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二話-1 準備は着実に




「今日、新しく得た情報について共有するわ」


 やって来て二日目の朝食の後、咲夜は全員が集まる場所で宣言する。

 ここにいる間は毎朝行われることになった定例会議、今日はその第一回目だ。


「まず最初から整理しましょう。先日の十六時頃に大妖怪たる九尾の狐である白面が退魔師協会の本部を襲撃、そこで日本全土に向けて宣戦布告をしたというのは間違いないみたいね」


「それって岩蔵さんに聞いて僕が嘘じゃないって判断しなかったっけ」


「貴方の感知も抜け穴はあるからね。念の為よ。それに改めて精査して知ったこともあるから無駄ではなかったわ」


 これは心して聞かないといけない話みたいだ。全員が咲夜の話に耳を傾ける。


「白面が現れた場にいた一級退魔師の総勢三十と数名が瞬く間に返り討ちに遭ったらしいわ。読んで字の如く、赤子の手を捻るように瞬く間にね。すぐに退却したから幸いにも死者は出なかったけれど負傷者は多いみたいね。精神的にもかなり傷を負ったとも聞いているわ」


 少し険しい顔をした咲夜が機器の画面をこちらに見せてくれる。

 そこには建物の正面入り口前で対峙する多数の退魔師と白面の姿が遠目にだけど映し出されていた。

 戦闘が開始され退魔師側が一方的に攻撃するも白面は全く意に介さずに何かを喋り続け、その後に放った火球の術で防御系統の術もろともに一撃で退魔師を壊滅させていた。

 咲夜の言によれば一級退魔師が多数とのことだったけど、それは戦いと呼ぶにはあまりにも一方的過ぎるものだった。


「見物人も多数いたらしいけれど、直接見た光景の衝撃は計り知れないでしょうね。仮にも日本の中で一番と言っていい権威を誇る退魔師協会、その本部で襲撃されたっていうのに襲撃者であるたった一体の妖怪になす術もなく壊滅させられたのだから」


 宣戦布告をより鮮烈に記憶させ、恐怖心を煽り人から人へと喧伝させる為の演出というやつだ。一級退魔師たちが生き残ったのも計算の内なのだと思う。

 考えてみるに、恐らくだけど特級退魔師がその場に居たかは関係なかったはず。いれば一級退魔師たちの被害は減らせただろうけど、その場合は戦いの余波で周辺の民間人への被害は相当なものになったはず。

 一方的に勝てる状況でなければ白面を止められるはずもないし、この宣戦布告自体を止めることは実質不可能だ。

 つまりどうあっても今の状況になることは変わらないということだったのだろうと思う。


「それを見た一般の人たちはどんな感じなのかな? やっぱり噂になっちゃってる?」


「撮影したのは妖怪に与した人の仕業でしょうけれど、その時の映像が恐怖を煽るようにして既にネット上で出回っているわ。わざわざ退魔師たちがやられる瞬間を拡大して再生したりしてね。それを見た市井の人たちの今の状況は……まぁ、控えめに言って混乱の極みと言ったところかしら」


「そんな状況下で殆ど何も言わずにここに来ちゃった訳だけど……」


「地元でも色々言われてはいるみたいね。でも私は親に言われて代理で管理している身に過ぎないし、清花は更にその部下のようなものだから責任云々は大人に取って貰うことにしておくこととしましょう。帰った時に非難されても私たちは大人たちに振り回される悲劇の子供たちということにして大人に泥を被って貰うわ。対応を間違えると面倒臭いことになるでしょうけど、問題はないでしょう」


