調和の再定義
「怜のチームは『完全なるメトロノーム』よ」
夜の練習後、私は部室で、集まったメンバーに淡々と告げた。
怜が率いる強豪校・聖華女子。彼女たちのバレーは、データが支配する理屈の世界とはまた違う。部員全員が、怜という指揮者の拍動に合わせて、ミリ単位の誤差も許さない「狂気じみた正確さ」で動くのだ。
「カオス・アンサンブルは、崩すことを前提とした音楽。でも怜たちのスタイルは、崩れることそのものを許さない『絶対的な調和』。……どちらがコートを支配するか、その勝負になるわ」
美咲が、ポカリスエットを飲みながら小さく笑った。
「宗子さん、今の私たちのカオスを怜さんに見せつけてやりましょうよ。完璧なメトロノームが、私たちのリズムで狂い出すところ……見てみたいと思わない?」
その言葉に、結衣も力強く頷く。
「そうだよ。ピアノの才能で負けた相手かもしれないけど、今の宗子はバレーの才能で上回ってる。……合宿で、度肝を抜いてやろう!」
私は二人の言葉に救われる思いだった。
ピアノの練習室にこもっていた頃の私は、常に「正解」を求めていた。でも、今の私は「自分たちの旋律」という名の正解を、仲間と共に作り上げている。
練習の合間、私は一人でピアノ部屋へ向かった。
埃を被った鍵盤を叩く。
かつて怜と競い合っていた曲。完璧で、冷たくて、美しい旋律。
「……私のバレーは、これじゃない」
私は鍵盤から手を離した。
今の私の音楽は、美咲が上げる不揃いなトス、結衣が拾い上げる泥だらけのレシーブ、そして私がコートに叩きつける予測不能なスパイク。その全てが混ざり合う、歪で、熱くて、愛おしいノイズだ。
もし怜が、「ピアノという傑作を捨てた」と私を笑うなら、私はその傑作よりもずっと大きな「命の音」を、合宿のコートで鳴らしてやる。
私は部室に戻り、鞄の中にバレーシューズを詰め込んだ。
かつての私は「完璧」を追い求めて壊れたけれど、今の私は「崩れ」を受け入れて強くなれる。
「宗子、準備できた?」
扉の外で、結衣と美咲が待っている。
私は大きく頷き、彼女たちのいる場所へ歩き出した。
合宿という名の戦場。
そこは、私の過去と現在が真っ向からぶつかり合う舞台だ。
怜、見ていて。私が「捨てたもの」の先には、あなたには決して奏でられない「嵐」があることを。




