では我の主義には反するが、その前に叩き潰すとしよう」


「そうしよう。アレは想定外が多すぎる」


 顕現に際し、足りないのは恐らく身に纏う鱗。それを外殻とすることで体を形成するのだからこれで正解だろう。

 それを作り出す方法については、僕はもう知っている。

 頼んでいた舞と歌もあちらで為されていることが伝わってきた。

 祝詞については緊急ということで短縮させてもらう。


「清花さん、来るぞっ!」


「少しだけでいいから耐えて!」


「任せろ!」


 一対一がいいという話をした後のこれなのでそこのところは本当に申し訳ないとは思う。

 それでも霊力に余裕があって彼の支援を受けられる今の方が成功する確率は高い。

 彼と彼の式神が二体の妖怪と激突する音を聴きながら水鏡を生成する。

 祝詞を唱えればいつものように神との接続が完了した。浄化の力で悪しき存在を滅しろと声が届く。


「涅槃浄界」


 術の発動に伴って声が聞こえるということはこちらからも語り掛けられるということ。

 水鏡は術に発動した瞬間に彼方と此方を繋げた。あの夢で見たような空間が鏡の向こう側に広がっている。

 そこに”居る”神の気配にありったけの意思を送り込む。

 その刹那の瞬間に、過去に一度あの夢で対面したから分かった。

 神の視線がこちらに向けられた、と。

 そして同時に、この術が結界術として授けられたのではないと悟った。

 本来は神との交信、その為だけに使われる術だったのだと。


「これが例の結界とやらか」


「かなり力を持っていかれるが、備えあれば何とやらだな」


 神の体を構築する為に張った結界とは別に二体の妖怪を閉じ込めたはずだけど、やはりと言うべきかそれを乗り越えてくる。

 相当に消耗した様子ではあるものの、依然として殺意を漲らせた二体はその双眸を僕にのみ向けていた。


「我が声に応じ給え。邪なる不浄を祓い給い清め給えと白す事を聞こし召せと恐み恐みも白す」


「させるかよ!」


「退けいッ!!」「貴様はもう用済みだ!」


「ぐっ、う゛ぁあ……っ! 清花さんッ!」


 火炎、雷、雹、ありとあらゆる高威力の妖術の嵐が景文さんと式神たちを縫い止めていた。

 何とかしてくれようとした景文さんだけど、やはり大妖怪を二体同時は難しかったか。

 本来なら白面の術だけでも絶死の攻撃のはず、それをこちらに届かないようにしてくれているのに文句なんて言ってられない。

 景文さんの足止め役を白面が行い、僕を守ろうとする式神たちの間隙を縫って、男の妖怪が眼前に迫る。


「その首貰ったぁッ!」


「結界術、『纏』」


「な、にぃ……っ⁉︎ 何だこれは、聞いていないぞ!」


 男の手刀が凶悪な程の妖力を纏って振り下ろされるも、その殆どを無力化して物理的な威力すら水のように受けていなした。

 まとも当たれば木端の如く砕け散る威力のそれがあと数回続けばこの身に届くのは必然だろう。

 つい先日に会得したばかりだけど、やはり練習しておいて良かった。

 動けない状況下で接近された場合を考えるとこれ以上頼もしい術もない。

 もう一度と意気込む妖怪に向けて、告げる。


「そこに居ていいの?」


「その前にお前を————」


「遅いよ」


 既に状況は完成している。

 もう僕の意思とは関係なしに水鏡に張った涅槃浄界を突き抜けて水の神がこの世に顕現した。


「……ッ⁉︎」


 限界まで僕を殺そうと粘っていた男の妖怪は、僕の攻撃と景文さんの攻撃、更には水鏡から飛び出た水から退避しようとしていた。

 僕たちだけなら無視してでも殺しに来ていたかもしれないけれど、やはり大妖怪といえども浄化の力の化身たる水神を真っ向から相手したくはないらしい。


「ぐ、おおおぉぉぉぉぉぉ……っ!」


 しかし最後まで僕を殺そうとしていた男の妖怪は一瞬だけ逃げるのが遅れたか、腕の一部が水に呑まれて跡形もなく消し去られていた。

 そうして傷を負った腕の根本を即座に切り落としたのは戦いの経験からだろう。一瞬でも決断が遅れていれば浄化の力によって消滅した体の一部と同様にこの世から消え去っていたはず。

