三話-2 共生不可
咲夜の視界を通して各地を支援すること追加で十回。
討伐に成功した大妖怪は結界術師と一緒に倒したのを合わせて合計で五体になった。
大妖怪以外の残りの箇所は一級などの高位妖怪が大量発生していた地域への支援だ。
それら全てを終えてこれまでに要した時間は六時間。実は殆どの大妖怪相手にはあまり時間は使っていない。
何しろ存在が極まった同士の戦いは一つの技そのものが必殺の応酬となっているせいで短期決戦になりがちだからだ。
先日の結界術使いが防御重視の持久戦に特化した術師という例外なだけで、あの結界術師を含めて全ての術師は”必ず勝てる技”を持っていた。まともに当たりさえすれば必ず殺せる技が飛び交えば、それは決着も早くなるのは当然だ。
妖怪が力押しで来るのは何となく理解出来るものの、退魔師側がその手を選ぶのは恐らく千日手になれば体力で劣る人間が勝てる道理はないからだろう。どうしたって人と妖怪では基本的な肉体的性能に差があるのは仕方がないから。
僕だって戦いの最中で術師たちの技を模倣したりして技術を向上させてなければ危うい場面だって多かった。大妖怪相手に楽に勝てた戦いはただの一つだってありはしない。
都合四回、過度に酷使したせいで頭に鈍い痛みが走る中、休憩の合間に時計を見やる。
「……六時間か」
人が全力で動き続けられる時間には限りがある。六時間はその限界をとっくに超えていると言っていい。
先日の鬼の妖怪の時でも三時間。実際に肉体を動かしていない僕でも極度の疲労を感じていたくらいだ。それを超える時間を戦い続けているとなるとどれほどの疲労があるのか分からない。
あの人は今も戦い続けているのを肌で感じている。きっと今にも限界を向かえそうだけど、気力を振り絞っているに違いなかった。
今だって消えそうなくらいの霊力しかないのに戦っている。これを何度か感じているということは、以前に柴井老がやっていた命を削って霊力を生み出す方法か、それに近いことをやっている可能性が高いだろう。
このままではいけないとは考えている。すぐにでも助けが必要だ。
しかし特級退魔師同士は遠く離れ過ぎているし、何かしらの妨害もあってかすぐには来れないらしい。
それに大妖怪との戦いで勝った人たちは限界まで力を行使したせいですぐには動けない人が多い。
つまり援軍はないと考えた方がいい。後はもう時間の問題ということだ。
「いいわよ」
「えっ?」
いつの間にか強く握っていた拳にそっと手が添えられる。
見れば咲夜が仕方ないといった困ったような、でも少しだけ笑ってこちらを見ていた。
「行きたいのでしょう? なら行ってきなさい」
「でも、まだ、全部は終わってない……」
僕が関わった相手は全勝はしている。それでもまだ大妖怪が数体こちらに残ったままだ。
単独での勝利報告もあったようだけど、おそらく報告はされていないだけで誰かは敗北もしている。その地域の援護も必要だ。
依然として戦いは続いている。あとどれだけ続くのか分からない長い長い戦いが、まだ……。
景文さんも心配だけど、同じくらい他でまだ戦っている人、助けを待っている人も心配だ。
もしかしたら彼なら大丈夫かもしれない。
そう考えると先に助けるべき人がいるのではないかと、二の足を踏んでしまう。
「彼が負けたら結局援護は出来ないのだから仕方ないでしょう。だったら、さっさと向こうを片付けて戻ってきなさい」
「ここはどうするの? みんなだってもう疲労困憊でしょ」
「彼や貴方と違って都度休めているのだから少しくらい平気よ。ねぇ?」
同じく相当疲労しているだろうに、咲夜は毅然とした態度で周りを見渡した。
予見した通り、結界に穴を開けてこちらに殺到した妖怪については冬香が維持した結界に阻まれていた。その冬香の負担を減らす為に千郷と大門先輩が結界の外で戦い続けていた。ここにいる全員が疲弊している。
ここで僕が離れて万が一のことがあれば全滅しかねない。
即決は出来かねない問題にも関わらず、しかしみんなの反応は温かいものだった。
