表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/32

不協和音のコート

その日の練習試合は、言葉通りの惨状だった。

相手は県内の公立高校。以前の鳳凰学院であれば、主力メンバーを温存しても危なげなく勝てる相手だったはずだ。しかし、今の私たちは、コートの中で互いの目も合わせられないほど、ちぐはぐな動きを繰り返していた。


「……ッ!」


ボールが私たちの真ん中に落ちる。

私と美咲の二人が、どちらが取るべきか迷った末、結局どちらも手を出せなかった。更衣室の床にボールが弾む、乾いた音が体育館に響く。


「ごめんなさい! 私が……!」


美咲が青ざめた顔で駆け寄ってくる。

私は胸の奥で、自分を責める声が上がるのを感じた。――『もっと強く指示を出せばよかった』『私がもっと早く動けば、防げたのに』。


「タイムアウト!」


監督の声が鋭く響いた。

ベンチに戻った私たちは、誰一人として口を開けない。皆、自分のことで精一杯だった。加藤先輩たちがいた頃の、あの「なんとかなる」という安心感はどこにもない。そこにあるのは、ミスを恐れ、互いの顔色を窺い合う冷え切った空気だけだ。


「宗子、指示を」


監督の無機質な声に、私は立ち上がった。

しかし、喉が焼けるように熱く、言葉がうまく出てこない。私は天才として、常に正解のルートを辿ってきた。でも、今、目の前で揺らいでいるのは「個人のプレー」ではなく「チームの意志」だ。


「……とにかく、次は連携を意識して。もっと声を……」


「どんな声を出すの?」


思わず、三年生のレギュラーだった副キャプテンの結衣が、低く鋭い声で私を遮った。


「声を出せって言うけど、誰がどこでボールを呼ぶか決まってない。宗子、あなただけが正しい位置にいても、私たちはどこに動けばいいか分からないの」


それは、紛れもない正論だった。

私の「理想」は、あくまで私という中心が存在してこそ輝くもの。周りを巻き込み、一つの音楽にするための技術が、私にはまだ欠けていた。


私はコートに視線を戻した。

ネットの向こうで、相手チームが笑っている。今の私たちを見れば、誰もが「鳳凰学院は終わった」と確信するだろう。その冷ややかな視線が、私の背中に突き刺さる。


私は自分の両手を見つめた。

ピアノの鍵盤を叩いていた、しなやかな指。コートでボールを支配していた、絶対的な指。

その指が、今、チームの絆を繋ぎ止めるための、ただの「一人の手」に成り下がっている。


「……やり直そう」


私は小さく、しかしはっきりと呟いた。


「今の連携ミスは、私の責任。……みんな、私の動きに合わせなくていい。その代わり、誰がどのボールを追うか、今ここで決めて」


美咲が、恐る恐る手を挙げた。

彼女の目は、まだ怯えている。でも、その手は私に向かって伸びていた。


「……私が、クロスを追います。だから、ストレートは……」


不協和音の中で、ようやく最初の一音が鳴ったような気がした。

勝つためのバレーじゃない。まずは、私たちという楽器の調律から始めるしかないのだ。


私は深く息を吸い込み、再びコートへ歩き出した。

負けられない、ではなく、負けてもいいから、今の私たちの「音」を鳴らす。

インターハイ優勝校の看板が、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じながら、私は初めて、本当の意味でコートに立ったような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