遠征バスの不協和音
遠征先の合宿地へ向かう貸切バスの中は、普段の部活とは違う、どこか修学旅行のような空気が漂っていた。
窓の外には、京都を離れ、段々と深緑の山々が近づいてくる。
結衣はすでに座席でヘッドホンをつけて爆睡中だし、美咲はタブレットで合宿先の相手チームの動画を、お菓子をつまみながら眺めている。
私はというと、隣の席で窓に額を預け、流れる景色をぼんやりと見ていた。
佐倉怜。彼女と再会することへの緊張と、なぜか少しだけワクワクするような高揚感が胸の中で混ざり合っている。
「……宗子さん」
不意に、美咲がタブレットを置いて私に話しかけてきた。
「これ、見てください。怜さんのチームの試合なんですけど」
画面を覗き込むと、そこには確かに「完璧な調和」があった。選手たちがまるで同じプログラムで動くロボットのように、寸分の狂いもなくポジションを入れ替えている。
「怖いくらい整ってるね」
「はい。でも……」美咲はニヤリと笑った。「なんか、逆に人間味がないというか。お腹空いたとか、眠いとか、そういう『ノイズ』が混ざる隙間もなさそうですよね」
その言葉に、私は思わず噴き出した。
「確かに。あの子、昔から練習中に水を飲むタイミングさえ分刻みで決めてたからね」
「えーっ! それもうバレーっていうか、実験じゃないですか!」
美咲の突拍子もない感想に、私の心の中にあった「怜への畏怖」が、少しずつ、形を変えて溶けていく。
そうか、彼女は「完璧」を求めているけれど、その過程にはきっと、私たちのような「泥臭い試行錯誤」はないのかもしれない。
後ろの席で寝ていた結衣が、ヘッドホンをずらして寝ぼけ眼でこちらを向いた。
「……なになに? 怜さんの話? あの人、練習試合のあとに高級チョコとか食べてそうじゃない?」
「結衣、それは偏見よ」と私が笑うと、結衣はふにゃりと笑って言った。
「でも、バレーはコートの上でやるもんでしょ? どんなに完璧に整列してても、ボールがネットを越える瞬間に、宗子のトスと私のスパイクが勝っちゃえば勝ちだもんね!」
結衣の屈託のない言葉に、肩の力が完全に抜けた。
そうだ。戦うのは、楽譜や数式じゃない。
あのネットの向こうにいる、生身の彼女たちだ。
私たちは、バスの備え付けの小さなテーブルを囲み、誰が一番「予想外の動き」ができるか、というしょうもない賭けを始めた。
「私は、ブロックの上からあえての山なりショットで!」
「じゃあ私は、誰もいない隅っこに、わざと下手くそなフェイントを……」
笑い声がバスの中に広がる。
それは、これから強敵と戦うチームの姿とは、とても思えないくらいに軽やかだった。
怜。あなたが見せる完璧なメトロノームが、私たちのこの「雑多な笑い声」と「遊び心」を前にして、どんな音を刻むのか。
私は窓ガラスに映る自分の顔を見た。
そこには、かつてピアノの蓋に映っていた、窮屈そうな天才少女の影はない。
ただ、これから始まる冒険を楽しみにしている、一人のバレーボールプレイヤーがいるだけだった。
バスが大きく揺れ、合宿地の看板が見えてくる。
私たちの「カオス」を試す時間が、いよいよ始まる。




