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第十七話

十七話目です。よろしくお願いします。

「クソ、やあっと倒れたな! もう立つんじゃねぇぞ!」


 紺繰港第三倉庫にて。

 藤のカス札二人と戦っていたクロガネたちは、やっと一息吐くことができた。


「やりましたねジンさん!」

「楊ノ下の実力、思い知ったか!!」


 雨粒が屋根に当たる音を聞きながら、クロガネは高々と両腕を掲げる。


「見たか!! 俺サマの勝ち……ん?」

「ジンさん? どうかしましたか?」

「ちょっと黙ってろ」


 違和感に気づき、クロガネは地面に耳を当てた。

 冷気を帯びたコンクリートから、かすかな震動が伝わってくる。

 それは次第に大きく、やがて倉庫中を揺らすほどにまで強い揺れとなった。


「な、なんだぁ!?」

「地震か!?」

「テメェら! 倉庫から出ろ!!」


 クロガネの指示に従い、倉庫の外へと逃げ出す不良軍団。

 震動の正体は、床を突き破り、その正体を現す。


「ひ、人ぉ!?」

「ジンさん! 大丈夫ですか!!」

「……テメェら、今すぐこっから離れろ」

「な、何を言ってるんですか!」


 泥と血にまみれた白衣が、風ではためく。

 クロガネの中で危険信号が鳴り響いている。しかし、彼はその姿から目を離せなかった。


「いいから早く逃げろつってんだよ!! こっからなるべく遠く!!」

「で、でも……」

「テメェら死にてぇのか!!」


 クロガネの形相に、取り巻きの不良たちもたじろぐ。

 すると、汚れた白衣の男がゆっくりと動き始めた。


「に、逃げるぞ!」

「でも!」

「バカ! 俺らじゃジンさんの足手まといになるだけだろうが!」


 背後で無数のエンジン音が遠ざかっていく。

 それを聞きながら、クロガネは少し安堵していた。


「さぁ、これで俺サマとテメェだけだ。どっからでも――」


 構えを取る彼の前に、何かが放り投げられる。


「イ、イノ アオシ……」


 それは血にまみれ、死体と見間違えそうになるほどボロボロな男、イノだった。

 地下の研究施設から地上まで押し上げられてきた彼は、全身に傷を負い、浅い呼吸を繰り返している。


「テメェ! なにボコられてやがる!! テメェを倒すのはこの俺サマだって言ったこと、もう忘れたのか!! アァ!?」

「……く、ろがね?」


 かろうじて薄目を開けるイノ。その目は焦点が合っていない。


「ハッ、『鬼神』サマが聞いて呆れるぜ。なんなんだよこの状況は!」

「だいじょうぶ、だ。おれはまだ……」

「どこが大丈夫なんだよ!! ボケ!!」


 辺りに壊れた機械のような笑い声が響く。

 クロガネが音のした方向を確認すると、白衣の男がこちらにゆっくり迫ってきていた。


「どうしたイノ アオシ! キミの力はそんなものか!?」

「なんなんだアイツ……」

「まだ……まだ、やれる」

「うっせぇ! 黙ってろ!」


 息も絶え絶えなイノ。目前に迫る男。

 もはやクロガネに選択肢は残されていなかった。


「ハッ、なにビビってやがる……俺サマは楊ノ下高校番長、『鉄人』のクロガネ ジンだ……道が一つしかねぇなら、腹ぁくくって飛び込むしかねぇ……そうだったよな、先輩」


 震えを押し殺して踏み出した一歩。

 その足をイノが掴む。


「やめ……にげろ……」

「死にかけのテメェが何言ってやがる!」


 羽織っていた学ランを脱ぎ捨て、イノの足を振りほどく。


「いいか? 俺サマは逃げねぇ! 誰にどんだけ負けようと、売られたケンカから逃げるような真似だけは絶対にしちゃならねぇ!!」


 その目はまっすぐ、敵だけを見ていた。


「それが、ウチで頭張るってことなんだよ」


 クロガネは両手を広げ、威嚇(いかく)するように立ちはだかる。


「んんん? なんだいキミは?」

「俺サマの名はクロガネ ジン! 泣く子も黙る楊ノ下高校の番長、『鉄人』クロガネとは俺サマのことだ! かかってこいや真っ白野郎!!」

「くろ……」


 歯を食いしばり地面を押しても、血が(したた)り落ちるだけで、イノの身体は一向に起き上がらない。

 今は重力さえもイノの敵だった。


(立て! 早く立て! 早く!!)


