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3(ベテルギウスまでジャンプ五回)

   *


 それは〝ジョウントアンカー〟と名付けられた。端的に云えば空間を一足飛びするものだ。

「ベテルギウスまでジャンプ五回」とヒカル。

「何光年?」わたしの問いに、「忘れた」と悪びれもせず笑った。「たぶん五百光年くらい向こう」

 なんとまぁ。

 問題は誰がそれを作って設置したのかと云うことらしい。

 ジョウントアンカーは、人類よりも何十歩も先に進んだ文明の存在を示唆する物であり、科学的問題は勿論のこと、宗教的問題があるので、発表されないでいる。

 遠からず公表されるのは確定しているものの、いつ、いかなる場所で、どのような形で公にするか。様々な思惑が入り乱れ、政治的な駆け引きが延々と続き、わたしの抱いた所見はひとこと、「面倒くさいなぁ」

「神さまが人間を作ったのなら、アンカーを設置したのは誰になるって」

「ふうん」自然発生じゃないんだ。

「遥か昔に地球から飛び立った古代人類の足跡かもしれないって意見もある」

「ふうん」そりゃすごい。

「侵略の足がかりだ、って話も飛び出たよ」

 アホくさ。「どうでもいいわ」

 空になった哺乳瓶をテーブルに置き、息子を肩に抱え上げ、背中を軽く叩いてやった。

「うん。そう思う」ヒカルは云った。「誰が作ったとか何のためにとか二の次で、あたしはもっともっと遠くに行ってみたい」

「宇宙の果て?」

「行けるならね」ヒカルはにこっと笑った。げふっとライカがげっぷで応えた。

 復職した後、ヒカルは更にひと月、居てくれた。

「またね」ヒカルは云った。

「また来てくれるの?」

「なんで?」

 わたしは首を振って赤ん坊を抱え直し、「いつでも来て。歓迎するから」

 ヒカルはライカのほっぺを指先でぷにぷに突き、「今度は夏頃かな」出ていった。

 次にヒカルがやって来た時、ライカは五歳になっていた。ヒカルは別れたあの時から少しも年をとっていないようだった。


   *


「ウラシマ効果ですってよ、奥さん」

 なんか胡散くさいぞ? 「あんたの中では、あれからひと月くらいしか過ぎてないって云うの?」

「それが同じなんだな。船の記録もズレがない。きちんと時間分のレコードあるよ」

「なにそれ」よく分らん。

「超科学」ヒカルは至極真面目な顔で云った。と思ったら、次の瞬間、ぶぶーっと音立てて吹き出した。わたしはいつかしたようにまたボックスティッシュを差し出してやった。

「地球のテクノロジーじゃないんだよ」

 まぁそうだろう。

 わたしは押入れのどこかに仕舞っている自分の卒業研究を思い出す。今更それを引っ張り出しても、書いてあることを今のわたしが理解できるとは思えなかった。勉強って大事。持続することはもっと大事。頭の中から数式や公理はすっかり抜け落ちている。

 ライカは親に似ず、飲み込みの早い子で、例えるのなら一を聞いて十を知り、次の瞬間三十の疑問を持つ様な子供だった。その代わりか、視力と聴力が些か弱かった。器官置換や埋め込みが出来ないわけでもなかったが、それはもう少ししてライカが自分で自分を理解してからでも遅くはない。

 ライカは同年代の子供より五歩も十歩も先んじていた。息子の勉強を見ながら、あと何年、先生でいられるかと考えた。返答に窮するような質問をしょっちゅう投げられていた。親って、難しい。

「そう云うものだ」とか「ヨソはヨソ、ウチはウチ」、はたまた「あなたにまだ早い」

 なんてザマかしら。

「お母さんは分らないけれども、あなたはどう思う?」質問返しは禁じ手なのだが。早々に切り札を使うしかなかった。

 ヒカルと再会したライカは、最初は子供らしい好奇心と同じくらいに警戒心を抱いていた。

「あんたのおしめを交換してやったのはあたしだよ」

 しゃがんで、同じ目の高さで得意げに小鼻を膨らませて云う母の友人相手に、友好的でいるのは難しいだろう。五歳とは云え、記憶の埒外の話をされて愉快な気持ちになれる筈もない。それが恥ずかしい話となればなおのこと。

「散々面倒かけられたんだ」

 泣いたり吐いたり、ミルクこぼして、ほらほら、あたしのシャツ、べったべたに汚してさぁ。

 なにも追い討ちかけなくとも。むしろ自分を追い込んでいる。ライカはわたしの腰にしがみつき、隠れた後ろから出てこない。

「あれ? あれーっ?」

 ヒカルが「あたしマズった?」って目顔で問うたので、大仰に頷いてみせた。

「お母さん、あの人、いつまでいるの?」

 ヒカルよ、息子は長居を望んでいないようだ。

 と、そんなこともあったりなかったりするのだが、子供ってのは順応性が高いものと決まっている。良きにつけ悪しきにつけ。ほんの数分前のことなど頭の中から直ぐ抜け落ちる。

 ライカはヒカルにべったりになった。わたしよりも子供姿のままでいるヒカルの方が話し易かったこともあったろう(ちょっと嫉妬を感じなかったわけではないったらない)。

 きっかけは至極単純。ライカはヒカルが宇宙航行の船乗りだと知るや、あれこれ質問を浴びせかけた。どこで知ったか憶えたか、わたしも聞いたこともない単語が小さな口から矢継ぎ早に飛び出した。好奇心に口の回転が追いついていなかった。ヒカルもまた、一度に説明出来ぬまま、しかしライカの大切にしている博物図鑑のライブラリや、端末で航空宇宙科の、外部から閲覧できうるあらゆるものを使って、あっちこっちに飛び廻る興味対象を全部しっかり受け止め、ライカが満足するまでずっとそばにいた。

 ヒカルは、ライカの第二の先生になった。

 出来は悪くとも一番目は母親特権としておきたい。

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