静寂のシンフォニー
全国大会の二日目。勝ち上がってきたのは、全国屈指のブロック力を誇る名門校だった。
彼女たちの壁は高く、堅い。昨日のような「軽やかな旋律」だけでは通用しない、物理的な圧力がコートを支配していた。
試合中、私は何度もブロックに阻まれた。
掌が痺れ、呼吸が苦しくなる。監督の理論も、健太の分析データも、コートの中では紙切れのように簡単に吹き飛ばされてしまう。
「宗子、無理に突破しようとしないで。相手の影を利用するの。ブロックが高いなら、その影にボールを隠すのよ♡」
監督の指示は、今回ばかりは難解だった。
ブロックの影……。私は空中で身体を捻りながら、相手の巨大な壁を見上げる。
影。光があるからこそ生まれる、暗闇。
その時、ふと脳裏に過ったのは、姉のピアノの弾き方だった。
彼女は、強い音を出す前、ほんの一瞬だけ鍵盤に触れる力を抜いた。強弱の対比が、旋律に深みを与える。
(……逆だ。強さで対抗するんじゃない)
私はあえて、スパイクを打つ瞬間に腕の力を抜き、手首の返しだけでボールのスピードを極限まで落とした。いわゆるプッシュ攻撃。
巨大なブロックの壁が、力任せのスパイクを警戒して跳ぶ。
彼らの視界からボールが消え、そのまま壁の向こう側、がら空きのスペースへポトリと落ちた。
「……ナイス判断!」
ベンチが沸く。
私はコートに降り立ちながら、自分の指先を見つめた。
今まで、ボールを「叩く」ことばかり考えていたけれど、ボールを「導く」ことこそが、本当の旋律なのかもしれない。
試合後、汗を拭いながら通路を歩いていると、反対側から玲司さんが歩いてきた。
彼は今日、ストレート勝ちを収めたらしい。その表情には、エースとしての自信と、私と同じ全国の舞台に立っているという誇りが浮かんでいる。
「清水さん。……今日のあのフェイント、凄かったね。まるで時が止まったみたいだった」
「……玲司さん。ありがとうございます。……あの、今日の試合、見ててくださったんですか?」
「もちろん。君が、どんな音を奏でるのか、見逃したくなかったから」
彼はそう言って、私の前で足を止めた。
いつもより近い距離。廊下の窓から差し込む午後の光が、彼の横顔を照らしている。
胸の中の鼓動が、練習中よりもずっと激しく鳴っている。
これが、ただの「緊張」じゃないことくらい、もう分かっていた。
「京都へ帰ったら……」
彼は言いかけて、少しだけ照れたように視線を逸らした。
「いや、今はダメだね。……全国の頂点を獲るまで、言わない約束にしよう」
「約束?」
「そう。僕も、君に負けない旋律をコートで刻むよ」
彼はそのまま去っていったけれど、私の心の中に、彼との「約束」という名の、新しいメロディが芽生えていた。
この全国大会が終わったとき、私たちにどんな景色が見えるんだろう。
京都の夏、鳳凰学院の風、そして私の中に響くピアノの音。
すべてが、全国の頂点という一点に向かって、収束し始めていた。




