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二話-5 激動




 冬香との特訓を始めて二日目、初めこそまるで出来なかった事でも少しずつ慣れてきた。

 早朝から結界の霊具を作りつつ練習を見ている。今は少し趣向を凝らしてあえて穴を作っておいた所を修復する練習だ。


「そのまま結界全体を掌握し続けて。どこかにある穴を感覚で探って埋めていくんだよ」


「穴……どこ! あれ、あった⁉︎ でもこれすっごい神経使うんですけど! 清花さんって、これをいつも維持してるんですか⁉︎」


「ただの慣れだよ。だから今日はずっとこれを維持しながら別の作業もしていこうか」


「え゛ぇ゛っ⁉︎ むむむ、無理ですって! もう本当、これだけで精一杯なんですけどっ!」


「でも霊具を作らないとお金にならないよ?」


「お金は欲しいです!」 


 そう宣言するや否や、冬香は叫びながら何とかして穴を修復した。

 ただそれだけでも精神力はかなり消耗しているみたいだ。すぐには次の練習とはいかないだろう。


「じゃあそのまま維持し続けて五分後に止めようか。それから少し休憩して、終わったら再開するからね。午前中はその繰り返しだからそのつもりで」


「は、はいぃ!」


 昨日から練習している甲斐あって少しずつ成長はしている。一定時間毎に休憩を入れるなどをすることで総合的に維持出来る時間を伸ばしたりと工夫も見つけたりしたし、この分なら安心して任せられるだろう。

 問題はいざ本番で今の疲れを引き摺ること。その前に何とかコツを掴んで欲しいものだ。

 必死になっている冬香の横で作った結界の霊具を職員さんに渡しながら、早く上手になる方法は何かないかと考える。しかし二日後に迫った今では専門家も僕と同じように霊具製作に忙殺されているはず。

 工夫について悩んでいるその時、建物を覆う結界に誰かが触れた。


(これは景文さんかな?)


 霊力の気配がよく見知ったものだったので入れるようにするか迷うけど、ここは先に確認が必要だろう。

 携帯端末で連絡をすると、咲夜はすぐに応答した。


「咲夜? 結界の所に誰かいると思うんだけど……」


『よく分かったわね。たった今、土御門君から連絡が来たところで私の眼でも見たから入れていいわよ』


「分かった。咲夜の方での用事が終わったらこっちに来てもらっていいかな? 結界のことで聞きたいことがあるんだ」


『それなら特にないからそっちに行くよう連絡しておくわ』


「ありがとう。じゃあちょっと出迎えてくるね」


 咲夜との通話を終え、冬香の様子に気を配りつつ訓練場から廊下に出る。

 ここは平家ではあるものの面積がとにかく広いから道に迷う可能性があったから。

 しかし敷地の入り口には退魔師協会の職員さんたちが常駐しているので特に心配はなかったようだ。

 すぐにこちらに来た景文さんは少しやつれた様子ではあるものの、あえて明るく振る舞うように笑った。


「やぁ、清花さん。久し振り、でいいのかな」


「久し振り。通話とかしてたからそんなに間が空いた気がしないね。それとお勤めお疲れ様、でいいのかな」


「その言葉だけでも救われるよ。お上の爺さんたちときたら、感謝の言葉もなく次から次へと依頼を投げてきて大変だったんだ」


「それは本当にお疲れ様だね。ここで一息ついていきなよと言いたいんだけど、少し相談に乗って貰ってもいいかな?」


「清花さんの頼みとあれば何なりと。今は何をしてるの?」


「もしもの時を考えて冬香に結界の権限を譲渡するとして、どうやったら結界術の上達が早くなるかなって聞きたいんだ」


 彼がげっそりとした様子になるほどの量か、あるいは質の敵と戦わされてきた直後なのに申し訳ないとは思うけれどこちらも急ぎの用事ではあるので感謝の念を忘れないようにしつつ冬香の下へ案内する。

 景文さんは話を聞いて少し思案したように目を瞑ってから頷いた。


「それならお勧めの方法がある。まず手のひらくらいの大きさの結界にするといいよ。その方が全体像を把握し易いし、消耗する霊力もそんなに大きくないから負担もそれほどではなくなるはずだよ。……あぁ、その結界球で野球とかして上達が早くなる人もいたかな」


