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旋律の正体、全国への切符

インターハイ予選決勝戦の会場は、熱狂と悲鳴が入り混じる巨大な器のようだった。

対戦相手は、京都府内において長年絶対的な強さを誇ってきた強豪校。彼女たちの攻撃は緻密で、隙がない。


第1セットを先取され、第2セットも中盤までリードを許す苦しい展開。

体育館の喧騒が、遠い砂嵐のように耳の奥で鳴り響く。


「清水、何をしてるの? ピアノの鍵盤を叩くようにボールを操るって、言ったでしょ♡」


監督の声に、私はふと肩の力を抜いた。

追い込まれると、いつも手が硬くなる。けれど、姉が『エリーゼのために』を弾いていたときの手の柔らかさ、あのしなやかな指先を思い出した。


(そう、ピアノの鍵盤を叩くんじゃない。鍵盤から音を引き出すんだ)


私はボールを手のひらで包み込んだ。

ボールは敵ではない。私の旋律を、相手コートへ届けるための楽器だ。


ラリーが続く。

私はブロックの間を縫うような精度の高いトスを上げ、アタッカーがそれをコートの深くに叩き込んだ。

その瞬間、私の内側で何かがカチリと音を立てて噛み合った。


「……ッ、今だ!」


森本くんがノートに書き留めていた「相手の守備の死角」が、私の脳内で鮮明なグラフィックとして浮かび上がる。

私は迷わず、がら空きになったレフト側へ絶妙なフェイントを落とした。

床にボールが吸い込まれる鈍い音。


会場が一瞬、静まり返った。

そして次の瞬間、鳳凰学院の応援席から爆発的な歓声が湧き上がった。


試合は最終セットへまでもつれ込み、最後の最後で、私はコートの真ん中でボールを拾い上げた。

そのレシーブは、まるでピアノの低音が響くように、チームの心臓を繋ぐ音色となってセッターの手元へ完璧に届いた。


「いけぇッ!」


最後のアタックが決まった瞬間。

世界が、一色に染まった。


全国大会出場決定。


歓喜に沸く体育館の端で、私は膝から崩れ落ちた。

全身から力が抜け、汗が滝のように流れ落ちる。

そこへ、男子バレー部の九条玲司さんが歩み寄ってきた。彼は決勝戦で優勝を決めたばかりの私たちの姿を見て、柔らかな笑顔を浮かべていた。


「……やったね、清水さん」


「……はい。本当に、届きました」


私は立ち上がろうとしたけれど、足に力が残っていなかった。

そんな私の腕を、彼が優しく支え上げた。その温もりに、心臓が跳ねる。


「君のバレー、本当に凄かった。ピアノを弾くみたいだったよ」


「……えっ」


「見てたんだ。君が指先まで集中している姿。……全国でも、その旋律を奏でてきてよ」


彼はそう言って、私の頭をポンと撫でた。

その手つきは、幼い頃に姉が私にくれたものと、どこか似ていた。


家に帰り、リビングのピアノの前に座った。

事故以来、一度も開けなかったピアノの蓋。

私は震える手で、鍵盤に指を置いた。


『エリーゼのために』の、あの旋律。

弾き始めると、姉の記憶はもう、悲しみだけじゃなかった。

バレーボールで掴んだこの熱い勝利と、玲司さんの言葉、そして仲間たちの笑顔が、姉の音色と溶け合っていく。


「恋なんて知らへん」

そう言い切っていた私の中に、確かに何かが芽生えていた。

全国大会。それは、私のバレーボールと、始まったばかりのこの想いが、もっと大きな空へと飛び立つための始まりの場所なんだ。


私は、最後まで弾き切った。

最後の音が消えたあとの静寂の中に、窓の外から京都の夏の夜風が吹き込んでいた。

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