二話-6 高い壁と課題
結果から言うと、退魔師側の勝利だった。
真の力を更にあと三つか四つ見せつけた強敵ではあったものの、それは退魔師側も同様で更なる実力を見せつけた。
二対一のお互いの実力は拮抗に近く、放っておけば三日三晩は戦いそうなくらいには膠着した状況が続いていた。
やはり勝敗の分け目は浄化の力によるものだったのだろう。
妖怪側は常に力を削られ続けているのに対し、退魔師側は浄化の力によって疲労を回復し続けている。
向こうの傷は浄化の力のせいで治りが遅いのに、こちらは致命傷でなければ回復させられたのも大きい。
いかに大妖怪が人間以上の持久性を持っていたとしても、この長期戦の戦況になった時点で勝敗は決まっていたと言っていい。
戦っていた時間は体感では半日近いものだったけれど、実時間では三時間にも及ぶ激闘だった。
手を変え品を変え、二度と同じ攻撃をしない両者に対し、僕も相応の対応を迫られていた。
……もし別の大妖怪が同時に攻め込んできていたら、また話は違ったはず。
二対一という人間側の有利な戦いにも関わらずこの結果だ。
確かに勝ちはしたけれど、正に精も根も使い果たした戦いだったと言えるだろう。
そして流石に長期戦過ぎたか、終わったと認識したと同時に頭に鈍い痛みが走る。
流石に精神的にも消耗が激しかったことを今更に自覚した。
もう少し長引いていたら危ないところだったかもしれない。
「接続を切るわ」
「うん。お願い」
お互いにそれ以上の言葉を交わすことはしない。出来ないという方が正しいか。
長時間も能力を行使し続けるのは精神を磨耗させる。簡単に言うと、凄く疲れた。
自分の命を懸けた訳ではないにしろ、気を抜けば特級退魔師が命を落としていたかもしれなくて。その場合、次は付近にいた民間人や退魔師が犠牲になっていた可能性があった。それを考えれば一瞬たりとも気を抜けなかったのは特級退魔師だけでなく僕たちも同じだった。
長らく咲夜の視界と繋がっていたせいか、今は逆に自分自身の感覚に違和感を感じる。
こういう時は目を瞑って拳を握っては開く行為を繰り返すといいと命ちゃんから教わっているのでそれを実践する。
少ししてようやく体の感覚を取り戻して目を開けると、周囲からはホッとするような息が漏れ出ていた。
「お二人共、大変お疲れ様でした。現在は追加の敵は現れていないそうですので、今の内に湯浴みをしてきては如何でしょうか」
「替えのお召し物はこちらに。必要でしたら背負って行きますが如何致しますか?」
意識が戻った時には僕たちの額を倉橋と大門先輩がそれぞれ拭ってくれていた。気づかなかったけど、随分と汗を流していたみたいだ。着ている服が汗を吸ってビッタリと体に張り付いているのが分かる。
ついでに用意してくれていた飲料水も口に含んでおく。
貰ったそれを咲夜にも手渡すと、彼女はそれを軽く飲んでから辺りを見渡した。
「まずは状況確認からよ。岩蔵さんは?」
「私はこちらに。討伐完了の報告を受けてたった今こちらに参りました」
「それはご苦労様。とりあえずは、一体。ただの後方援護だったけれど、お役に立てたのかしら?」
「勿論です。あの戦場を直に見ていたのならお分かりかと思いますが、大妖怪相手はかの特級退魔師とて一対一でも危うい。今回も清花様の助力なしでは負けも有り得たでしょう。それは戦った本人からもそう申しつかっています。いつかお礼をしたい、とも」
「大いに期待していると返しておいて頂戴。それで、まだ私たちにして欲しいことはあるの? 他に何か異変があったのなら教えて。連戦は流石に厳しいから休憩時間を考えたいの」
「今のところは特に御座いません。予見によると今日はこれ以上は出現しないそうなので、どうぞごゆっくりとなされて構いません」
「そう。……分かったわ。じゃあさっさと湯浴みに行くわよ。岩蔵さんもお疲れ様」
二人が会話をしている間に周りを見ると、景文さんがいない。ということはまだ外にいるか何かしているのだろう。
千郷は襲撃が無くて暇だったのか少し寝こけていて、結界の維持を長時間続けていた冬香は疲労困憊といった様子で体をフラフラとさせていた。
「冬香、立てる? 一緒にお風呂に行こうか」
「ち、ちょっと待ってくだ……あ、足が痺れてっ。清花さんは平気、なんですか?」
「治したからね。僕だって何時間も同じ体勢なのは疲れたよ」