「へぇ、野球か。随分面白い発想だね。でも結界って硬いものだし、柔軟性がないと遠くに飛ばないんじゃない?」


「そこは術師の腕の見せ所で、想像が大事……」


 方法について語ろうとしたところで景文さんが固まる。視線の先を見てみると、そこには口元に手を当てながらこちらを見て薄ら笑いを浮かべる人が。

 言いつけた五分はまだ経っていないはず。

 それで覗きをしていたということは修行を放り出してこちらを見に来たという訳か。


「結界の制御は上手くいったの?」


「い、いえ……っ。まだ、ですけど……」


「だったら変なことしてないで再開する。その集中力の無さが上達しない一因でもあるんだよ。世間の退魔師が年単位で覚えようとしていることをたった数日で何とかしようとしてるんだから、冬香はそれだけ頑張るっていう意識が必要だよね? それは分かる?」


「はいっ! すみませんでした! すぐにやります!」


「まずは心を落ち着かせる。結界の強度のブレが大きくなってるから」


「ヒェ……スゥゴフォッ⁉︎」


 慌てて結界に手を当てた冬香は変な悲鳴をあげながら咳き込んだ。何をやってるんだと思いつつ喉がやられないように浄化の力を当てて治癒しながら背中を摩る。

 治したところでまた修行を再開させる。今は習うより慣れの方が優先だ。


「ははは、中々厳しくやってるみたいだね」


「逃げ道があるとどうもそっちに行っちゃうみたいだからさ。昨日電話をした時に冬香のお婆様から厳しく指導してやってくれって頼まれてるし」


 お婆様の名前が出てこちらを向きかけた頭を上から押さえつけて固定する。


「徹夜でやるのと今頑張って夜は休むの、どっちがいい?」


「が、頑張るので手を離してくれると……っ!」


「それは冬香次第だね。僕の手が気にならなくなるくらい集中すれば関係なくなるよ」


 全ての意識をただ一つに集中する。今の冬香に必要なのはそれだけだ。

 いかに効率の良い練習方法を知ったとしても肝心の練習自体が疎かになっていたら意味がないのだから。


「懐かしいな。俺もいつだったかそうやって修行させられてた記憶があるよ。清花さんは?」


「僕の場合は師匠と呼べる人がいなかったせいで殆ど全部手探りだったね。でも試行錯誤して術を開発するのは楽しかったかな」


 浄化の力に目覚めてからそんなに経っていないから、それまでは何をしていたんだと突っ込まれると困るので時期については濁して話す。代わりに気になりそうな単語を織り交ぜて誤魔化しておく。

 話をしながらさっき景文さんが言っていた手のひらくらいの大きさの結界を張ってみる。

 大きい方が良いとされる結界で逆に小さく作るのは難しいものの、綺麗な球体を作る練習と思えば確かに意義はありそうだ。


「想像、形成、維持。目で見える範囲だからやり易い、か。確かに結界術の初心者には良さそうな方法だね」


「いや、初級者よりの中級者向けの練習方法なんだけど。初心者はまず一枚の壁を作るところから始まるから」


「あっ、そうなんだ。そこから少しずつ範囲を広げたり形を変えたりするのかな?」


 子供の頃は霊力がそこまで育っていなくて周囲を覆うほどの大きさは難しいのだろう。

 今の自分がやるとすればあの夢の中の神様のように幾つもの結界を鎧のようにして纏うことだろうか。

 手のひら程の球体を作った要領で神様と同じように小さく板状の結界を腕に一つずつ生成していくけれど、これは流石に効率が悪過ぎた。全身を構成するまでに時間が掛かり過ぎる。


「うーん。これ自体を一つの術としてまとめて生成出来るようにならないと実戦じゃ使えないね」


「清花さん? それ、”纏”だよね? 一応結界術の奥義の一つなんだけど、どこで知ったの?」


「奥義? それって秘術みたいなもの?」


「そうそう。結界を鎧として身に纏うことが出来れば近接戦で凄く有利だろ? でも霊力量の問題とか術式の複雑さとか想像力の限界とか、全てをこなすには難易度が難しすぎるってことで大体の家じゃお蔵入りなってるんだ。熟練者でも良くて腕だけとか、半身だけ纏うくらいが限界じゃないか?」


