動けなくなった島
夜の川のせせらぎを聞きながら、彼と話していた。
「この島、島なのに川がいろいろなところで流れてるね」
川沿いには、丸くてふよふよした提灯のような明かりが、いくつか浮かんでいた。
光が届く手前の水だけが、夜の中で細かくきらめいていた。
「汚れを落とすのにぴったりでしょ?ずいぶん前に、川が流れるように整備されたんだ」
私は、驚いた。
この川は、昔からあったわけじゃないんだ。
彼は川辺にしゃがみ、指先を水に浸した。
その冷たさを確かめるみたいに、しばらく水面をなぞっていた。
「この島は、一回、島としての機能を果たせなくなったんだ。夜と闇の世界が訪れて、みんな、動けなくなっちゃったんだ」
「世間では、きっとそういう状態に、名前をつけるだろうね」
私は、その理由について踏み込んで聞くことができなかった。
この場所は大丈夫なのか。私はここにいて大丈夫なのか。
そんなことばかりが、先に頭に浮かんでしまった。
「ここに住む君に、伝えておきたかった」
彼は、川のほうに体を向けたまま、私を振り返った。
提灯の淡い光では、表情まではよく見えなかった。
それでも、その言葉が私に向けられていることだけは分かった。
「ここの住人は、それでもいいと言ってくれてるんだ」
彼はそう言って、濡れた指先を見た。
「……前に、この島にいた人から連絡が来たんだ」
彼は、指先についた水を払わないまま続けた。
「戻ってくるかもしれないって」
その言葉を聞いて、空いたままの杭のことを思い出した。
「それで、話しておかなきゃって思ったのかも」
私は、何かちゃんとした言葉を返さないといけないと思った。
彼が、言わなくてもいいことを、ちゃんと私に渡してくれたのだと分かったから。
「で、でも」
自分でも驚くくらい、声が揺れていた。
「傷ついたからこそ、分かることもあるよね。だから人に優しくできるというか……」
そこまで言って、言葉がなくなった。
川の音だけが、やけにはっきり聞こえた。
彼は、少しだけ黙っていた。
それから、私の言葉を確かめるように、ゆっくり言った。
「傷を知っているからこそ、他人のことを思いやれることもある、そういうこと?」
「そ、そう!本当に言語化するのがうまいね!」
「ありがとう」
彼はそう言って、もう一度川のほうを見た。
その横顔が、少し遠く感じた。
私は、この島に住む人たちに、このまま平和で、傷つかずにいてほしいと思った。
でも、「動けなくなった」という言葉だけが、私の奥のほうへ、音もなく沈んでいった。