 勢いのままに後ろに下がっていった男の妖怪だけど、先ほどと同様に分け身として切り捨てるかとも思ったのにそのままでいるのはどういうことか。あれが本体なのか、身代わりの術を使う暇がなかっただけなのか。

 ともあれ、これで数の上では優勢に立てたと言える。

 流石の妖怪たちも神様相手には距離を取って様子を見ていて、その間に景文さんが僕の横に飛んできた。


「何とかなって良かった。これで形成逆転、かな」


「清花さんはいつも見ている側をハラハラさせるな」


「突然だったのにありがとう。景文さんじゃなかったらとてもじゃないけど任せられなかったかも」


「そう言われたら悪い気がしないな。……さて、だ」


「そうだね。勝負はこれからだ」


 彼は式神を複数操っていて手数があるし、何より信頼がある。ここにいたのが先程の藤原家の人だったとしてあの二体の妖怪を前に同じことができたどうか。そして同じように守りを任せられたかどうかすら分からない。

 それでも一か八かの賭けではあったものの、賭けには勝った。

 かなり劣勢の状態から戦況をひっくり返せたと言っていいだろう。


「神様はあっちの男の方をお願いします。僕と景文さんは、白面を……」


 神様は僕の霊力を吸い尽くす勢いで使って水の体を更に作り上げていった後、その視線を男の妖怪へと向ける。

 任せきりにして良いものか迷ったけど意思疎通が難しい神様には任せきりの方が良さそうだ。

 景文さんの式神よりもっと巨体の水の神様は男の妖怪の方へと突撃していき、攻撃そのものに文字通りに喰らいながら食らいついて行く。あれなら勝てずとも相性の差ですぐに負けることはないだろう。

 それを見送ってから、白面はこちらを睨みつける。


「ほんに、つくづく吾らの天敵よの」


「今なら引いても見逃してあげるけど?」


「抜かせ。主だけは生かしておくものか。なに、すぐにその素っ首掻いてくれようぞ。安心して逝くがいい」


 これ以上は余計な口を叩く気はないのか、それだけ口にして妖力を高めていく。

 事ここに来てやっと本気を出すということらしい。

 もう再度霊力を回復するような暇は与えてはくれないだろう。

 それをすれば死に物狂いで妨害してくるだろう鬼気迫るものを感じる。

 あの男の妖怪を神様がどれくらい抑えられるかが勝負の分かれ目になりそうだ。


「こっちも短期決戦を狙った方がいいかも」


「出し惜しみはなしってことだな」


 白面が妖力を高めていくのと同様に、こちらも空中に待機する水を神水にまで練り上げていく。

 上空にいつでも発射出来るように待機させつつ白面の出方を見る。

 炎はまだ収まらず、僕が水で押さえつけておかなければたちまちに広がって辺り一面を火の海に変えるだろう。

 その対処に力の何割か割かれつつ白面に有効な手を打たなければいけない。

 ここまでで圧縮された水弾は見せ過ぎた。威力も速度も、打ち出す瞬間すら見極められていると思っていい。

 ただそれでも撃つぞと見せかけるだけでも一定の効果はある。なければ自由に動くだけだけど、あればこれを警戒する為に少しは意識を割かざるを得ないはずだ。いくら白面だって完全に無視は出来ないと見ていい。