「そんなに難しいんだ。これが出来れば近接戦がもっと楽になると思ったんだけどな」


 やはり世の中そんなに甘くはないということ。

 霊力量に関しては問題はないので後は術式の設定だけど、専門家の助言も必要だろうしこればかりは今すぐに解決出来るものではないだろう。つまり後回しということになる。


「時間掛けたら成功しそうなのを聞いたら方々が卒倒しそうだな」


「霊具化出来たらあげようか?」


「……そんなに早く出来るものじゃないよ?」


「分かってる。けど、自分の身を守る為だから優先的に作りたいんだよね。人体の急所部分だけでも保護出来たら……。あぁ、そうか。違う。浄化の力の能力で狙いを付けられた箇所に対して瞬間的に守るようにすればいいのかるそれなら出来るかも」


 悪意を見抜く力だからこそ出来ると勘めいたものが言っている。常時展開型ではないのなら霊力消費も最低限に抑えられる。これなら霊具化をしても霊力不足に悩まされることもないだろう。

 加えて悪意の強さに比例して結界の量や質を変えればもっと良い出来になりそうだ。

 問題は残りの時間で霊具化は無理でも実用段階まで持っていけるかどうかということだけど。


「清花さん。それもいいけど、冬香さんの方も見てあげないと」


「そうだったね。そろそろ五分かな」


 今出来るか分からないことは横に置いておき、冬香の修行の様子を見る。

 こちらの会話が気になるのか意識が散漫な様子ではあるけど、何とか集中しようとしているのは見てとれた。


「はい。手を離していいよ」


「ふー。……あの、横で気になる会話をしないで欲しいんですけど」


「周りに煩わされずに集中する訓練にもなるから止めないよ。本番はもっと外の様子が気になるだろうし、そういう言葉が飛び交うと思うし。この程度で気を散らすのは冬香のお婆様の教育不足と言わざるを得ないかな」


「むむっ。いくら清花さんでもお婆ちゃんの悪口は許せませんよ」


「この言葉を本当にするのも嘘にするのも冬香次第だってことだよ」


 少し意地悪だけど冬香をその気にさせるにはやはり家族のことを持ち出すのが一番だろう。

 冬香は気を引き締める為に自分の頬を叩いてみせた。


「次の修行をお願いします」


「それじゃあ次はこの結界の球を持って。中に水を入れるから、零さないように維持してね」


「な、なるほど。やってみます」


 球を受け取った冬香は早速霊力を流して結界の補強を始める。

 初めは残った僕の霊力で維持されていた結界だけど、すぐに一部が綻び出した。そして勢いよく冬香の顔に噴射した。


「…………清花さん?」


「重力に従って落ちるならって下方向だけ維持すればいいと思ったでしょ。それだと意味ないから前後上下左右のどこかに一部薄い箇所を用意したよ。全体を隈なく強化していかないとそこから水が溢れ出すからね」


 言いながら気付いたことがある。

 これも何かしらの攻撃手段として使えそうだ、と。


「うーん。もっと水を圧縮して入れて、敵に投げ付けて当たった瞬間に破裂すれば結界の硬さによる物理攻撃と浄化の力による攻撃の二段重ねの攻撃が出来そうかな。いや、もっと限界まで圧縮すればあれの模倣も……」


