旋律のひび割れ
「本当にやるつもり? 宗子」
結衣の厳しい声が体育館に響いた。
私が意図的に出した、意図の読めないパス。それを無理やり拾おうとした美咲は、体勢を崩して床に這いつくばった。
「今の……美咲さんの責任じゃない。私のパスが、わざと届かないところに落ちるように計算したの」
私は淡々と告げた。美咲が立ち上がり、困惑した表情で私を見る。彼女の頬には、床と擦れたわずかな赤みが差していた。
「宗子さん、何を考えてるの? 私たち、ようやく呼吸を合わせて……ようやく一つの旋律になれたのに! 今さら、自分たちでそれをバラバラにするなんて……」
美咲の声が震えている。
結衣も、いつもの明るさを消し、私を睨みつけるように見つめていた。
「データバレーに勝つために、自滅する気? そんなの、私たちが積み上げてきたことへの裏切りじゃないの!」
二人の言うことはもっともだ。
これまで私たちが築いてきたのは、無駄のない、研ぎ澄まされた連携。それを自らの手で壊すことは、仲間たちの努力を「ノイズ」として切り捨てる行為に他ならない。
私の胸に、鋭い痛みが走る。
だけど、今の私たちは「綺麗な旋律」を奏ですぎている。
白鳳学園のセッターが言っていた通り、今の私たちは「計算可能な範囲内」に収まってしまっているのだ。
「裏切りじゃない。……進化よ」
私はボールを抱きしめたまま、二人から視線を逸らさなかった。
「彼女たちは、私たちが『完璧なボール』を返してくることを前提に計算している。なら、その前提を壊せばいい。……私たちの連携がどれだけ歪になっても、その歪みを次のボールに繋げることができるなら、それは『エラー』じゃなくて『新しい攻撃』になる」
「そんなの、成功するかどうかも分からない博打だよ!」
結衣が叫ぶ。彼女は怒っているんじゃない。怖いのだ。
積み上げてきた信頼が崩れる瞬間を、目の当たりにすることが。
練習の空気は、これまでになく険悪なものになった。
ミスをするたびに、ため息が漏れ、お互いの視線が交差する。
私たちの間にあった温かな「調和」が、あちこちでひび割れ、音を立てて崩れていく。
チームのリーダーとしての私の言葉が、今は誰にも届いていない。
孤立していく感覚。
だけど、私はこの痛みを抱えたまま、もう一度ボールを投げ上げた。
「次は……もっと派手に崩すから。美咲、反応できる?」
美咲はしばらく私を見つめ、やがて小さく溜息をつくと、静かにポジションについた。
「……宗子さんがそこまで言うなら。でも、もし失敗したら、次の試合の帰りに美味しいケーキ、奢ってもらいますからね」
結衣も、バンダナをきつく締め直す。
「はぁ、もう。宗子と組むと、いつもこうだね。いいよ、やってやろうじゃない」
二人の言葉に、胸が熱くなる。
同意じゃない。これは、絶望的な状況を前にした、二人なりの「覚悟」だ。
私たちの間に走ったひび割れは、決して消えることはない。
でも、そのひび割れがあるからこそ、私たちは新しい形へと変身できる。
ひび割れた旋律は、どんな音を奏でるのか。
私は再び、ボールを叩きつけた。