 そして目下一番厄介なあの炎を消すのは、それだけでも相当な力か必要だ。浄化の力と妖力、水と炎と二重の意味での相性で対処するのには僕が向いている。


「僕が炎を押し流す。白面を叩くのは任せたよ」


「分かった。それで行こう」


「そう来ると思っていたわ」


 雨で落とした水は相当な量になっている。その全てを掻き集めて白面へと殺到させた。

 数日前の鬼の妖怪は一刀両断して難を逃れたけど白面はどう対応する気か。


「舐めるなよ。これしきの水でどうとなる吾の炎ではないわ」


「そっちこそ、お前の知っている僕だと思うなよ」


 爆発的な熱量の増加を見せていた炎を無理矢理に押さえつける。

 本来相容れない二つが押し合いせめぎ合うその衝突は大爆発という形で終わった。

 辺りが水蒸気と土煙で視界を遮る中、僕と白面はお互いに術を放ち続けている。


『後ろから二つ、一秒後に左右と上から一つずつ』


 咲夜の報告と僕の感知能力が合わさることて不意打ちらしい攻撃は一切効かない。

 以前なら突破されていた水の防御壁も神水と流動性を用いれば格段に性能が上がる。


『こっちのも当たっていないわね』


「分かってる。座標は合ってたはずだけど……」


『何か絡繰があるのかもしれないわね』


 咲夜の眼からはそう簡単に逃れられないはずだけど、相手はあの白面だ。以前に咲夜の眼のことを知って対策をしていてもおかしくはない。寧ろしていて当然と言える。

 ならばそれは、白面にとっては視られても困らない状態にあるということ。

 尾の能力は幻術の類だと思っていたけど、もしかするとそうではない可能性がありそうだ。


「あれをどうにかしないことには攻撃が当たらないね」


『あっちからの攻撃は当たってはいるのだから、実体がない訳ではないはずだけれど』


 この上で隠している力があと一つ以上あるというのだから厄介極まりないったらない。

 とはいえ、攻めあぐねているのは向こうも同じ。時間を掛ければ如何な白面とて力は削れていくはず。

 僕を殺したくて短期決戦を望むはずの白面が長期戦を見越して力を温存している。それは何故か。


「咲夜。白面が何処からか妖力の供給を受けているという線はある?」


 長期戦が得意なのはこちらも同じではある。しかし、それは僕と白面に限ったこと。

 既に長時間戦い続けている景文さんの疲労も考えると謎を残したまま戦い続けるのは得策ではなく、かつ今のは僕は神様の維持にも力を割いているので霊力の消耗が更に激しくなっている。

 長期戦が得意だからと言って調子に乗っていれば取り返しのつかない事態になりかねないだろう。

 少しの間を空けて返ってきたのはあまり良い声色ではなく。


『……少し時間を頂戴。出来れば清花が白面に出来るだけ近付けるとより視やすいのだけど』


「難しいけど、やるしかないか」


 もし白面が咲夜の認識すら誤認させているとしたら、それを取り除くには僕が白面の本体に近づくしかない。

 しかしそれは向こうの思う壺でもある可能性が高い。

 景文さんと相談したい所だけど、白面がそれを許すかどうか。

 一度合流したいところだけど、あの手この手で合流を阻んでくるだろうことを考えると今は行動する方が良いと判断した。


「突っ込むから援護よろしく!」


 だから最短最速で分かりやすく伝える。白面にも聞こえてしまうけど、最大限に警戒している相手の動向なんて逐一把握しているものだから予告なしの突貫の方が不意を突けるはず。

 景文さんまで声が聞こえているかどうか確認する前に、白面の炎の海を結界を纏って突撃を敢行する。

 妨害も即座に襲い来るけど、それらは大量の水を勢いを付けて前方に押し流して前方に一直線に道を作る。

 当然、そんな分かり易い行動は攻撃の的になる。それを承知で突っ込んでいるのだから当たり前だ。


『空の上から来るわ』


「僕の感知外に置いておくのは賢いね」


『言ってる場合————いえ、待ちなさい』


 呆れられてしまったけど、来ると分かっている物を避けることはそう難しいことではない。

 それが例え白面の攻撃であっても、威力がどれ程の物であったとしても。


「そう来たか」


 ただし、それが避けられる物であった場合に限るとだけ言い直しておくとしよう。

 咲夜の報告通りに雲を突き破って現れたのは巨大な、そう巨大な岩の塊だ。

 それを呼称するのに隕石と呼ぶ以外のものを僕は知らない。

 超高層集合住宅並の大きさを巨大と形容するのが正しいのかは知らないけど、あの隕石がそれくらい大きいことだけは分かる。

 あれをいきなり生成することはまず不可能。であれば、今までの戦いの中で少しずつ巨大化させていったということか。

 あんなものがここに直撃すれば人間ではタダでは済まないのは子供でも容易に想像出来ること。

 だから選べるのは迎撃か回避の二択になる訳だけど、残念ながらここには非戦闘員の人たちがいる以上は逃げられない。そう考えるだろうと僕が出て来るまで落とすつもりがなかったのだ。


