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第七話

七話目です。よろしくお願いします。

「あぁ、ボクだ。被験体の回収に成功した。少し抵抗はされたが、眠らせたから心配はない。地点βに車を回してくれ」


 男は白衣を身にまとい、病的なまでに白い顔で、タバコの白い煙を吐き出す。

 狂気的なまでの白。毛髪から右目を覆う包帯まで、全てが白で構成されたその男は、白い手袋をはめた手で通話を切った。


「あとはここで迎えを待つだけだ。キミもご苦労さま」


 運転席に座る男は何も喋らない。

 今は使われておらず、原型がどんな建物だったのかも分からない廃墟(はいきよ)にたどり着くまで、男は一言も発していなかった。


「ふぅむ……いじるにしても言語野は残すべきだったか。いくらボクがお喋りと言っても、一人で話し続けるのは結構傷つくんだよ」

「…………」


 ガタガタとした振動が消え、代わりにコンクリートの安定した震えがタイヤから伝わってくる。


「まぁいい。キミはキミの仕事を果たしてくれている。それで十分じゃないか」


 会話のような独り言を続けながら、男は停止したハイエースの後部座席から降りる。

 軽やかな足元にはいくつものガラス片とホコリが、大きく伸びをした頭上にはむき出しの鉄骨があった。

 周囲にある無造作に積まれた段ボールや機械の残骸を見て、男は興味深そうにつぶやく。


「ふゥむ……どうやらここは解体工事中に破棄された施設のようだ。工具に資材に……ははっ、クレーンもあるぞ!」


 まるで遊園地に来た子どものようにはしゃぐ男。

 男が振り向いた先、開きっぱなしのハイエースの後部座席には、青い髪の少女が静かに眠っている。


「ヤナギ……あぁ、ヤナギ! キミを前にするとあのとき潰れた右目がうずくよ! だが大丈夫。ボクは全く気にしていない! なぜならキミの異能にこうして(じか)に触れることでボクとボクの研究はさらに向上していくからさ!」