「今までいた人が急にいなくなると不安になる人も出てくるよね」


 今まで管理してきた地域が殆ど被害らしい被害がなかったのは僕たちだからという見方もされることがあるくらいだ。

 咲夜の言うようなことにならないよう退魔師協会の人たちには頑張って欲しいものだ。


「その場で白面が言ったとされる言葉は聞いた昨日の通りね。日本全土の各地に妖怪を出現させるからこれを防いで見せろ。これも市民の間に広まっているわ」


「それは恐慌状態にもなるよね。ならない方が無理って話だし」


「えぇ。そのせいで緊急で記者会見をすることになったりと忙しいみたいだけど、それは私たちには関係ない話だから省略するとして」


 その程度では収まらないくらいには市民の感情は昂っているということらしい。

 端末を回収した咲夜はまた色々と操作をしだした。


「問題はそのせいで退魔師側の処理能力が限界に近いってこと。妖怪だけで手一杯のところに一般市民を鎮静化させないといけないし、加えて便乗して暴れ出しそうな奴らが沢山いたから当たり前と言えばそうね。警察も出動しているけれど焼け石に水ってところらしいわ」


「そうなんだ。それは僕を利用してでも敵対退魔師を排除しようとする訳だね」


「こうなる前から捕まえておけばいい話を今になって慌ててやっている所はただの自業自得よ」


「あはは……辛辣だけど同意だから何も言わないでおく」


「普段は偉そうにしながらいざとなったら新米もいいところの清花に縋ろうとする人達に容赦する必要はないでしょう。あぁそれと、昨日の働きについては別途請求しているから楽しみにしておいていいわよ。映像もキッチリ残しておいたから言い訳は出来ないしね」


 視線が送られた先には何やら撮影機械を持って不敵に笑う大門先輩が。

 あの時離れていたのはこの意味もあったのかと改めて驚くばかりだ。


「東司、抜かりはないわね?」


「勿論です。確認しましたがバッチリ全てを記録しております。ネット上と物理的にも複製も完了しているので、後は清花お嬢様の霊具と共に保管しておけばよろしいかと」


「よろしい。何なら今の内に吹っ掛けておきましょうか」


「恩に着せるという手もありますが」


「清花がここに来る以上の恩はないわ。同時に請求するとその恩に掻き消されかねないし、戦後のゴタゴタでなぁなぁにされない今がいいでしょう。向こうとしてもこのやりとりに時間を掛けたくないはずだから色々と弾んでくれるんじゃない?」


 何も言うことはないらしい大門先輩は頭を下げて後ろに下がる。


「そっちは私が適当にやっておくとして、それぞれについて報告を聞いておきましょうか。まずは東司から」


「生活物資の補給は滞りなく終えており、食糧についてはあと数名ほど増えても開戦から一週間は問題ないかと。それから取り寄せた武具の類は明日中に届く予定です。追加の注文など御座いましたら、到着は別日にはなりますが注文することは可能ですので遠慮なくお申し付け下さい」


「ご苦労様。でも、食料はそんなに必要なの?」


「四方八方を囲まれて補給路を絶たれた状態での籠城戦を意識してのことです。人数が増えればその分だけ一日の消費量も増えますし、保存食は多いに越したことはないかと。空腹は生身の人間にとって耐え難い物ですからね。私も見習いだった頃に完全自給自足での山篭りがあった時にはかなり堪えた記憶があります」


「籠城戦はどういう状況で発生すると予想してる?」


「退魔師側の劣勢、ですね。妖怪側が優勢であるならば妖怪に対しては最も堅牢なこの場所を無理に攻める必要はありません。ですが清花お嬢様が自由に遊撃を出来る状況は戦術的に無視出来ないはずですので、敵の最優先目標がここになる可能性は高いですね。総合的に判断すると、篭城戦の可能性は高くはないと見て良いかと。なので保存食はあくまで保険とお考え下さい」