「清花さんの霊具もまだ数はありますし、実は前にお見せした大蓮寺家の霊具に少ないですが霊力も込めて持ってきたので大丈夫ですよ」
「そうそう。作り置きの武器もまだまだあるしね。だからちゃっちゃと片付けて来なよ」
長時間の結界の維持をしている冬香も、格上の妖怪を相手にして怪我もしていた千郷からも頷いて背中を押してくる。
「ここまで大多数の人の為に動いた清花お嬢様が少しくらい個人の為に動いても誰も文句は言いませんよ」
言いながら大門先輩が色々と渡してくる。
片耳に付ける種類の無線機や栄養剤など、今まさに必要なものばかり。
受け取った機器を倉橋さんが手に取って僕の耳に付けてくれる。
「後悔しないように生きなさい。私に言えるのはこんなことだけですが」
「……いえ、ありがとうございます。みんなも、ありがとう」
考えていた作戦の内には僕が結界を維持しながら援護が期待出来るところまで撤退するというものもあった。
その時には景文さんもという内容だったはずだけど、ここまで頑なに時間稼ぎをしているのは僕たちが去るまで残るつもりなのだろう。
彼のことだから呼び掛けても動こうとはしないのは短い付き合いでも何となく分かる。
いざとなれば力尽くで引っ張ってでも連れて帰らなければいけない。
「行ってくる! 呼んでくれればすぐに戻るから!」
他の特級退魔師の増援なんてもう待っていられない。
支援がないと文句を言うのなら言えばいい。その時はこちらも好き放題に言わせてもらうだけだ。
ただ霊力量は……限界まで使っていたからかなり危うい。けど、回復を待っている時間もない。
……彼次第ではあるけど、間に合えさえすれば策はある。
(問題があるとすれば僕の方、か)
訓練場を出ればすぐに外には出られる。そこから彼の元へはそんなに遠くはない。
通路にはまだ妖怪が残っていたので通りがけに始末してから急いで向かう。
どこへ向かえばいいのかはずっと聞こえている破壊音と強烈な妖力の気配が教えてくれた。
自らの足では遅いから水流を発生させてそれに乗って移動する。
辺りは大量の木々があったはずだけど、戦いの余波で根こそぎ破壊されていて見晴らしが良くなっていた。
だから見つけるのは容易だった。勢いのまま彼の前に出て防御壁を展開する。
「浄界!」
受け止める白面の術はやはり強力だったけど、五回もの激闘を遂げた今の自分は昨日までの自分ではない。
「清花さん⁉︎」
来ないと思っていた相手が来たからか、凄く驚いているように見えた。
やはりと予感が確信になったことを感じつつも、相手は大妖怪なので無駄口は慎む。
一枚では心許ないので続けて結界を連続展開してから彼の元へ駆け寄り、単刀直入で頼むことにした。
「僕のことを信じて残りの霊力全部使って結界を作って欲しい」
無事かどうとか、怪我はどうとか聞きたいことはある。だけど今はそれを脇に置いておいて、まずは自分の要望のみを伝える。
景文さんも色々と言いたいことはあるだろう。顔がそう言っている。けど、それでも彼はグッと言葉を飲み込んだ。
「分かった。全部でいいんだな?」
「いいの?」
「考えがあるって顔してるからね。…………あっ、信じてるからって訂正していい⁉︎」
結界を張りながら何やら変なことを言っている。実は来なくても平気だったのではと思うくらいの軽い冗談だ。
でもそれは僕がいるからこその虚勢であることくらいは分かる。
男としての譲れない意地がそこにはある。理解出来るからこそ、そこにはあえて触れないでおいた。
「それは伝わってるからいいよ。それで……」
結界は展開された。僕のと合わせればこれからすることに対して十分な時間は稼げるはず。
それでも時間は多くは残されていない。やるならば早くすることに越したことはないだろう。
「つ、次はちょっと目を瞑っておいてくれないかな?」
「目を? いいけど……」
戦場ですることではないことは理解している。だから早くしなければいけないことは頭では分かっている。
だから”これ”は自分だけの問題で、”これ”は今の状況に比べれば取るに足らない小さな問題でしかないことも理解している。
