一話-8 聖域、又の名を神域
「えっ? さっきのは何かをしていたかって?」
「えぇ、貴方が水浴びに行ってから血相を変えて駆け込んできたのよ」
どうやら少し離れている間に岩蔵さんが来ていたようで、それの対応をしていた咲夜が報告をしに来てくれたらしい。
今は水浴びを終えて、着替えつつ扉越しに話を聞いた限りではそれはもう慌てた様子だったと。
「結界を少し弄った程度で、別に大したことはしていないはずだけど?」
「私もそう思ったから貴方がしていたことをそのまま話したんだけど、そうしたら一応は納得して帰っていったわ」
僕がやったことは単に結界を地表だけではなく地面の中にまで通しただけのこと。
これ自体は別に珍しい訳ではない。結界の弱点が足元だなんてことはそれこそ遥か昔から言われてきたことで、それに対する策だって昔から考えられてきた。ただ実現が難しいというだけで。
会話中に着替えも済んだので扉を開けて咲夜を更衣室に招き入れた。
「あの人が慌てるくらいのことだから結界の範囲を広げましたで終わらないでしょう。その辺りに心当たりはあるの?」
「勘だけど結界を弄ったそもそもの理由にあるんじゃないかな。土地を浄化しても少し経つとすぐ元通りになるのは知ってるでしょ? その原因が空中に散るだけじゃなくて地中にも浸透して散っているんじゃないかって思ってさ。大蓮寺家での一件も踏まえて試しに地中まで結界を覆ってみたんだよね」
地下からの防衛を目的とするだけなら地表を這うように結界を伸ばせばいい。
その方が目視が出来るから認識し易いし、地下に結界を伸ばすよりも難しくはないはずだ。
わざわざ難易度を上げてまで地中に結界を伸ばしたのには大蓮寺家以外にも、浄化の気を地中に溜めて置けないかと考えたという理由がある。
「そのお陰で今の所は浄化の気が漏れ出ていないみたいだから成功と言えるんだけど、逆に言うと溜まり過ぎてるかもしれないんだ。岩蔵さんはそこを気にしてるのかも」
「逃げ場がなくなったから溜まる一方ってこと?」
「そういうことだね。逃がそうとすれば出来なくはないけど……」
必要なら穴を開けて逃がせばいいし、今も降らせている雨を止めれば溜まらなくなる。例え何か問題が起きてもすぐに対処は出来るので岩蔵さんに何かしらの懸念があるのなら先に聞いておきたいところではあった。
とはいえ、浄化の気をこの場に留めおかないと防衛機構として機能しないから止めろと言われても困るけど。
「ふぅん? 溜まり過ぎると何か悪影響はあるの?」
「悪い影響はないと思うけど、敵には当てはまらないって感じではあるかな」
「あの人がそこを気にするとも思えないのよね。……やっぱり本人から聞くのが一番早そうね」
「それがいいと思う。あっ、それと昼食の準備はもう出来てる? まだなら髪を乾かそうかなって思うんだけど」
「貴方が水浴びするってことで遅らせて貰っているわ。時間的にはもう少し余裕があるから乾かしてあげる。それと、どうやら随分と手の込んだおもてなしをされるみたいだから期待していいわよ」
「実は結構楽しみにしてたんだよね。……千郷は残念だったけど」
聞けば岩蔵さん……というよりは退魔師協会が一流の料理人を手配してくれていたらしい。分かる人には分かるくらい日本食の世界では有名な人が来てくれているとか何とか。
そして本当に残念なことに千郷はまだすぐには来れないと悔しい気持ちでいっぱいの連絡があった。
しかし料理に罪はないので有り難く彼女の分まで頂くこととしよう。
「ちなみに着替えも部屋に幾つか用意されているみたいよ。何か細工されてる気配がなければ着てみたら?」
「盗聴器を気にしながら服は着たくないなぁ」
「本来なら私たちももっと気を付けて生活しないといけないのでしょうけど。……貴方の悪意感知って本当に便利よね」
会話をしながらも熱風が頭に吹き掛かる。
「本来ならって?」
「貴方くらいになると強さの秘密を知りたいとか、何かしらの弱みを握って脅しに使うために間者が知らぬ間に紛れ込んでいたりするものなのよ。それを阻止する為に対不審者用の結界や侵入者撃退の式神が使われている家もあるし、そうして確実に阻止出来るだけの腕を持つ人材を抱え込めるかもそれぞれの陣営の力として資質を問われるの。実際に宝蔵家でもその手の人は見たことがあるわ」
