楽屋裏の静寂
試合終了のホイッスルが鳴り響いた瞬間、体育館の空気が変わったのを肌で感じた。
それは歓喜というよりは、鳳凰学院に対する「警戒」の色の変化だった。
試合後、汗だくのまま体育館の裏口へ出ると、夕暮れの空がオレンジ色に燃えていた。
勝利の興奮は、すぐには冷めない。美咲たちは控え室で弾けるような声で笑い合っている。しかし、私は少しだけその輪から離れ、冷たい風に当たりたかった。
「……良いバレーだったよ」
背後から掛けられた、聞き覚えのある落ち着いた声。振り返ると、そこには玲司が立っていた。彼は他校の選手として会場に来ていたのだろう。練習着の上に羽織ったジャージの隙間から、強靭な肉体と、それに不釣り合いなほどの穏やかな瞳が見えた。
「玲司さん……。見てたんですか?」
「ああ。君のバレーが変わったね。いや、ようやく『君らしい音』が聞こえ始めたと言うべきか」
彼は私の隣に並び、遠くの校舎を眺めた。
「今まで君は、孤独なソリストだった。自分一人で完璧な演奏を完結させようと、常に自分を追い込んでいた。でも、今の君は指揮者だ。周りの音を聴き、引き出し、それを一つの旋律に昇華している」
その言葉に、私は思わず立ち止まった。
図星だった。自分でも言語化できていなかった変化を、彼は一言で見抜いたのだ。
「私、これでいいんでしょうか。エースとして、点を取ることに執着しないなんて……鳳凰学院の看板を汚しているんじゃないかって、今でも不安になるんです」
私の正直な弱音に、玲司は静かに笑った。
「看板を守るためにバレーをするのか? それとも、君がそこにいたいからバレーをするのか。宗子、君はピアノも弾くだろう? 楽譜通りの演奏と、聴衆の心を震わせる演奏。どちらが価値があると思う?」
彼はそう言って、私の肩をポンと叩いた。
「君が今、コートの上で奏でているのは、誰かのための演奏じゃない。君と、君の仲間たちが、今この瞬間にしか鳴らせない奇跡だ。……今の君なら、きっと誰よりも美しい旋律を描けるよ」
彼が去った後、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
勝利の余韻というよりは、自分の選択が肯定されたような、深い安らぎが胸を満たしていく。
「……宗子! 何してるの、帰るよ!」
体育館の方から、結衣が手を振っている。
私は玲司さんからもらった言葉を胸にしまい、小さく頷いた。
「うん、今行く!」
かつての私は、ただ「天才」でいるために戦っていた。
でも今は違う。仲間との呼吸、ライバルとの対話、そして古書店で見つけた哲学。そのすべてが、私という人間の旋律を構成している。
部活を終え、夜道を歩きながら、私はふとピアノの鍵盤を叩く指の動きを空中でなぞった。
次の試合では、どんな音を奏でよう。
そんなことを考えていると、バレーシューズの重みさえも、心地よいリズムのように感じられた。




