予兆の招待状
白鳳学園との勝利から数日、学校内には私たちが全国を目指すという噂が広まり始めていた。しかし、私自身はどこか浮足立っていた。コートで鳴らす旋律が、あまりに心地よかったからだ。
そんなある日の放課後、下駄箱に一通の封筒が入っていた。
差出人はなく、封筒の紙質は上質で、まるでクラシック音楽のコンサートチケットが入っているかのような重厚感がある。
開封すると、中には簡素な招待状が入っていた。
『久しぶり、宗子。
あの日、君がピアノの鍵盤から手を離して逃げた場所は、そこだったんだね。
今度の地方合同合宿、私たちのコートでその「新しい音楽」を見せてくれないか。
君が捨てたはずのものが、本当に今の君の糧になっているのか、確認させてほしい。
――佐倉 怜』
その名前を見た瞬間、全身の血が凍りつくような感覚がした。
佐倉 怜。
かつて、私と同じ師のもとでピアノを学び、私の「完璧な旋律」を誰よりも間近で見ていたライバル。今は国内トップクラスのバレー名門校のキャプテンとして、圧倒的な統率力で知られる人物だ。
彼女は、私がピアノを辞めたこと、そしてバレーという別の世界で「音楽」を探していることを、どこかで嗤っているのかもしれない。
「……何、それ」
背後から声をかけてきたのは結衣だった。私の手元を覗き込み、表情を険しくする。
「誰からの手紙? なんか、嫌な予感がするよ」
「……昔の知り合い。バレーの、全国レベルの強豪校のキャプテン。合同合宿に誘われたの。……たぶん、私を試しに来るんだと思う」
私は招待状を強く握りしめた。紙がしわくちゃになる。
私の「カオス・アンサンブル」は、果たして怜のような、冷徹なまでの「完成された強豪」の前でも通用するのか。
「行くんでしょ? 宗子」
結衣は私の返事も待たずに言った。
「バレーで戦うんだもん。どんな強いやつが相手でも、宗子の旋律が一番だってこと、証明しに行かなきゃ」
結衣の言葉に、私は深く息を吸った。
ピアノの練習室で、怜と競い合っていたあの頃の孤独な私ではない。
私には、このひび割れた連携を共に奏でる仲間がいる。
「ええ。行ってくるわ。……彼女が言う『捨てたもの』が、今の私には何よりも大切だってことを、コートの上で教えてあげる」
封筒をバッグにしまい、私は体育館へ向かった。
練習の足音は、以前よりもずっと重厚で、そして力強い。
怜からの招待状は、私を「過去の私」に戻すための挑戦状か、あるいは「今の私」を完成させるための鍵か。
どちらにせよ、運命の歯車は再び回り始めた。
全国への道、そして私自身の進路という名の、巨大な迷宮へ。




