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第五話

五話目です。よろしくお願いします。

 クロガネ ジンに襲撃されてから、特にトラブルも起きず、初めての週末を迎えた二人。

 昼食をとりながら、イノは雨がポツポツと打ちつける窓ガラスを眺めていた。


(あのとき、ヤナギは何を言いたかったんだ?)


 脳裏によぎる、あの日の光景。ヤナギの震えた声は、今でも鮮明に刻み込まれていた。


『イノにも、あるの?』


 あれから、イノは幾度もなくあの言葉の意味について考えた。

 しかし、いくら考えても彼女の言った『力』とは何を意味しているのか、なぜ彼女があれだけ絶望した顔をしたのか、全く分からない。


「食べたか」

「ん」

「片づけるか」


 子ども用のフォークとスプーンを片づけるため、イノが立ち上がったそのとき、玄関のチャイムが鳴った。


「なんだ?」


 イノがインターホンを確認すると、そこには見知った二人の男女が映っていた。


「おじゃましまーす!」

「お、おじゃましますぅ……」


 玄関を開けると、ミトトギとエナメルバッグを持ったゴドウが入ってきた。


「なんで来た」

「なんでって、様子を見に来たんだよ。ちゃんとヤナギちゃんの世話ができてんのか」

「学校でも大丈夫だと散々言ったはずだ」

「お前何聞いても『あぁ』とか『問題ない』しか言わねぇだろうが」

「……とりあえず上がれ」


 言い返せないイノは、勝ち誇ったような顔のゴドウと苦笑いのミトトギを家に上げる。

 ゴドウもミトトギも、初めて来るイノの家を物珍しそうに見回している。


「外から見ても思ったけど、イノの家ってなんかいいよな。ザ・日本家屋って感じで」

「そうか?」

「へ……ふひっ、い、いの、イノくんのおうち……ふひ……ひゃっ!?」


 息の荒いミトトギは、ふすまから半分だけ顔を出したヤナギと目が合う。


「こんにちは! ヤナギちゃん、元気?」


 ミトトギが急いで垂れたよだれを拭いている間、ゴドウは彼女の前にしゃがみこんで会話を始める。


「自己紹介まだだったね。オレはゴドウ タケル! あっちのお姉ちゃんはミトトギ ツキナ! 仲良くしてほしいな!」

「……ヤナギ。ただのヤナギ」


 朗らかに差し出されたゴドウの手を、ヤナギはおそるおそる掴んだ。


「み……ミトトギですぅ……呼びにくくてすみません……」


 ミトトギには冷たい視線を向ける。

 これまでの行動から、彼女は危ない存在だということをヤナギは察知していた。


「うぅ……き、嫌われてしまいました……」

「知らない人に警戒しているだけだろ。気にするな」

「なぁ、イノ。一応聞くんだけどさ」


 ゴドウの視線は、ヤナギの服装に向いている。

 あまりに大きすぎるサイズのTシャツ。その男物の黒いシャツには、なぜか達筆な白字で『一撃必殺』の四文字が刻まれている。


「ヤナギちゃん、毎日イノの服着てるんじゃないだろうな?」

「これはじいちゃんに(もら)ったやつだ。いつもはもっと大人しい」

「……とりあえずクローゼット。ヤナギちゃんが着てる服、見せてくれ」


 結論から言えば、ゴドウの不安は的中していた。

 これまで彼女が身につけていたのは、初めに着ていた服を除けば全てが男物。その初めに着ていたものも、味気のない無機質なワンピースだ。


「イノ、お前なぁ」

「……俺に服を選ぶセンスはない。服屋に連れていこうにも、着ていく服がない」

「はぁ、困ってんならオレらに頼れよな。持ってきといて正解だったぜ」


 ゴドウは持っていたエナメルバッグを床に置く。

 バッグの中には、イノの家では絶対に見られないような女児服が大量に入っていた。


「それは?」

「妹とか姉ちゃんたちが昔着てたやつ貰ってきた。安心しろ。知り合いの妹にあげるって言ってきたからよ」

「……助かる」

「いいんだよ、これくらい……よし、サイズは多分大丈夫だな。ツキナちゃん! ヤナギちゃんの着替え手伝って!」

「ふぁ!? ひゃがっ!!」


 なぜかタンスに顔を突っ込んでいたミトトギは、奇妙な声を上げて頭をぶつけてしまう。


「ツキナちゃん!? 大丈夫!?」

「なんでタンスに顔を突っ込んでいるんだ?」

「い!? いやぁ!? あの! ふ、服! 他にヤナギさんが着れそうな服がないか探して!! 決して! 決してっ!! 決してイノくんのおうちの柔軟剤の香りとか服からかすかに香るイノくんの匂いとかを堪能していたわけではぁ!!」

