第四話
四話目です。よろしくお願いします。
これは流石に隠し通せない。そう観念したイノは、ヤナギを含めた三人を校舎の裏へと連れ出すと、これまでの経緯を話し始めた。
「彼女はヤナギ。家も家族もないみたいで、昨日拾った」
「拾ったぁ!?」
短いながら、ありのままの情報。
下手に誤魔化して疑われるより、正直に話した方がいい。イノはそう判断したのだ。
「拾ったってお前、犬とか猫じゃねぇんだぞ! 警察とかには……」
「イノ。警察、だめ」
「……こう言われるんだ。だからじいちゃんが帰ってくるまで待とうと思って」
イノの後ろに隠れるヤナギは、学生服の裾を掴んで離さない。完全に怯える子どものそれだ。
その様子を見て、ゴドウは呆れたように頭をかく。
「まぁ、よく分かんねぇけど分かったよ。とりあえず嘘は吐いてないみたいだし、アオシの隠し子かとも思ったけど」
「か!? かかかかかっかかこここここここここ」
『隠し子』。その言葉を聞いた途端、ミトトギは壊れたラジオのような音を出しながら、白目を剥いて倒れる。
「ツキナちゃん!? ツキナちゃーん!!」
「イノ、あの人倒れた」
「はぁ……俺の子どもなわけないだろうが。よく見ろ、全然似てない」
「確かにイノくんの言う通りイノくんとそちらのお嬢さんではお顔を構成している要素が違いますねたとえばこちらのお嬢さんの目は丸みを帯びていますがイノくんの目はまるで新品のナイフのように鋭くもちろんナイフと言っても他者を傷つけるようなものではなくその奥には優しい光があることを私はきちんと気づいています気づいていますともなので私はイノくんの目がそのなんというかええっとあのその……」
「うわぁ!? 急に起き上がった!?」
食い入るように見つめてくるミトトギから、ヤナギは目を逸らす。
彼女の服を握る力が、少し強くなる。
「イノ、あの人、少し怖い」
「悪い奴じゃないんだ。その、少し引っ込み思案なだけで」
ヤナギは幼いながら、これが『引っ込み思案』で済ましていいものではないことを感じていた。
「それで? どうすんだよ、その子。流石に授業には連れてけないだろ」
リアクション続きで疲れたゴドウは、話を戻そうとイノに声をかける。
「あぁ。一人で帰らせるわけにもいかないし、俺が連れて帰るよ」
「わたし、道分からない」
学校から彼の家まではそう遠くない。
流石に授業には遅れるだろうが、三十分もかからず戻ってくることができるだろう。
そう考え、イノが彼女を連れていこうとしたとき、ミトトギの手がおずおずと上がった。
「どうした、ミトトギ」
「す、すみません……でも、その、一つ気になって……」
「いいよ、ツキナちゃん。なんかあるなら遠慮せず言いなよ」
「え、えっと……じゃあ、や、ヤナギさん? ヤナギさんは、イノくんの家からここまでの道が分からない……ですよね?」
自信なさげに喋るミトトギ。ヤナギはイノの後ろに隠れながら、その言葉にうなずいた。
「そ、それなら……ヤナギさんは、どうやってここに来たんでしょうか……」
その言葉に、数テンポ遅れてイノとゴドウが反応する。
「た、確かに!」
「ヤナギ、お前どうやってここまで来たんだ?」
不思議そうにイノを見上げるヤナギ。
彼女は何事もないように、その質問に答える。
「送ってもらった」
「送って……誰に?」
「クロガネジン」
「くろがね人?」
「クロガネッ! ジンだッ!!」
唐突な大声に振り返ると、塀の上に坊主頭の男が立っていた。腕を組み、無駄に堂々とした態度で。
「俺サマの名前はクロガネ ジン! 楊ノ下高校の『鉄人』とは俺サマのことだ! 忘れたとは言わせねぇぜ! なぁイノ アオシ!」
曇りとはいえ、夏が近いこの季節に改造した学ランをはためかせ、耳にはいくつものピアスをつけている。
その男を、一目見れば忘れないであろう男を、イノは――
「すまん。覚えていない」
「なにぃ!?」
――完全に忘れていた。
「あー、オレ知ってる。一番イノに突っかかって、一番ボコボコにされてる奴だ」
ゴドウが指さすと、イノもようやく思い出したようにその不良を見上げた。
「その覚えられ方は癪だ……だが! 今は抑えてやる! イノ アオシ! 面ぁ貸してもらおうか!」
不良――クロガネがそう言い放つと、彼の仲間が塀を乗り越えて現れる。
改造された学ラン、時代遅れのリーゼント、漫画の中から飛び出してきたようなモヒカン……およそ十人はいるだろう不良の集団は、すぐにイノたちを取り囲んだ。
「イノ。送ってくれたの、あの人」
