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第一話

一話目です。よろしくお願いします。

「俺サマの名はクロガネ ジン! 泣く子も黙る楊ノ下(やんのか)高校の番長、『鉄人(てつじん)』クロガネとは俺サマのことだ! ここで会ったが百年目! 今日こそ――」

「うるさい」


 ()りこみを入れた坊主頭といくつものピアス、夏が近いにもかかわらず、気合の入った学ラン姿。

 およそ普通の高校生からかけ離れた風体の男が、拳一発で宙を舞った。


「くっ……さ、流石は『鬼神(きしん)』と呼ばれた男……ぐはっ」

「はぁ……朝からよくやる」


『鉄人』を名乗る生徒を一撃で倒した少年は、(あき)れたように頭をかく。

 彼の名前はイノ アオシ。田舎でも都会でもない場所に位置する高校に通う、ごく普通の高校一年生。


「へへっ、のこのこ現れやがった」

「よぉ、イノ アオシ! 今日という今日は――」

「どけ」

「ふげぇ!?」

「ほごっ!?」


 ケンカが異常に強いだけの、ごくごく普通の高校一年生である。


「身長は百と八十センチ、だが体格は決して大柄ではなく、針金のような黒髪と相手を射殺すようなその瞳……私のデータによると、どうやら貴方(あなた)があの『鬼神』……」


 坊主頭の不良を一撃で倒し、二人組の不良を瞬殺したイノの前に、さらに四人の男たちが現れる。


「おーい、アオシー」


 その四人組の不良の群れに混ざり、彼へ声をかける少年が一人。


「……ゴドウか」

「おはよう、邪魔だったか?」

「待ってろ。すぐに片づける」


 目の前で何気ない朝の会話を繰り広げられ、不良は少したじろいだものの、すぐに体勢を立て直した。


「ふふふ……すぐに片がつくとお思いですか? 見てください! 四対一です! 私の完璧なデータによれば、貴方が敗北する確率は――」


 次に不良たちが見たのは、イノの履いている少し汚れた靴底だった。


「終わった。行くぞ」

「相変わらずお強いことで。流石は『鬼神』サマ」

「やめろ」

「悪い悪い」


 茶色がかった髪の毛を手でいじりながら、人当たりのよい笑顔を浮かべる少年。

 彼の名前はゴドウ タケル。イノと同じ高校に通う生徒である。


「で? 今日は何人KOしてきたんだ? チャンピオン?」

「俺はボクサーじゃない」

「んなもん分かってるよ! 今日も不良どもに絡まれたんだろ? さっきみたく」

「あぁ。家を出て一人、公園の前で二人……あと、さっき四人か」

「アオシも大変だなぁ」


 春先の少し暖かい陽気、友人と並んで歩く通学路、アスファルトに倒れる不良たち。


「もう慣れた」


 その全てが、イノにとっての日常である。


「おうおうおう! イノ アオシ! テメェ面貸せやゴラァ!!」

「三対一だからってビビってんのかぁ!?」

「『鬼神』サマも大したことねぇなぁ!」

「んー、どうやら今日のチャンピオンの戦績は、二桁になりそうだな」

「だから、俺はチャンピオンじゃない」


 そう言うイノの声には、少しの疲れが出ていた。

 それでも、彼の動きには一切の疲れも見えない。

 一人は腹部に強烈な右ストレートをくらい、一人は側頭部にハイキックを打ち込まれ、一人はその惨状に腰を抜かす。


「今日も遅刻せずに学校には着けそうだな……ん?」


 まるで公園のハトを見るように、イノの戦いを眺めていたゴドウ。

 彼が何者かの視線に気づき振り返ると、少し離れた電柱からこちらを覗く人影が見えた。


「イノくん……」

「あ、やっぱツキナちゃんだ。おはよー」

「ひゃ!? ご、ごごごゴドウくん! お、おはようございます……」


 ゴドウから目を逸らし、ボブカットを(せわ)しなく揺らしながら、落ち着かないように顔の前で指を交差させる少女。

 明らかな挙動不審。まるで子猫のように(おび)える少女だったが、彼女――ミトトギ ツキナの場合はこれが通常なのだ。


「アオシは今取り込み中だから、終わったら三人で学校行こうぜ!」

「は、はい……もちろんです。朝から大変ですね、イノくん……」

「まぁ、ほぼ毎日あんな感じだからなぁ。知ってる? 今日のアオシはもう十回も絡まれてるんだぜ?」

「そ、そうなんです、ね。知りませんでした。すごいです……」


 嘘である。

 彼女は今朝、イノが自宅を出たところから、イノのことを見ている。

 今朝だけではない。昨日の朝も、その前の朝も、また下校中も、彼女はイノを見ている。

 話しかけはしない。ただじっと、彼を後ろから見つめているだけ。

 それが、ミトトギの日常である。


「待たせた」

「思ったより早かったよ」


 息一つ切らすことなく、イノが帰ってきた。

 当然のごとく、不良たちはアスファルトの道路に突っ伏したまま動きを止めている。


「お! おは、おはようございます……イノくん……」

「あぁ」

「挨拶が『あぁ』って、お前ら熟年夫婦か!」

「じゅ!? わ、わわわわわ、はっ、でゅふ、が」

「ゴドウ、俺とミトトギは夫婦じゃない」

「いや、そんなこと知ってんだけど……あー、そうだな。俺が悪かった!」

「おかしな奴だ」

「ふ、ふう、ふうふ……ふゆへへ……」


 中学時代、高校生の不良を数名倒したことで『鬼神』という妙なあだ名をつけられてから、イノの周りにまともな人間はいない。

 だからこそ、彼にとって、この二人といる時間は特別なものなのだ。

 通学路から教室までの、短いながらも安息のひととき。

 しかし、他でもないイノ自身が、それに疑問を抱いていた。


「そうだ。アオシ! ツキナちゃん! 近くに和菓子のカフェができたらしいんだけど、学校終わりに三人で行かね?」


 教室の前でゴドウが二人を遊びに誘う。

 始業が迫り、人が忙しなく移動する廊下でも、彼の明るい声はハッキリと聞こえた。


「わ、私、い、行きたい、です。その! イノくん……お、お二人のご迷惑、でなければ……」

「よし決まり! アオシは? 和菓子好きだろ?」


 曇り一つない瞳と遠慮がちな瞳が、正面からイノを見つめる。

 今日も彼は、それを正面から見つめ返すことができなかった。


「……悪い、今日は」


 ほんの一瞬、ゴドウの顔が曇る。しかし、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「そっか。じゃあまた今度だな!」

「あぁ」


 声のトーンを変えることなく、ゴドウはイノとは違う教室へ消えていく。

 ミトトギは、少しだけ悲しそうな表情を浮かべたあと、ゴドウと同じ教室へ入っていった。


「……俺は」


 二人を見送り、イノも自分の教室に足を踏み入れる。

 楽しげに友人たちと話すクラスメイトを見ないように、イノは自分の席に着く。


(俺は、これでいいのだろうか)


 それでも、自分の思考から目を逸らすことはできない。

 笑い声がこだまする教室の中。物言わぬ机が、イノの視界に映る全てだった。

読了、ありがとうございました。

またよろしくお願いします。

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