「白面……っ!」


「ククッ。……さぁ、選ぶがいい」


 僕が雨を降らせる以上、どうしたって雨雲は発生してしまう。それを視覚的に利用された形なのは相手が一枚上手だったということ。

 きっと白面はあれをこそ僕たちから隠したかったのだろう。自分の位置情報を撹乱させて意識を自分の周辺に集め、遥か上空にあるものを悟らせなかった。そのやり口には流石は大妖怪だと褒めてやりたいところだ。

 ともあれ、あの巨大な質量体ではただ落ちるというだけで脅威になる。白面がわざわざ手を加えて落下速度を速める必要すらない。

 僕の術ではあれを防ぎ切るのは難しい。術を伴わない単なる物質的質量攻撃は浄化の力とは相性が悪いからだ。

 だからこそだ。だからこそ、僕はあえてそれを無視する。


「任せろ」

「任せた」


 龍に乗って上空へ駆け上がる景文さんに視線は送らない。

 あれを破壊するに足る攻撃手段を持つのは彼の方で、ならば役割として僕がするのは白面を抑えること。

 接近戦を仕掛けに向かいながら走らせていた水を勢いのままに白面にぶつけ、真っ白な空間の中で確かに見えた。


「望み通りに来てやったぞ! 白面ッ!」


 人間の顔をしていても、やはりこいつは決して相容れぬ敵なのだと思い知らせる邪悪な笑みを浮かべる白面の姿を。


「あぁ、全ては計算通りだとも——さぁ、大いに殺し合おうか」


 互いに術師型。ただし直接肉弾戦になれば負けるのは必至。

 離れればまた位置情報を誤認させる力でもって攻撃を避け、今度は景文さんを攻撃するだろう。

 だから付かず離れず、それでいて相手からは触れられない立ち位置で攻撃をしながら全ての攻撃を避ける。

 白面の攻撃は炎を駆使した多様な攻撃だ。その炎は触れたそばから地面すら溶かし溶岩のように地面を赤熱化させ、辺りに猛火をもたらしている。それを打ち消さなければ僕が動ける場所がなくなってしまう為、必然的に僕と白面の戦いは場所の奪い合いになっていた。

 周辺の状況に気を遣いつつ、白面から気を逸らさずに攻撃を放ち続ける。

 やっていることはこれまでに大妖怪との戦いで経験したことの総結集だと言えるだろう。

 水の扱い方も、結界の使い方も、浄化の力の扱い方も、全て今までで一番の状態だという自負がある。

 白面にとっての最大の誤算はもっと早くに僕を引き摺り出せなかったこと。その間に大妖怪たち相手に大き過ぎる経験を積ませてもらったことだ。


『本体はそのままの位置よ。後ろから二、左から三、来るわ』


「よっと」


 白面から一メートル、三メートル圏内を動き続ける。絶対に止まることはない。

 今はただ動き続けて、攻撃に当たらずこちらは当て続ける。

 白面はこちらを捉えようと術を行使しながら肉弾戦を仕掛けてくるけど、生憎とこちらは大門先輩仕込みの回避術を会得している。そう簡単に捕まえられるとは思わないで欲しいものだ。

 そうしてぐるぐると回り続ける中で見つけた一瞬の隙を見逃す僕ではない。


「そこ、隙ありだよ」


「小癪なことを……」


 八岐大蛇ならすぐに抜け出せた結界による直接拘束も、白面は約零点五秒は時間を稼げる。

 その時間があれば圧縮水弾で撃ち抜くことは容易い。それにあれは威力を弱めることで幾つも待機させておけるし、それを使って白面の攻撃を相殺することも出来る。攻防において非常に使いやすい術だ。