胸を打つ大きな鼓動は嘘を吐かない。
だからこそ、”これ”こそが今の自分の行いが正解なのだと思い知らしてくれる。
「ごめんね」
未だ秘密を打ち明けないままこんなことをするのは申し訳なく思う。
だけど今の状況ではこれ以上の正解は望めない。もしもの時は仕方がなかったと諦めてもらおう。
軽く息を整えてから息をたんまりと吸い、彼の顔を手で固定して、自分の顔を近づける。
「んむっ⁉︎」
「動かないで。そのままで」
触れた瞬間に彼の体がびくんと跳ねて目を開けるどころか逆に強く閉じたことから、多分だけどやっていることは何か分かったとは思う。だけどそのことについて問答している暇はないので人差し指を押し当てて喋らないようにしてから再び頭を両手で固定する。
先ほどは軽く触れた程度だったけれど、確かに霊力が上がったのを感じる。
この行為によって、で間違いない。
後はどれだけ増やせるか。これは続けてやってみることで効果を実感出来るはず。
「少し息を吸って。止めて。……少しだけ我慢しててね」
息が続く限り続ける。ただそれだけの行為。
たったそれだけなのに恥ずかしさか、緊張か、それとも別の何かの理由からか心臓がやけに煩い。
こんなことは初めてだ。
それに触れている部分から伝わる熱が自分を焦がしているかのように体が熱い。
自分も目を瞑ればそれに関しては解決は出来そうだけど、この行為自体の意味を自分が頭でよく理解しなければいけないからそれでは意味がない。だから目は逸らさない。きちんと正面から見て受け止める。
故に、と言うべきだろうか。霊力が体の奥底からどんどんと湧いて出てくる。
自分という器から溢れた霊力を結合した部位から流し込む。
この行為はただ手を繋いだりするよりずっと効率が良い。何倍も、何十倍も意味がある。
「……結構、溜まったと思うんだけど」
行為を続けること体感で五分くらいだろうか。結果として霊力の底上げには成功した。
今までにない上昇幅だった、と思う。
効果が実感出来るほどの量は今まであまり経験したことがないくらいだ。
その上昇した霊力をそのまま景文さんに注ぎ込むことでお互いの霊力をほぼ全快にまですることが出来たはず。
彼の場合はその全ての霊力を僕のモノに置換した形だからいずれは全てを排出しないといけないけれど。
それはこの戦いで吐き出すことになるのは分かりきってきたことだから問題はない。
「どう、かな? あっ、もう目は開けていいよ」
「あ、あぁ。確かに、凄い量だけど……」
「他人の霊力は体に合わないから出来るだけ早く使い切るようにしてね。無くなったら、また……補充する、から」
「えっと、何というかそれは……お願いします?」
「また敬語になってるよ」
語りが普段の倍は早い自覚はある。自分らしくないと思いつつも止められない。
口が走るとはこういうことを言うのだろう、と取り留めのないことが頭を過ぎる。
こんなことも初めてだった。
「清花さんは大丈夫……なのか?」
「大丈夫だよ。ほら……」
僕の霊力も後方支援でほぼ使い切っていたけれど、今は十全に満ち満ちている。
化装術の代償のことについては、今は考えない。それは全てが終わった後でだ。
ピキッ、と僕の結界の外側にあった景文さんの結界に罅が入った。
とりあえずの問題については間に合ったと思っていいだろう。
心が急速にあちらに向いていくのが分かる。羞恥心だとか、別の何かだとか、そんな気持ちは奥の方に仕舞い込む。
それは彼も同じようだ。
「相手は白面で合ってるよね?」
「あぁ。アイツで間違いない。もう一体いたけどそっちは藤原家の御隠居が相手してる」
「藤原家の……」
当主ではなくご隠居とは、と色々聞きたい気持ちはいらないからと投げ捨てておく。
この場にいないということはまだ勝負が着いていないか勝ったとしても助力出来る状態にないかだ。
もしまだ戦闘中だとしても白面と同格の相手に今の今までやり合えているのなら問題ないはず。
ただ藤原家の御隠居という人が負けたとして、その相手がこちらに加勢しに来る可能性は考慮しておく必要はあるだろう。
