不協和音のコート
その日の練習試合は、言葉通りの惨状だった。
相手は県内の公立高校。以前の鳳凰学院であれば、主力メンバーを温存しても危なげなく勝てる相手だったはずだ。しかし、今の私たちは、コートの中で互いの目も合わせられないほど、ちぐはぐな動きを繰り返していた。
「……ッ!」
ボールが私たちの真ん中に落ちる。
私と美咲の二人が、どちらが取るべきか迷った末、結局どちらも手を出せなかった。更衣室の床にボールが弾む、乾いた音が体育館に響く。
「ごめんなさい! 私が……!」
美咲が青ざめた顔で駆け寄ってくる。
私は胸の奥で、自分を責める声が上がるのを感じた。――『もっと強く指示を出せばよかった』『私がもっと早く動けば、防げたのに』。
「タイムアウト!」
監督の声が鋭く響いた。
ベンチに戻った私たちは、誰一人として口を開けない。皆、自分のことで精一杯だった。加藤先輩たちがいた頃の、あの「なんとかなる」という安心感はどこにもない。そこにあるのは、ミスを恐れ、互いの顔色を窺い合う冷え切った空気だけだ。
「宗子、指示を」
監督の無機質な声に、私は立ち上がった。
しかし、喉が焼けるように熱く、言葉がうまく出てこない。私は天才として、常に正解のルートを辿ってきた。でも、今、目の前で揺らいでいるのは「個人のプレー」ではなく「チームの意志」だ。
「……とにかく、次は連携を意識して。もっと声を……」
「どんな声を出すの?」
思わず、三年生のレギュラーだった副キャプテンの結衣が、低く鋭い声で私を遮った。
「声を出せって言うけど、誰がどこでボールを呼ぶか決まってない。宗子、あなただけが正しい位置にいても、私たちはどこに動けばいいか分からないの」
それは、紛れもない正論だった。
私の「理想」は、あくまで私という中心が存在してこそ輝くもの。周りを巻き込み、一つの音楽にするための技術が、私にはまだ欠けていた。
私はコートに視線を戻した。
ネットの向こうで、相手チームが笑っている。今の私たちを見れば、誰もが「鳳凰学院は終わった」と確信するだろう。その冷ややかな視線が、私の背中に突き刺さる。
私は自分の両手を見つめた。
ピアノの鍵盤を叩いていた、しなやかな指。コートでボールを支配していた、絶対的な指。
その指が、今、チームの絆を繋ぎ止めるための、ただの「一人の手」に成り下がっている。
「……やり直そう」
私は小さく、しかしはっきりと呟いた。
「今の連携ミスは、私の責任。……みんな、私の動きに合わせなくていい。その代わり、誰がどのボールを追うか、今ここで決めて」
美咲が、恐る恐る手を挙げた。
彼女の目は、まだ怯えている。でも、その手は私に向かって伸びていた。
「……私が、クロスを追います。だから、ストレートは……」
不協和音の中で、ようやく最初の一音が鳴ったような気がした。
勝つためのバレーじゃない。まずは、私たちという楽器の調律から始めるしかないのだ。
私は深く息を吸い込み、再びコートへ歩き出した。
負けられない、ではなく、負けてもいいから、今の私たちの「音」を鳴らす。
インターハイ優勝校の看板が、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じながら、私は初めて、本当の意味でコートに立ったような気がした。