「そいつが『イノ』を探してるって言うからよぉ! 案内してやったぜ!」
「そうか、ありがとう」
素直にお礼を言ったイノに怯んだものの、すぐに余裕の笑みに戻ったクロガネ。
「……ハッ、誤魔化しても無駄だ。俺サマは知ってるんだぜ?」
「何を?」
彼は自信満々にヤナギを指さすと、高らかに叫んだ。
「そいつがテメェの隠し子だってことをだよぉ!」
瞬間、静まり返るイノたち。先ほどしていたやり取りが彼らの中でフラッシュバックする。
「テメェに子どもがいたのには驚いたが、こっちにしてみりゃ好都合だ! テメェは自分の子どもの前で人殴れんのかよぉ?」
「待て、なぜそうなる」
「あ?」
完全にヤナギをイノの子どもだと本気で勘違いしている不良たち。
イノは頭を抱えて溜息を吐いた。
「……いや、なんでもない」
「あぁ? 言いてぇことあんならハッキリ言えや!」
「多分納得しないし、理解しないから言うだけ無駄だ」
説明を諦めたイノ。
横で笑いを堪えきれていないゴドウの目は、あながち節穴でもないのかもしれない。彼はそう思った。
「チッ……あくまで余裕なフリか。気に入らねぇ」
「ジンさん、やっぱりあの子ども人質にした方がよかったんじゃないすか?」
「……なに?」
「だから、あの子ども人質にしてイノを呼び出すんですよ。そしたらこんなまわりくどいことしなくても……」
「こんの……大バカ野郎がぁああ!!」
突如横にいた仲間の一人に、クロガネが拳を見舞った。
男の身体が宙を舞う。
周りの不良も、イノたちも、殴られた本人さえ、一瞬何が起こったか分かっていない。
「俺サマの名前はなんだ! 言ってみろ!」
「く、クロガネ、ジンさんです……」
殴られた不良は、律儀に答える。
クロガネは力強くうなずき、そして拳を曇天に突き上げた。
「そうだ! クロガネ ジンの『ジン』は『仁義』の『仁』!女子供には手を出さねぇ! それが俺の仁義だ覚えとけ!!」
高らかに宣言した彼を、イノたち四人が見つめている。
「イノくん一人に、こ、これだけ、大勢で押しかけておいて……卑怯なのか、潔いのか……」
「オレはああいう奴嫌いじゃないぜ。スカッとしてて」
「なんでもいい。来るなら来い」
「ハッ! 後悔すんじゃねぇぞ!!」
クロガネの合図で、一斉にイノへ襲い掛かる不良たち。
イノは右の拳を作り、それに応じる。
「血ぃ見せてやるぜぇぇぇえええ!!」
「――ッ!!」
「ふぐぇ!?」
不良目がけて振りぬかれた右ストレート。
およそ人を殴ったときとは思えない、鈍く生々しい轟音が辺りに響いた。
それを正面からくらった不良は、スーパーボールのように地面を跳ねていく。
「嘘、だろ……」
辺りに訪れる静寂。思わず不良たちの足が止まる。
「おーいアオシー、ヤナギちゃんいるんだからあんまりグロいとこ見せんなよー」
「そ、そうだそうだ!」
「テメェそれでも人の親か!」
なぜか浴びせられるバッシングに困惑するイノ。
自分の拳を見つめ、少しの間考えを巡らせる。
「テメェら! 相手は一人だ! ビビんなよ!」
「はぁ……面倒だ」
イノの力を見ても懲りずに向かってくる不良たち。
彼は、今度は拳を開いてそれを迎え撃つ。
「すごい……」
ヤナギが思わず感嘆の声を上げるほど、状況は一方的だった。
向かってくる不良を引っ掴み、顔面に平手を数発入れ、動かなくなったら別の不良を捕まえる。
ケンカと言うより、もはや漁に近くなってきたそれは、確かに注文通りグロくはなかった。
「な、すげぇ強いだろ? アオシは」
「……ん」
ゴドウがヤナギに笑いかけるが、彼女は控えめにうなずいたただけで、彼のことを見ようとしない。
「部外者のオレが何言ってんだって話だけどな、よーく見ておきなよ。自分が頼ろうとしてるのがどんな男なのか」
笑顔を崩さないゴドウを、ヤナギは不思議そうに見上げる。
そしてまた、視線をイノの方に戻した。
「うわ、こっち来やがった」
「こいつは女子供じゃねぇからいいよなぁ!!」
イノからあぶれた二人の不良が、ゴドウへと狙いを定め向かってくる。
「ヤナギちゃん、ちょっと下がっててね」
「もらったぁ!」
飛びかかってくる二人の身体を、ゴドウは軽やかなステップで彼らをかわす。
「よっ、と!」
そしてそのままの勢いで、不良の一人に蹴りを入れた。
不良は脇腹を押さえたままゆっくりと倒れる。
「一発か。情けねぇ奴」
「き、聞いてねぇぞ……バケモノじみてんのはイノ アオシだけじゃねぇのかよ! なんでそんな強ぇんだ!?」