 退魔師側が優勢である場合は逆に応援が駆けつける前に僕を殺そうと短期決戦になるということでもある。

 弓削家がいかに未来を視ることが出来ると言っても、それは確実ではない。何よりもそれは本人たちがよく理解しているだろう。

 であればどちらになってもいいように備えておくのは常道だ。


「ここを攻めている最中に戦況が変化したら籠城の可能性もあるでしょう。結局はその場での柔軟な対応が求められるということね」


「備えはあればあるほどいざという時の選択肢になり得るとは師の教えです」


「そしてその選択肢に振り回されるようでは二流止まりだ、でしょう?」


「いやはや、一流への道は得てして険しいものです」


 問題は備える為の時間が限られていること。その時間を使わせないように早期に妖怪たちが攻め込んでくると。

 命を賭けているという事態に際し、間違えられない選択肢を突きつけられるのは相当な心労なはず。

 ままならない現実に咲夜が小さく鼻を鳴らして笑った。


「物資に関しての判断は任せるから他に必要な物資があれば用意しておいて頂戴。協会本部の名前を出せば多少は融通してくれるはずよ」


「承知しました。直ちに取り掛かるとしましょう」


 大門先輩はここの会話が聞こえるギリギリの位置まで移動をすると端末を使って通話を開始した。

 物資を早期に届けるのは今の情勢では難しい。咲夜の情報通りであれば交通網は逃げ惑う人たちで麻痺していてもおかしくはない。

 空を飛んだり転移の術を使えばそれも無視は出来るかもしれないけど、そう気軽に扱える術ではないだろう。


「千洋さんは何か気になることとかはあった?」


「今のところは問題ありません。このまま皆様を補助するように動くつもりです」


「流石ね。じゃあ、次に清花」


 順番が回って来たので背筋を正して答える。


「体調と霊力量に関しては問題なし。今日も霊具作りに時間を費やすつもりだよ。時間があれば武具の霊具化をしたいけど、大門先輩の注文した武具が明日到着なら今の内に前倒しで結界の霊具を作っておいて明日に時間を作って貰おうかなって考えてるけど、どうかな」


「分かったわ。その話は私から話を通しておくから貴方は霊具製作の方に注力して頂戴。だけど決して無理はしないように」


「了解。無理のない範囲で作るよ」


 霊力量という制限はあるものの、慣れさえすれば効率も良くなるはず。その為には術をもっと上手く扱って負担を減らすことを目指せばいい。結局のところは努力しかないということだ。

 そうして各々がまた今日も仕事を始め、そして一日が終わる。けど、その前に話をしなければいけない人がいる。

 本当は一日で三人に通話をする予定だったのだけどそれが出来なかったからだ。

 冬香の長電話は以前にも経験したことがあるからある程度は分かっていたことだけど、まさか千郷までもとは思わなかった。なんでも千郷は電話越しだと相手が清花だということが強く意識するらしく、女の子相手にするつもりの会話になってしまうらしい。

 そういえばとか、ところでとか、あととか、そんな言葉を機会にして何度話題があっちへこっちへ転がったことか。

 これまでの経験で自然と対応出来ているということに気づいた時にはもうすぐで寝るという時間になってからだった。

 流石に寝る前にやる事を考えるとあれ以上は誰かと電話をする余裕はなく、必然的に今日へと回された人がいて。


「そんな感じで昨日は連絡出来なくてごめんね」


『いやいや、女の子の長話はよくある話だし。そんなに気にしないでいいよ』


 古くから付き合いのある女の子が複数人いるようだし、そんなようなことを経験したこともあるのだろう。苦笑い気味に納得していた。


『それよりも毎日電話をしたりして無理はしてないか? 霊力の消費は体力の消費にも繋がるところがあるから心配だ』


「ご存知の通り、霊力量には自信があるか平気だと思うよ。でも明日からはちょっと無理をする予定かな。例えば既存の武器とか防具に浄化の力を付与出来ないか試して見るつもりなんだけど、今までやったことがないから試行錯誤になるかもしれないせいで消費もそれなりになるかもしれないからね」