僕の様子を見て何かを察したのか、冬香は開いた口をキュッと締める。
倉橋さんに僕の分の着替えを受け取って貰い、冬香に肩を貸していると咲夜は大門先輩に指示を出した。
「東司。後はよろしく。すぐに戻って来るわ」
「どうぞごゆるりとご堪能されて下さい。岩蔵様もおりますし、こちらの事はお気になさらず」
「携帯端末は持っていくから何かあれば連絡して頂戴。それじゃあね」
訓練場に大門先輩と岩蔵さんを残して大衆浴場があるという場所へ向かう。
勝った余韻よりも疲れたという気分の方が今は強い。もしもあの強さの妖怪が複数体同時に現れていたらもっと忙しくなることは間違いないし、その時はもっと疲れることになるだろう。
加えてここも襲撃に遭うと思われるから余計に心労が増えるはず。つまり疲労度合いも今以上ということになる。
大蓮寺家での白面を想定していたからか、相手の戦力を大きく見誤っていたかもしれない。今一度自身を戒めて気を引き締め直す必要がありそうだ。
お湯の中に浸かっているとその意志が漏れ出ていってしまいそうなので黙って口元を引き締める。
「う、浮いてる……」
それにしてもあの鬼は一体何がしたかったのだろうか。一体だけ現れて暴れ回るでもなく、特級退魔師と僕の支援が来るのを待っていたかのようだった。
こちらのことを探りに来ているにしては相手が大物過ぎる。失うにはあまりにも惜しい存在だったはずで。
「おぉ……組んだ腕から溢れて……」
それでも大妖怪の一角をここで落とせたのは大きい。戦った特級退魔師も一日もあればある程度の戦線復帰は可能だろうし、戦局としてはそう悪くはないと思われる。ただそれにしては岩蔵さんから勝利を思わせる気配が感じられなかった。
もしかするとこれ予知の範囲内なのかもしれないという考えが頭に過ぎる。
つまりこの激闘は負けたら劣勢になり、勝ったとしても大局としてはあまり変わらないということ。
……このことに関してはあまり考え過ぎない方がいいのかもしれない。心が暗くなるばかりだ。
「ちょっと触ってみても……あ痛っ」
いま邪な思念に対して自動的に反撃が行われたような気がするけど、多分気のせいだろう。
これから考えなければならないのは遠距離からの援護での創意工夫だ。
大妖怪が雨の中でもすぐには弱体化しないことが”あの鬼”だからなのか、他の大妖怪も同じかは分からない。分からないからこそ効くという前提でいるのは危険な思考だ。同じ状況は続くと考える方がいい。多様な対策を講じる必要がある。
それはあの戦いを通して少しずつ見えてきてはいるから、それをモノに出来るかは自分次第といったところか。
「清花。そろそろ上がるわよ」
いけない。ついお風呂の中だとゆっくりしてしまう。どうやら結構な時間が過ぎてしまっていたらしい。
「うん。今行く」
「咲夜さんの声には反応するんですか⁉︎」
返した言葉に何故か冬香が反応した。驚愕といった様子なのは何でだろう。
「うん? 別に呼ばれてなかったでしょ? だから反応しなかっただけだと思うけど」
「それはぁ、そうなんですがぁ……っ! ううぅ〜!」
冬香がよく分からないことをするのはいつものことなので気にしないことにする。
用意してくれてあった服に着替え、訓練場に戻った。緊迫した様子はないので岩蔵さんの言った通りにあれ以降は何もなかったのだろう。その様子を受けてやっと張り詰めていた空気が無くなっていく感じがした。
「東司、ご苦労様。貴方も休憩して頂戴。緊急の時は呼ぶわ。これは命令よ」
「ありがとうございます。ではご厚意に甘えるとしましょう」
「千洋さんは東司と交代で休憩するように。今はもう少しここにいて欲しいわ」
「畏まりました。簡単な軽食ですが用意しておくので食べて下さいね」
「清花も冬香もお疲れ様。それから全員、とりあえずはひと段落したということで招集があるまで好きにしていいわ。ただし、この家から出ることはしないように。また何か起きてもすぐにここに来れるようにしておきなさい」
僕も含めて全員の返事があったことで一応の解散となるけども、この後も話すことがあるから解散したからといって何処かへ行くことはない。さっきまであの戦いを見ていた同士ということもあってか、自然と咲夜と目が合った。
「時間がある時でいいから、試したいことがあるんだけどいいかな?」
「勿論。喫緊の問題で言えばそれが最優先でしょうから」
