無音のスタッカート
「挨拶代わりよ。1セット、付き合ってもらえるかしら」
怜のその一言で、到着早々、私たちは聖華女子との練習マッチを行うことになった。
「やってやろうじゃん、宗子。あの澄ました顔、絶対に歪ませてやるんだから!」
結衣が拳を握りしめ、美咲も鋭い視線でコートを見つめる。白鳳学園を破った私たちの「カオス・アンサンブル」がどこまで通用するか、試すには絶好の機会だ。
しかし、その期待は、試合開始のホイッスルとともに無残に打ち砕かれることになった。
「――っ、美咲、あえて低く!」
私の指示で、美咲がわざとネット際へ不規則な弾道のトスを上げる。練習通り、私たちの「崩し」の始まりだ。私が変則的なステップでブロックを翻弄し、誰もいないはずのスペースへボールを落とそうとした、その瞬間。
バシッ。
「え……?」
そこには、すでに聖華女子のレシーバーが滑り込んでいた。
偶然ではない。彼女たちの動きには焦りが一切なかった。まるで、最初からそこにボールが落ちることが分かっていたかのように、滑らかな動作でボールの下に入り込んでいたのだ。
「カオス、ね。君たちのそれは、ただ『自分たちから崩れている』だけよ」
ネットの向こうで、セッターの怜が冷ややかに呟く。
怜の手元に上がったボールは、一分の狂いもなく、正確無比な高速トスとなってレフトへ配給された。
ドン!
鋭く、短い破裂音。
最高到達点から、寸分の狂いもなくストレートのライン上へと叩きつけられるスパイク。
私たちのブロックは、そのスピードと正確さに、指先を触れることさえできなかった。
これが、聖華女子のバレー。
白鳳学園のデータバレーは「予測」だった。しかし怜たちのバレーは、予測など必要としない。どれだけ私たちがノイズを混ぜようが、圧倒的なフィジカルと、限界まで叩き込まれた基礎規律によって、すべてのイレギュラーを「普通のボール」として処理してしまう。
「無駄よ、清水さん」
聖華の別の選手が、感情の消えた声で言った。
私たちがどんなに不協和音を奏でようとしても、彼女たちの圧倒的な「音量」と「正確さ(スタッカート)」の前に、私たちの音は完全に掻き消されていく。
10対20。
12対23。
点差が開くにつれ、体育館からすべての音が消えていくような錯覚に囚われた。
結衣のスパイクは三枚の完璧な壁に叩き落とされ、美咲のレシーブはコートの外へと弾かれる。
私たちの「カオス」は、ただの「未熟なミス」へと格下げされ、コートの上で虚しく瓦解していった。
スコアは、13対25。
手も足も出ない、完璧な惨敗だった。
肩で息を荒くし、床に膝をつく結衣と美咲。二人の目には、明らかな困惑と、恐怖の色が浮かんでいた。今まで通用していた武器が、何一つとして通じなかったのだ。
怜が、ユニフォームの襟元を軽く整えながら、私たちを見下ろした。その表情には、勝利の喜びすら浮かんでいない。ただ、当然の作業を終えただけの冷徹さ。
「響かないわね、君たちの雑音は」
怜の声が、静まり返った体育館に冷たく響く。
「心が震えることもなければ、私たちのテンポが狂うこともない。宗子、これが君の選んだバレーなの? ……こんな安っぽいお遊びのためにピアノを捨てたなら、失望したわ。もう、京都へ帰ったら?」
その言葉は、私のプライドだけでなく、ここまで一緒に走ってきてくれた仲間たちの努力をも、根底から否定するものだった。