「なんでって、アオシ見てたら分かんだろ。戦い方みたいな?」
「ば、バケモノ……」
その言葉を残し、残りの一人も校舎の壁に叩きつけられた。
イノの戦いにゴドウが参戦し、ますます混沌としていく校舎裏。
ヤナギは特に何もせず見ているだけだったが、それでも彼女がその渦中にいるのは間違いない。
「ケ……ケケ……」
そんな彼女の背後から、怪しい影がゆっくりと近づいてくる。
「ジンさんはあんなこと言ってたが、このガキを人質に取っちまえば……っ!?」
不良の耳元で妙な音が鳴り、直後彼の背筋に凍り付くような悪寒が走った。
「な、なんだ? 一体何が……」
不良の肩に手が置かれる。
金属が擦れ合うような音と、女の声。
あまりに小さいその声は、金属音と混ざり、不良の耳から脳の奥へと這いずっていく。
開く。閉じる。開く。閉じる。開く。閉じる。
それは、虫のように、鼓膜へ、血管へ、神経へ、細胞へ。
金属音が止まない。声が止まない。
開く。閉じる。
「ツキナちゃん! 大丈夫?」
「ゴ、ゴドウくん……はい、だ、大丈夫……です……」
「あれ、ツキナちゃんたちの方に誰かいた気がするんだけど」
「あ、あの……さ、さっき逃げ、逃げていきました。あっちの方に……」
「ならいいんだけど。ツキナちゃん、なんでハサミ持ってんの?」
「え、えっと……護身用です」
逃げる最中、不良は一度だけ振り返った。
ミトトギは持っていたハサミを開き、閉じた。
「まぁ、いっか。そろそろ終わりそうだな」
「そ、そうみたいですね……」
「ん」
三人の視線の先には、不良の元締めであるクロガネ ジンの襟首を掴み、往復ビンタをくらわすイノの姿があった。
「こ、このやろう……」
「もう終わりだ。大人しく仲間と一緒に帰れ」
イノの言う通り、校舎裏には奇抜な格好の不良たちが倒れている。
そして、掴まれたクロガネを含めたほぼ全ての不良が、この世のものとは思えないほど顔を腫らしていた。
「ひ、人の顔って……あ、あんなに、腫れるんですね……」
「流石は『鬼神』サマ……って、ヤナギちゃん!?」
「ヤナギ?」
イノのもとに駆けだすヤナギ。
それを見て、イノはクロガネを掴んでいた手を離し、彼女の方へと向き直った。
「どうした、ヤナギ」
「んっ」
ヤナギはイノを手で押しのけるような仕草をする。
彼がそれに従うと、彼女は地面に仰向けに倒れているクロガネへと近づいていった。
「……あんだよ、なに見てんだよ」
「連れてきてくれて、ありがとう」
「あぁ?」
「イノのところ、連れてきてくれてありがとう」
ヤナギから送られた突然の感謝の言葉に、イノもクロガネも呆気に取られる。
クロガネは視界が明るくなっていくのを感じた。
気づけば頭上に広がる雲は少し薄くなり、太陽の温かい光が透けて見える。
「……ハッ、ちゃんと父親してんじゃねぇか」
「いや、だから父親じゃ――」
「俺サマの負けだ! 今日のとこは認めてやる」
どこか満足そうに笑ったクロガネは、ゆっくりと立ち上がると不良たちを引き連れて去っていった。
「なんだったんだ、あいつら」
「おかしな奴らに目をつけられたな、アオシ」
「まったくだ」
ぞろぞろと帰っていく不良を見送るイノ。そんな彼の服をヤナギが引っ張っていた。
「どうした」
膝をついて彼女に視線を合わせる。
彼女の瞳は忙しなく揺れ、やがて何かを決心したように、イノへと焦点を定めた。
「イノにも、あるの?」
不安を振り払うように、ヤナギは疑問を口にする。
彼女の瞳の金色が、その輝きを一層強めた。
「イノにも、力があるの? だから、わたしを助けてくれたの?」
「力?」
「……なんでもない」
そう言ったヤナギの顔には、まるで崖から突き落とされたような、絶望にも似た表情が浮かんでいた。
「ヤナギ、『力』ってなんの――」
「お前ら! そこで何してる!」
イノの言葉を遮り、男の怒鳴り声が飛び込んでくる。
ヤナギを背中に隠すイノ。声のした方向からは教師が走ってくるのが見えた。
「やべっ! ツキナちゃん! ヤナギちゃん連れて逃げて!」
「わ、分かりましたぁ! ヤナギさん!」
「……ん」
「アオシ! オレらは時間稼ぐぞ!」
「あ、あぁ……」
不良との争いに気づいた教師に、言い訳をするために残るイノとゴドウ。
小さくなっていく背中を見つめながら、ヤナギはミトトギに連れられ、校舎裏から逃げていく。
先ほどまでの薄曇りは、再びやってきた分厚い雲にかき消されていた。
読了、ありがとうございました。
またよろしくお願いします。




