二話-2 やっぱりこうなった
大門先輩が取り寄せたという武具を待っている間に霊具を作っていたのだけど、二日目ともなるとそろそろ「これ一個で俺の半年分……」と呟きながら恐る恐る持って行っていく職員の人も見慣れてきた頃だ。
その職員さんの話によると、退魔師は霊具製作が出来なけば妖怪退治という危険な仕事が基本的な稼ぎの柱になるらしいので公務員の退魔師というのは非常に人気のある職らしい。時には危ない仕事もあるけど割合で言えば危なくない仕事の方が多いそうだ。
ただ安全と給与が安定をする代わりに苦労して妖怪を退治してもその時の稼ぎは国のものになるという欠点もあるらしく、そこについては嘆いてはいたけども。ちなみに副業としての妖怪退治も認められていないらしい。
安定を取りつつ裏で霊具製作をやっていた人がいたせい、とか色々と愚痴を溢していた。
だからこそのあの呟きという訳だ。
「昨日今日で軽く数千万を稼ぐとは、全く末恐ろしいですね」
今日は一緒に霊具製作をするということで隣にいる大門先輩がしみじみと頷いている。
そう、言う通り霊具製作だけで稼ぎ出した金額は予想以上に高値で取引されていたのだ。
「時間や安全性を考慮すると直接妖怪退治をするより断然効率的ではありますよね。霊具製作に人気があるのも分かる気がします」
命のやりとりをするまでもなく大金を稼ぐことが出来るとそれだけで戦う意義を失くしてしまう人もいそうだ。
目的がお金ならばそれでもいいのかもしれないけれど、そうでもない人までお金の魅力に惹かれるのも理解は出来る。
「おや、ではもう退治には行かないと?」
「それはないですよ。結界だけで妖怪が全て死滅してくれる訳でもないですし、結局は減らさないと増え続けるだけですからね」
「愚問でした。今のはお忘れ下さい」
「いえいえ。大門先輩だったら大金を手にしたらどうします?」
「お金でしたいことは特にありませんからね。清花お嬢様と同じく今と変わらないかと」
「ですよね。あぁ、でもこうして見ていると高い武具が欲しくなったりしません?」
そんな他愛無い話をしながらも僕たちが見ているものはお金持ちとは無縁そうな豪く物騒なモノだった。
僕が霊具を作っている間に到着した武具を床に並べてくれていたので、すぐにでも次の作業に移れそうだ。
その一つの日本刀を手に持ちながら辺りを見渡すと、刀や薙刀に大太刀といった主だった武器に加え、苦無や手裏剣といった古くから存在する飛び道具まで、実に様々な武具が目の前に広がっている。
これらに霊的能力はない。近年に作られたものだったり、制作の過程で霊的要素とは関係なく作られたものばかりだからだ。
お金があればもっと質の良い物だったり、それこそ高価な霊具だって買えるかもしれないと話はした。しかしその時の大門先輩は迷うことなく首を横に振った。
「心惹かれはしますが、身の丈に合わない物を身に付けると油断が生じ易いですから。それは戦いにおいては見過ごせない隙になります」
「武器を持った僕の動きが無手より弱い、みたいな感じですよね」
「はい。やはり手に馴染んだ物こそ最良の武器になるというのは古今東西どこでも言われている事でしょう」
これは大門先輩から戦いを学び始めた時から一貫しているので段々と自分の中にも浸透してきているのを感じている。
他の人にとっての武器や防具が自分にとっての水だということも。
「その手に馴染んだ武器に改造を施してしまうのですが、今更になって聞きますが大丈夫ですか?」
「何ら問題はありません。先ほどは手慣れた武器なんてことを言いましたが、要は長く握っていたというだけのことです。物なので当然壊れることもありますし、入浴中や睡眠時のようにいざという時に手元にない時だって往々にしてあります。なので私には武具に対してそこまでの拘りはないのですよ。多少の暗器は必ず持ってはいますけどね」
その言葉からは嘘を感じない。本当に気にしていないのだということが分かった。
常在戦場の心構えと言えばいいのだろうか。やはりこの人は只者ではないと再認識した。