「せ、清花さんがどんどん色んなことを思いついてる……っ!」


 驚く冬香の目の前でまた結界が破裂した。


「あくまで結界だから物体として長期間残せないのが問題点かな。あくまで自身の攻撃手段の一つに留まっちゃう」


 霊具化は、どうだろう。これだけを生み出す物はあまり需要はない気がする。

 だったらもっと遠距離まで飛ばせるような、それこそ前園老みたいに銃弾として放った方が効率的だ。

 確か海外には銀で出来た銃弾が昔からあって、向かう側にいるという妖魔に対して有効とされていたはず。

 同じように鉄に対して何らかの仕込みが出来れば似た結果を出せる可能性はあるかもしれない。


「清花さんは……」


 横からぽつりと零すように聞こえた。


「他の人の為に霊具を作りたいんだね」


 笑顔で言う景文さんに冬香が赤い顔をしているけど、彼の内心は少し複雑そうだ。

 きっと過去——前世の記憶に関連しているのだろう。


「他人優先なのが心配?」


「……清花さんには分かっちゃうか。そうだね。その他人優先がいつか災いするような気がしてさ」


「でも結果的にそれで縁が広がって助かってるところもあるから」


「やめた方がいいだなんて言わないよ。ただ、その時に俺が……どうしたの?」


 いい雰囲気を出してるところ悪いけど、横から凄い強い視線を感じるので思わず手で止めてしまった。

 目を可動域限界まで見開いてこの瞬間を見逃すまいと、絶対に瞬きはしないという気迫を感じる。

 その熱意を是非とも修業に向けて貰いたいものだ。


「私は漬物石でいいので! つ、続きをどう——ぎゃ」


 しかし注意をするまでもなく、手に持っていた結界から水が噴き出て冬香の顎を強く叩いた。

 

「どうやら冬香には簡単過ぎて暇を持て余しちゃうみたいだね。じゃあ、はいこれ」


「何で球が三つも? あっ、あの⁉︎ これ三つとも制御す——ぶぇあっ」


 再度水が直撃する冬香に新しい球を渡しつつ、照れ臭そうに頬を掻く彼の方を見る。


「こういうことだから、ちょっと周りの目を気にしてくれると助かるかな。特に今は冬香の修行の邪魔になっちゃうし」


「は、ははは。き、気をつけるよ。お詫びと言ってはあれだけど、冬香さんの修行は俺が見ようか。清花さんもやることがあるだろうからね」


「それじゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかな。僕の手が必要そうだったら言ってね」


 午前中に結界の霊具を定量まで作らなければならないので、霊具の方に集中している間の面倒を見てくれるのは助かる。

 浄化使いではなくとも彼は結界術の知識もあるみたいだから任せても大丈夫だろう。

 そうして何度か霊具を作っていると、外からバタバタと足音が聞こえてきた。床を叩く音からして千郷ではないなと感じていると勢いのまま戸を開けたのは岩蔵さんだった。額に汗を滲ませて、いかにも何かが起きたというような顔をしている。


「突然申し訳ありません! 清花様はいらっしゃいますでしょうか!」


「はい。ここにいます。落ち着いて何があったか話してもらえますか?」


「は、はい。……今より二十分前の午前十時頃、大妖怪が一体出現したとのことで、今は付近に滞在していた特級退魔師が対応中。つきましては、清花様に支援をお願いしたいとのことです」


「大妖怪が? もう?」


 岩蔵さんは嘘を言っていないし、嘘を言わせられているでもない。

 つまりこれは真実として捉えて動く必要があるということ。

 まず連絡するべき咲夜は今は執務室で千郷と一緒にいるはずだ。


「話は分かりました。すぐに対処します。……もしもし、千郷? そこに咲夜はいる? いるなら大至急で訓練場まで連れて来て。……もう向かってる?」


 遠距離の場所に雨を降らすにはどうしても咲夜が必要だし、これが戦争の開始なのだとしたら想定通りに動かなければいけない。

 咲夜と千郷がこちらに向かっているのなら、次に倉橋さんと大門先輩だけど、この二人は通話が切れたと同時に訓練場にやって来た。


「いやぁ、何やら血相を変えて走っている方が見えたので念の為に連れて来たのですが正解みたいですね」


「緊急事態の様子ですね。では取り決め通りに動きましょう」


「お願いします。冬香は二人に付いて行って少し手伝ってあげて」


「わ、分かりました!」


 二人は訓練場に入ってからすぐに物置部屋へと入り、冬香を伴って色々と準備を始めてくれている。

 それを見て安心したのか、景文さんが逆に部屋から出ていこうとしていた。


「俺は外の様子を見てくるよ。同時にここへ攻め込んでくるようだったら対処しないといけないからね」


「まだ特級退魔師が着いていないからここにいた方がいいよ。応援が来るまで待ち堪えることくらいは出来ると思うし」


「ヤバいと思ったらそうさせてもらうよ。せめて協会の職員が退避するくらいの時間は作ってくる」


「……来て早々ごめん。気を付けて行ってね」


「こんな時だからこっちのことは気にしないで。清花さんもくれぐれも無理はしないようにな」


 景文さんならその場の判断でどうとでもなるだろうということで見送る。

 残る二人がここに来るまでに少し考えを整理しておくことにしよう。

 まだ二日前という状況で大妖怪が一体のみ現出しているという状況。これ以降に続々と現れるのであれば大規模侵攻、つまり戦争が開始したという事になる。しかし、どうにもしっくりこない。

