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2(休暇)

   *


 その後もわたしは、やっぱり出遅れたままで、世間に放り出される前に、たまたま理数系の出来が良かったと云う理由だけで理学部に進学した。勿論、そんな気構えだから他の学生たちとは温度差を感じた。必要のない教育で無駄に時間を潰したようなもので、卒業研究(不連続時空間測定に於ける可視化モデルに関する研究)と全く関係のない職に就いた。

 逆にそれが良かったのかも知れない。

 仕事は雑貨製造の小さい会社の業務部で、伝票を打つことだった。単調だったが、これが存外苦にならない。けれども、販売管理に導入されていた処理体系は使い勝手がよろしくなく(小売り協会謹製の〝統一〟伝票とは名ばかりで、納品先に合わせて五種二型を使い分けなければならなかった)、だから幾つか行程を連携させ、一部を自動化出来るよう、自作の外部機能を追加した。

 社内はもとより保守管理の取り引き先にも迷惑がかからないようにしたので、それは自分の端末以外に置かなかった。

 伝票打ちは直ぐに終った。余った時間で社内の雑務に励んだ。いつしか給湯室はわたしの領分になっていたが別段それに不満はなかった。むしろ端末の前に坐り続けることがないので、身体にも気持ちにも良かった。

 会社は浮き沈みは合ったけれども(伝票を処理する傍らで生産在庫状況も見ていたので、波の高低くらいは片手間に観測できた)、世間と云う大海原でそれなりに舵を切りつつ、沈没することなく、大局的には可もなく不可もなく航海を続けていた。他方で、わたしは予定外の事故に巻き込まれた。つまらぬ男に引っ掛かって妊娠した。男は消えた。子供が残った。つまらぬ男のたったひとつの善行と受け入れるには、ヒカルのお蔭があった。

 産休を取り、赤ん坊とふたりきりで過ごす日々。行政の支援を受けながらも、見えない未来に不安は拭えなかった。とどのつまり、わたしはかなりの視野狭窄に陥っていた。そんな時にヒカルがひょっこり訪ね来た。

 勿論、驚いた。消えた実習船が発見されたと聞いた憶えもないし、乗員が無事だったことも同様だ。それより何より吃驚したのは、ヒカルがわたしの知っているヒカルよりも、ほんのちょびっとしか変わらぬ年格好で現れたことだった。

「やあ」まるで別れたのが昨日のような気安さで、「あんた老けたね」

 殴ってやろうかと思ったが、赤ん坊を抱えたままでは難しく、ましてや子供にそんな母の姿を見せるのは教育上よろしくないと判断したのです。

「泊まるところある?」

 投げられた言葉を理解するより前に、ヒカルは続けた。「暫く休暇なんだ」


   *


 ヒカルに抱かれた赤ん坊は、まるで居心地の良さを既に知っていたかのようにすやすや眠っていた。

「男の子かぁ」ヒカルは目を細め、「なんて名前?」

「ライカ」

「どんな字?」

「来たる夏」

「へぇー」とヒカル。「夏生まれ?」

「二月生まれ」

 間髪入れずにヒカルは吹き出した。

 分っているさ。でも届け出は受理されたからいいじゃん。本当の由来は黙っていた。

 むせて咳き込むヒカルにボックスティッシュを渡してやった。ヒカルは一頻り笑った後、大きな音を立てて洟をかんだ。

「ライカは四年に一度しか年をとらない」

 わたしの言にくりっと子供みたいに首を傾げ(実際、ヒカルは子供にしか見えなかった)、お、と合点がいったようで、「閏年?」

「当たり」

「素敵だね」ヒカルはライカの頬を指の腹でくすぐった。

 どんな尺度でもってすれば「素敵」になるのかは分らなかったが、目の前の年をとらないままの少女を見ていると、それもありかなとかなんとか思ってしまった。懐柔されたとは違うだろうが違わない。ヒカルは三食寝床と引き換えに子守りを請け負った。

 ヒカルの存在にわたしは多分に助けられた。生来、楽観的なヒカルは、いつだってわたしを勇気づけてくれたし、いつだって必要な時にいてくれて、適当にいなしてくれた。なんで気付かなかったのだろう、ヒカルがそう云う子だったことを。

「宇宙人に会った」

 或る時、ヒカルが云った。「宇宙人と異星人の違いって何?」

 わたしは暖めたミルクを哺乳瓶で赤ん坊に飲ませながら、「宇宙人は人類含むあらゆる人型知的生命体で、異星人は地球由来でない、全く異る系統から進化した人型知的生命体」

「なるほど」ヒカルが妙に感心したので、適当に答えたことは黙っておいた。

 ヒカルの休暇はそれが原因だと云う。

「この件は絶対秘密ね」ヒカルは云った。「バレたら掴まっちゃう」

 いったい誰にだ。「やめてよ」

 腕の中のライカは、哺乳瓶の中身をくっくっと旺盛な食欲で飲み干しにかかった。

「いやいや、マジで」

「なら黙ってなさい。聞きたくないから」 

「嘘だ」

 嘘です。そんな話、興味と好奇心を抑えられる筈がなかろうもん。だから渋い顔を作って、「降参」

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