生憎と戦いに身をやつした期間が少ないのであくまでなんとなくそう感じる程度だけど。
然りとて大門先輩に対する何かが変わる訳でもない。平気というのなら遠慮なくやらせてもらうとしよう。
「分かりました。では失敗した時のことを考えていくつか安そうな物から練習用にやってみます」
「ではこの短刀からお願いします。幾つか予備があるので練習用にピッタリかと」
随分と雑に差し出してはくるけれど、これだって業物ではあったりする。
今だって試し切りで人の腕ほどの木材を軽く切断しているくらいだ。これと同等以上の質の物をこの短時間で送ってくれたのは有難い。
大門先輩曰く、対人に特化したものは今の時代では価値が低いとのことらしく、そのせいもあるのだろうと。
今回の実験が成功すれば既存武器への浄化の力を付与という活路が開かれるとか何とかで湧き立ってもいるらしいけれど、そこについては詳しくは聞いていないのであまり知らないでいる。
何はともあれ、まずはやってみないと分からない話だ。
「それじゃあ、やってみます」
この大量の武器に対して一つずつに血を這わすことは血液量的に全く現実的ではないし、それはダメだと事前に止められている。
ではどうするかと試行錯誤した結果、水槽に水を入れその中に血を混ぜることにした。
そうすれば繰り返し使えることになるので血の一滴も無駄にならずに済むはず。
問題は水で薄くなることで付与が上手く出来なくなるのではないかという疑問だ。
しかしこればかりはやってみないと分からない。何故なら過去に同じことをやれる人がいなかったらしいから。
生み出した水に浄化の力を注ぎ込み続けて神水を作り出し、そこに血を投じる。ただの水よりは良いだろうと。
他の短刀を指先に当てて引く。まずは一滴。
「……流石にまだ薄いですね」
「あまり思い切りのいいことは為さらぬようお願いしますよ」
「そんなことはしませんよ。そう約束してますから」
誰とという視線がない訳ではないけれど今は実験の方が優先だ。
問題はどれくらい入れるかということだけど、これに関しては指標がある。
景文さんからは水全体に、水の霊力とは別のものが馴染んだ時がそうらしい。
霊力量が少なければそれこそ一生を懸けて作り出すのが精一杯の代物だと聞いたし、そういう理由でもこれは人類史上でもあまり類を見ない試みということになるのかも。
そのことに少し胸を高鳴らせつつ二滴、三滴と様子を見ながら血を濡らしていくと、十滴目にして変化が訪れた。
ただし想像していたものではなかったせいか二人しかいない空間では静寂が包む。
「普通、血を混ぜたら赤くなりますよね?」
「普通は……えぇ、普通はそうですね」
そこで少し沈黙が流れて。
「僕の血って青かったですっけ?」
「いえ、赤いですよ。今も赤く見えてます」
「ですよね。じゃあ、何で”青く”なるんでしょう?」
「……清花お嬢様だから、かと」
「……その言葉を否定出来ない自分がいることに驚いてます」
目の前には血を含み赤くなるどころか青くなった水がある。
何故と問うことにあまり意味はない。これは科学の実験ではないのだから。
だから考えるべきはこの状態の水がどういう存在なのかということ。
「とりあえず入れてみますね」
「大丈夫ですか?」
「危険はないはずですから。えいっ」
いきなり性質まで変わるということはないだろうということで投入してみる。
すぐに変化はないことを確認してから同じ物を幾つか入れてみた。
「後は時間を置いて段階的に一つずつ取り出しますか」
「対照実験は大事ですね」
「本当はもっと長期間で観察したいんですけど今は時間がないので。とりあえず一時間、三時間、六時間、十二時間、二十四時間の五段階で観察しようと思います。もう一つの水槽にはとりあえずは投げ道具をまとめて放り込んでおこうかなと。良さそうな時間が見つかったらその頃合いで別の物に取り替えることにします」