 充血した左目と満月の右目がクロガネに照準を合わせる。


「キミじゃボクは止められない! 自分でも分かってるだろう!? だからキミは仲間を逃がした違うかい!?」

「うるせぇ!! それとこれとは話が違ぇんだよボケが!!」


 自らを(ふる)い立たせ、走りだすクロガネ。迎え撃つべく、ノトは白衣を(ひるがえ)らせた。

 激突する寸前、二人の間に赤い天使の息吹(いぶき)が紛れ込んだ。


「チャラ男!?」

「ゴドウ!」


 地下から飛び出してきた赤いバイクは、白衣に狙いを定めて一直線に走ってくる。


「ツキナちゃん!」

「っ!」


 ヤナギを抱えバイクから飛び降りるミトトギ。

 彼女はほとんど転がり落ちるような体勢で、なんとか受け身を取った。


「ミトトギ!」

「大丈夫……です!」


 二人を下ろしたバイクはさらにスピードを上げる。


「姉ちゃんごめん!!」


 ゴドウは限界までスピードを上げたバイクを乗り捨て、ノトを目がけてぶつけた。

 バイクからの出火により、ノトの身体は爆発と共に炎に包まれた。


「アオシ! クロガネ! 大丈夫か!」

「あれは『血塗れ女神スカーレットオブメイデン』が得意とした『堕天の一撃(エンジェルストライク)』! 流石は姉弟だぜ……」

「うるせぇ!! 今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」


 怒鳴るゴドウの向こうから、ヤナギを連れたミトトギがイノのもとへ駆けてくる。


「イノくん! 大丈夫ですか!?」

「ミトトギ。お前、血が」

「大丈夫です! 見た目こんなですがまだ動けます!」


 制服のあちこちに穴が空き、血を流しているものの、顔にはイノへの心配の色しか表れていない。


「とりあえずこれで少しくらい……」

「やれやれ、やってくれるね」


 炎の中から声がする。

 中にいるノトが白衣をはためかせると、周囲の炎は一瞬にしてかき消えた。

 その身体には火傷一つ残っていない。


「クソが……アイツまだピンピンしてやがるぜ」

「立てるかアオシ」

「あぁ……」


 ゴドウの手に掴まり半身を起こすイノ。しかし、今もなおイノの視界はかすんでいた。

 全身が泥のように重く、腕や足に力が入らない。


「イノ」


 未だ自由に動かない手を睨み、歯噛みするイノにヤナギが語りかける。

 彼女の手には、しっかりとビニール傘が握られていた。


「わたしも、戦う。戦える」


 傷だらけの手に、小さな手が重なる。

 ヤナギの手からイノの手へと、同じ温度を共有していく。


「……あぁ、一緒に戦おう」

「うん!」


 イノは再び立ち上がる。ヤナギと共に、目の前の敵を見つめるために。


「本当に、今日はいい日だ」


 立ちはだかるのは、ヤナギの中に君臨し続ける恐怖の象徴。

 恐ろしい。しかし、その感情に支配されることはない。


「おいで、ヤナギ。キミにとっての『挑戦』になれるなら、研究者として本望だ」

「みんな。わたしの後ろに」


 四人の先頭に立ったヤナギは、持っていた傘を静かに相手に向ける。


「ヤナギさん!」

「大丈夫だ。ヤナギを信じろ」


 目を閉じ、深く呼吸をする。


(今すぐにはできない。けど、わたしは好きになってみせる。わたしを。イノが信じてくれたこの力を。だからお願い……応えて!)


