カオス・アンサンブルの誕生
白鳳学園との第3セット、スコアは20対23。私たちは絶体絶命の窮地に立たされていた。
相手のセッターは、もはや私たちを「計算式」で完全に封じ込めている。私の動きはすべて読まれ、結衣のコースも絞られ、美咲のトスにはことごとくブロックが立ちはだかる。
「終わらせましょう。この数式には、もう答えが出ているわ」
冷徹な宣告。次のサーブが放たれれば、この試合は彼女たちの完勝で終わる。
私はコートの隅で、結衣と美咲を見た。二人とも、練習でボロボロになるまで崩し続けた「ひび割れた連携」のせいで、汗と泥にまみれている。
「……行くよ」
サーブが放たれる。レシーブしたボールは、狙い通りに乱れた。
美咲のトスはネットに近すぎて、普通なら打てない位置だ。相手ブロックが三枚、壁のように私を圧殺しに跳ぶ。
(計算通りね)
その言葉が聞こえた気がした。だが、私はあえてそのブロックを跳ね返すのではなく、落下するボールの「死に体」を背中で受け止めるように、あえて空中で体を捻った。
――わざと、打たない。
私はそのまま空中でフェイントをかけ、ブロックの裏側、あり得ない角度へボールを「置いた」。
ボールは回転もせず、まるで意思を持ったかのように、相手のデータには存在しなかった空間へポトリと落ちた。
「……は?」
相手セッターが呆然と立ち尽くす。
私の「崩れた姿勢」というノイズが、彼女の脳内の数式をバグらせたのだ。
「そこからよ!」
結衣が叫ぶ。次は、美咲がわざとネットにぶつけるような低いトスを上げた。
普通ならミスだ。だが、私はそのボールをバウンドさせず、ワンタッチで結衣へ繋ぐ。結衣は私の意図を読み取り、スパイクではなく、さらに予想外のコースへのトスに変えた。
「崩して、繋いで、また壊す!」
コートの上で繰り広げられるのは、もはやバレーではなかった。
予測不可能な、暴風雨のようなジャズ・セッション。
白鳳学園の選手たちは、完璧な守備陣形を組もうとして、逆にその陣形が災いして足が絡まる。彼女たちの「データ」は、私たちという「カオス」を処理しきれずにオーバーヒートしていた。
ドォン!
最後の一撃。私は、あえて連携を無視したような、無茶苦茶な踏み込みから強打を叩きつけた。
相手ブロックの指先を弾き、ボールがコート外へ飛び出す。
ホイッスルが響いた。逆転。
体育館は静まり返り、やがて地鳴りのような歓声が湧き上がる。
私はコートの真ん中で肩を上下させた。
結衣が駆け寄り、私の背中に飛びつく。美咲も泣きそうな顔で笑っている。
「……ねえ、宗子。今の、最高に無茶苦茶だったよ!」
「ええ。最高の不協和音だったでしょ?」
私は見上げた。相手校のセッターは、顔を真っ青にしてタブレットを見つめている。彼女の数式では導き出せない「人間」の熱量が、鳳凰学院のコートには溢れていた。
二年生編の大きな山場。
私たちは、「完璧な調和」という殻を自ら割り、その殻の破片で強豪を切り裂いたのだ。
ピアノの鍵盤を叩く指が、心地よく震えている。
……勝った。だけど、それ以上に、自分たちが「今、生きている」という手応えが、何よりも甘美だった。
鳳凰学院、変革の第一幕は、これにて閉幕。
次は、この「カオス」を武器に、全国の強豪たちが虎視眈々と私たちを狙ってくる。
――さあ、次はどんな旋律を奏でようか。
私は汗を拭い、挑戦的な笑みを浮かべた。