「へぇ。そういう役割の人もいるんだね。でも、それなら確かに僕たちにはあまり必要ないか」
今では他の浄化の力に対しても強く作用するように出来るようになったから結界としての性能は盤石と言っていい。
この結界では物理的にも侵入自体が難しいし、入ったとしても盗聴器自体に盗聴しようという意思が残っていれば気付くことが出来る。何も知らない第三者に持ち込ませたとしても結果は変わらない。
「そういう意味でもお陰様で安上がりで助かってるわ」
妖怪退治の一部は宝蔵家から派遣されてきた人たちに任せているとはいえ、上級妖怪の相手は僕が占有しているのでその討伐報酬は殆どは僕たちの下に入っている。普通ならそこから人件費としてそういった人材に支払われるところなのだろう。
千郷も治療費や武具の修繕費などで大変だと言っていたし、そう考えると随分と費用が浮いているのだなと感じる。
「今は安上がりでもいいだろうけどさ。もし僕たちが独立したらそういうのも考えないといけないのかな?」
「そうね。宝蔵家の庇護から抜け出して自分たちの土地を持ったら多少は受け入れないといけなくなるでしょうね。仕事を作り出して食い逸れが出ないようにすることも地主の仕事の一つだから」
もしも僕たちが独立をするのならばそういったことも視野に入れて動かないといけなくなる。
咲夜がそのことを考えて動いているのなら聞いておいた方がいいことがあったのを思い出す。
「それなら聞いていい? 車の中で話してた土地の話は受けるつもりなの?」
あの話を受けるのであれば僕たちも自分で管理をしなければならない土地を持つということになる。咲夜は乗り気という様子ではなかったものの、かといって一蹴するほどでもなかったところを見るに中々の好条件だったのだろう。
これは僕としても聞いておかないといけない話だ。
「今の所は半々といったところかしら。こちらが要求するつもりだった土地が候補にあったのだけど、他の候補が悪くはないけど選ぶ程じゃないってところが選ばされている感じがして嫌なのよね」
「あぁ、それは確かにね。十中八九であの家が関与してるだろうから、その感覚は忘れない方がいいと思う。何だかんだ最善に近い答えを出してくるからね。心構えをしておけば分かっていて思惑に乗らざるを得なかったとしても、自分で選んだなら納得は出来ると思うし」
「貴方が言っていた占いの面倒臭さがこれって訳ね。傍から見ていれば良い結果に繋がるなら従っていればいいじゃないと思うけれど、いざそれが自分の道に立ち塞がるとなると厄介極まりないわ」
咲夜も自分の道は自分で選び勝ち取りたいという考えなので、用意された道が目の前にあるのは面白くないみたいだ。それが最善の道だと分かってしまうからこそその道のりに向けて一歩踏み出す気持ちになれない。
「名雪さんたちみたいに信じられるなら気持ちが楽なんだけどね」
「向こうも本当なら友人関係から信頼を築いた方がやり易いのでしょうけど、その時間がなかったのね。先の未来を見据えている割には場当たり的なのはそういうことでしょう」
そうして将来について話を続けているとすぐに髪も乾かし終わったので、次は人前に出る用の服に着替える為に僕に用意された個室へと向かうことに。
長い廊下を歩いていくと建物内の居住区域らしき場所にやってきた。
そこではどうやら防衛の観点で僕たちが住む個室は隣接状態になっているらしく、複数の木札が見えている中で大蓮寺清花様と彫られた看板が下がっている部屋に着いた。
「ここが貴方の部屋よ。ちょっと待っていなさい。確か押し入れはここに……」
部屋の内装は特に注文していなかったので大体は似ている構造になっているらしく、咲夜は分かったようにその場所を当てた。
そうしてお出しされたのは衣服は白や青といった涼し気な色調で装飾もあまり派手ではなく、かつスカートは長めに統一されているといったような、まるで世間が思い描く大蓮寺清花という人物像を反映したかのような服ばかりだった。
しかしながら確かに服としては凄く魅力的で一瞬で目を惹く力がある。おそらく一流の服飾関係の専門家が選んだのだろう。