「落ち着け。何を言っているのか分からない」

「イノ、そいつ危ない」

「そ、そんなぁ!?」


 涙ぐむミトトギ。少し目が血走っている彼女を落ち着かせたあと、ヤナギの着替えに派遣する。

 ふすまの向こうでヤナギが着替えている間、イノとゴドウはエナメルバッグの中身を出していた。


「いろいろ持ってきたな」

「あぁ、アオシの家にはゲームとかなさそうだからな。トランプとかウノとか、オセロもあるぞ。あとはコマにけん玉、花札なんかも持ってきた」

「悪いな、迷惑かけて」


 そう言ったイノの顔はあまりに暗く、部屋の空気にまで広がっていく。

 それをかき消すように、ゴドウは精一杯明るい笑顔を作る。


「気にすんな。困ったときには友達を頼るもんだ」

「……そういうものか」

「そういうもんだ」


 二人の沈黙に雨音が染みていく。

 少しして、ふすまの向こうから、布がすれる音とバタバタと部屋を駆けまわる音が聞こえ始めた。


「あ、あの! あのあの! ヤナギさん! に、逃げないでくださいぃ!」

「自分でできる。近づかないで」

「な、なんでこんなに……き、嫌われてるんですかぁ!?」

「自分に、聞いて」


 一切様子が見れないイノとゴドウにも、中でどんな争いが起きているのか容易に想像できた。二人の顔から思わず苦笑いがこぼれる。

 音が止み、ゆっくりとふすまが開く。


「イノ」

「あぁ、着替え終わっ……」


 黒と青を基調にしたドレス。ツインテールにされた青い髪。

 いわゆるゴスロリと呼ばれる格好に、ヤナギは見事変身していた。


「ゴドウ、なんだあの妙な服は」

「あー、姉ちゃんの趣味だな。ヤナギちゃん綺麗な青髪だし、似合うと思って」


 当のヤナギは特に恥ずかしがるわけでもなく、不思議そうな顔でフリルとスカートを揺らしている。

 くるくると回っていたヤナギは、人形のようにピタリと動きを止め、イノの方をまっすぐ見つめた。


「イノ、どう?」

「どうと言われても……ッ」


 イノの脇腹を目がけてゴドウの肘が飛んでくる。横目で見ると、『褒めろ』と言わんばかりにゴドウが(にら)みつけていた。


「に、似合っている、と思う。ただ、動きづらそうだから、普段使いには向いていない……気がする」


 合理的なイノの感想に、ゴドウは大きく溜息を吐く。

 しかし、ヤナギは顔色を変えることなく、こくりとうなずいた。


「ミトトギ、次」

「は、はいぃ!!」


 ふすまの向こうに消えていくヤナギ。

 ミトトギの抜けた返事と共に、ファッションショーは開幕した。


「次は妹のチョイスだな。スポーティー系」

「き、着てるジャージに合わせて……ポニーテールにしてみましたぁ……」


 上下ともに紺色を基調としたジャージ姿。大きめのサイズではあるものの、ヤナギは特に気にすることなく余った袖をはためかせる。


「動きやすい」


 身にまとう初めての感触に、目を輝かせるヤナギ。


「似合っている。動きやすそうだ」

「ミトトギ、次」

「わ、分かりましたぁ!」


 もはやミトトギは彼女のお世話係と化していた。

 そんな微笑ましい光景を、イノとゴドウは眺めている。


「ふりふり。さっきとは違う」

「それはワンピースって言うんだよ。ちなみに帽子はオレチョイス」


 シンプルな白いワンピースと麦わら帽子。