だからその前に白面をやれれば御の字といったところか。
「渡した霊力に浄化の力も混じっていると思うけど、調整する時間は要る?」
「戦っている間に慣れるから大丈夫だよ。心配無用ってやつだ」
「それじゃあ僕が合わせる形がいいかな。今日だけで何回もやってたからかなり慣れてきたんだよ? 大妖怪だって何体も倒してきたんだから」
「それは頼もしいな。じゃあ大いに頼らせてもらうとするか」
景文さんの結界と僕の浄界が割れて外の世界との隔たりが無くなる。
と同時に圧縮した水を放つ。
八岐大蛇の鱗を貫通し両断しえた技だけど、敵に対して真っ直ぐ向かったはずの術は軌道が逸れたように外れていった。
見た限りでは空間そのものが捩れたように感じたのは気のせいではないはず。
「久方振りだと言うのに随分な挨拶だの」
「挨拶を交わすような間柄でもないし構わないでしょ? ……うん?」
景文さんも白面も術を多用する術師型の戦いを好んでいるから距離を取っていた関係上、向こうの姿形がハッキリとは見えていなかった。それが段々と見えてくるようになって気がついたことがある。
あれはどう見ても和装の日本人女性だ。
「女性? 前に見た時はお爺さんじゃなかったっけ」
「たわけ。あれは偽装に決まっておろうが。あの姿が正体と思われては吾の沽券に関わるわ。まぁ、これが正しい姿という訳でもないのも確かだがな」
そういうことらしい。確かに尾は九本あるから九尾の狐には違いないのだろう。真の姿というのも狐の姿のことだと思われる。
記憶にある言い伝えでは人間に化けている間の名前は玉藻前だったか。それがあの姿という事らしい。
同じく伝承によると絶世の美女らしいけれど、確かにと納得出来る美貌がそこにあった。
「景文さん。顔が綺麗だから倒せなかったって訳じゃないよね?」
「酷い誤解だ! 俺は妖怪相手になんてどうとも思わない!」
「少々傷つくのぅ。これでも数多の男を手玉に取ってきた実績があるのだがな」
それぞれの言葉はあれでも、その間に行われている攻撃は当たれば必殺の応酬だ。
霊具の制約から外れた圧縮水の威力は更に増しているから当たれば白面と言えどもタダでは済まない。
だけどそれは先程も見た何かの術で逸らされていてあたってはいない。
景文さんの出す式神は以前に見た龍が二匹と鬼が一体。どれも以前の時以上の動きを見せている。
竜の口から出る雷撃はあの八岐大蛇を彷彿とさせるような破壊力の熱戦が放たれ、鬼の持つ武器から繰り出される一撃は地面を大きく陥没させ白面の術すら破壊してのけている。それらを操る景文さん自身から放たれる五行を司る陰陽道の術も無視出来ない威力を誇っていた。
それでも、押し切れない。
「うーん」
手数で言えば先ほどまで景文さんが戦っていた時よりも増えている。にも関わらず攻撃が当たる気配がない。
向こうの攻撃も防げてはいるので劣勢という訳でもないけれど、どうにも腑に落ちない。
殺意が他の大妖怪に比べると薄いというか、景文さん一人と戦っていた時とは何かが違う気がする。
「時間稼ぎかな?」
「ほう、流石に分かるか」
「隠そうともしてないからね」
僕が来るまでは全力で戦ってこちらを焦らせておいて、まんまと釣れたら今度は手を抜いている。
いや、違う。景文さんとの戦いでは全力ではなかったのだろう。僕が来る理由を作る為に全力に見せかけて適度に手を抜いていたのだと思う。
業腹だけど白面ほどの歴戦の猛者であればそんな芸当も出来て当たり前なのだろう。
駆け引きにおいては上回ることは難しいと考えた方がいい。
しかし余裕のある相手から有利を取るには余裕を無くさせる他にないのも確かだ。
「じゃあ、これならどうかな?」
退魔師にせよ妖怪にせよ術師型の多くは術の精度を上げる為にあまりその場から動かないことがある。
特に白面のように自分の術式に自信のあるような場合はそうだ。そういった相手にはあれが効く。
「むっ?」
正六面体の浄界を白面を中心にかなり大きめにして生成し周囲の空間丸ごと閉じ込める。