 他にも霧状に拡散させることで一帯の妖力を弱めることも出来るし。白面の炎がそれを助長しているとすら言えた。


「どうしたの? 僕を殺すんじゃなかった⁉︎」


「言われなくともそのつもりよ」


 白面の攻撃は主に炎による攻撃になる。分体との戦いの時はもっと多彩な攻撃を仕掛けてきたはずだけど、それは恐らくだけど景文さんに潰されたという尾の力が戻っていないのだろうと考える。

 そう思わせて、の可能性も頭に入れつついかなる不意打ちも対処出来るよう心構えをしているものの向こうにその余裕の色はもう見えない。追い詰めているのはどちらなのか。


「そういえば、だ」


「何を……」


 周囲をぐるぐると周り続ける中で、白面の顔が恍惚としたものに変わっていくのが見えた。


「お主はあの男の過去を知っておるのか?」


「知らないと言ったら?」


 放っておけば語ってくれそうだったけど、白面は僕の様子を見て効果がないと見てか「つまらん」吐き捨てる。


「ではこちらはどうだ? つい先頃、お前の守りたい者たちへ向けてとあるモノを放っておいたのよ」


 これについては効果ありと見た白面の笑みが深みを増していく。

 だけど、残念ながらそれについては想定内でしかない。


「あの遺骨のことなら予想はしていたさ」


「ほう? ならば行かなくていいのか? アレはお主の結界を通り抜けて大切な者たちを呪い殺すぞ?」


「…………」


 良くはないに決まっている。出来るものなら戻っている。それをさせないのがお前だろうに。

 こうなると分かっていたからのあの笑みだ。自らの策略が成功することを笑っているのではない、ただ僕に対して精神的な負荷を掛け、驚愕し焦燥や憤怒を感じながら憎悪を滲ませている様子を見るのが心の底から楽しいだけだ。

 