 くるくると回りながら、男は一人で話し続ける。

 瓦礫も、ガラス片も、ホコリをかぶった何もかも、そこにいる全てが男を無視する。

 けれど、男には関係がなかった。


「愛しているよ、ヤナギ。キミはボクを天才へと押し上げてくれる、唯一無二のカードさ」


 白い男は白々しく笑う。

 全てが白い男の心。その場の空気さえ白く染めていくようだった。


「ん?」


 そこに一滴、墨汁を垂らすように、靴音が紛れ込む。


「すまない、我々はもうすぐここを立ち去る。だからキミも何も見なかったことにして去ってくれないか?」


 外の光が逆光となり、侵入者の顔は見えない。

 しかし、その男の影は一歩も後ずさらない。逃げも隠れもせず、ノトたちの様子を堂々と観察している。


「……無視、か。仕方ない」


 ノトが車のバックドアを開けると、中から一人の男が飛び出してきた。

 黒いフードを目深に被るその男は、野生動物のような姿勢で、周囲を見渡している。


「殺すと証拠が残る。適当に追い払え」


 ノトの声に反応した男は、地面を転がるように走り出す。

 その奇妙な動きを見ても、侵入者は逃げるそぶりを見せない。むしろ、ゆっくりと前進し始めた。


「がああああッ!!」


 人ではない、獣の鳴き声。

 知性を感じさせない音を発しながら跳躍した男は、一瞬で壁まで吹き飛ばされた。

 空気が震えるほどの衝撃が、崩れかけの天井を揺らす。


「『カス札』を一撃で……」

「見つけたぞ」


 短く言葉を終わらせ、邪魔者のいなくなった廃墟の中を一直線に駆け抜ける。

 そして一撃。先ほどより力のこもった拳を振りぬく。

 一気にノトとの距離を詰めた侵入者――イノは、すぐに自分が振りぬいた拳の違和感に気づいた。


「ふゥむ……そのスピード、状況の判断力、そしてパワー、実に興味深い」


 イノの拳は男には当たっていない。

 代わりに、黒いフードを着た運転手の手に、イノの拳は収まっている。


「なっ……」

「キミは……そうか、ヤナギがいた家の学生くんか」


 後ろに飛びのいて距離を取るイノ。

 奇襲を受けても白髪の男は微笑みを絶やさない。


「紹介しよう。彼はボクの運転手で……すまない。あいにく個体名はつけていないんだ。被験体02―b『(うめ)(うぐいす)』」

 ゆらりと立つ黒のフードは、四足歩行の男とは違い、百八十センチであるイノの背丈をゆうに超えていた。


 握った拳にじっとりと汗が(にじ)む。


「お前、何者だ」

「ん? ボクかい? ボクの名前はノト マヒル。天才になれない凡人の科学者さ。キミの名前を教えてくれないかな、学生くん?」

「……イノ アオシ」


 フードで顔を隠した大男。右目を包帯で覆った白髪の男。

 現実離れしたその光景に、イノの中で危険信号が鳴り響いている。


「そうか。イノ アオシくん。まずはキミの勘違いを正しておこう」

「勘違い?」


 腕組みをした男は、小さくうなずいた。


「キミはボクたちが凶悪な誘拐犯か何かだと思っているだろう。しかし、ボクらは彼女……ヤナギの保護者だ」

「保護者、だと?」

「どうだろう、ここはボクを信じて帰ってもらえないだろうか。キミたちのためでもあるんだ」

「……断る」


 イノの言葉に、白髪の男――ノトは驚いたように目を見開く。


「なぜ?」


 ノトの口から疑問がこぼれる。今までの白々しさが、笑みと共に消え失せた。

 イノはそれに答えるように、ノトの顔を睨みつける。


「信用できない。たとえ本当にお前がヤナギの保護者だとしても、連れていかせない」

「理解できないな。キミはどうしてあの子に執着するんだ?」

「それを、知りに来た」


 地面を思い切り蹴りだす。スピードに乗ったイノは正面からノトに向かっていく。そしてその勢いのまま、右ストレートを繰り出した。


「くっ……」


 しかし、それをローブの男が許すはずがなく、またしても片手で止められてしまう。


「ふゥむ……あの子に情が移ったか。困るんだよ、捨てられた子猫を拾う感覚で関わってこられるとさ」


 ノトが手を払う動作をすると、それに呼応するように、フードの男が腕を振るった。

 イノを止めたのとは逆の腕が、脇腹をえぐるように飛んでくる。


(重いッ!?)


 かろうじてガードしたイノだったが、その勢いを殺しきれず後ろに吹っ飛ばされた。

 なんとか受け身を取るイノ。しかし、すぐに追撃は来る。


「じゃあねイノ アオシくん。恨むなら太陽に近づこうとした自分を恨みなよ」


 顔上げたイノの目の前には、既にフードの男がいた。

 無言のまま、男の腕が振り上がる。


「――ッ」


 しかし、その腕が振り下ろされるより速く、イノの足が男の顎を蹴り上げた。


「ほゥ!」


 男がよろめく。その隙をイノは逃がさない。続けて顔面目がけて拳を打ち込む。

 今度は男の身体が後ろへと吹き飛んだ。


「固いな」


 顔面へクリーンヒットしたはずの攻撃。しかし、男は倒れない。まるで効いていないように、イノの前に立ちふさがる。


「ふゥむ……面白い! 『タネ札』を相手にも互角以上に戦えるとは!」

「何を言っているか分からない。少し黙っていろ」


 イノは自分の体温が上がっていくのを感じていた。

 なぜなのかは彼にも分からない。しかし、ノトが口を開く度、頭に血が上っていく。

 八つ当たりのように、イノは拳を握る力を強めた。


「もう少し彼の力が見たい。頼むよ」

「…………」


 フードの男は何の反応も示さず、イノに向かって歩いてくる。

 彼もまた、それを迎え撃つ。


「どけ。お前の動きはもう見切った」


 無言の戦闘態勢。

 単純な構えから繰り出される巨大な拳が、正面から迫る。


「邪魔だ」


 今度はイノがそれを片手でそれを受け止め、続けて拳目がけて膝蹴りを入れた。


「…………」


 イノの膝蹴りは、音を立てて男の手首を破壊した。

 男はうめき声一つ上げないものの、膝をついて動きを止める。


「寝てろ」


 降りてきた男の横顔に、イノの全力の拳が叩きこまれた。

 二メートルをゆうに超える巨体が、紙風船のように吹き飛んでいく。

 結果、イノの視界にはノトと車の中で眠るヤナギだけとなった。


「ふゥむ……」

「ヤナギを返せ」

「彼女はキミのものではないのだが……やれやれ、若いというのは難儀なものだね」


 ジンジンと痛む拳をもう一度握る。

 ノトは何の問題もないというように、笑みを浮かべてみせた。


「キミは何も知らない。彼女のことも、ボクらのことも、そして自分自身のことすらも。それじゃあダメだ。キミも天才になれない、凡人のまま」

「何の話だ」

「キミより少しだけ大人なボクの助言さ。あるいはほんの少しの時間稼ぎとも言う――」

「ッ!?」


 横から迫ってくる危機に、イノの身体が反応する。

 そこには先ほど殴り飛ばしたはずの男が、獲物に襲い掛かる猛獣のような体勢で飛び込んできていた。

 両手で耳を覆うノトは、イノに向かって今までで一番邪悪な笑みを浮かべる。


「自分がどれほど甘い考えなのか、まずはそこから知るといい」


 フードが外れ、露わになった男の顔と目が合う。

 何も映していない真っ黒な瞳。大きく開かれた口。

 そして、イノは男の顔に刻まれた花を目にする。


(梅……)


