崩壊の向こう側
試合は惨敗だった。
セットカウント0対3。鳳凰学院の名を冠する私たちにとって、それは屈辱以外の何物でもなかった。
体育館の入り口で、相手校の選手たちが「鳳凰学院なんて、もう大したことない」と笑いながら去っていくのが聞こえた。その声は、かつて私たちが優勝した瞬間に浴びた歓声よりも、ずっと深く私の胸に突き刺さった。
練習が終わり、誰もいなくなった体育館。
私は一人、コートの真ん中に座り込んでいた。床に染み付いた汗の匂いが、今日はやけに冷たく感じる。
「……宗子」
背後で誰かが呼ぶ声がした。振り返ると、そこには美咲が立っていた。彼女のユニフォームは膝が汚れ、表情は泣き出しそうに歪んでいる。
「私、足を引っ張ってばかりで……。宗子さんの足を……」
「美咲。それは違う」
私は立ち上がり、彼女の前に歩み寄った。
今の彼女の顔を見ていると、かつての私がピアノの練習で、何度失敗しても音を外してしまい、夜通し泣いていた時の自分と重なる。
「美咲、今日ね、私、初めて気がついたの。バレーって、一人で完璧なリズムを刻むものじゃないんだって」
私は自分の指先を見つめた。
これまでは、私が最高のトスを上げ、最高のレシーブを上げれば勝てると思っていた。でも、今日の敗北は、私の中にあった「自分が世界を支配している」という傲慢な幻想を、残酷なまでに粉砕してくれた。
「私、キャプテンとして、みんなを支配しようとしてた。でも、そうじゃなかったんだよね。私の出したリズムが、誰かのリズムを殺していたのかもしれない」
美咲は驚いたように目を見開いた。
「そんなこと、ありません。宗子さんは、ずっと凄かったです」
「凄かったのよ、過去形ね。今の私は、ただの未熟なキャプテン。……ねえ、美咲。これから、地獄のような練習になると思う。連携もバラバラ、信頼関係もゼロからのスタート。それでも、私と一緒に、鳳凰学院の新しいバレーを作ってくれる?」
私は彼女に向かって、手を差し出した。
体育館の高い天井の下で、スポットライトのような月の光が、私たちの足元を照らしている。
美咲は少しの間躊躇したが、やがてその震える手を、私の手に重ねた。
温かい。その温度が、私の中にあった「天才という鎧」を少しだけ溶かしてくれた。
「……はい。何度でも、何度でも挑戦します」
その夜、更衣室で着替えながら、私は玲司さんとの約束を思い出した。
『君が奏でる本当の音を聴けるなんて、僕にとってはどんな勝利よりも贅沢な時間だよ』。
彼は、私の「完璧なプレー」ではなく、私が音楽と向き合うその姿を求めてくれていた。
バレーも同じかもしれない。私が完璧なエースである必要はない。泥臭く、不格好でも、チームのみんなと呼吸を合わせる「今の私の音」を、彼に、そしてみんなに届けたい。
私はバッグにバレーシューズを詰め込み、静まり返った校舎を後にした。
負けた。完膚なきまでに負けた。
でも、不思議と恐怖は消えていた。
積み木が崩れたからこそ、次はもっと丈夫な土台を作れる。
私の三年間という長丁場。
ようやく、本当の「始まり」の号砲が鳴った気がした。