「やれるものならやってみろ。冬香は過去の怨讐程度に負ける子じゃない」


「本心から言っているのであれば傑作よ。ククッ、ではあちらがどの程度保つか試してやるか」


「やらせると思っているのか?」


「ならば止めてみせろよ、浄化使い」


「言われなくても!」


 直後に上空にあった隕石が爆発した。どうやら景文さんがやってくれたようだ。

 飛散した瓦礫が降ってくるまでにはまだ少し時間が掛かる。その場合の状況は隕石を降らせた白面の方が熟知しているだろうし、あまり余裕を与えてはいけない。

 とはいえ、水の大部分は炎を消し止めつつ外に向かって押し留める為に使っていて攻撃に使える量は心許ないのも確かだ。

 少ない水量を神水にし、結界で攻撃を止める。これだけで白面を打倒することは不可能だろう。


 ————だと思っているのなら、それがお前の最期だ。


 力を隠しているのはそちらだけではない。

 霊具を通してでは出来なかった術の使い方が今の僕にはある。

 未熟なまま扱うのは危ないからと今まで一度たりとも本番では使ってこなかった技だ。

 今まで読んだ大蓮寺家の文献にも記載はなかったし、恐らくは景文さんだって知らないだろう。

 ここまで近付けているということが白面でも知らないことを確定させている。

 欠点があるとすれば、近接戦を避けるべき僕があえて近付かなければいけないという点。

 本来は近距離型の相手に掴まれてしまった時の奥の手ではあるけれど、それが攻撃に使えない訳ではない。


「何か考えがありそうだな」


「試してみる?」


「普段の吾ならあえて受けてやるところだが、お主に対してはお断りだ」


 つれない事を言う白面だけど、その言葉に侮りはない。

 本気で僕が何かしら策があると考えていて、それに対して最大限の警戒心を露わにしているのが分かる。

 こちらから近付こうとすれば警戒されて距離を取られてしまう可能性が高い。

 出来れば向こうから来てくれれば良いのだけど、こうなったら状況を最大限に利用するしかないか。


「いいの? 自慢の術が砕かれたようだけど」


「あれは単なる囮よ。本命はこちらなのだからな」


 途端に首筋にチリチリとした嫌な気配を感じ、咄嗟に”纏”を張って身を守る。直後に首元を硬い鉄のようなものが過ぎ去って行った。

 辛うじて視界に入ったのは刀のようなもの。遠隔で操ったにしては力の入り具合がおかしい。

 まるでこれを行った何かに意思があると感じる。それはつまり——


「分体か」


 そもそも白面と最初にやり合ったのはその分身体に過ぎないことは今を持っても忘れてはいない。

 あの分体の強さ程度であればと半ば無意識に戦う対象から外してしまっていたけれど、その強さ自体も思うがままならば話は別だ。

 しかもその存在を例の空間を誤認させる力で誤魔化しているし、一撃離脱して僕に近くにはいないようにしている。

 この瓦礫が降っている場所では思う通りに動けなくなるだろう。

 内心では舌打ちしてやりたい程にやりにくい相手だ。

 他の大妖怪のように力押しではなく策を弄してくるところで本当に手強く感じる。


「……殺ったと思ったのだがな。やはりお主の察知能力を上回るのは難しいらしい」


「追撃がないようだけど、分体は一体しか作れないの?」


「さてな。それよりも、そろそろだ」


 景文さんが隕石を砕いた時に下方向へと飛散した瓦礫の一部が地面へと届き始めていた。

 次に降ってくるのは拳ほどの大きさから軽自動車くらいのものになることは分かっている。

 まともに当たれば大怪我は確実、当たりどころが悪ければ死ぬ可能性すらあるだろう。

 その上で白面とその分体の攻撃を凌がなくてはいけない。

 流れ出る汗を拭う隙すらこの先はありはしないだろう。

 自分だけは大丈夫だとでも言うように、瓦礫の雨が降る中で白面は獰猛に笑う。


「”これ”自体に吾の意思はない。どう避ける?」


 本当にこちらの嫌がることをしてくるものだ。


「人の本性って顔に出るってよく言うけど、今の自分の顔を見たことある?」


「そんな吾も美しいだろう?」


「自信満々で羨ましいくらいだよ」


 その美貌も瓦礫で隠れた訳だけど。

 同時に足元を刀が通り過ぎる。”纏”が外見では衣のように見えるから足元は機能していないと見たか。


「ぐっ⁉︎」


 だけど生憎とそれは見かけだけの話。実際には足元を含めた全体を覆っているので問題はない。

 そして二度目ともなると流石にやることは分かっているので攻撃と同時に反撃をさせてもらった訳だけど。これを分からない白面ではないはず。まるでわざとやられる為に襲いかかって来たかのようだ。

 すぐに離脱して再度距離を取ろうともしないことも疑問だ。

 そうなると、これは何か目的があると見た方がいい。


「真に厄介なのはその勘の鋭さよな」


 分体が燃え上がり、同じ場所に白面の本体が現れる。

 入れ替わりの能力を今の今まで隠してきたのはこの時の為。

 僕と白面との距離は一メートルもない。

 腕を伸ばせば届く、そんな距離だ。


「清花ァァァーーーッ!!」


 上空で景文さんの声が聞こえるけど、流石にこれは間に合わないだろう。

 腕に炎を纏った白面が貫手の構えを見せている。その手に纏っている力の迸りは尋常のものではなく、もし何の抵抗もなく当たれば瞬く間に灰となって散って逝くことは間違いない。

