琥珀色の余韻
練習試合で白鳳学園から第1セットを奪った高揚感は、部活が終わっても私の心の中でまだ熱く脈打っていた。
いつもならまっすぐ帰宅するところを、私は吸い寄せられるように、あの細い路地裏の古書店へ向かっていた。
店に入ると、御子柴さんはいつものようにカウンターの向こうで本を読んでいた。
私の姿を見るなり、彼は眼鏡の奥で小さく目を細めた。
「随分と、良い音を連れてきたね。今夜は特に」
「……分かりますか?」
「ああ。君の纏う空気が、先週とはまるで違う。肩の荷が降りて、代わりに楽器を背負っているようだ」
私はカウンターの椅子に腰を下ろした。
店内に漂う古い紙の匂いと、少しだけ淹れられたばかりのコーヒーの香りが、バレーの激しい衝突で逆立った神経を優しく鎮めてくれる。
「今日、やっと気づいたんです。私は一人で戦う必要なんてなかった。仲間が土台を作ってくれて、そこに私が『衝撃』を叩き込む。……音楽と同じでした」
「それは素晴らしい。だが、気をつけておきなさい」
御子柴さんはコーヒーを差し出しながら、静かに続けた。
「調和と衝撃のバランスを保ち続けるのは、演奏家にとって一番の苦行だ。一歩間違えば、旋律は崩壊し、打楽器はただの騒音になる。……君は、その危うさを楽しむ覚悟があるか?」
「覚悟、ですか」
私はカップに浮かぶ琥珀色の液体を見つめた。
崩壊の恐怖。それは、かつて天才だった頃の私が抱えていたものとは違う。仲間と共に創り上げるものを失うかもしれないという、より重く、しかしより温かい恐怖だ。
「……あります。崩壊も含めて、今の私たちの音楽なんだから」
御子柴さんは満足そうに頷き、棚から一冊の古い詩集を取り出した。
「では、これを贈ろう。破壊の中に美しさを見出すための知恵が詰まっているよ」
店を出ると、夜の京都の路地はひんやりと静まり返っていた。
空を見上げると、月が冷たく鋭い光を放っている。
私は詩集を胸に抱きながら、家路を歩いた。
バレーボールという戦場。古書店という聖域。
この二つの場所を行き来することで、私は少しずつ、人間としての「深み」を増していっているのかもしれない。
明日、また白鳳との試合が続く。
今度はどんな「旋律」を奏でようか。私は帰り道の街灯の下で、スパイクの踏み切りをイメージしながら、密かにリズムを刻んだ。