 咲夜の見立てでは大妖怪が通れるほどの妖穴の活性化はまだのはず。一部では通行可能になったとしても、まだ全てではないはず。

 ならば威力偵察か、陽動か、それとも撹乱、あるいは精神的摩耗を狙っているのか。

 また独断専行という線も考えられる。あの白面の尊大な様子を見れば大妖怪それぞれが我が強く、一斉攻撃という作戦を聞かないこともありそうだ。それが一体だけという報告に現れているのかもしれない。

 そんな風に考えていると廊下の方から駆けてくる音が聞こえてきた。


「待たせたわね。状況は分かっているからすぐに始めるわよ」


 もうちょっとどうにかならなかったのか、荷物のように横に抱えられながら咲夜が宣言する。

 しかし今はそれを指摘する雰囲気ではないので気にせず続けよう。というか早く降ろせばいいのに。

 と思ったら脇腹を捻られたらしい千郷が悶絶してた。


「現地の方は先に私が視て大妖怪がいることは確認したけれど、あれは姿形からして鬼の類ね。前に退治されたという大妖怪とは別の名のある妖怪だと思うわ。今は協会の人たちが文献から個体名の特定をしているはずよ」


 咲夜からの視線を受けた岩蔵さんは額に滲む汗を拭う。


「力のある個体は限られているので特定自体はすぐに出来るかと思いますが……」


「逸話から弱点が分かればいいけれど、昔の人たちってそういうのを誇張したり嘘八百並べたりするから当てにならないのよね。……それはいいとして、全員準備はいい? 予め決めておいた通りに行動して頂戴」