『それなら……あ、いや、でも……うーん』


 言い方からして思い悩むということは方法自体はあるということ。

 これは少し押しが必要か。ここは冬香から教えられた技を使うべきだろう。

 確か喉を意識して使用して音域を高くするのだったか。


「何か方法があるなら教えて欲しいな」


『分かった』


 秒殺だった。

 仕掛けたこちらが言うことではないけど、流石に陥落するのが早過ぎではないだろうか。

 これは安易に使っていいものではないなと自戒していると、やけに低く小さくなった声が聞こえてきた。


『ただし、咲夜さんには俺が言ったって言わないでくれるって約束してくれないか』


「とりあえず内容を聞いてからじゃないと約束は出来ないかな。そんなに心配する程のことなの?」


『昔の退魔師としては一般的な部類ではあるけど、今の時代だと普通のやり方じゃないからだよ。清花さんは以前に蜘蛛切っていう刀を見てるよね』


「僕の結界が斬られたやつだね。あれがどういう刀かって知ってるの?」


『あれは妖怪を斬って斬って斬りまくって、その結果妖刀となった後にその怨念を鎮める為に更に何十年も神聖な水で清めたっていう経歴の刀だよ。切った中で最も有名なのが土蜘蛛っていう強い妖怪を斬ったことから蜘蛛切って名前が付けられてるだけで、それ以外にも沢山の妖怪を殺してる刀なんだ』


「同じように作るにはただ浄化の水に浸しただけじゃダメってこと?」


『清花さんくらいの霊力で作られた水なら不可能ではないではないだろうけど、それでも少なくとも月単位の時間は掛かると思うよ。満足いく出来になるかは分からない難しい話ではあると思う。ああいった道具は人や妖怪の怨讐が積もりに積もって形を成したものでもあるから。どうしたって時間は掛かるものなんだ』


 考えていたやり方ではダメだと知って改めて考え直す必要がある。

 しかし他の方法といったって、浄化の力を付与するにはどうしたって水を利用するやり方しか思い浮かばない。


「じゃあ、さっき言葉を濁していたのはどういう理由なの?」


『先に答えから言わないのは意地悪じゃないんだけど、清花さんは退魔師にとって一番特別なものって何だと思う?』


「それは……血、だよね」


 術も霊力も、術師としての何もかもがまず血から始まる。術そのものが血筋を表していると言われているくらいだ。

 これを抜きに退魔師は語れないと言っても決して過言ではないだろう。

 だからこそこれ以上は言わなくても分かる。妖刀がそう呼ばれるに至った所以は人を斬ったからじゃない。

 斬って斬って斬り続けてその血を吸い続けたからだ。その意味するところは——


「確かに、咲夜が聞いたら怒りそうだね」


『ただでさえこの前のことで色々言われてるから……。その、これ以上は怒らせたくないんだ』


 どうやら僕の知らないところで色々あったみたいだ。彼の様子からして会合の一件のことで相当怒られたのか。


「あー……うん。なんかごめんね?」


『いや、それは俺が悪いから咲夜さんを悪く思わないで欲しい。ただ短期間にまた怒られるのは避けたいんだ。出来ればもう少し間隔を空けるか、心象を良くしてからしたい。じゃないと……』


「じゃないと?」


 そこで言葉が途切れた。通話越しだから感情は感じ取りにくいものの、声音からはいくらかの切実さがあったような。


『な、何でもない。清花さんなら痕を残すようなことはしないだろうけど、それでも体を傷付ける行為だってことは忘れないで欲しい。もしもやるとしても出来れば今回だけにして、今後はしないと約束してくれ』


「絶対とは言い切れないけど、少なくとも非常事態以外ではしないって約束する」


『そうしてくれると嬉しい。やっぱり女の子の体に傷は作るものじゃないからさ。というか、出来る事なら霊具作りも放っておいてもっと安全な場所に身を隠して欲しいところだけど』


 それは僕の性格的にしないと分かってるだろう景文さんは少し息を零し、少し息を吸ってから。


『この先、何があっても清花さんのことは俺が絶対に守るから』


「ありがとう。頼りにしてるよ」


 今回ばかりは遠慮なく素直に頼らせてもらう。そのつもりで言ったところ、何か通話の向こうで風切り音が聞こえたような。

 それはともかく、景文さんにはきちんと聞いておかなければいけないことがあったのを忘れていた。


「ところでさ、僕が聞いたのは特級の退魔師が護衛に就くってことだけなんだけど、肝心の誰かはまだ聞いてないんだ。それが景文さんってことでいいのかな?」


『うぐっ』


 聞こえてきたのは肯定ではなく呻き声だった。


「うん? その反応は違うということでいいの?」


『えっと……それは……』


 今まで力を隠していた彼は特級相当の力の持ち主ではあるだろうけれど、実際にそれが認められた訳ではいないはず。今に至る経緯から周囲が護衛を選ぶのなら彼だろうとは想像はしていても、現実的に本当にそうなのかはまだ分かっていない状態だ。