 アスファルトの道路を、倉庫の屋根を、雨粒が叩く。

 断続的な音は、やがて途切れることない銃声へと変わっていく。

 その音は、すぐに辺り一帯を埋め尽くした。


「雨がどんどん強く!」

「見ろ! ヤナギちゃんが!」


 ヤナギの青い髪が、光を反射した川のようにきらめきだす。開かれた瞳は黄金色に輝いていた。

 その光景を、白衣の男は両手を広げて受け入れている。


「さぁ! キミの力を見せてくれ!」


 天に向かって透明な傘を突き上げ、そして叫んだ。


「『雨よ』ッ!!」


 彼女の声に、空が応えた。

 幾重にも重なり、ピンポン玉サイズにまで膨れ上がった雨粒が、人の目では捉えきれない程加速する。

 そして、倉庫の屋根を突き破り、ノトの周囲にだけ降り注いだ。

 まさに災害。

 轟音が止み、文字通り半壊した倉庫を前に、クロガネがつぶやく。


「……マジかよ」


 ヤナギはその場にへたり込み、肩を上下に揺らしながら呼吸を繰り返す。

 額に大量の汗を浮かべながら、目の前で起こった惨状を見つめている。


「ヤナギ」

「イ、イノ……わたし――」


 イノはヤナギの頭に手を置く。彼女の頭に立ち込める暗雲を振り払うように。


「すごいぞ。よくやった」

「……ん」

「は……はは……」


 かすれた笑い声。イノたちがその方向を見ると、瓦礫の下からの手が這い出るのが見えた。


「あの野郎、あれでも止まらねぇのかよ!」


 何かに引っ張られるように暴れる腕は、もはや彼の意志で動いていない。

 彼の笑い声すら、彼のものではないようだった。


「違う。止まらないんじゃない。止まれないんだ」


 イノの言葉にヤナギもうなずく。


「終わらせる」

「あぁ、終わらせよう」


 全員が構えるのと同時に、ノトが完全に瓦礫から這い出る。

 その身体は、関節がいくつもねじ曲がっており、すぐには動けないようだった。


「弱点は身体の中にある花札だ。目印は身体に浮かぶ札の文様。その真下に埋まってるはず」

「文様って言われても、あのバケモンの身体にはそんなもん見えねぇぞ!」

「多分、目だ。アイツ、オレたちの目の前で頭を撃ちぬいてから急に強くなった」

「あいつがどんな力を持っているのか、まだ確信が持てない。ヤナギ」

「ん。わたしが隙を作る」


 四人が作戦を立てている間、ミトトギだけが地面を見つめ黙っている。

 彼女は決して口にはしなかったが、誰の目から見ても倒れないだけで精一杯、満身創痍(まんしんそうい)の状態だった。


「……ヤナギが周りを吹き飛ばしても、おそらく俺の拳じゃ花札まで届かない。ミトトギ」


 イノの言葉にさえ、ミトトギは反応しない。

 ゆらゆらと頼りなげに揺れる身体からは、大量の血が流れ落ちている。


「ミトトギ」

「……イノ、くん?」


 そんな彼女の両肩を、力強く握ったイノ。

 今度は彼が、ミトトギを正面からを見つめる。


「俺にはお前が必要だ。頼む、力を貸してくれ」

「はいっ!! 喜んでっ!!」

「うおっ!? 急に元気になった!?」


 ミトトギは満面の笑みでうなずくと、ケガなどしていないかのように、軽やかな足取りで先頭へと向かう。


「俺にはお前が必要だ俺にはお前が必要だ……ふひっ……ふひへへへへ……俺にはお前が必要だ俺にはお前が俺にはお前が必要だ……」

「……大丈夫か、あの姉ちゃん。なんかブツブツ言ってんぞ?」

「ミトトギ、顔溶けてる」

「ゴドウ、俺はなにか良くないことしたか?」

「あー……ちょーっとツキナちゃんには刺激が強すぎたかもな」


 一瞬訪れた緩やかな時間。

 しかし、五人の意識はすぐに戦場へ引き戻される。


「ボクはあああああぼくああああああああああッ!!」


 言葉をかなぐり捨てたノトの絶叫が、倉庫中に反響していく。


「ヤナギ!」

「分かった!」


 傘を向け集中するヤナギ。彼女の髪が再び光り始めた。


(吹き飛ばす。研究所の壁を壊したときみたいに……)


