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42 レティンソンへ

 無事に買い物を終えたわたしたちは、ディーレノールの運転でレティンソンに向かっていた。ダンブルから車で2時間程だという。

 封印具を作ってもらうのに時間が掛かってしまったので、わたしが楽しみにしていた商店街をぶらぶらする計画はなくなってしまった。

「ディー様、この大量の食べ物どうするんですか?」

 後部座席のわたしの隣には、ディーレノールが買った食料が山積みになっている。

「景色のいい場所があったら、それで昼飯にしよう。冷めてるけど、たぶんうまいと思うぞ?」

 わたしは買い物袋を横目で眺めつつ言った。

「最初は確かにいい匂いがして美味しそうでしたけど、あれから何時間経ったと思ってるんですか? 食べ物を捨てるのは良心が咎めるので、食べますけど」

 レイが吹き出して言う。

「美味しくないと思ってても食べるんだな……。多少味は落ちてると思うけど、あそこの食い物はうまいって評判だから大丈夫だと思うぞ」

 わたしは山の1番上に載っていた袋を取り上げた。中を覗いてみると、フライドポテトのようだった。

「揚げ物とかは時間が経つと味が落ちると思うんだけど……。でも家にいた時はこういうものは食べさせてもらえなかったから、ほんのちょっとだけ嬉しいかも」

 わたしは袋を山に戻して外を眺めた。エール島は天気の変わりやすい場所で、さっきまで晴れていたのに今は分厚い雲に覆われている。

「あの、景色がどうこうの前に、雨が降りそうなんですけど……」

 わたしの言葉にディーレノールが唸った。

「雨が降らなくても、この天気だと寒そうだな。仕方ないからどこか広い駐車場があったら車の中で食おう」

 曇天の下、車内で冷めた食事……。わたしはこっそり溜め息を吐いたのだった。


「ご馳走さまでした!」

 わたしが上機嫌で言うと、ディーレノールに苦笑された。

「ヒカルお嬢様の口に合ったようで何よりだ」

 今のわたしは多少の嫌味など受け流す余裕がある。

「ディー様、おいしい食事をありがとうございました!」

 素直に礼を言うわたしに毒気を抜かれたのか、ディーレノールは何も言い返さなかった。

 ディーレノールが買った食べ物の内、アイスクリームやクレープなど直ぐに傷んでしまうものは護衛たちが先に食べたらしい。わたしも食べたかった……。

 残っていたのはフランクフルトやパスタ、フィッシュ&チップス、パンケーキなどだった。その中でわたしが気に入ったのはパンケーキで、時間が経っているのにふわふわでとても満足した。

「ヒカルはほんと食い意地が張ってるよな。全部少しずつ味見して、気に入ったら残り食い尽くすんだから」

 レイが呆れたように言った。

「まあ、俺はヒカルが喜んでくれたらと思って買ったから、別にいいんだけどな」

 ディーレノールがコーヒーを飲みながら言う。

「ディー様、あのパンケーキ、また買ってくださいね」

 わたしが笑顔を向けると、ディーレノールも笑ってくれた。

「はいはい、そろそろ行くぞ」

 買い物袋を護衛たちが片付けると、車は降り始めた雨の中を走り始めた。


 レティンソンに到着したのは、午後も遅くなってからだった。煉瓦造りの高い城壁に囲まれ、威圧的で圧迫感があった。

 ぴったりと閉じられた門の前に車が停まると、門衛が1人近付いてきた。

「入場希望なら、人数を確認するので全員車から降りてください」

 事務的で淡々とした口調に、わたしたちは直ぐに従う。

「3名ですね? こちらの用紙を持ってあそこの受付に行き、入場料を払ってください」

 門衛がディーレノールに渡したのは青い紙だった。何が書いてあるのか、わたしからは見えない。

「俺が払ってくるから、2人はここで待ってろよ」

 青い紙をヒラヒラさせてディーレノールが行ってしまうと、門衛も所定の位置に戻って行った。

「そう言えば、ディー様はどうしてレティンソンに詳しいの?」

 わたしがずっと疑問に思っていたことを訊くと、レイは苦笑交じりに言った。

「兄貴はギール学園を卒業した後、丸1年レティンソンに籠って調べものをしてたんだ。詳しくもなるだろ」

 好きな本を読み漁るならともかく、1年も図書館で調べものとはわたしには気が遠くなるような作業だ。

「なるほど……でもわたしたちのガイドなんて頼んで、ほんとによかったのかな?」

 レイは神王家を出てしまっているが、ディーレノールは普段何もなければ王宮に住んでいる。王子としての公務もあるだろう。

「今は事務仕事はほとんど側近に任せてるみたいだし、神王家にとっては護衛のいないヒカルを俺だけに任せとくのが不安なんだと思う。レティンソンに行くって連絡したら、兄貴を連れて行けって言われた」

