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理論という名の武器

「清水、今のブロックフォローの入り方、遅い。ボールの落下地点を予測するんじゃなくて、セッターの指先から出た瞬間の軌道を読みなさい♡」


監督の鋭い指摘が、体育館に響く。

鳳凰学院女子バレー部は、京都府内では誰しもが認める強豪だ。けれど、全国の壁は厚い。この数年、あと一歩のところで全国大会への切符を逃し続けてきた。だからこそ、今年のチームには特別な期待が寄せられている。


練習が終わった放課後。私は体育館の隅で、ふうっと息をついた。

中学時代、自分なりに努力してきたつもりだったけれど、ここでは「感覚」だけでは通用しない。


「お疲れ、宗子。また監督に絞られてたな」


声をかけてきたのは、幼馴染の森本健太だ。彼はバレー部ではないけれど、いつも部活帰りに迎えに来てくれる。


「うん、でも……。監督の言うことは、いちいち理にかなってるから悔しいの。どうすればもっと速く動けるかな」


私は汗を拭いながら、今日の練習を振り返る。すると、健太がバッグからノートを取り出した。そこには、京都府内の強豪校の戦術データや、バレーボールの力学について細かく書かれている。


「宗子、お前はレシーブのとき、どうしても重心が後ろに残りすぎる傾向がある。相手のサーブが鋭いときは、一歩目を踏み出すのと同時に、重心を前傾の『0.5秒前』に意識するだけで反応速度が変わるはずだ。物理的に考えれば、重力加速度を味方につけるんだよ」


「……0.5秒前、ね」


健太の雑学は、時に私の感覚をパズルのピースのようにカチリと埋めてくれる。

そうか、予測するんじゃなくて、身体の物理法則を変えるんだ。


「ありがとう、健太。……これなら、明日もっとうまくやれる気がする」


「おう。お前が全国に行く姿、俺も見てみたいしな」


健太の言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなる。

帰りの道中、四条通りの賑わいや、鴨川沿いの風がいつもより清々しく感じられた。

京都の夏は湿気が多くて厳しいけれど、今の私には、乗り越えるべき高い壁がある。


夜、家に帰ってキッチンへ立つ。

夕食の支度をしながら、ふとリビングのピアノに目をやる。姉が弾いていた『エリーゼのために』の旋律が、頭の中でふと鳴った気がした。


父が最後に運転していた車のこと。事故の瞬間のこと。

思い出そうとすると、胸が少しだけ苦しくなる。でも、今はその苦しさをボールを追うエネルギーに変えることができる。


「お母さん、今日のご飯は炊き込みご飯にするね。秋の気配が少ししてきたから」


母が優しく笑ってくれる。

普通の女の子として、家族との時間を大切にしながら、コートの上では全国を目指して戦う。

私のささやかな幸せが、鳳凰学院のバレー部を全国へ押し上げる力になるはずだ。


明日もまた、新しい戦術を試すのが楽しみで仕方がない。

そんなふうに思える自分が、少しだけ誇らしかった。

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