これなら発生する瞬間を見極められても脱出は難しい。
その後は結界そのものを段々と縮小することで最後には一切の身動きを封じるというもの。
特級の結界術師の真似事だけども、何度かやったことで発生から完成までをかなり短縮出来るようになった。
この技は相手をしてきた大妖怪の内の一体を仕留めるに繋がった技だ。完成度とその性能には自負がある。
「これしきのことで殺れると——ぐっ」
結界内部で発生させた力によって何らかの妨害をかき消したことでようやく圧縮水弾は白面を貫いた。
おそらく空間そのものを捻じ曲げる高度な術ではあるけれど、この結界内ならそれにも干渉出来たようだ。
「これならさっきの空間を曲げるやつは出来ないでしょ?」
結界内での空間掌握能力の勝負なら単純な力比べになる。であれば霊力量に物を言わせられる僕の軍配が上がると思っていた。
圧縮した水が肩を貫いてかなりの損傷を与え、残留する浄化の力は無視出来ないはず。
重い一撃が直撃したこれでもまだ時間稼ぎに徹していられるか。
「この短期間でよくもまぁこれ程の……。やはり其方だけは生かしてはおけぬな」
「最初からそのつもりで仕掛けてきたくせによく言うよ。でもいいの?」
「何をだ?」
「僕ばかりに気を取られててって意味」
今まで戦っていて手の内を見られている景文さんでは白面の余裕を崩すことは難しい。
なので崩すのは僕に任せて彼は気配を絶って追撃の準備に入っていた。そこまでは白面も承知していただろうけど、本当に崩されるとは思っていなかったのだろう。
「そういうこと」
対して景文さんはきっちりとその時に合わせに来ていた。
背後から接近していた彼に合わせて結界を解除して道を作り、挟み込む形で追撃を仕掛ける。
地中からは彼の式神が進行しているし、僕の方でも水を放つ準備は出来ている。
ギリギリまで妨害をしていたお陰で空間に干渉する術で防御することは難しいはず。
一斉攻撃が仕掛けられるその時、火の粉が蝶のように宙を舞った。
「小童共にしては上出来だと褒めてやろう」
白面の尾の内の一本が真っ赤に燃え上がったと認識したと同時に視界までもが赤一色に塗りつぶされた。
火の粉が星のように煌めき、辺り一面を赤一色へと変えたそれからは肌を焼くような痛みを持つ熱波が迸る。
僕は瞬時に大量の水をぶつけて相殺したことで大事には至らなかったけど、相手によってはあれだけで勝負が着きそうなくらいの熱量だった。問題はそれが今も白面を中心に展開されていることだろう。
「清花さん、あれには直接触れないように。直接触れると骨も残らないからな」
「その方が良さそうだね。もしかして、あれが狐火ってやつなのかな?」
「その通り。何とか他のは六つまでは潰したんだけど、あれには手を焼かされていて」
「六つ? ……なるほど、つまり尾の数だけ特殊な力があるのか。あれと同等の力だとすると、よく潰せたね」
「まぁ、そこ止まりだった訳でもあるんだけどな」
「それでも偉業だと思うけど」
ともあれ、これで七つ目。あと二つは何かしらの力があると掛かった方がいいということ。
しかし、この局面で力を出し渋るのは一体どういった了見か。
「あの力は一つずつしか出せないの?」
「いや、俺が見た限りだと三つまでだ。それも嘘の可能性もあるし、他の尾が復活してる可能性もある。警戒だけはしておいてくれ」
潰したということは使用不可能な状態ということだろうけれど、それすらも向こうの罠だと心構えはしておいた方がいいということか。
「残りの二つについては?」
「まだ出してないな。いや、既に使っていると見るべきか?」
この後に及んで出し渋るとは考え難い。考えられるとしたら特殊な使用条件があるか、ここに来る前から使用出来ない状態にあった可能性もある。あまりに楽観した予想だからこれを前提とすることは出来ないけど、少なくとも既にその内の一つは判明しているという優位は持てている。
これで咲夜が白面を出し抜くのは二度目になる。