 同時に現れた複数の分体たちが同時に攻撃を仕掛けてきており、その殺意の高さからして”纏”が剥がされる可能性が高い。

 周りには落ちてくる瓦礫だらけでまともに逃げ場はない。

 今から遠くへ退避することも、景文さんによる救助も不可能。

 詰まる所、これは白面としても必殺のつもりでの攻撃と見ていい。

 だからこそだ。ここが勝機と見た。


「血迷ったか!」


「残念! 正気だよ!」


 やることは攻撃に対して防御をすることではない。こちらから迎え撃って出ること。

 貫手に対して手のひらを掲げ、あえてその部分だけ結界を解除して貫手を受け入れる。

 ただし手のひらに力を集めることで炭化しないように抵抗はさせてもらう。


「これで止めたつもりか! そのまま灰となって消えるがいいわ!」


 手のひらを貫通されたことで激しい痛みが走るし、血もかなり出ている。

 このままではいずれ焼き殺されることは確実だ。

 しかし、これで逃げられないのはお互い様ということだ。


「止められたのはどっちかな?」


「何っ⁉︎」


 痛みを堪えながらも貫通した手で白面の手を掴む。

 そこにありったけの力を注ぎ込んで未だ誰も使用したことがないだろう、浄化の”氷”を行使する。

 繋がった場所から水よりも硬く、冷たく、そして何よりも妖怪にとって致死的な痛みを伴う氷が体を覆い尽くそうと手を伸ばしていく。

 これは数少ない僕自らで考えた浄化の力を使った”必殺の術”だ。

 神水よりも更に浄化の力を凝縮させた結果として発生し得るこれは、何よりも扱いが難しく最終奥義として位置付けた術。

 これに比べれば雨を降らせて結界を張るだけの浄罪は簡単な部類だとすら言える。

 遠距離で戦いたいのに近距離でしか使えない未完成の技だけど、その分だけ効果は強力無比なのは知っている。

 その脅威は今まさに初めて見たはずの白面でさえ如実に感じ取っていた。

 

「さぁ、どっちが先に果てるか勝負だ! 白面ッ!」


「う、おおおぉぉぉぉぉーーーーーッ⁉︎」


 ここに来て初めて白面は自分が死ぬかもしれないという表情をしていた。

 だけど逃す訳にはいかない。左手でも白面の衣服を掴み、絶対に逃さないように押さえつける。

 力を右手に集中している分、焼けるような痛みが全身を襲うけど、ここで逃がせば次はない。

 このまま、仕留め切る!


「は、離せ……っ! このままではお主まで燃え尽きるぞ!」


「その前にお前が浄化される方が先だ! 僕には自分で回復出来るだけの力がある!」


 それこそがこの勝負を挑むに足り得る理由だ。

 全力で力を行使している今なら焼かれたところで再生をするからこの程度で死ぬことはない。

 対して向こうはこの氷が体を包み込めば死に至る。

 例えそれが大妖怪だろうと関係はない。これはそういうものなのだから。

 分体の攻撃がいくつか体に刺さるけど、それらを無視して氷を更に拡張させていく。

 これは抜け出せないと判断したらしく白面は絶叫を轟かせながら真なる姿へと変え、九つの尾を持つ巨大な狐の姿へと変貌した。

 確かにこれなら僕からの拘束は外れるだろう。

 けれど、白面はある重大な失敗を犯していた。

 それは巨大化したことで自らが降らせた瓦礫に当たる確率を上げてしまったこと。

 如何な白面とて、大きくなって人間の十倍以上もの姿になったところで実体を持つ以上は直撃は避けられない。

 それが致命打にはならなくとも、そのせいで回避行動そのものが出来なければ意味がない。


「これで終わりだよ」


「おの——」


 瓦礫から逃れると同時に白面の真下に移動した僕は、その心臓部へと手を当てる。

 今ある全ての霊力を氷へと変えて、抵抗する妖力すら全てを凍てつかせる力に変える。 

 最後の抵抗とばかりに押し寄せる炎すら凍らせて、周囲の全てを、分体すら含めて氷の彫像へと変える。

 すぐに全身まで凍っていった白面は氷像と成り果ててそのまま永遠に動きを止めた。


「————」


「……はぁ、はぁ」


 物言わぬ彫像となった白面を頭上から降り注ぐ瓦礫が覆い潰していく。

 もしかしたら瓦礫のせいで氷が砕け、白面が再び動き出すかもしれないという予感が過ぎる。

 それを何とかしようとするも、霊力が思った以上に空に近いことに気付いてすぐにこの場を去ることを決めた。

 けど、足が思うように動かない。どうやら先ほどの攻防の中で白面の分体に足をやられてしまっていたようだ。


「さて、どう凌いだものかな……」

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