エピローグ
エピローグです。
その後、イノの周囲は不気味なほど手早く進んでいった。
様子を見に戻って来た不良軍団に、病院まで運ばれたイノたち。
特にケガの酷いイノはそのまま入院することになったが、何日経っても彼のもとには誰も訪ねてこない。
警察への言い訳をゴドウと考えていたイノは肩透かしをくらった気分になる。
「まぁ、いいじゃねぇか。とりあえず今は身体を休めろよ。アオシが一番酷い状態なんだからな」
「あぁ……」
あれほど激しい戦いを繰り広げた第三倉庫は跡形もなく消えており、倒したはずの『猪鹿蝶』も藤の文様が入った男たちも、誰一人見つかっていない。
それでも、戦いは終わった。
「うーん、退院!」
「お世話になりました」
イノのケガは予定より早く完治し、夏休みに入る前に学校へと戻ることができた。
「いや、いくら何でも早すぎんだろ! 花札所持者かよ!」
「精密検査は受けたぞ。俺のどこにもあざはない」
「そういうことじゃ……なんか、この感じ久しぶりだな」
「ふふふ……」
三人で歩く通学路。薄曇りの空から陽光が差し込む。雨が降る気配はない。
「ヤナギちゃん、コントロールできてるみたいだな」
「あぁ。力のオンオフくらいはできるようになったらしい。倉庫で使ったような力はコントロールできないらしいが、本人も、できるなら雨の力は使いたくないそうだ」
「あ、あのとき……すごかったですよね。ヤナギさん……」
「イノ アオシ!!」
三人の前に、坊主頭に包帯を巻いた男が飛び出してきた。
イノはその男を知っている。
「クロガネ」
「待ってたぜ……テメェが退院してくるこの瞬間をよぉ!」
もうすぐ夏休みに入るというのに、律儀に学ランを羽織ったクロガネは、勢いよくイノに飛びかかった。
「オラァ! 泣かしてやるぜこのや――」
「――ッ」
空中に浮いたクロガネの顔を、イノは拳で叩き落とす。
わずか数秒で、クロガネはアスファルトへと沈んだ。
「テ……テメェ……なんで病み上がりで強くなってやがる……」
「クロガネ。俺はお前に感謝している。だから、これから先、どんなときでもお前の相手をしよう。全力で」
「ハッ……上等、だ……ぜってぇ……」
一撃でノックアウトされたクロガネだったが、その顔は妙にスッキリとしていた。
そして、彼はこれくらいでは懲りない。
すぐに起き上がり、また飛びかかってくるだろう。それを知っているからこそ、イノたちは少し早足で学校への道を歩いた。
「なぁアオシ、前言ってた和菓子のカフェ、行かねぇか? アオシの退院祝いってことで」
久しぶりの学校に到着したあと、教室の前でゴドウが声をかける。
イノは少し迷ったあと、口を開いた。
「あぁ。分かった。行こう」
その一言で、ゴドウとミトトギの顔が一気に明るくなる。
「じゃあ放課後! 駅前に集合な! ヤナギちゃんも連れてこいよ!!」
「わ、わわわわたし! た、楽しみにしてます!」
二人が教室へ入っていくのを、首を傾げて見送るイノ。
自分の教室に入り、席に座ったあとにようやく、かつて同じようなやり取りがあったことを思い出す。
(そういえば、俺が断ったその日だったな)
窓の向こうの薄曇りに、イノは目を細める。
(今日は、一日中曇りか)
ヤナギと共に見た天気予報が示した結果を、頭の中で繰り返す。
曇り時々晴れ。一日中崩れることない、過ごしやすい天候。
しかし、その予報は外れることとなった。
「参ったな……」
放課後のイノは、古いクリーニング屋の屋根の下、降りだした雨をぼんやり眺めていた。
もともと花札がなくとも、夏の天気は変わりやすい。最近のイノが忘れていたことを思い出させるように、いくら待っても雨は強まるばかり。
観念して家まで走るかとイノが思い始めたとき、雨の向こうからバシャバシャと音を立てながら、小さな少女が走ってきた。
「イノ」
透明なビニール傘に守られ、ヤナギはイノの前までやってくる。
「ヤナギ? なんでここに?」
「んっ!」
小さな手から差し出される傘。
その顔には、誇らしげな表情が浮かんでいた。
「俺に、届けに来てくれたのか?」
「イノ、傘持ってないから」
「……そうか」
「イノ? なんで笑ってる?」
「いいや、なんでもない」
握った白い柄には、かすかなぬくもりが残っている。
強い風が吹けば折れてしまうような、決して丈夫ではない傘の下。
そんな小さな空間を分け合いながら、二人は歩いていく。
「家の鍵は閉めたか?」
「閉めてない」
「じゃあ閉めに行かないとな。そのあと、ゴドウとミトトギと一緒にカフェに行こう」
「かふぇ?」
「ヤナギの好きな甘いものがあるところだ」
「ん、行く!」
雨は今日も降っている。
誰でもない、二人の為に。
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それでは、また次の作品で。