他の箪笥の中にある物では上下で分かれている服もあったけれど、どれも衣服の上下が決まったように一緒になっていて、既に服としての組み合わせは決まっていて変に変えたりすることが憚れるくらいに完成されていた気がするのは気のせいではない。
試しに一番無難そうなものを着てみると、何から細部まで体とピッタリで怖いくらいだった。
「あー……。何と言うか、似合い過ぎて怖いわね。貴方と面識がある訳でもないのにここまで物を用意されると」
「言わないでよ。僕もそう思ってたところなんだから」
袖や丈すらピッタリで、最も怖いのは胸部の辺りすら心地良いくらいの丁度良さだ。
きっと服を買ったどこかから数字を得たに違いない。
「とりあえず細かいことは気にしない! それよりもう昼食に向かわないとだよね」
「貴方が水浴びを終えるくらいに連絡をしておいたからそろそろ出来ているはずよ。それじゃあ行きましょうか」
無駄にと形容したいくらい広すぎるこの建物は目的地へと辿り着く為に歩く距離が長い。
そして部屋という部屋が広すぎる。
食事を摂る為の場所として向かった場所は椅子と机が沢山並ぶ広い会場のような場所で、僕たちだけで使うにはあまりにも広すぎるし、何より広さの割にがらんどうで寂しさすら感じる。
「これでは居間というより食堂ね」
「宴会でもするつもりなのかな? あっ、あそこが僕たちの席かな?」
室内の一角に箸などが用意されているのが見えたのでそちらに向かおうとすると、横から誰かが話しかけてきた。
「私共がいるここについては集会が目的で作られた場所ですのでその予想は概ね当たりですね。それから、食事自体は今お住まいの生活空間でも十分可能ですよ。今回は料理人をお呼びしているのでこちらに来て頂く運びになりましたが」
「岩蔵さんも一緒になんですね。お聞きしたいことがあったので丁度よかったです」
「おや、奇遇ですね。私も尋ねたいことがあったのですよ」
食事の様子を見てみると、料理人が複数人忙しなく動いているのが見えた。
自宅とは違い、ここでは配膳のお手伝いなどは必要なさそうか。
「それなら料理を待ちながら話を聞きましょう。恐らくは同じ内容だと思われるのでそちらからどうぞ」
「そう致しましょう。私が聞きたいのはあの聖域についてです。これについてお話を聞かせて貰えませんか」
話を始めたと同時によく分からない単語が聞こえてきた。
「聖域ですか? その呼び名は初めて聞きました。認識が間違いでなければ僕が結界で囲んだ状態のことですか?」
「その認識で間違いありません。聖域というのは別の名では神域とも呼びます。その定義は一定以上の濃度で神気が満たされた場所のことを言います。日本で存在が確認されているのは遥か古くから存在するような由緒ある場所や土地でかつ条件が整った場合に存在するのみで、おおよそ一個人が作り出せるものではないと考えられていました。ちなみにですが、聖域は古くから神の住まう地として信仰の対象でもあったそうですよ」
「そうなんですか? でも結界でその神気というのを逃がさないよう閉じ込めているだけなのでやろうと思えば他の方でも出来るかと思いますよ」
「なるほど、その方法なら……。いえ、霊力が全く足りていないという点を除けば確かに実現可能だったかもしれません」
岩蔵さんは続けて苦い顔をして言う。
「しかしながら…………私としては、この結界の維持に力を割くよりも他のことにそのお力を奮って頂きたいと考えておりますが……」
言い辛いことだったのだろう。言葉にするのを躊躇ってはいた。これが無駄な霊力の消費ならばこの人の立場上は言うしかしなかったのだろうと思う。暗に止めろと言われてしまったのでそっと咲夜に視線を送る。
半ば呆れながらも咲夜は岩蔵さんに視線を向けた。
「この子なら結界の維持は片手間で出来るので心配は要らないかと」
「……本当に、ですか? つい先刻にあの強力な結界術を行使したはずですが」
「その通りではありますが、岩蔵室長から見て清花が無理しているように見えていて?」
「いいえ。……いや、しかし、ですが、いえ、そんなことが」
「可能なのです。だからここに呼ばれた。そうでしょう?」
咲夜の一言によって顔を上げた岩蔵さんの顔からは動揺の色は消え失せていた。
「そうですね。そういうことであればこの結界は寧ろ望ましい。寧ろいずれは聖域の拡大も……」
