鴨川の風と、レシーブの音
鴨川の風は、季節によってその温度をまるで別の生き物のように変える。
四月の、入学したばかりのこの季節の風は、まだ少しだけ指先を冷やすけれど、桜の花びらを巻き込んで、どこか甘い予感を運んでくる。
私の名前は、清水宗子。京都鳳凰学院に通う、高校一年生だ。
中学の三年間、私はバレーボール部で必死にボールを追ってきた。一緒に戦った仲間たちは、それぞれの道――別の高校のバレー部へと進んでいったけれど、私はこの鳳凰学院で、もう一度頂点を目指すことを決めた。
私の人生における最大の関心事は、今日のおやつや、鴨川沿いの新緑、そして週末に父が好きだった競馬の結果を眺めること。ギャンブルなんて興味はないけれど、父が教えてくれた馬の血統や走りに寄せるロマンを想うとき、記憶の奥底が少しだけ温かくなる。
帰宅して、リビングの隅にあるアップライトピアノを見る。父が姉のために買ってくれたものだ。姉が事故でいなくなってから、ピアノの蓋は長い間閉じられたまま。姉が好きだった『エリーゼのために』の旋律が、今も記憶の中で鳴り響く。
……今はまだ、その音を私が奏でるには早すぎる。
私は練習着のバッグを肩にかけ直した。
「さあ、行こう」
鳳凰学院の体育館。
そこは全国屈指の強豪校だ。中学の部活とは比較にならないほどの緊張感が、扉を開けた瞬間に肌を刺す。
「あら、新しい子かしら? 迷い込んできた子猫ちゃんじゃないわよね?」
振り返ると、筋肉隆々の長身の男――監督が、完璧な笑顔で立っていた。
「清水宗子です。鳳凰学院女子バレー部、入部希望します」
私の言葉に、監督は満足げに頷く。
中学の三年間、基礎は叩き込んできた。けれど、ここのバレーは違う。全国レベルの理論と戦術、そして圧倒的な熱量が渦巻いている。
「いいわ。その瞳、バレーを愛してくれそうね。さあ、まずは床と挨拶してきなさい!」
ドスン、と激しい音を立てて床に転がる。
痛みなんて感じなかった。むしろ、ボールを追うという「目的」を持てたことが、五歳から凍りついていた私の何かを溶かしていく気がした。
体育館の入り口に、男子バレー部の九条玲司さんの姿が見えた。
彼は全国レベルのエース。中学時代、大会会場の遠くから見ていた憧れの人だ。
目が合うと、彼は少しだけ驚いたように目を見開き、そして――優しく微笑んだ。
私の青春の、ほんの小さな序章。
バレーボールを通じて、かつての仲間たちとネット越しに再会する未来も、まだ見ぬ恋の物語も、ここから始まる。