「直接の戦闘向きじゃないとしたら、一つは幻術かな。あの火の海に紛れて自分の位置を撹乱しようとしてるみたいだね」
耳に付けた機器から咲夜が注意を促してきた。目に見える情報に惑わされるな、本体は違う場所にいると。
居場所を逐一報告されていると知られると咲夜たちの所が狙われかねないのであくまで自分が見破ったという体にしておく。
僕の方でも妖力の発生源や殺意の位置などから大体の位置は掴めているのでこれが見抜かれることはないはずだ。
「幻術か。それは俺たち自身に掛けられているものではなく?」
「術師に直接作用する力は浄化の力で防げているはずだよ。だから空間に対して作用させて視覚を物理現象として誤認させているんだと思う。僕の力で打ち消せていないってことは単なる術って訳じゃないと思うし、その尾の力って認識した方が納得かな」
「なるほどな。それなら対処のしようはある」
「じゃあ各々で対処するってことで」
何か術の準備をしているみたいなので、邪魔をさせないように雨を降らせて火の勢いを弱めつつ圧縮水弾を放つ。
しかしまたしても空間を歪める術に水の軌道が逸らされてしまう。
圧縮して放つ水は速度と威力こそ優れているものの、その威力のせいで放った後の制御は不可能で直線に進むしかない。
当てる為にはやはり結界に閉じ込める必要があるけど、あの陽炎に幻術の組み合わせをされてはそれも難しい。
点や線での攻撃ではあの守りを突破することは困難なのに面での攻撃では威力が足りない。
(大妖怪ってこんなのばっかりだな……)
刀を持った鬼然り、八岐大蛇然り、大妖怪というのは誰もが一癖も二癖もある相手ばかりだ。
一体として同じ手段が通じる相手ではなかったし、その度に対応策を考え出すのももう慣れたようなもの。
向こうが悠長に時間稼ぎをしてくれるというのならそれを利用しない手はないだろう。
『清花! もう一体がそっちに向かっているわ!』
涅槃浄界の祝詞を唱えようとしたその時、咲夜の声と同時に空に禍々しい気配を感じ取った。
和装で人の形をした男は現れた時の勢いを殺してその場に留まってこちらに目線を向けた後、手に持っていた何かを投げつけてきた。
受け取ったのは力無く横たわるしかない男性の老人。
急いで治癒しようとして、それが無駄だと悟る。
心臓は鼓動を止め、既に息は絶えている。肉体を治せたとしても魂がこの体にはなかった。
僕という存在がいるから徹底的に復活の芽を摘み取ったことが死体から伺える。
幸いというべきか、この遺体を利用して攻撃を仕掛けようとはしないのか、妖怪は何やら話し合っている様子。
この人の死を悼む暇などなく、せめて今の内に老人の遺体を水に乗せて攻撃の被害に遭わないところまで運んでおく。
「……ふむ。こちらはまだ終わっていないのか」
「それはこちらの台詞よの。もっと早く仕留められなかったのか?」
「いや何、この時代の術師にしては出来の良い方だったのでな。それもただの人間にしては中々に楽しめたぞ」
「やれやれ。これだから戦闘狂は困る。何の為にここにいるのか忘れておるのか?」
「そこにいる浄化使いの小娘を殺すのだろう? 穴蔵から出てきた小狸如き仕留めるのに全力を出すのはどうにも気が引ける」
「そんなことを言っていられるのも今の内ぞ。そら、来るぞ」
圧縮した水で男の妖怪がいた場所を斬る。肉体に妖力を漲らせ余裕綽々に受け止めようとした男の腕を切断し、逃げた所を結界で捕まえてあらゆる角度からめった斬りにして賽子状に切断したところで結界内を神水で満たし、残った物を全て浄化してこの世から消し去る。
呆気ないとは言わない。最初に斬りつけた時に発生した別の妖力が、たった今死んだはずの個体と同一のものだったから。
おそらくは分身体か、それに近い何かだろう。
その男の妖怪の方は目を見開いて豪快に笑い出した。
「何と。これは予想以上だ。分け身でなければ死んでいたところだったぞ」
「その黒装束にしぶといところからすると、ゴキブリの妖怪ってことでいいのかな? 何か触覚っぽいのもあるし。正解?」
「はっはっは、何とも面白い娘だ。……殺す」




