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栞の挟まれた時間

部活の帰り道、夕立に降られた私は、雨宿りをするために細い路地裏の古書店へ駆け込んだ。

鳳凰学院の制服を着て、少しだけ湿った髪を揺らしながら店内に入ると、古びた紙とインクの匂いが鼻をくすぐった。


「いらっしゃい。今は外も荒れているからね、ゆっくりしていきなさい」


カウンターの奥から、白髪の老人が静かに声をかけてきた。店主の御子柴さんだ。彼は眼鏡の奥で、私が抱える「何か」を透かすように、穏やかな瞳でこちらを見ている。


「すみません、少しだけ……。あ、この本、姉が持っていたものに似てる」


私が手に取ったのは、古いピアノ曲集だった。

表紙には水滴のようなシミがついていて、何十回と開かれた形跡がある。


「それは、楽譜を書き写すために何度も読み返された一冊だ。持ち主は、完璧な演奏よりも、たった一小節の『心地よさ』を探していたのかもしれないね」


御子柴さんは、カウンターの向こうでゆっくりと湯呑みに茶を注ぎながら言った。


「完璧な演奏……」


私の胸が小さく跳ねた。

コートの上で、私はずっと「完璧なプレー」を求めてきた。でも、今のチームで必要なのは、完璧さではなく、互いの呼吸を許容する「心地よさ」だったのかもしれない。


「ねえ、店主さん。……間違った音を奏でることは、悪なんですか?」


私がそう尋ねると、彼は少しだけ笑って首を振った。


「音楽において、不協和音は次の調和への伏線に過ぎない。バレーボールというのも、ボールを落とすことが終わりの合図ではないんだろう? それは、次の一歩のための準備期間じゃないか」


彼の言葉は、今日の敗戦で傷ついていた私の心に、すうっと染み込んでいった。

学校の先生でも、チームの監督でもない。バレーの価値を一切知らない第三者が、私の悩みに対して放つ言葉は、驚くほど軽やかで、本質を突いている。


「……準備期間。そう、ですね」


私は店内の棚を見回した。

ここには、誰かの手から誰かの手へと渡されてきた、数えきれないほどの物語がある。それらはすべて、一度は誰かに読まれ、読み終えられ、こうしてまた誰かを待っている。


「また、明日も来てもいいですか?」


「ああ。君のその、少しだけ急ぎすぎている足音、また聞かせておくれ」


店を出る頃には、雨は上がっていた。

路面には街灯が反射して、琥珀色に輝いている。

私は明日、どんな顔をしてチームのみんなに会えばいいか、ようやく分かった気がした。

完璧なキャプテンになろうとする必要はない。失敗を積み重ねて、それでも「次の一歩」を踏み出す姿を見せればいいのだ。


私は、御子柴さんから教えてもらった「次の一歩のための準備」という言葉を噛み締めながら、夜の京都を歩き出した。

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