 目を閉じ、深呼吸をする。

 風は不気味な音を奏でながら、海面を削っていく。やがてその風は雨を、雲を、空さえも吹き飛ばす。

 そして、彼女の声に空が応えた。


「『嵐よ』ッ!!」


 怒りの咆哮を上げた風がノトを襲う。

 立ち上がった彼の身体は、不安定な姿勢で上を向いている。


「イノ……あとは……」


 地面へ倒れそうになるヤナギを、イノが優しく抱きかかえた。


「任せろ」


 走りだすゴドウ、ミトトギ、クロガネ。

 後を追ってイノも駆けだす。


「何か来ます!」


 ミトトギの言う通り、ノトの顔がゆっくりと四人の方を向く。

 その目は両方とも、満月の瞳だった。


「ッ! ミトトギ投げろッ!!」

「はいっ!!」


 イノの合図で、彼女は持っていたハサミを前に向かってまっすぐ投げた。

 直後、四人の足が止まる。


「『芒に月』ッ! キミたちじゃどうしようも――」


 動きを止めた三人をかき分け、一人の男が前に躍り出る。


「上出来だミトトギ」

「バカな!!」


 投げられたハサミに追いつき、そのスピードのままノトの間合いへ。


「あり得ない! 一回だぞ! たった一回見ただけで『芒に月』に適応したというのか!?」


 イノは答えない。それどころか、ノトを見てすらいない。

 彼は目を閉じていた。

 突然意識が別の空間に飛ばされ、気づいたときには倒されている。理解不能な事態を目の当たりにしても、彼は考えることを止めなかった。


「『芒に月』。俺の予測はただの可能性、どれも確信とは呼べない」


 体勢を極限まで低くし、地面を這うような格好のまま、ノトの膝にハサミを突き立てる。


「だが、今分かった。発動条件は『目を合わせること』。意外と単純でよかったよ」


 ハサミを引き抜きながら、ノトの死角へと回り込む。


「イノ アオシぃぃぃいいいいいッ!!」


 どれだけ腕や足を振り回しても、身体を捻っても、イノを捉えることはできない。


「終わりだ」


 距離を取るイノ。

 彼が飛びのいた方向、タイミングを見逃さず、ノトはそちらに目をやる。

 瞬間、彼の視界は遮られた。

 自らの血で(つや)めかしく光る、切っ先によって。


「あ……」


 状況を確かめるように、ノトは自分の右目に手を伸ばす。

 自身の血のぬくもりと、凍てつくような金属の冷たさ。

 欠けた視界に映る少年。血と雨が混ざった匂い。耐えきれず地面についた膝。追いつかない再生。

 そして、胸の内に広がる喪失感と、それと相反する安心感。

 それら全てがノトに告げていた。


「……そうか、ボクは死ぬのか」


 ノトは何でもないかのように、その言葉を口にする。

 それをイノは、複雑な気持ちで見つめていた。


「なぜ、キミがそんな顔をしているんだい?」

「お前、怖くないのか?」

「怖い?」


 もはや白衣もただの布切れと化し、一人血だまりの中で佇む男は、イノにはひどく孤独に見えた。


「ヤナギも、下にいる『猪鹿蝶』も、廃墟で戦った『梅に鶯』も……自分の命も。なんでそこまで雑に扱えるんだ? 怖くはないのか?」

「キミは本当に懲りないね。悪役に『なぜ?』があるのは物語の中だけだと、そう言ったはずだろう」


 力なく笑うノト。

 もう、タバコを取り出すことも、火をつけることもできない。


「恐怖か……ないわけがない」


 そう言うノトの顔には、何の感情も宿っていない。

 ただ事実を述べるかのように、淡々と言葉を続ける。


「幼い少女の心を殺し、人の命をいくつも弄んだ。許されることではないし、我ながら自分のしてきたことに恐怖を覚えるよ。よくこんなことができたものだ」

「だったら――」

「だからこそ。ボクの行動に意味はある」


 一つしかない目が、イノを見ている。


「この鬼畜の所業の先に……罪悪感や倫理観さえも消え失せた先に、ボクの目指す『天才』がある。彼らは狂ってなんかいない。元から全て正常なのさ。そして、ボクはそうなりたかった」


 この世には理解できないものが存在する。その恐怖を、イノは雨の匂いと共に思い知った。


「……お前は、狂ってる」

「そう。だからボクは凡人なのさ」


 ノトの身体がうっすらと光り始める。

 儚げな月光のように、ひどく優しい光が彼を包んでいく。


「ふゥむ……死ぬというのは、これほど恐ろしいのか。次に活かせそうだ」


 そんな場違いなセリフを最期に、ノトは光となって夜の闇へと消えていく。

 月すら見えない曇天の下、光はすぐに大量の雨にかき消された。

読了、ありがとうございました。

次が最後になります。

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