一日以上必要となると量産には向かないと判断せざるを得ないので、その場合は適当に雑多にまとめて浸けておいていざという時に取り出す形になるだろう。実験についてあれこれ考えるのは楽しいけれどとにかく今は時間がない。
「それで宜しいかと。水槽は幾つ用意するおつもりで?」
「とりあえずは二つで。あまり血を流すと怒られちゃいそうですから」
それがあの人との約束でもあるし、と考えていると大門先輩は僕の方をじっと見てから頷いた。
「無茶はしなさそうで安心しました。知恵を授けてくれた方が釘を刺してくれた、といったところですか」
「そうじゃなかったら無茶してたような言い方ですね?」
「否定しますか?」
「……しませんけど。釈然としない気持ちも分かって下さい」
自分のことを分かって貰えているという気持ちと変な方向で覚えられていることにはほんの少しばかりモヤっとする。
それを見抜いているように大門先輩は微笑みながら手を叩いた。
「それでは待っている間に私は別の用事を済ませてくるとしましょう。折を見て様子を見に来るのでくれぐれも危険なことはしないようにお願いしますよ」
「分かってますって。事前に言っていた別の方法で霊具化出来ないか試すだけなので危険はないですよ」
「清花お嬢様は思い付きをすぐ実行する癖があるので心配ではありますが……」
「そんなに心配なら僕が代わりに仕事に行ってきましょうか?」
「謝りますので拗ねないで下さい。そんなことをしたら私が方々に怒られてしまいます。いきなり清花お嬢様を見たら吃驚してお相手の心臓が止まってしまいかねませんので」
のでーと自分で声を反響する真似をしながら大門先輩はさっさと部屋から出て行ってしまった。
あまり詮索されたくない相手という事だろうか。気になるけどやらなければいけないことがあるので追いかけることは出来ない。
ここは一旦忘れることにして自分のことに集中するとしよう。
携帯端末を使って時間は測っているので一時間後……今は五十分くらいか。その間に出来ることをやろう。
まずは先ほどと同じ通りに二つ目の水槽を作ってから飛び道具の類を沈めていく。
一個目の水槽と沈めた時間にズレがあることは紙に記しておくとして。
(考えないといけないのは血を使わないで霊具化出来るか、か)
まずは神水で武器を包んでみる。が、あまり感触は宜しくない。相性の問題か武器に浄化の力が浸透していく気配が微塵も感じられない。
やはり素材からして親和性が高くないと無理みたいだ。
結界を封入する霊具も今あるものの中で厳選をした上で使い捨てでしか作れなかったし、つくづく霊具造りの難しさを感じ入る。
しかし今から素材を厳選する時間はない。
他の術師には付与術式という専用の術式があるというけど、残念ながら大蓮寺家には過去の文献からその術式が存在していないことが分かっているので自力で術を開発するか諦めて別の道を探すしかない。
「色々とやってるみたいね」
「うわぁ……っ! って咲夜か。驚かせないでよ」
「失礼ね。別に驚かせようとしたわけじゃ訳ないわ。貴方が集中していて気づかなかっただけでしょう。ほら、これ」
渡されたのは暖かい飲み物だった。わざわざ用意して持ってきてくれたらしい。
「ありがとう。 …………ふぅ。それで、どうしてここに? そっちの用事は終わったの?」
「いいえ。でも東司がいない間は私が監視するからって代わりで来たのよ」
「そ、そうなんだ。じゃあついでに咲夜から見て何か助言とか……」
「それより」
「……うん?」
やはりというべきか、“眼”が効く咲夜は水槽の方へ視線をやった。
「あれは?」
「あれは浄化の水の力を濃縮した水だよ」
「それで?」
「えっと…………そこに、僕の血を垂らしたら……ああなりました」
そもそもな話として、咲夜がその場面を”視”ていたのなら言い逃れは無意味だと考えて正直に話す。
決して段々迫力を増す視線に耐えかねたからではない。ないったらない。
ただ次に聞こえてきたのは怒りを含んだ言葉ではなく、疑問の声だった。
「霊具化は出来そうなの?」
