境界線のない優しさ
この島に来て一週間がたった頃、私はこの優しい世界で、少し異端なことをした。
わざと、試すように、優しくしてくれた住人の肩を強く叩いた。
「君のそういうところ、腹が立つ」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
「ずっと笑ってるの、気味が悪い」
私は、自分の中にある精一杯の罵声と暴力を、その住人に向けた。
この違和感の正体を、確かめたくて。
住人の声は、本当にやさしかった。
「何かあった?辛いことでもあったんじゃない?」
叩いた場所に傷ができていた。
でも、その傷なんてなかったかのように、住人は優しい顔で私をのぞき込む。
「う、うん」
その笑顔に、罪悪感と安心が同時に湧いた。
「会社で、上司にひどいことを言われたんだ」
口にしてから、私は自分で驚いた。
上司に言われたことなんて、何も辛いと思っていなかった。
傷ついたつもりもなかった。
「そっか。辛かったね」
そう住人に優しく受け止められた瞬間、私は上司に言われて傷ついていたのかもしれないと思った。
「そうなんだ。私はこんなにも頑張っていたのに」
私は、その瞬間に自分の何かが弱くなった。
「叩いて、ひどいこと言ってごめんね」
そう言うと、住人は優しく微笑んだ。
「辛いときは、人に当たりたくなることもあるよね。君は、自分と向き合ってて偉いよ」
どこまで受け止めてしまうのだろう。
私は、自分をどこで止めればいいのかわからなくなりそうだった。
叩いた手が、スポンジに吸い込まれていくみたいだった。




