追撃のプレリュード
試合が進むにつれ、相手校のベンチからの怒号が聞こえてくる。
「清水を自由にさせるな! 囮に騙されるな、ブロックは常に清水の動きに張り付いてろ!」
私の周囲に、圧迫感が増していく。ブロックの二人が、私がトスに触れる前から私の動きを徹底的に監視し、パスコースを塞いできた。
一瞬の迷いが、私の身体を硬直させる。私はこれまで、この「マークの重圧」を自分ひとりの力でねじ伏せてきた。しかし、今日の私は違う。
「……宗子! こっち!」
後ろから、結衣の叫ぶような声が聞こえた。
私がマークを一身に引き受けている今、反対側のコートはがら空きだ。
私はボールを高く弾き、あえて自分の頭上を越えるような高いトスを選択した。私のスパイクを警戒して跳ぼうとしていたブロックたちは、そのボールの行方を追って一瞬だけ遅れて反応する。
その隙を見逃さず、結衣が走り込む。
「いけぇッ!」
結衣が叩きつけたボールが、相手のコートに突き刺さった。会場から歓声が上がる。
それは、私がエースとして君臨していた時には決して生まれなかった、チームの「隙」を突く攻撃だった。
しかし、代償もあった。
相手は完全に本気になったのだ。彼女たちは、技術で劣る部分を「フィジカル」と「執着心」で補おうと、私に対してあえてラフプレーに近い接触を繰り返してきた。
ネット越しに、相手のエースが私の肩を強く突き飛ばす。
「王者様が、随分とおとなしいバレーをするんだね。そんなの、鳳凰学院の看板が泣くよ」
その瞬間、私の視界が少しだけ赤く染まるのを感じた。怒りではない。ピアノを弾いている時に、不協和音を無理やり鳴らされた時のような、生理的な嫌悪感だ。
「……宗子、大丈夫?」
美咲が駆け寄ってくる。彼女の顔には、相手に対する怒りと、私を心配する不安が混ざり合っている。
私は深呼吸をして、自分の指先を見た。
指先は、全く震えていない。
「大丈夫。……彼女たちは、私たちを『天才の一人芝居』だと勘違いしているのね」
私はネットの向こうの相手をまっすぐに見つめた。
「教えてあげよう。今の鳳凰学院は、一人で戦ってるんじゃないってこと。……みんな、次のセット、今の倍の速さでパスを回すわよ」
私の指示に、チームメイトたちが力強く頷く。
結衣が笑った。
「やっと、キャプテンらしい顔になったじゃない」
相手の執拗なマークが、逆に私たちを「チーム」として結びつける接着剤になっている。
崩れるどころか、私たちは今、かつてないほど強固な絆をコートの上に築こうとしていた。
試合は、ここからが本当の「調律」の始まりだ。