「色々と悪巧みをしているところ悪いけれど、勝手に清花を利用しようとしないで下さらない? そちら管轄の浄化使いもいるでしょうし、そちらに頼むのが筋というものでは?」
無言で二人の視線がぶつかり合う。しかし咲夜は別におかしなことを言っている訳ではないのでどこ吹く風といった様子ではある。岩蔵さんは軽く笑って流すことにしたようだ。
「先々のことは後回しにするとして、この後の話をしましょう。清花様の霊力量に問題がないのであれば早速ですが霊具の制作をお願いしたく。ご都合の程は宜しいでしょうか?」
「構いませんが、そちらの想定ではどれくらい作られる予定ですか? 平行して武具の制作もしたいので数によっては強行軍になるかもしれませんので事前に聞いておきたいです」
「一日四個の作成を想定とし、それを出来る限り続けて頂きたく。最初に作られた物からここより遠くの地域に配られる予定です。用途としては一般市民の保護、ならびに退魔師の緊急避難場所となる予定ですね」
「あら、意外ね。特級退魔師には配られないのかしら?」
「最初に打診はしましたがどの方も要らないと突っ張られてしまいまして。……全ての特級退魔師は清花様よりお歳をめしていらっしゃいますので、孫やひ孫も同然の頃合いである清花様からの施しは受けられないのでしょう」
「そう言っていられる状況でもないと思うけれど?」
「私もそうは思いますが、結局使われないのであれば渡した所で意味はありませんからね。どうせ使われないのであれば必要な所に回した方が建設的ですから」
「それで負けていたら意味がないわよ」
「ご尤もですが、あの歳の方々は頑……コホン、心の芯が太くいらっしゃるのですよ、とだけ申しておきます。あぁ、これはどうか内密にお願いしますよ?」
これはわざと言葉を漏らしたなと思っていると、僕の視線に気付いた岩蔵さんが顔をこちらに向けた。
「なので、もし特級退魔師に戦死者が出たとしてもそれは清花様のせいではないのでお気になさらず。そもそもが全てにおいて自己責任の世界ですから、清花様においては無用の心配だったかと思いますが」
「お気遣いありがとうございます。ですがそう仰るということは……」
特級退魔師から戦死者が出るということ。しかし、岩蔵さんは何の意思表示も示さなかった。
その代わりに立ち上がり、軽く礼をとって。
「聖域の件は理解しました。懸念点であった霊力の量も問題はないようなので上にもそう伝えるとしましょう。それでは、私は霊具に必要な道具を用意してからまた来ますのでこれにて失礼します」
口を挟む間もなく、目の前にあった料理の最後の一口を食べ終えると席を立って一礼の後に早々に立ち去って行った。
あまり突っ込まれたくない話題だったのか。最初に口にしたのは岩蔵さんの方なのになぜだろう。
首を傾げていると姿が見えなくなった辺りで咲夜が軽く嘆息して。
「とりあえずは霊具のことについてね。あの使い捨ての霊具は一つ作るのに霊力総量のどれくらいを使うのだったかしら?」
「結界の維持にまず一割から二割、その残りから霊具一つに四割くらいかな。それで一時間辺りに全体の六から七割くらいを回復ってところ」
「じゃあ霊具の制作は消費した分の霊力が回復したら次を作って頂戴。まだ余裕があるからって一度に何個も作っちゃダメよ。敵が霊力切れの瞬間を狙っていないとも限らないのだからね。分かった?」
「……分かったよ」
「本当に分かってる?」
僕がやりそうなことだと事前に釘を刺されてしまった。
言葉を返すのに少し間があったからか大門先輩に目配せもされてしまっている。
実際その通りのようにしようとしていたから何も言い返せないのだけど。
「常に監視をさせたいところだけどそれは無理だから、今言ったことを忘れないで余計な心配を掛けさせないように。いいわね?」
「分かった。無理はしないようにするよ」
そこまで言われて勝手は出来ない。逸る気持ちを抑えて一つ一つ作っていくとしよう。
少しして食事が終わり、それぞれが咲夜の言った通りに動いていく。
倉橋さんはここにいる全員分の家事や雑事に関することを統括管理していて、大門先輩は咲夜の代理で退魔師協会の人たちと打ち合わせを任され、咲夜は常に多方面と連絡を取り続けている。見慣れぬ環境に適応するよりも先にやることが多過ぎる。