 咲夜が何度も聞いてはいるらしいけれど、人選に関しては依然としてまだ決まっていないとしか答えてくれないそうだ。何でも今の段階で決めてしまうとその人に対して有利な妖怪をぶつけられる可能性があるからだという。

 例えば僕に対しての近接特化型の妖怪がそうだ。そう言われてしまえば納得する他ない。

 その有利を取れるというのは未来視に映るからであり、景文さんは占いや未来視対策をしているので妖怪からの有効な対策手段はないはずだけど、それは逆に言えば味方からも視えないということである。

 出現する妖怪に対し有利な退魔師をぶつけようとしている退魔師側からする彼の存在は悩みの種だとすら言えた。これらを踏まえると景文さんがまだ僕の護衛に配置されていないという話もかなりの確率であり得る。


「一応聞いておくけど、もうどこに配置されるか決まってるの?」


『い、いや……まだ……なんだけど』


「じゃあこれからってことなのかな。そういう話は来ていたりしないの?」


『来てはいるんけど、自分の希望する場所に行きたいなら俺に勝ってからにしろって言われてさ』


「俺に勝ってからって、誰から?」


『父親から、あと兄たちも挙って参加してきて』


 今の僕の扱いからしてここに強敵がやって来る可能性は限りなく高いと言える。そんな場所に可愛い子供を送るような親ではないということみたいだ。しかし五家である土御門家の当主となると話としては難しくなる。


『あっ、それはもう何とかしたからそれはいいんだけど。ちゃんと勝ったから安心してくれ』


 意外とそうでもなかったらしい。


「いいんだ……っていうか勝ったんだ」


『相手の手の内は殆ど知りつつ俺の手の内は完全に隠してたしね。これで負けてたら引退ものだよ』


 その条件下であったとしても未成年の子供が当主を倒してしまうのはいいのだろうか。

 彼の過去を知る僕からすればあり得るとは思うものの、知らない人からすれば驚天動地のはず。

 当主にはならないと宣言している景文さんだけど、土御門家はいま大変なことになっているに違いなさそうだ。


「えっと、勝ったなら問題はない……んだよね?」


『家族については問題ないよ。ただ勝ったことで別の面倒事がやってきたんだ』


「というと……別の問題、退魔師……あっ、特級退魔師が来たとか?」


 思い出すのは護衛を担いながらも適度に敵を寄越して僕の力を見定めようとしてきた魅緒さん。

 護衛という仕事の他に僕の力量を知る目的があったのなら、彼のところにも同じ目的の人が来てもおかしくはない。

 いきなり家族で戦っているのを疑問に思っていたけれど、戦力把握の為の力試しなら有り得なくもないか。

 