結局のところで妖怪に勝てなければ政治も根回しも交渉も意味がない。僕が援護すれば勝てるから見返りがあるのであってその逆はない。まずは何よりも更に洗練された攻撃方法を確立しなければ。
だけど果たしてこれが今回の襲撃によって妖怪に誘導された思考なのか。そうだとして、止める必要があるか。
「でも、その前に」
咲夜が視線を岩蔵さんの方へ向ける。それに応えるようにして彼は笑顔で頷いた。
どうやら二人の間で何かしらの話があったらしい。
「あの件でしたら一部編集すればそのままの放映で問題はないかと」
「そう。でも一度は私の方で確認させて貰うわよ」
「心得ておりますとも。映像の方はこちらの記憶媒体に同じものが入っているので何かあれば私に言って下さい」
話からすると、映像を撮っていたみたいだ。何をとは聞かなくても分かる。
要はそれを何に使うかということ。僕にまで何も言わなかったのは何かしらの理由があると思うけど。
「何の為に僕たちを撮ったの?」
「幾つか理由はあるわ。まず前園家にあの霊具を使用した私たちの姿を映像として残し、それを拡散させて欲しいと言われていたの。知名度向上や今回の作戦での世間の評判なんかが目的ね。私たちが活躍をすれば自ずとあの霊具を作った前園家の株も上がるもの」
以前に共同で霊具を作る際にやり取りをしていたのを思い出した。あの時にそんな取り決めを交わしていたらしい。
確かに何だかそれらしいことを言っていたような、気がしないような。
「それで理由なんだけど、加えて私たちの行動が一般人から見えにくいというのがあるわね。いつもと違って清花が妖怪と直接戦わないから人の目に映らない。そうなるといざという時に大事な戦いから逃げたと思われる可能性も捨てきれないでしょう。あらぬ誤解を避けつつ功績として分かり易く示すのに映像として世間に公開するの。同時に政府からの依頼だということも添えてね」
「なるほど、それなら理解も得られそうだね。でも、それって本来は二日後の時に撮るつもりだったんだよね? さっきのことをこれからすぐ使うつもりだっていう風に聞こえたけど?」
「あの妖怪が来なければそうだったでしょうね。その時は全て終わってから私たちはこんなことをやってましたという事後報告を兼ねたものになっていたわ。そして今出す理由はさっき言った理由に追加して、社会不安の解消かしら」
「社会不安の、解消? 僕たちが顔を出す程度で出来るものかな?」
「何故か本人が知らないけれど、大蓮寺清花の名前って最近では特級退魔師より有名なのよね。その新進気鋭の若手退魔師がかの有名な特級退魔師様と組んで邪なる大妖怪を退治した、なんて話は今の状況では誰もが食いつくに決まっているでしょう」
確かに宣伝の謳い文句としてはこれ以上ない衝撃がありそうではある。
咲夜の言う通り自分の影響力については誤認しているかもしれないけど、特級退魔師よりと言うのは流石に誇張だろう。
とはいえ、ここでその認識についての論争をしたところで意味はない。
「それなら直接戦っている映像もないと説得力がないんじゃないの? 監視機器の類とか気にしないで攻撃してたし、空にもそういう機械類はなかったよね?」
雨を降らしていた時の感触ではどこにも違和感はなかった。悪意がなくとも異質な存在があれば気づけそうなものだけど。
そんな僕の疑問には岩蔵さんが答えてくれるのか、不敵な笑みを浮かべていた。
「あちらの映像ならありますよ」
言葉と共に端末の画面が見せられる。画面にはかなり近い距離にあの大妖怪たる鬼が座していた。
まるで人間の視点のような、しかしやや低めといったところ。映る腕などの位置から、まるで人の胴体あたりにあるような。
この映像が撮れるとしたらそれは一人しか心当たりはいない。
「あの特級退魔師の人が撮っていたということですか」
「ご明察です。撮影は許可を頂いた特級の方々にお願いをしていただけでこの人だけが特別ではないということは前置きしておきます。その上で今回は”偶々”こういった画が撮れたという次第でして」
「もし偶然なら凄いですね。それに、あの鬼の速さだと撮影機器に収められないと思っていました」
「いやぁ、それは……まぁ、撮れた箇所だけ切り抜いたと申しますか」
「切り抜いた? あぁ、そういうことですか」
機器が写すのはあくまで目の前の出来事のみに対し、あの鬼は秒とかからずにまるで瞬間移動のように目の前から消えてみせる。