 ディーレノールは支払いを済ませ、こちらに向かって歩いていた。

「ディー様は何だか、便利に使われてるんだね」

 レイが乾いた笑いを漏らす。

「何で2人で俺を見て笑ってるんだ? さっさと車に乗れ」

 門が大きな音を立ててゆっくりと開き始めた。わたしたちは車に乗り込み、門の直前まで移動した。

「このまま真っ直ぐ進んで、係員の指示に従ってください」

 門衛の言葉を合図にディーレノールが車を動かす。城壁に開いたアーチ型のトンネルを抜けると、そこは別世界だった。

「…………」

 建物が隙間なく乱立していた。それぞれ形も大きさも色も違い、常識では考えられないようなものもある。色の洪水に目がチカチカする。

「意味が分からない……」

 思わず呟いてしまったわたしの言葉を拾ったのはディーレノールだった。

「意味ならちゃんとあるんだぞ。ここの中心部にはとても貴重な本がたくさん保管されてるんだ。そう簡単に盗み出せないようになってる」

 盗む云々以前に各建物はぴったりとくっついていて、道らしきものが見えない。中を通らないと移動できないのかもしれない。

「では、右手の青い三角形の建物の前までお進みください」

 係員が大きな身振りで案内するのが見えた。ディーレノールはゆっくりと指定された場所まで車を移動する。

「あれ? 建物の入り口がない。わたしに見えないだけ? それとも反対側にあるとか?」

 このちょっとした広場に面している建物には、ドアも窓も全く見えない。

「図書館群には地上にドアはないんだ」

 レイの謎の言葉が終わると車が急に揺れた。

「わっ!」

 びっくりして外を見ると、車が載っていた地面がゆっくりと下がり地下に引き込まれて行く。

「地下に降りるエレベータだから心配しなくていい」

 レイが優しい声で説明してくれた。約3分後にエレベータを降りると、広がっていたのは薄暗くてだだっ広い駐車場だった

「滞在場所は手配済みだから、早速向かうぞ。パオンとルーシャが準備してくれてる筈だ」

 ディーレノールは静かに車を走らせた。時々他の車が停まっている以外は、何の変哲もないただの地下駐車場に見える。何か目印があるのか、ディーレノールは迷いなく車を進めた。

 何回も曲がって方向感覚が完全に機能停止した頃、車は小さなガラスのドアの前で停まった。

「ここが借りた家の入口だ。とにかく中に入ろう」

 ディーレノールの言葉を受けて車を降りると、ドアの中からルーシャが現れた。

「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」

 レイがわたしの手を取ってルーシャの後に続く。ガラスドアの内側はエレベータホールになっていた。

「エレベータに乗るには鍵が必要です。後で皆様にお渡ししますね」

 ルーシャがエレベータ横の操作パネルに鍵を差し込むと、ポーンと軽快な音がしてドアが開いた。

「1番上の地上と書かれたボタンを押すと、お屋敷に到着致します」

 全員がエレベータに乗り込むと、ルーシャはボタンを押しながら説明した。

 エレベータを降りて最初に目に入ったのは緑だった。大きな窓の向こうに、手入れされた美しい中庭があったのだ。

「こちらが皆様が滞在されるお屋敷になります。上から見ると円形のこの建物は地上3階建てで、中央部分に今ご覧いただいている正方形の中庭がございます。ここからはご覧いただけませんが、外壁はオレンジ色でレティンソンでは比較的おとなしめの建物です」

 わたしはきょろきょろと辺りを見回した。今立っているのは中庭に沿って作られた廊下で、外に出なくても庭を観賞できるようになっている。中庭と反対側の壁は、緩くカーブを描きながらぐるりと大きく中庭を取り囲んでいた。絵や彫刻、花が飾られ、美術館のようだ。

「レティンソンで、これだけの広さの屋敷を押さえられたのは幸運だったな」

 ディーレノールがしみじみと言った。

「そりゃ、神王家が圧力を掛ければ、このくらいのことはできるだろ?」

 レイは冷めた口調で返す。

「では皆様、お疲れでしょうから、お部屋にご案内致します」

 ルーシャが歩き出したので、わたしたちは慌てて後を追った。


 3人の部屋は全て3階にあった。案内されたわたしの部屋は小さいけれど、大きな窓から空が見えて圧迫感はなかった。フラットタイプの髑髏館(どくろかん)とは違うので、浴室やトイレは各階に1つずつしかない。

「ヒカル、入ってもいいか?」

 レイの声がしたので、わたしは勢いよくドアを開けた。

「おわっ!? 急に開けたらびっくりするだろ!?」

 レイは言いながらも部屋に入った。

「どの部屋も広さは同じなんだな。俺の部屋は右隣だからいつでもきてくれ」

 レイは落ち着きなく部屋を見回したり、置いてある小物を持ち上げたりしている。

「うん、他に何か用事?」

 レイは動きを止めてわたしを見てから大きく深呼吸した。

「2人で夕食に行かないか? 兄貴はこっちの知り合いと食事するって言ってたし……」

 2人で食事することには慣れている筈なのに、レイの声は緊張しているように聞こえた。

「外食は嬉しいけど、ガイドなしでも大丈夫なの?」

 わたしの疑問にもレイは動じなかった。

「レストランは隣の建物にあるから、迷うことはない」

 わたしは久し振りの外食に気分が浮き立った。

「それならもちろん行くよ! 誘ってくれてありがとう」

 レイが部屋を出て行くと、わたしは早速外出の支度を始めた。



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