『そうだけど……もしかしてそっちも?』


「うん。移動をする時の護衛としてね。こっちは戦ってはないけど、そっちの方は流れからすると一戦交えたとか?」


『まぁ、そうだね。戦い自体はお互いの術の規模のせいで途中で止められたから決着は着かなかったけど』


「それでも一方的な勝負にならなかったってことでしょ? 特級相手なのにやっぱり凄いね」


 一級の退魔師たちをものともしなかった実力からして、彼の実力は本物だったということだ。

 惜しむらくはその戦いを見れなかったことだ。特級と特級相当の戦いは是非とも見てみたかった。

 通話越しに聞こえてくる「いやぁ」という謙遜からしてその戦いでも余裕はあったに違いない。

 そして、それは相手の特級術師なら敏感に感じ取れたはず。


「その結果でもここの護衛はダメだったの?」


『実力的には問題ないとお墨付きは貰ったよ。だけど、今度はそれだけ強いなら自分たちの用事を手伝えって言われて……』


 景文さんの力量が知れたならそうなるだろうなと、聞いてすぐに納得した。


「妖怪を減らせない分、犯罪者の元退魔師とかを間引いたりしてるみたいだからね。それで駆り出したいのかな?」


『それもあるかもなぁ。まだ任務の内容とは聞いてなくてさ。はぁ……とにかく、そんな訳でそっちに合流出来るのはギリギリになるかもしれないんだ』


「それは凄く困るね。疲れた状態で強敵と戦えだなんて無茶だよ。僕の方から何とかするように言ってみようかな」


『有難い……けど、清花さんからしたら少しでも人的被害が減った方が嬉しいだろ? だからそれまでは頑張るよ。どうせ今まで逃げ隠れし続けてきた雑魚たちばかりだし、すぐに終わらせてそっちに行くとするかな』


 今の今まで逮捕されずに隠れ続けてきたような犯罪者たちは漏れなく猛者ばかりであることは言うまでもなく彼は理解しているはず。

 その上でこう宣言したからには彼はやり遂げるつもりなのだと思う。これは電話越しに何か言ったところで翻意させることは難しいだろう。


「その被害の中に景文さんも入ってるってことを忘れないでね」


『分かってるつもりだ。そんなことで怪我をしてそっちに行けなくなったら意味がないしな。いざという時は清花さんにお願いしたいな……なんて……』


「本当に分かって……うん?」


 自分が言ったようなことを咲夜に言われたような気がする。

 これが心配する側の気持ちということか。普段は自分が危険なことをする側だったからある意味では新鮮な気分だ。

 果たして本当に大丈夫だろうか、と胸の辺りがざわつく感じがする。

 確かに、これがずっと続くとしたら確かに心労にもなるか。


『清花さん?』 


「いや、何でもないよ。もちろん怪我したら治すから安心して。でも、もし怪我をしたら……」


『し、したら?』


 言葉にしてからこれは何か違うなと違和感を感じる。

 これではまるで罰のようだと。それはこれから頑張るだろう人に対して失礼だ。


「いや、この場合はしなかった場合の方がいいかな? お礼というか、ご褒美的な感じで考えると……」


『考えると……?』


 頭に浮かぶのは以前にやった膝枕。しかし何というかそれは少し違う気がする。

 あの時と今とでは命の危機という意味で段違いだから。そうなると————


「うーん。思いつかないからそれは後で考えるとして」


『…………』


 無言の抗議を携帯端末越しに感じる。でも何かして欲しいとは自分からは口には出せないとも。

 生憎とこういう時の対価として相応しいものが何なのかを即決出来るほどに男女の機微知り尽くしてはいない。

 後先考えずに口約束をするとおかしなことになりそうな予感があるのでもう少し考えてから答えたいところだ。


「何かあるなら参考程度に聞くよ?」


『それだと要求しているようじゃないか? そんなつもりは……』


「でも何も要らない訳でもないでしょ?」


『……ソンナコトナイヨ』


「電話越しでも分かるその素直さは美徳と褒めるべきかどうか迷うところだね」


 明け透けに欲望を晒すのは躊躇われる一方でそれはそれとして欲望を捨て去ることも出来ない。

 だけどそれでいい。大なり小なり人は目的を持った方が前に進む為の力を得るのだから。

 彼に求められる仕事を考えれば成果に対する何かを期待して然るべきで。

 出来ることなら信頼に足る相手に護衛としてここに来て欲しい自分からしてもそれは同じこと。


「そのことは考えておくとして。怪我をしたら凄く心配になって霊具作りに支障が出るかもしれないから出来るだけ気を付けてね。僕から言いたいことはそれだけかな」


『負担を取り除く為にやっていることで負担に感じさせたら意味がないからな。怪我はしないと約束するよ』


 そう言っても無茶はするんだろうけど、少なくとも嘘を吐いてバレるような怪我をすることはないはずだ。

 その後彼に対しては僕が一方的に話す形で色々とお喋りをしてからその日を終えた。

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