僕はそれを上空から見下ろしていたから辛うじて捉えられたというだけで、直接戦う者にとってはあの速さは驚異そのものだ。
画面の中でも予想通りで鬼の姿を連続して捕捉できてはいなかった。
映像では目の前で刀を振り下ろしているのに、直後には背後から衝撃音が聞こえてきていたくらいだ。
あの鬼を視界に収め続けられるのはそれこそ同等の身体能力の持ち主だけ。
特級退魔師が相手を出来たのはその類稀なる空間把握能力のお陰で、肉体の性能で言えば明らかに負けていたと言っていい。
「ひぇ〜、何で刀振るっただけなのに背後の方で木が倒れてるんですか?」
「飛ぶ斬撃ってアニメとか映画の中だけだと思ってたけど違うんだ」
後ろから覗き込んだらしい冬香と千郷が思い思いに感想を呟く。
あの光景を俯瞰した視点で見ていた僕たちはもう慣れたものだけど、あの規模の戦いを初めて見る人は確かに度肝を抜かれるだろう。
何せ木々がまるで豆腐か何かのように切断されていく光景が続くのだから。
「千郷さんはああいうのって出来ます?」
「出来る訳ないでしょ。どの家だったかの鎌鼬って術があんな感じだけど、この映像見たら精神崩壊するんじゃない? だって術とか使わないで身体能力だけで同じ現象を起こしてる訳だし」
「そ、そんなにですか? それじゃあどれくらいの人なら同じことが出来るんですかね?」
「少なくとも一級じゃ無理じゃない? 何人か知ってるけどこれと比べると天と地くらいの差があるし」
「じゃあ、その戦いに名指しで参戦をお願いされた清花さんは……」
「何だか遠い存在になっちゃった、ね」
「近いのに遠いって何だか不思議な感覚です」
二人が何やらやっているみたいだけど、とりあえずは放っておこう。恐怖で萎縮してしまうよりは断然いい。
冬香や千郷たち含めて他の人たちは鬼の挙動や強さに着目しているけれど、僕の場合は見ている所が違う。
一番に見るべきはそんな斬撃を凌ぎ切った結界術の妙にこそある。
威力が減衰しているはずの飛んでいった斬撃、その最も破壊力のある発生源の攻撃を耐えているのは単純な結界の強さだけではない。重要なのは角度だ。刀と接触する結界の面を絶対に垂直に受けないように結界が生成されているのが分かった。
人間同士の戦争に使われていた戦車という兵器にも確か傾斜装甲という概念が用いられていたはず。
同じ戦車の放つ砲弾に対し、物理学の観点で最も防御効率の良い形で受けるという考え方だ。
理屈の上では確かにと納得はする。
しかしあの戦闘の速度の中で、視界外への攻撃にも同じように対応して見せたのはまさに神業と言っていい。
同じことを出来るようになるには人間離れの卓越した空間把握能力と認識したと同時に結界を生成する技量が必要になる。つまり簡単には真似は出来ないということだ。
「何か参考になることはあったのかしら?」
「あったよ。凄く参考になった」
景文さんは言っていた。結界を鎧として身に纏うのは奥義だと。つまりその術を専門とする家系の中でも難しい部類の業だということ。
それをあの特級退魔師は常にやっていた。遠目からだと分かり辛かったけれど、至近距離での映像を見るに何となく理解出来た。
あれは全身に鎧を着ているようで、実はそのまま一枚の結界だということ。ただ形を複雑にしているだけで、目の見える全てが繋がっているのだろうと推察出来る。
どうやって強度を保っているのかは、見た限りだと幾重にも同じ結界を重ねているのだと思う。
同じことをするのは確かに難しい。だからもう少し簡易的な物にすればいい。
歴史上の鎧ではなくもっと身近なもの。もっと想像し易いものでいい。
詰まるところ、結界の形を決めているのは自分自身。その殻から脱却さえすれば工夫のしようはある。
「あれを見た今の僕なら、こんな感じかな」
着慣れた巫女服のようにではないけど、和装を意識した大きな布を体を覆うように展開する。
それを極薄にして何層も重ねるようにすれば見た目はともかく性能としては問題はないはずだ。
「へぇ。凄いじゃない。あの堅牢そうな鎧に勝るとも劣らないように私には視えるわ」
「咲夜の評価がそれなら結構嬉しいね。個人的にはもう少し体に沿わせたいところなんだけど、これが思いの外難しくてさ。鏡を見ながらなら出来そうくらい、かな?」
「攻撃を体に届かせないことを考えるなら別に沿う必要はないんじゃないかしら。確かに見た目はもう少し洗練したいところだけど」