「えっと、それはまだ分からない、かな。少し程度水に浸すだけじゃ無理だっていうのは今実証した所だけど、あの水はもう少し観測しないと分からないかも。咲夜から見てこの水とあの水って何か違いがある?」
「違うも何も、どう見たって別物にしか映らないのだけど」
「色が違うだけで浄化の水には違いないんじゃないの?」
操ろうとすれば出来るし、僕の力が浸透した水には違いない。しかしどうやら咲夜には違ったように見えるらしい。
認識に違いがあることと理解した咲夜は難しい顔をして水槽を見つめて。
「……確かに浄化の力はあるようだけど、本質がまるで違うように見えるわね」
「本質って?」
「私も初めて見たから正確な言葉か分からないのは言っておくけれど、その上で言うならその水そのものが生き物の血というか、見る人が見たらどこからこんなに大量の血を抜き取ってきたんだって通報されるくらいよ」
「つまり、血を薄めたはずなのに薄まっていない、みたいな?」
「……そうね。どれくらい入れたか分からないけれど、東司が監督していたってことはそんなに大量ではないのでしょ? それでこの状態なのだから異常と言って差し支えないわね。…………もしもし?」
話しながら咲夜は”僕の”携帯端末を手に取り、何やら操作を始めると通話をし出した。
「ちょっと聞きたいことがあるのだけど」
『うぉっ、咲夜さんか! ごめんだけど後でいいか!? 今ちょっと取り込み中なんだけど!』
通話越しでも聞こえる景文さんの声は少し焦ったような感じだった。もしかすると言っていた任務の途中なのかもしれない。
それでも電話に出る辺り、少し申し訳なく思う。
ただそれで止まる咲夜ではなかった。構わずに話し続けた。
「清花が霊具作りで浄化の水に自分の血を混ぜたら水が青くなって性質がまるで変わったのだけど、心当たりはあるのかしら?」
『ちょ、ま……っ⁉︎ あぁ、くそっ! さっさとやられろよ!』
向こう側で一際大きい破砕音が聞こえてくる。瓦礫が砕けて飛び散り土砂が降り注いでいる光景が目に浮かぶくらいに。
咲夜が端末を耳からは外していると、静かになった端末から声が聞こえる。
『ごめん。待たせた。それで、水がどうなったんだ?』
「清花の力を凝縮した水に彼女の血を入れたら水の色が赤くなるどころか青くなったのよ、この現象に心当たりはあるの?」
『青く……? いや、まさか……』
「心当たりがあるなら言いなさい。どうせ貴方が唆したのでしょう?」
『……それは神の血と呼ばれる物のはずだ。確か、用途としては触媒が主かな。神の擬似的降臨なんかに使われるって聞いたような気がする。他だと神具を清める為に使われたりするらしい』
「何だか判然としない言い方ばかりね」
『あくまでそうと知れる立場にいただけで、直接見たり使ったりした訳じゃないからだよ。だから俺も作り方までは知らなかったんだ。もし騙す意図で伝えたのなら清花さんが察知しているはずだから、悪意がないということは信じてもらえないか? もし信じられないならまた今度対面して聞いて貰っても構わない』
「なるほどね。それについては承知したわ。ではこの事態について、他に何か気をつけることはあるかしら?」
『その水のことは極力誰にも知られないようにして欲しい。生成方法を知ってもなお作らせようとする輩が絶対に現れるから』
「清花に限らず浄化使いなら作れると知っている人がいたら意味がないんじゃない?」
『昔の時代は秘匿主義な人ばかりだから、その水の存在は知っていても製造方法までは知る人は少ないと思うよ。なんと言っても俺も知らなかったくらいだからね。浄化使いは貴重性から存在すら秘匿された家系だったから、知る人は本当にごく一部と思う。それこそ数百年生きてる化け物くらいじゃないか?』
「その知らないはずの知識を知っていることは素直に情報提供をしたから追求しないでおくわ。もう一つ、今の清花の行為は未来予知には引っ掛からなかったの?」