僕の方はといえば岩蔵さんが持ってくるという霊具の素材を待っていた。
霊具製作の為に借りた場所で自分たちで用意した物を広げて待っていると黒服さんたちがやってくる。
「大変お待たせしました。こちらが例の物になります。お受け取り下さい。私どもはここの入り口で待たせて頂くので終わり次第お声がけくださいますよう。それでは失礼します」
黒服の人たちは似たような背格好でこれまた揃って頭を下げて去って行く。
手元には以前に景文さんに用意してもらった霊具の素材が幾つもあった。彼からはそう何個も用意出来る物ではないと聞いていたけれども、それは先に買い占められていたからか、それともこの日の為に急造して作られたのだろうか。
疑問はある、けれど。
(どっちにしてもやることは変わらない、か)
ここは既に浄化の気に満ちている。大量の浄化の雨を降らせたし、流れ出ていく気を結界で押し留めている。
これなら辺りを清める必要も長い言葉も必要ない。
頑丈そうな箱を開けてみると中には八個の素材が入れてあった。これで全部ということはないだろうし、
霊具の製作完了予想時刻を咲夜に連絡しつつ、素材の一つを手に取って祝詞を唱えていく。
「涅槃浄界」
結界の生成からそれを霊具に押し込むようにして焼き付ける。それから器のギリギリまで霊力を注ぎ込んで完成。
これを八個作って黒服の人たちに渡す頃には少し日が傾きかけていた。
約束した通りに霊力が回復をしてから霊具を作成していたから今も霊具一つ分消費しているだけですぐに元通りになるだろう。
そうやって霊力を回復しつつ霊具を渡すのが四つ目、五つ目になるつれて黒服たちの顔が引き攣って、六つ目以降は何かを通り越して無表情だったのを思い出しながら咲夜たちのいるところへ向かう。時間は掛かったものの、あれらが有効活用されることを想像すると達成感があった。
「お疲れ様。まさか全部使うとはって驚いてたわよ」
「えっ? 一日で使う分じゃなかったの?」
手渡された飲み物を落としそうになる。まさかやってしまったのかとヒヤッとした感じが体に広がっていた。
が、それはどうやら違うらしい。
咲夜は否定するように手で払うような素振りを見せて。
「想定では半分出来れば御の字ってくらいだったらしいわよ。色々指示してる上の方はともかく現場の認識はそんな感じだったのでしょう」
無理もない話だけどね、と呟いて昨夜が続ける。
「そんな感じで現場の予想を上回ったお陰か、各所の士気は高まっているみたいよ。あれらが自分たちのいる場所に配備されるっていうのもあるわね」
「そういう話を聞くともっと作ってあげたくなるけど、ね」
作りたいのは山々だけど、残念なことに時間と霊力は有限だ。妖怪が攻め込んで来るまでの時間がどれだけあるか分からない中で有限の時間を全てを他人の為か自分たちの為に使うか。今でも悩む時はある。
「霊力はまだまだ有り余ってるから作れるけど」
「そっちが無限でも気力は有限でしょう。疲労具合くらいは私でも分かるわよ」
「そんなに疲れて見える?」
しっかりと頷かれるということ本当にそうなのだろう。これは自分では分からない部分だ。
まだ初日ということもあって緊張で少し気を張りつめているのかもしれない。いつ妖怪が攻めて来るか分からない状況でこれは良くないので目を閉じて軽く息を吐く。肩から力を抜いていけば確かに体内に溜まっていた疲労感を感じ取れた。
「今日のところはこれ以上は何もしないで寝なさい。霊具製作の方は今日で調子を掴めただろうから他のことをする余裕も出てくるでしょう」
「そうするよ。でもそうするとこの後は何をしようかな」
頭の中では霊具のことで一杯で他のことはあまり考えていなかった。大門先輩は他のことで忙しいから組み手は難しいだろうし。
「だったら冬香と芹井さん、それと土御門君にも連絡しておきなさい。それだけで今日の時間は無くなるでしょう」
「そんなに掛かるかな? 他の皆も忙しいんじゃない?」
後で分かるわよという咲夜の言葉に首を傾げつつも残りの時間は自室として割り当てられた部屋でそれぞれと連絡を取ってみる。
結果としては咲夜の言う通り————を通り越してもっと時間が掛かったのだった。
女の子の長電話恐るべし……。