 タックルか、あるいは噛みつきか。どんな攻撃が来ようと対処できる姿勢を整えるイノ。

 しかし、彼を襲ったのはそのどれでもない。

 音の攻撃。文字通り耳をつんざくような絶叫。

 男の口から放たれた衝撃波に、イノの脳は揺さぶられる。


「ふゥむ……なかなかの威力に再生力。期待通りだ」


 満足そうにうなずくノト。

 先ほどイノに蹴り折られた男の手首は完治していた。


「……あ……あ……」

「あの衝撃波をまともにくらって意識を飛ばさなかったのは驚きだが、どうやら倒れないだけで精一杯らしい」


 膝をついたイノの目や耳からは血が流れている。

 ノトの言う通り、もはやイノに立ち上がる力は残っていなかった。


「楽しませてもらったよ、イノ アオシくん。その強さに敬意を表してキミを……確実に殺す」


 確実に、殺す。

 その言葉が嘘ではないことを示すように、男の右手がイノの頭を鷲掴みにする。


「本来なら証拠を残すようなリスクは犯したくないんだがね。どうやら、キミをここで生かす方がリスクが高い……と、聞こえていないか」


 金切り音が残る耳で、イノは自分の頭がきしむ音を聞いた。

 ゆっくりと身体が地面から離れる。


「さようなら」


 疑問、後悔、そして全てを塗りつぶす絶望。

 イノの意識が、何もない黒へと塗りつぶされていく。


「あああぁああああああああああぁあああああああああッ!!」


 突如として廃墟中に響いた咆哮(ほうこう)

 男の衝撃波と聞き間違うほどのそれに、その場にいる全員の思考が止まる。

 その一瞬に、一人の少女がその身体をねじ込む。


「イノくんにさわるなあああああああああああああああッ!!」

(ミトトギ……)


 鬼のような形相で飛んできたミトトギは、持っていたハサミを何の躊躇(ちゆうちよ)もなく男の右腕に突き刺した。


「はなせぇ!! はなせぇぇあああああああああああああッ!!」


 突き刺したハサミを引き抜き、もう一度突き刺す。

 何度も何度もハサミが男の腕を行き来する。数回繰り返すと、イノの頭から男の手が離れた。


「イノくんっ!!」


 地面につくよりも前に、ミトトギの両腕がイノの身体を抱きとめる。

 すぐにミトトギはイノと共に後ずさった。


「イノくん! 大丈夫ですか!? イノくんっ!!」

「み……と……」

「あぁ……イノくん……イノくん……」


 未だ不鮮明なイノの視界に、悲しいようなホッとしたような、そんなミトトギの泣き顔が映る。


「これはこれは、援軍がいたとは予想外だ」


 銀色の光がノトに向かって飛ぶ。

 遮った男の手に、鈍く光るハサミが突き刺さった。


「いきなりハサミを投げてくるなんて、随分野蛮なお嬢さんだ」

「うるさいだまれころすころすだまれころすころすころす」

「ふゥむ……どうやらキミに話は通じないらしい」


 そのとき、車のスライドドアが勢いよく開いた。

 ノトが振り返ると、反対側のドアから伸びた手がヤナギを抱きかかえているのが見えた。


「ヤナギちゃん確保ーッ!!」

「おっと」


 ヤナギを抱えたゴドウが、距離を取りながらイノとミトトギの方へ逃げていく。


「何が起きてんのか全く分かんねぇ! あとで説明してもらうからなアオシ! マジで!!」

「ふゥむ……一応聞くが、ボクと話をする気はあるかい?」

「友達が殺されかけてんだぞ!? あるわけねぇだろバカが!!」


 脳が興奮するままに言葉を繰り出すゴドウ。

 目の前に立ちふさがる学生三人組を前に、ノトは溜息を吐いた。


「キミらもヤナギに毒された口か。やれやれ、彼女も隅に置けない」

「ツキナちゃん、逃げるぞ。アイツは明らかにヤバい」


 全身に梅の花の文様(もんよう)が浮かぶ男は、手に刺さったハサミを抜き取り、地面に捨てる。

 先ほどミトトギが与えた傷も完全になくなっていた。


「なんか、ツキナちゃんがぶっ刺したハサミも効いてないみたいだし、不良なんかと訳が違うのはツキナちゃんも分かるでしょ?」

「ゴドウくん、イノくんをお願いします」

「ねぇ聞いてる!? 逃げようって言ってんの!!」

「次は首を狙います」

「聞こえてないの!? おーい!!」


 ミトトギは懐から新しいハサミを二本出し、それぞれを両手に持って構える。


「仕方ない。三人とも殺せ」

「…………」


 梅の花が刻まれた大男は、命令に従い三人を殺そうと近づいてくる。

 それを迎え撃つべく、ミトトギも戦闘態勢に入った。


「あぁもう! どうにでもなりやがれ!!」


 ミトトギを置いていけないゴドウは、その場にイノとヤナギを寝かせ、彼女に並び立つ。

 走りだしたミトトギを合図に、戦闘は再開した。

読了、ありがとうございました。

またよろしくお願いします。

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