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第二話

二話目です。よろしくお願いします。

 一日の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 誰かに引き止められることもなく、イノは早々に学校を出た。

 空を見上げるイノ。暗雲が頭上を覆っている。


「雨、降りそうだな」


 帰りを急ぐ彼を追いかけるように、雨はすぐに降り始めた。

 傘を持っていない彼は、カバンを傘代わりに雨の中を走るしかない。


「これ以上降らないといいが……」


 彼の希望に反し、雨はその強さを増していく。

 雨粒がアスファルトに当たる音をうるさく感じたときには、既にカバンでは防げない程の大雨になっていた。

 たまらず近くの店先に飛び込む。


「はぁ……」


 何年も前に閉まったであろうクリーニング屋の屋根は、頼りなくとも雨を避けるには十分である。


「これは相当降るな……?」

 家に干していた洗濯物のことを考えながら、何気なく視線を落としてみると、小さな少女と目が合った。


「え?」


 一人の幼い少女がイノを見上げている。

 頭の先から足の先までずぶ濡れの少女。病人のように白い肌。無機質で簡素なワンピースは泥で汚れ、そこからやせ細った手足が顔を覗かせている。

 小学校低学年ほどの少女がみすぼらしい格好で立っているのもそうだが、何よりもイノの目を引いたのは彼女の容姿だ。

 肩に届きそうな長さの髪は、まるで海のように青く、瞳は金色に輝いていた。


(子ども? 迷子……いや、傘も持ってないし靴も履いてない)


 黙ったまま少女を見つめるイノ。見つめられた少女は、顔を背け、視線を雨の中に戻した。


「なぁ。大丈夫、か?」


 口をついて出た言葉。

 怖がらせないよう、最大限の注意を払いながら話しかける。

 しかし少女は何も答えず、じっと雨を見つめているだけ。


「傘、ないのか?」


 再び質問を投げかけられた少女は、ちらりと横目で彼を見ると、今度は控えめにうなずく。


「分かった。待ってろ」


『待ってろ』。その短い言葉だけを残し、イノは豪雨の中へと走りだした。


「行っちゃった……」


 見えなくなっていく彼の背中を、少女はただ見ることしかできない。

 少女はうずくまり、小さな手で足をさする。走り続けの彼女の足は、とっくに限界を迎えていた。


「……寒い」


 雨が彼女の体温と同時に、気力まで奪っていく。

 立ち上がって人に助けを求めることすら、彼女には不可能に思えた。


(もう、誰も……)


 目を閉じる。

 彼女の世界には、見慣れた暗闇が広がっている。


(いっそ、このまま……)

「待たせた」


 暗闇が消える。

 雨の中には、先ほど走りだしていったイノが立っていた。

 そして、その手にはビニール傘が握られている。


「これを使え」

「え?」


 少女に差し出されたビニール傘は、どこのコンビニでも売られているような安物で、風が吹けばすぐに折れてしまいそうな弱さがあった。


「こんなものでも、ないよりマシだ……と思う」


 少女はおそるおそる、プラスチック製の()を握る。

 そこにはまだ、ほのかな温かさが残っていた。


「今はまだ雨が強い。少し待ってから帰った方がいい」

「――ない」

「え?」

「家、ない」


 少女の声は弱々しく、震えている。


「家がない……両親は? お父さんとお母さんは?」

「いない」


 イノは初め、彼女を家出したか虐待されている子どもだと考えていた。

 しかし、少女の表情が、言葉が、そうではないと訴えている。


「家、ない。親も、いない。みんなみんな、いなくなった。みんなみんな……」


 うつむく少女は、傘の中でも雨に濡れている。

 彼はそんな少女の前にひざまずき、傘を持つ手を優しく握った。


「なら、俺と来るか?」

「……え?」


 考えての言葉ではない。

 記憶の中にあるいつかの涙。誰にも見られないよう封じ込めたはずのそれが、彼の口から言葉を引き出した。


「なん、で? なんで、わたしに……」

「上手く言えない。けど、今ここで見ないフリをしたら、俺は俺を嫌いになってしまう、気がする」


 イノの温度が、傘を握る手を通して少女に伝わっていく。

 雨に促されるように、少女の目から涙が(あふ)れる。


「行こうか」

「……ん」


 安物のビニール傘は、二人で使うには少し小さかった。

読了、ありがとうございました。

またよろしくお願いします。

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