『妖怪の宣戦布告の後で未来予知に対しての妨害は強めておいたけど、おそらくは知らないけど絶対ではないという認識でいて欲しい。敵が最も知りたいのは清花さんの動向であって生活の全てではないはずだから一々何をしているかまでは把握している人はいないと思うよ。俺も予知はやってみたけど、清花さん周辺の未来を探るのは凄く力量と労力と根気が要るんだ。全面戦争になる以上は清花さんにのみ注力していられないだろうし、一々細部まで暴いている余裕はないと思う』
「貴方、いま自分もやってみたって」
『違う! 決して他意はない! 良からぬ輩が良からぬ事を企んでいないと確認していただけだから! あっ、そういえばまだ任務の途中だったんだ! それじゃあ俺は次の所に向かうからこの辺で!』
勢いのままに通話が切られたことを悟った咲夜は端末を一瞥した後に懐へしまった。
それから僕の方をじっと見てから溜め息を吐いた。
「貴方が聞いてるか分からない所で嘘は吐かないでしょう。出来ることなら事前に教えて欲しかったものだけど」
「言わなかったってことは僕には出来ないだろうと思う何かがあったのかもしれないよ?」
「血を混ぜること以外に要因があるということかしら。そして今はそれを満たしている、と。……まぁそれはいいわ。聞きたいことは聞けたし、どうせここに来るでしょうから問い詰めるのはその時でも遅くはないでしょう」
僕の知らない所で色々と問い詰められている姿が目に浮かぶ。
先日も陰で怒られていたようなことを言っていたし。
「あまり追い詰めるようなことはしないであげてね」
「それは彼次第ね。口約束だったとしても約束を破ったり、今のこの状況で大切なことを言い忘れてたりしたら一つや二つ物申したくもなるでしょう?」
どうにもならないみたいだった。心の中でごめんと手を合わせて謝っておく。
「それで、実験についてはどんな感じなの?」
「あぁ、そういえばそろそろ一つ目の水槽がいい頃合いだね。実験としては同じ武器を幾つか沈めて一定時間毎に一つずつって取り出す内容なんだけど、咲夜がいるのは丁度よかった。武器に浄化の力がどんな感じで付与されてるか視て欲しいんだ」
「使い手なのに貴方じゃ分からないの?」
「付与が出来てるかどうかは分かるけど、持続時間とか強弱については咲夜の眼の方が詳しく調べられるんじゃないかな」
この方法での霊具作りは初めてだし、浄化の力が付与されている武器というと例の蜘蛛切になるけど、あれはあまり参考にはならない。
比較対象がない以上、どれが付与具合が良いかどうかの判断がつかない。
僕の説明に納得した咲夜が頷いて武器の方へ視線を移した。
頃合いだと思い時計を見るともうあと数分といったところで、記録を残す為の紙などを用意しているとすぐに時間になった。
「じゃあ一本目を取り出すよ」
水槽から短刀を取り出す。水気は力の操作で除くことが出来るのですぐに乾いた状態に出来る。
「駄目ね」
「駄目だね」
ほぼ同時に出る答え。
たった一時間では何も変わらないということは自分の目から見ても明らかだった。
「ただ定着が出来ていないだけで残滓は残っているわね。もう少し時間を掛ければ……いやでも……」
「そうなの? じゃあこれはもう一度浸けておいてもう一時間……」
目印を付けておけばいいか。いや、単に沈めておけばいいというのは安直に過ぎないだろうか。
このまま幾ら時間を掛けても咲夜の言う定着には至らない可能性もある。とすれば、考えるべきは定着を安定させる方法だ。
「清花?」
「定着をさせるのに必要なのは時間なのか、他の方法が必要なのかなって思って。もしこのまま時間だけ掛けても無駄だった場合を考えるとこのまま沈めるより実験に使った方が有意義かも」
「……なるほどね。土御門くんは知ってたら流石に言うだろうし、霊具のことなら前園家に聞いてみましょうか」
今の状況だと前園家は最も忙しい時期だろうけど、止める間も無く咲夜は通話を開始していた。
過去の負い目を最大限に利用しているのが実に咲夜らしい。それがあの前園家だというのだから尚更にそう感じる。
