ぽよよん島に行ってもいい?
その日、私はマッチングアプリで会った人と食事をしていた。
話は、驚くほど弾まなかった。
それでも私は笑っていた。
相手が気まずくならないように、沈黙が落ちないように、相づちを少し大きくしていた。
「前に旅行行ったって言ってたよね。写真見せてよ」そう言われて、私はスマホのアルバムを開いた。
見せてもいい写真を探して、指で画面を滑らせる。その中に、一枚だけ、消し忘れた写真があった。
元彼の写真だった。
もう好きではないはずだった。
もう終わったことのはずだった。
でもその顔を見た瞬間、目の奥が熱くなった。
目の前の人は、まだ写真を待っていた。私は泣きそうになっていることがばれないように画面を戻した。
帰り際、LINEを交換しようと言われた。
断る勇気がなくて、私はスマホの画面を差し出した。
相手は私の肩に覆いかぶさるように身を寄せて、スマホを持つ私の手を握った。
その距離の近さに、無性に気分が悪くなった。
「私が読み取るよ」
そう言って一歩離れたのに、相手はまた私の手に触れてきた。
逃げ方がわからないまま、私は結局、LINEを交換してしまった。
その夜、彼からLINEが来た。
「マッチングアプリの人と今日会うっていってたよね?話、聞かせて!」
私は、今日会ったことをできるだけ軽く話した。
ただつまらない人と食事をしただけ。ただ昔の写真を一枚見ただけ。ただLINEを交換しただけ。それなのに、どうしてこんなに、体の内側がざらざらするのだろう。しばらくして、彼から返事が来た。
「初対面で触れてくるの、普通にやばいね」
「でも、それをちゃんと嫌だって思えたの、大事なことだよ!」
画面の中の言葉が、ゆっくり胸の奥に沈んでいった。
「自分のことを大事にできるようになったってことだと思う」
「今日は頑張ったね!」
たぶん、その瞬間だった。
私は彼を好きになったのではない。
私の中の、行き場のなかった何かが、彼の方へ倒れた。
「前に言っていた、ぽよよん島に行ってもいい?」
そう聞くと、彼は嬉しそうに言った。
「もちろんだよ!君が話してくれるのも、ぽよよん島に来たいって言ってくれるのも、本当に嬉しいよ!」




