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温度の共有

翌朝の体育館は、湿った空気と静かな熱気に満ちていた。

私はいつもより少し早く体育館に入り、昨日、御子柴さんに教わった「不協和音もまた調和への伏線」という言葉を心の中で反芻していた。


練習が始まる前、私は副キャプテンの結衣を呼び止めた。


「結衣、昨日言ったこと、ずっと考えてた。……私、チームを支配しようとしてたね」


結衣は驚いたように目を丸くし、それからふうと溜息をついて笑った。


「やっと気づいた? 宗子はコートに入ると、ピアノのソロコンサートをやってるみたいだったよ。私たちがどれだけ必死にリズムを合わせようとしても、最後は全部宗子が持っていっちゃうから」


その言葉は、痛いほど鋭く私の内側を刺した。

ソロコンサート。確かにそうだったかもしれない。チームという名のオーケストラの中にいながら、自分という楽器だけを際立たせていた。


「……今日から、変える。トスも、サーブも、レシーブも。みんなが一番打ちやすい、一番拾いやすいリズムを、まずは私が知りたい」


「それ、本当にできるの? 宗子のスパイクは、みんなが必死に繋いだボールを『決める』ためにあるんだよ。それを封印するっていうの?」


結衣の問いかけは、今の私たちの最も深い矛盾を突いていた。

私がエースである限り、私の打つボールがチームの得点源になる。でも、そのエースという立場が、他のメンバーを萎縮させている。


「封印するんじゃない。……『共有』するの」


私はそう言って、コートの真ん中へ歩き出した。

丁度、朝の練習を始めたばかりの美咲が、私の足音に気づいて顔を上げた。


「美咲。昨日、私たちが連携ミスをした時、本当はどうしたかった?」


「え……?」


「『ここで私が取るべきだった』とか、『こう声をかけて欲しかった』とか。全部教えて。今日は、練習の合間にずっとそれを話し合いたい」


美咲は驚き、それから少しずつ、今日の彼女が感じていた違和感を話し始めた。

「私は、宗子さんのトスの速さにもっと慣れたくて……」

「後ろのフォローは、結衣先輩がもっとこう動いてくれたら、私はもっと広く守れる気がして……」


これまで、誰もが「言えなかったこと」。

私はそれを、一つひとつ丁寧に拾い上げていった。

今まで自分が「正解」だと信じていたリズムを分解し、チーム全員の持っているリズムをテーブルの上に並べる。


結衣も、他のメンバーも、一人ずつその輪の中に加わってきた。

そこには、エースとベンチという壁はなく、ただ「ボールを落とさないために、どう動くのが一番心地いいか」を模索する、音楽家たちの集まりのような空気があった。


「……ねえ、宗子」


結衣が私の隣に立ち、軽く肩を小突いた。


「これ、すごく時間がかかるよ。今までの鳳凰学院の速さじゃ、勝てないかもしれない」


「いいよ。……今は、勝つことよりも、このチームが奏でる『最初の一音』を合わせる方が、ずっと大切だから」


私はボールを抱え、自分の胸の鼓動と、美咲たちの呼吸の音が重なるのを感じた。

昨日の敗北がなければ、一生気づけなかった温度。

私は、キャプテンマークをしっかりと握りしめた。


「よし、じゃあ今の条件で、もう一回やってみよう。……ゆっくりでいい、誰かの呼吸を殺さないように」


体育館の扉が開き、朝の光が差し込む。

不協和音だらけの、でも、誰もが誰かの音に耳を傾ける、そんな新しい時間が動き出した。

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