見習うべきかどうかは、ちょっと悩むところだけども。
「もしもし、宝蔵咲夜です。少しお時間を頂戴しても宜しいかしら?」
『咲夜さんでしたか。勿論構いませんよ、どんなご用件でしょうか』
「要件については清花の方が詳しく伝えられるでしょうから今代わるわ」
手渡された端末を耳に当てて相談を始める。
「もしもし、龍健さん。清花です。お聞きしたいことがあったので電話させて貰いました。今は大丈夫ですか?」
『えぇ、清花さんの為であれば喜んで時間を作りますよ。それでどういったご用件でお電話を?』
「霊具の製作をしているのですが、短期間でもいいので既製品の武器に浄化の力を付与しようと考えて試行錯誤をしている最中でして。今は特別な浄化の水に武器を浸けているのですがどうやら付与の定着が甘いらしく、そこで知識をお借り出来ればと思いまして。ちなみに器となる武器の方はそこそこ名のある武器ではありますが霊具の器としては適していないとされる類の物です」
『なるほど。基本的に霊具というのはそうなるべくしてなった物が多いですからね。相性を無視して付与をするとなるとそれなりに器の方の耐久度も必要になりますが、そちらはどうでしょうか』
「伝手がありまして、無理をしたとしても一度の戦闘には耐えうる物を選んでくれています」
『であれば、一つの方法としては力尽くという手法があります。確実に武具の寿命を削りますが無理矢理に力を押し込めるというものです。清花さんが作っている結界の霊具と似たようなものでしょうかね。ただし相性の良い素材を使っている訳ではないので武器としての寿命は極端に短いですし、付与後は未使用の状態でもすぐに使い物にならなくなってしまうでしょう。私の見立てだと三日……いえ、二日以内が使用限度になってしまうかと』
「二日ですか。結構短いですね。使用限度の日を超えてしまうとどうなるんですか?」
『武器の素材が付与された力に耐えられず自壊を始めて砂のように崩れ去ります。仮に何とか形を保っていたとしても武器としての性能は木の枝一つ落とすことは出来ません』
今まで言われたことを紙に書き留めている。今後の為にも実験の記録は大事だから。
『二つ目の方法としては武器ではなく別の物に付与をし、それを武器と共に振るうという方法もあります。私としてはこれをお勧めします』
「別の物。……詳しくお聞きしても大丈夫ですか?」
『構いませんよ。では、まず原始的な火を点ける道具として松明を想像してみて下さい。あれは木の棒に松脂を塗って火を灯すという代物ですよね。それと同じように武器に粉や液体を付着させたり術を内蔵した符を貼り付けることで擬似的に力を付与した状態にするのです。それぞれの製法に関しては一族に伝わる秘伝のようなものなので今から作るというのは現実的ではないですが、もし必要であれば浄化の力に合う物をお送りしますよ。というかもう送り始めましたので着き次第お受け取り下さい』
「えっと?」
『金銭に関しては然るべき所に請求するのでお気になさらず。清花さんに対しては最優先で協力するよう申し付けられているので』
「そうなんですか? 初めて聞きましたけど」
『そういった報せは方々にいっていると思いますよ。その中でも我が家を選んでくれたことに心よりの感謝を申し上げます』
「こちらこそ、ありがとうございます?」
こちらとしてはとんとん拍子に話が進むのは大歓迎なのでありがたい話だけど。
横を見るとやはりというべきか、咲夜が眉を寄せていて。
無言で差し出された手の平に端末を乗せて返す。
「そういうことだから霊具のことでまた何かあったら貴方の個人端末に連絡するからその時はよろしくお願いするわ」
『承知しました。それでは、清花さんによろしく言っておいて下さい』
「そっちも当主様によろしく言っておいて頂戴。それじゃあ失礼するわね」
二人の間に不必要な諍いが起きなかったことにホッとしつつ、龍健さんから言われた通りに一度の使用で壊れても支障のないような投擲物から浄化の力の付与を再開することにした。




