限界の先の景色
予選を勝ち進むにつれ、体育館内の熱気は文字通り沸点に達していた。
鳳凰学院の次の相手は、かつて全国経験もある強豪校だ。
「いい、清水。強豪相手に真っ向勝負をする必要はないわ。彼女たちのリズムを壊すの。乱れたトスをわざと拾わせるようなサーブ、打ち分けなさい♡」
監督の「お姉系」の口調とは裏腹に、その戦術は残酷なまでに合理的だ。
私のサーブが相手の陣形を崩し、その隙を先輩たちが正確なブロックと速攻で突く。一進一退の攻防が続く中、私の足には限界に近い疲労が溜まっていた。
(動け、足……!)
中学の頃とは違う。この強度の試合を、全セット戦い抜くためのスタミナが足りない。何度も床に倒れ込み、膝を擦りむく。痛みは熱さで麻痺しているけれど、心の中にある「ピアノの旋律」が、私の集中力を強制的に引き戻してくれる。
第2セットの終盤。20対20の同点。
相手の強烈なアタックが、私のすぐ横をすり抜けていく――。
「レシーブ!」
咄嗟に身体が反応した。右腕を真っ直ぐに伸ばし、ボールの下に潜り込む。ボールは正確にセッターの額の上へ。
それが最後の一点へと繋がる起爆剤になった。
試合が終わった後、私はしばらく立ち上がれなかった。
呼吸を整え、体育館の床に仰向けになる。天井の照明が眩しい。
「……宗子、大丈夫か?」
頭上から、少し焦ったような声が降ってきた。健太だ。彼は観客席からずっと私たちの試合を分析していたのだ。
私は床に座り込みながら、彼に親指を立ててみせた。
「うん……大丈夫。今のラリー、本当に楽しかった」
健太は私の隣に腰を下ろし、慣れた手つきで戦術ノートを広げた。
「お前のレシーブ、さっきのセットで成功率が格段に上がった。多分、相手の強打を『怖い』んじゃなくて、自分の手元に『コントロールする対象』だと認識を変えたんだろ。理論通りの成長だ」
「健太にそう言われると、なんだかすごく強くなった気がする」
「……お前が頑張ってるからだろ」
健太は照れたように顔を逸らす。
その時、コートの端で一人、ボールを片付けていた玲司さんの姿が目に入った。彼は私と健太のやり取りを見つめていたようだったけれど、私が視線を向けると、何事もなかったかのように作業に戻った。
胸の奥で、小さな泡が弾けるような違和感がある。
これはバレーボールの疲れのせいだろうか。それとも、祇園祭の夜に感じたあの感覚が、少しずつ育っているのだろうか。
「ねえ健太、バレーって、ずっとこの高揚感の繰り返しなのかな」
「さあな。でも、少なくともお前が『恋なんて知らへん』なんて言えなくなるくらいには、熱い瞬間がこれからもっとあるはずだよ」
「……そんなことないよ」
私はそう言い返しながら、自分のユニフォームを握りしめた。
強豪校のレギュラー争い、全国大会への道、そして少しだけ変化する自分の心。
京都の夏は、まだまだ終わらない。
予選の階段を一段ずつ登るたびに、私は確かに、どこか遠くへ来ている――そんな確信だけが、今の私を支えていた。