 霊具を使って遠距離支援の姿勢になると必然的に今自分たちの体のある場所には目が届かない。

 まずは全員が事前に取り決めた態勢に移行するのを待つ、冬香に結界の権限を移譲することも始めた。


「冬香、肩の力を抜いて心を落ち着かせるんだよ」


「ぶっつけ本番になっちゃいましたけど、出来るだけ頑張ります!」


 不安だろうけど、今は冬香に構ってあげている時間はない。倉橋さんが用意してくれた天王寺家の術が収められた箱を用意してくれているので咲夜と共に手を乗せる。

 目を瞑り、視界の全てを咲夜に委ねた。


「起動。同調開始。視界良好。問題なし。接続開始するわ」


「ん。見えてきたよ」


 自分で見えているように、くっきりとした視界が映る。

 何度か練習をして浮遊感のようなものにはもう慣れているので最初から遥か上空からの視点になる。

 元いた建物がとても小さく映る。しかしそれもすぐに変わった。


「場所は少し遠いけれど、すぐに見えてくるわ」


 視点の移動速度としてはこれまでの練習の中での最高速度と同じくらいで進み続けている。

 県境を一つ二つと越え、自らの足で向かえば半日以上は掛かるであろう所に”ソレ”はいた。

 すぐに分かる程度の外見では、体躯は成人男性ほどだ。妖怪としては小さい部類に入るだろうか。

 しかし大きな外套を着て街中に紛れようとしてもその頭部にある大きな角は誤魔化せない。

 鬼である証。雄々しくも禍々しい。まるで形としての怨念を凝縮して作ったかのようだ。


「凄いね。ただ視界にいるだけで押し潰されそうなくらいの濃密な気配だ」


「さっき見た時はもっと遠目だったけれど、それでも今と同じくらいの圧を感じてたわよ」


 今は浄化の力である程度は相殺出来ているから咲夜も姿をくっきりと視認出来るところまで来れた。

 それでも隣にいる咲夜から緊張が伝わって来ている。

 無理もない。ただ視界に収めるというだけで心が挫けてしまいそうな存在感をソレは醸し出している。


「まだ戦ってはいないみたいだけど、相対してる人も相当だね」


 あの密度の気配の持ち主ならば戦闘も凄まじいものになるはず。その跡がないということはまだ何も起きてはいないらしい。

 だからといってこれからも何も起きないということは絶対にない。あの鬼からは殺気が常に全方位へ向けて放たれているからだ。

 寄らば殺す、と。

 だからこそあえてその人物は近づいていったのか。

 あの場に居られるというだけでもその実力は伺えるというもので、特級退魔師らしき人は気負いなく歩き寄っていく。


「何か話しているみたいね」


「この距離だと流石に口元も見えないか」


 鬼も会話に応じている辺りは対話自体は出来るのだろう。二言か三言交わした後に、特級退魔師は空を見上げながら手を掲げて何を降ろす動作をした。

 それが僕たちに向けた合図なのだとは瞬時に察しがついた。

 雨を降ろす。逃げ場のないように。妖怪にとっては体に突き刺さる槍のように感じられるだろう。

 刹那に地面が爆ぜた。

 立ち込める砂煙が振るわれた何かによって散らされ、その衝撃で周囲にある木々が薙ぎ倒される。

 それが懐にあった刀によるものだとは襲撃を防ぎきった何かによって判明した。


「あれは……結界?」


 攻防は一瞬で切り替わる。透明な壁のようなものは退魔師を斬撃から防御をしたと同時にそのまま妖怪を壁で囲もうと連続して展開し続け、あと一枚で包囲が完成しようとすると危険を察知したらしい鬼が跳んで逃げる。

 鬼はその凄まじい程の身体能力を活かして壁のない所を選んで駆けて斬りつけ、退魔師がそれを防ぐ。その繰り返しだ。

 一見するとこちらから攻撃を差し込む隙間はないようだけど、二人の攻防を見続けていると段々と見えてくるものがある。

 

「ここかな」


 この雨は霊具の限界で使用出来る霊力量は決まっているけど、範囲と雨量を調整することで別のことをする余裕があった。

 それを悟らせないようにしながら力を一点に溜めてその時を待ち続ける。

 そして鬼の方が攻めきれないならばと攻め手を変える、その直前に差し込む。

 訪れた一瞬の隙に雨で濡れた水で体を無理やりに固定した。それを合わせて結界術師も妖怪を拘束したのは流石の一言だ。

 それでも硬直は一瞬のこと。だけど一瞬に雨の中に一滴だけ混ぜた神水を引力まで利用した最高速度で放った。強力な雨垂れは石どころか鉄すら容易に貫通してみせ、妖怪の肩を貫いた。

 この雨量の中でたった一滴の本命を察知することは困難に近い。

 本当にギリギリのところで頭部への直撃を避けたのは鬼としての本能か。でも——


「勝負あったわね」


 肩から太ももにかけて貫通しようとして出来なかった神水は体内に残り、体内を浄化し続ける。

 それは素早く傷口ごと神水を取り除くか、僕を殺さなければ永続的に影響を与え続ける。妖怪にとっては猛毒だけど、切り傷ではないせいで簡単に取り除くこともできない。

 ただでさえ初手で責めきれなかった相手に弱体化した状態で戦えるのか。


「……いや、まだだ。大妖怪がこんな程度で終わるはずがない」


 浄化の水はまだ鬼の体を蝕んでいる。弱体化は出来ているはず。

 しかし、それを上回る強化をすればいいのだろうと言わんばかりに鬼の妖気が爆発的に増大した。

 同時に辺りに降り注がれ続けた水を津波としてぶつける。

 今度は街中ではない。だから被害を気にせずにただただ質量のある水として雨の全てを集約させた。

 逃げ場はない。いかに早く動ける鬼といえど三百六十度隙間なく押し寄せる水からは逃げられない。

 高さは二十メートルにも達している。土砂や木々も含んでいるから飲み込まれれば無事では済まないだろう。

 だけど、やはり大妖怪は格が違う。


「……やばー」


 どう凌ぐのかへの解として実演されたのは、ただ愚直に刀を振るい目の前の水を両断し文字通り道を切り開いた光景だった。

 本当に、本当にアレと直接戦うことがなくて心底ホッとしている自分がいる。あの斬撃は涅槃浄界ならまだしも、ただの浄界であれば容易く斬ってくるだろうことは想像に難くなかったから。

 同時にあの斬撃を見て結界術師がどう戦うのかは見ものだ。

 これを参考にして僕も戦い方を改める必要がありそうだった。

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