「もう少し装飾を加えたいところだよね。今のままだと本当に布って感じじゃない? 自分じゃ見えないんだけどさ」
「見えないのによくそんなことが出来るわね」
戦闘中は体に薄く水を纏っていざという時の緩衝材代わりにしていたし、設計した自分の体のことだから大体は感覚でも知っている。
そうでなくとも人体の構造自体は頭に入っているので衣を纏うくらいなら造作はない。
そんな折、僕たちが戻ってきたと聞いて景文さんがこちらにやってきたみたいで気配を感じた。
「清花さんがこっちにいるって聞いたんだけど……は?」
「お風呂に行っててすぐに言えなくてごめんね。何時間も外で見張りしてくれて助かったよ。ありがとうね」
「あ、あぁ。清花さんもお疲れ様。えっと……で、それは?」
「援護してた特級退魔師の人が結界術の専門家だったんだ。その人がやってたのを見様見真似でやってみたって感じかな」
「…………。ん? うん? んん? あれって真似出来るものだっけ?」
「あくまで模倣に近い何か程度だよ。僕じゃあの人みたいに本物の鎧みたいな細かい装飾は出来ないし」
「いや、それは多分趣味の範疇だから。外殻の形状のこだわりは他にやることがない時にするくらいだよ」
「そうなの? ……そうなんだ」
どうやらさっきの推測は敵の攻撃に対しての壁の使い方であって鎧自体にはあまり関係はしていないということみたいだ。
それはどうでもいいとして、こうして形を成したからには強度を確かめたいところではある。
「千郷。試しに少し叩いてみてよ。強度がどんなものか知りたいからさ」
「分かった。じゃあ遠慮なく————オラァ!」
「千郷さん?」
少しと言ったのが聞こえなかったらしい千郷は拳を振り抜く勢いで振るってきた。
万が一ということもあるので腕で防御したけれど、勢いの割には衝撃は全くない。
拳は体から十センチ辺りのところで完全に止まっている。
一方でこの拳の主はというと拳を抱き抱えるようにして涙を浮かべていた。
「——ったぁ! 清花ぁ、手首治してぇ〜」
「はいはい。まずはしっかり強度を確かめてから殴ろうね」
こんなことで怪我をするのもさせられるのも馬鹿らしいので本当にやめて欲しい。人選を誤ったか。
ともあれ、千郷が霊力を込めたそれなりの力で殴りつけてもびくともしない程度の強度があるのは分かったから良しとしよう。
「馬鹿は放っておいて、とりあえずこれを見なさい」
手首を治してから差し出された端末の画面を見る。
ネット上で交流する場所で最も盛んなところに先ほどの映像が投稿されていた。
主に退魔師の戦いが流れているけど、その合間に僕たちがじっと目を閉じている様子が映し出されていて、全体の構成としては先ほど見た鬼との戦いが見所のあるところのみを抜粋して七分の動画まで編集されていた。
何時間もの戦いを全ての人が見れる訳ではないし、加えてこれはきっと話題性を追求してのものなのだろう。
退魔師が強力な妖怪に対して勝利したという政治的な宣伝、正しくは世論誘導というべきか。
「僕たちが援護したことについて半信半疑な人もいるみたいだね」
退魔師と妖怪の両者が戦っている動画の、その現場にいる訳ではないのでそう思う人がいるのは当然だ。とはいえ、この動画が投稿されるにあたって政府として僕たちに支援を要請したことは明記されている。
否定的な意見に対しては「撮影者は結界術師。ではこの水の出所は?」と返されている。それが答えだからだ。
同時に僕たちが住んでいるところの住人からは、退魔師協会の職員が訪ねてきて翌日に荷物を携えて車に乗り込んでいる話が写真と共に投稿されていた。
だけどそれすらも「安全な所に避難した」と邪推する人が出ている。少ないけど、確実にいた。
妖怪退治に参加したのだろうと判断して感謝を述べている人もいるし、見る限りではそちらの方が多数派ではあると思う。
ただ今の情勢では不安を抱えていて後ろ向きな感情論に走る人も少なくはなく、得てしてこういう声は大きく影響されがちだ。
みんなで映像や携帯端末を食い入るように見ていたところ、咲夜が手を叩いて注目を集めた。
「そこでだけど、緊急的に生放送に私たちが出ることになったわ」
「なんで?」
咲夜が端末を叩いてばかりなので他の人を見てみるけど、みんな一様に首を傾げていた。
本当に何でなんだろう。