 夏の海がよく似合うだろう彼女を、イノはじっと見つめる。


「似合う……が、これも普段使いには」

「ミトトギ。普通の持ってきて」

「わ、私のじゃないんですけど……」


 その後もゴドウが持ってきた服を着続けたヤナギ。

 途中何着か妙な服が混ざっていたものの、結果持ってきた全ての服を貰うことになった。


「はー、満足満足!」

「んっ……」


 ゴドウが大きく伸びをしたときには、既に時刻は十五時をまわっていた。

 かなりの時間をヤナギのファッションショーにつぎ込んだものの、ゴドウの顔にもヤナギの顔にも疲れの色は見えない。

 むしろ毎回リアクションを求められたイノや、毎回着替えを手伝っていたミトトギの方が、確実に疲れていた。


「わ、私、もう当分服は……」

「あぁ、ミトトギも助かった。今度何か礼をする」

「お、お礼!? い、いや! そんな! お礼なんて……ふひ、ふひひ……」

「ほら! 二人とも立って! まだまだパーティーはこれからだぜ!」


 これがパーティーだったことを知らされた二人は、ゴドウに促され立ち上がる。


「イノ」

「あぁ、貰った服はちゃんとしまっておこう」

「ん。ゴドウ、ありがとう」

「大事に使ってくれよな!」


 ヤナギの手から服を受け取り、イノはそれらをタンスにしまいに行く。

 しかし、タンスの中は既に服で埋まっていた。


「何着か返す……いや、俺の服をどこかに移すか」


 遠くから聞こえてくる楽しそうな声に、イノの顔がほころぶ。いっそのことヤナギの服専用のタンスを用意してもいいかもしれない――


「きゃあ!?」


 そんなことを考えていたイノの耳に、ガラスが割れる音とミトトギの叫び声が飛び込んできた。


「どうした!?」


 居間に戻ったイノは、割れたガラス戸と頭を抱えてうずくまるヤナギを目にする。

 部屋には無数の花札が散らばっていた。


「何が起きた?」

「お、オレにも何がなんだか……ただ、花札を見た途端にヤナギちゃんが……」


 イノはうずくまるヤナギに駆け寄るが、彼女は全てを遮断するように、頭を抱えて震えている。


「ヤナギ、落ち着け。大丈夫だ」


 ヤナギの背中をさすると、その震えがイノにまで伝わってきた。


「大丈夫、ここにはヤナギを傷つける人はいない。だいじょう――」


 何に怯えているのか、分からないまま彼女の背中をさすり続けていると、散らばった花札の一つと目が合う。

 ヤナギを慰める手が止まる。ゆっくりと彼女の青い髪を分けると、白いうなじが露わになった。


「アオシ?」

「これを」


 イノが指したのは、彼女のうなじにあった妙なあざ。

『傘を持った人間』にも見える、あまりに意図的なあざだ。


「あ、あの、あのあの……これ、って……」

「あぁ。どこかで見たことあるような気はしていたが、今まで忘れていた」

「なんだよこれ……どういうことだよ!」


 イノが床から拾い上げた一枚の花札。

 柳の下に、赤い着物を着た人物が、黒い傘を持って立っている。

 ヤナギのあざによく似た絵柄が、その花札に描かれていた。

読了、ありがとうございました。

またよろしくお願いします。

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