加速する指先、深まる旋律
全国大会の初戦は、文字通り「死闘」だった。
相手の九州勢は、パワーとスピードを兼ね備えた、まさに猛獣のようなバレーを展開してくる。
第1セットを競り合いの末に奪ったものの、第2セットに入ると相手の戦術が私に向けられた。私のレシーブ位置、ボールの追い方、そして重心の癖――すべてがデータとして解析されているかのように、鋭い強打が私の守備範囲を容赦なく突いてくる。
「……ッ!」
床を滑り、何度も肘を打ち付ける。痛みが神経を麻痺させ、呼吸が浅くなる。
これまでの練習で積み上げた「理論」が、全国という高い壁の前で崩れそうになる感覚。
「清水、落ち着いて。相手のテンポに合わせる必要はないわ。あなたがピアノを弾くとき、楽譜の速度を自分に合わせて変えるように、このコートのテンポをあなたが支配するのよ♡」
監督の鋭い言葉が、私の耳を突き抜けた。
支配する。……そうか。
私は相手の強打を「受け止める対象」として見ていた。けれど、本当は違う。
ボールの軌道、スピード、回転――そのすべてを私の「旋律」の一部にしてしまえばいい。
私は深く息を吸い込み、姉が愛したピアノの旋律を脳内で奏でた。
速いテンポのときは激しく、スローなときは深く。
相手の強打が向かってくる。私はそれを恐れるのではなく、まるで鍵盤を弾くような軽やかさで、手首を柔軟に使い、角度を調整した。
ボールは、相手の想像を超えた弧を描き、完璧にセッターの頭上へと落ちた。
「ナイス、宗子!」
チームメイトの声が重なる。
私のレシーブから始まった攻撃が、見事に決まった。
相手のブロックが虚空を切り、ボールが床を叩く。
その瞬間、アリーナの空気の層が、私の演奏に合わせて揺れたような気がした。
観客席のあちこちから、「今のレシーブ、なんだ……?」というどよめきが聞こえる。
試合終盤。
私のサーブ順が回ってきた。スコアは24対23。マッチポイント。
エンドラインに立ったとき、観客席の端に、あの背中が見えた。
九条玲司さんだ。彼もまた、隣のコートでの激戦を終え、私たちの試合を食い入るように見つめている。
彼と目が合った。
その眼差しには、驚きと、それ以上に深い「共鳴」があった。
同じ全国の舞台で戦う者同士しか分からない、あの熱い魂の震え。
私はボールを高く放り上げた。
心の中で、最後の和音を奏でる。
ドォン、と重い音を立てて放たれたサーブは、相手のレシーバーの指先をかすめ、コートの角に突き刺さった。
ホイッスルが鳴り響く。
全国大会、初戦突破。
私は、コートの上で崩れ落ちるのではなく、その場に立ち尽くして空を見上げた。
勝った。
だけど、それ以上に、自分の旋律が全国に届いたという感覚が、たまらなく愛おしかった。
「……宗子!」
背後から仲間たちが駆け寄ってくる。
その輪の中に混じりながら、私はもう一度だけ、観客席の方を振り返った。
玲司さんは、静かに小さく頷いてくれていた。
夏空がどこまでも高く、青い。
私の奏でるこの旋律は、まだまだ終わらない。明日、次の試合で、もっと高く、もっと美しく響かせてやる。
そう強く思ったとき、私の中で「恋」という名前の旋律もまた、静かに、けれど確実に、クレッシェンドを始めていた。




