琥珀色の放課後
週末の午後、約束通り私は花音と一緒に駅前の小さな映画館へ向かっていた。
制服のスカートを揺らし、バレーボールの重たい感触を忘れて歩く時間は、今の私にとって唯一の「酸素」のようなものだった。
「ねえ宗子、映画の後はカフェに行こうよ。駅前に新しくできたところ、琥珀色のプリンがすごく評判なんだって!」
花音は弾むような声で言う。彼女には、私が「鳳凰学院のエース」であるという意識が微塵もない。ただの仲の良い友人でいてくれるその空気感が、何よりも心地よい。
私たちはカフェの窓際の席につき、出されたプリンを前に顔を見合わせた。
窓の外には、忙しなく行き交う人々と、夕日に染まる街並みがある。コートの中の緊迫感とは別世界の、穏やかな日常。
「……なんか不思議だね。昨日までは汗だくでコートを走り回ってたのに、今はこうして、プリンのカラメルの色を眺めてる」
私がそう言うと、花音は小さく笑った。
「それが普通でしょ。バレーボールをしている宗子もかっこいいけど、こうしてプリンを迷いながら食べてる宗子も、私は大好きだよ」
その言葉を聞いて、胸の奥がふわりと温かくなる。
練習中、私はいつも「期待」というラベルを背負っている。監督、チームメイト、学校、そして応援してくれる人たち。その全員の期待を背負い、私は完璧な動きをしなければならないと自分に言い聞かせていた。
でも、ここにはそれがない。
誰かの理想の姿になる必要なんてなくて、ただの私として、甘いものを食べて、映画の感想を言い合う。
「ねえ、花音。私、時々怖くなるんだ。バレーボールっていう大きな器の中に、自分自身の全部が吸い込まれていくような気がして。もしバレーを取ったら、私は何にも残らないんじゃないかって」
プリンの琥珀色のソースをスプーンですくいながら、私は思っていたことをそのまま口に出した。
花音は食べる手を止め、真っ直ぐに私を見た。
「そんなことないよ。宗子は、どんな時でも一生懸命で、少し不器用で、私の前ではこうして弱音を吐いてくれる。それが『清水宗子』でしょ? バレーは宗子の一部だけど、全部じゃない。私にはそう見えるよ」
その一言が、喉の奥に詰まっていた言葉をすっと解いてくれた。
私は深く息を吐き出し、スプーンを口に運んだ。
プリンの甘さが、冷え切っていた心をゆっくりと溶かしていく。
店内のBGMには、心地よいピアノの旋律が流れている。
私はその旋律に耳を澄ませた。
ああ、こうして音楽を聴いて、心地よいと感じる心。それもまた、紛れもない私の一部なのだ。
「……美味しいね、これ」
「でしょ! このカラメルの苦みがちょうどいいよね」
私たちは顔を見合わせて笑った。
誰かに勝つ必要も、誰かの期待に応える必要もない、ただの放課後。
この一瞬の温もりを積み重ねていくことこそが、きっと、私がコートの上で誰かを繋ぐための「強さ」を育んでくれるはずだ。
帰り道、空はさらに深く染まっていた。
明日はまた、厳しい練習が待っているかもしれない。でも、このプリンの甘さを思い出せば、きっと私はまた、コートの真ん中で深呼吸できる。
私は、自分の足で一歩ずつ、家路へと向かった。
それは、バレーボールのコートに向かう時の鋭い歩みではなく、自分の人生をゆっくりと確かめるような、確かな歩みだった。




