1(お土産)
水と光と来夏の約束(7E0)
なんとかと云う結晶のなんとかと云う小さな石を夏休みのお土産に貰った。地球では作ることが出来ない物だと云うが。プラスチックのビーズの輝きとそう違いないと思った。
ヒカルは小学校最後の夏を宇宙で過ごし、「また行きたい」と目を輝かせた。
一緒に貰った〝月面月餅〟は、砕いたナッツをこし餡に混ぜ、さくさくのパイ生地で包んだお菓子で美味しかった。商品名はどうにかならんかったのか。
「決めた」ヒカルは云った。「あたし、船乗りになる」飛び級で二歳年下の友人はその夏、宣言した。
春になってわたしたちは中学に上がり、水泳部に入った。スイミングスクールにずっと通っていたので、それは自然な成り行きだった。ヒカルまでついてくるとは思わなかった。
学校施設で年中泳げるのは楽しかった。部員も少なく、放課後のプールを好きにできるのは楽しかった。
水の中は宇宙に似ている。
得意げに小鼻を膨らませ、ヒカルは云った。「無重力だよ」ぶくぶく沈んで見せた直後、慌てて底を強く蹴り、上体をプールサイドに伸し上げ、口から盛大に水を吐いた。
「大丈夫?」声をかけると、咳き込みながら頷いた。涙目のくせに。ヒカルが落ち着くまで濡れた背中をさすってやった。
初めこそ、そんな按配だったが、ヒカルは水泳部をいたく気に入ったようで、なんだかわたしも嬉しかった。
この一風変わった部活はサカナ部と呼ばれているのを後日、知った。なるほど、確かに顧問の吉川先生は、良く云えば自由な方針で指導に当たっていた。立ち泳ぎ、横泳ぎ、潜水。着衣水泳と救命処置。講師を招いて資格取得の勉強会もあった。カルネアデスの船板なんて話も聞いた。なんだかもやっとする話だった。ヒカルはこの〝冷たい方程式〟にいたく興味を示していた。
夏は監視員補助として屋外型市民プールでボランティアをして過ごした。真っ黒になって、ヒカルと互いに背中の皮を剥き合った。事故もなく、楽しい仕事だった。
「また来年もやろうね」ヒカルが云った。そんなこんなで年中水に浸かりっぱなしだった。
部活の後は、ぐうぐう鳴るお腹を抱えて商店街に寄り道した。タイ焼き、たこ焼き、大判焼き。焼き芋それからお肉屋さんコロッケ。匂いの誘惑に抗えなかった。
或る秋の日、割り勘で買った鶏の唐揚げを食べながらヒカルが云った。「宇宙に行くのに密度って大切なんだ。小さければ他にもたくさんの荷物を積めるし、軽ければ安く済む」
「ふうん」唐揚げ、美味しい。
「グラム幾らなんだよ」
肉か。肉なのか。
宇宙飛行と唐揚げが同じ扱いで、わたしは思わず吹き出した。ヒカルも釣られて笑ってた。
*
三年が過ぎた。進路を決めなければならなかった。単位は足りてたから、たいていは希望通りになる筈だった。けれども、ぼんやりしてたわたしは結局普通の普通で、普通科に進学することにした。ヒカルは航空宇宙科に進学した。互いに違う学校へ通うことになった。その気になれば一年短縮出来たのに、ヒカルは最後までわたしに付き合ってくれたのだ。
卒業式、「さよなら」の代わりに「またね」と、小指と小指を絡ませる昔ながらのおまじないをされた。
進学したわたしは、水泳部に入らなかった(強豪校で遊べないと分ったからだ)。代わりにフォトクラブに入った(写真とクラブをひっかけた変な名前だが伝統だそうで)。少しは手に職をつけようと思わなかったわけではない。活動は撮影したものの補整や修正をいかに効率良くできるかと云うようなものだった。
日頃わたしが目にするありとあらゆるものは、既に誰かの手による「商品」であって、偶然の産物でも何でもなかった。さらに云えば、その偶然さえも作り出すことが出来てしまう。
先輩たちは撮ってきた生のデータを文字通り指先でちょちょいとレタッチして見せ、新入生が感嘆するような「作品」を見せてくれた。その手際に、やっぱり普通科は普通科でしかなくて、デザイン科とは違うんだなぁと思った。
そんなわたしを気にかけてくれたのか、先輩のひとりがフィルムカメラが向いてるかもしれないと、棚の奥にうっちゃられていた黒い塊を出してくれた。「資料用」と書かれたラベルは変色しており、はたしてこれは保管と云っていいのだろうか。型番はどうにか読めたが、黒いプラスチックはそこかしこで割れて欠けて、金属部分は擦り傷だらけ。おまけについでにカビ臭かった。「とても古いもの」だと云われた。「高級品」だとも。
捨て置かれていたにしても、そんな貴重な物を受け取るワケにもいかず、結局、夏になる前には退部した。それからの日々は目的もないまま講義に出席し、取れるだけの単位を取得するのに費やした。
二年目になると、普通科でも進路の決定が始まった。わたしはまだ自分の未来を決めあぐねていた。そんな折りに実習船の事故を聞いた。ヒカルの進学先だった。名簿は公表されなかった。
後にして思えば連絡を取ろうとすれば出来たろう、連絡がつけばヒカルは無事で、連絡がつかなければ名簿にヒカルが載っていた証左になる。けれどもわたしはヒカルが乗った船だと確信した。
事故を聞いて直ぐさまわたしの胸に去来したのは、いつか聞いたヒカルの話だった。初めて宇宙に行った犬の話。名を、ライカと云う。
程なくして実習船の事故は日々のニュースに紛れ、文字通り消えた。わたしはヒカルから貰った結晶をペンダントトップにして、チェーンをつけた。




