第十五話
十五話目です。よろしくお願いします。
遡ること三十分前。イノはゴドウたちと共に、深夜の道路を疾走していた。
「ゴドウ、本当なのか? ヤナギがその……なんとか港の倉庫にいるって」
「なんとか港じゃねぇ! 紺繰港の第三倉庫だ!」
イノの前で運転をしているクロガネが、風の音に負けないよう叫ぶ。
並走する深紅のバイクには、ゴドウとヤナギが跨っている。
「あぁ! さっき見せた雨雲レーダー、明らかに雨雲がそのなんちゃら港周辺に集まってただろ?」
「紺繰港だ!!」
「い、イノくんの話によれば、ヤナギさんは雨を降らせる力を持っています! なので! 不自然に雨雲が集まっているこおくり港が怪しい! そ、そういうことですね!」
「紺繰港つってんだろ!!」
「ひぇ!? ご、ごめんなさいぃ!!」
テールランプの光が二本、夜の闇に溶けていく。
車が一台も通らない無人の道路では、四人の話し声をとがめる人もいない。
「クロガネ、お前なんで港の名前にこだわるんだ?」
「ハッ、気になるか? 気になるよなぁイノ アオシ!」
「いや、そんなに」
「そんなに気になるってんなら教えてやろう! 紺繰港の第三倉庫って言や、うちの高校で伝説となったあの戦いを――」
「見えたぞ!」
目的地を捉えたバイクはスピードを上げる。
当然、クロガネの話も中断となった。
「ここにヤナギが……」
生ぬるい潮風がイノの首筋をねっとりとなでる。
曇天が作り出す暗闇と、そのなかにそびえるいくつもの建物。
四人の目的である第三倉庫は、他の使われていない倉庫と同様に、何食わぬ顔で並び立っていた。
「な、何の音も……し、しませんね。話し声とか」
ミトトギの言う通り、倉庫の中も含め、周辺は静寂に包まれている。
「本当にここなんだろうなぁ?」
「ほら、よく見ろ。倉庫の入口に南京錠がかかってる」
ゴドウのスマートフォンのライトに照らされ、錠前と鎖が鈍く光る。
「ほ、本当だ……しかも、かなり新しい……」
「問題はコイツをどうやって開けるかなんだが」
「どけ、俺がやる」
イノは倉庫の前までやってくると、扉を固く閉ざしている鎖に手をかけた。
「あ、アオシ? 何を――」
特殊な器具を使わなければ絶対に破れないであろう鎖。
イノはそれを、いともたやすく引きちぎった。
「開いたぞ」
冷静にそう言うと、イノは扉から鎖を外し始める。
三人はただただ、その光景を眺めるしかなかった。
「バケモンかよ、あの野郎」
「ヤナギちゃんさらわれて、だいぶ頭にきてるみたいだな」
「イノくん……かっこいい……」
鎖が外され、さび付いた倉庫の扉は嫌な音を立てながら開く。
「誰もいない」
そこには、無造作に積まれた段ボールが立ち並んでいるだけの空間が広がっていた。
「んだよ、やっぱり誰もいねぇじゃねぇか」
「……これ、落ちてました」
神妙な面持ちでミトトギが拾い上げたのは、青く染まった一本の毛髪だった。
「雨雲もここにどんどん集まっている。間違いない、ヤナギちゃんはこの近くだ!」
ヤナギを探すため、倉庫の中を駆けまわるゴドウとミトトギ。
しかし、イノは地面を見つめたまま動かない。
(雨雲、髪の毛、ヤナギは今もこの倉庫周辺にいるのは確かだ。扉に鍵もかかっていたのに、倉庫の中には何もない? 他にあり得るとしたら……)
思考を巡らせる。平静とは言えないような精神状態のなかでも、彼の頭は答えを探す。
そして、彼は一つの可能性にたどり着いた。
「下か」
「横だボケッ!!」
後ろへ引っ張られる身体。イノの眼前を拳が横切っていく。
「なにぼさっとしてやがる! 立て!!」
クロガネに急かされ、イノは自らを襲ってきた敵を視認する。
藤の文様。花札に描かれているようなそれを全身に入れた男が二人、イノの前に立ちふさがっていた。
「んだテメェら!! いきなり何しやがる!!」
「クロガネ。こいつらに話は通じない」
うつろな目の男たちは、口からよだれを垂らしながらイノたちを見ている。
「しゃあねぇ、ぶっ飛ばすか!」
「『仕方ない』という顔ではない気がするが、ぶっ飛ばすのには賛成だ」
藤の花を身体に入れた男たちは、合図もなくイノとクロガネに飛びかかる。
それを二人は迎え撃った。
「アオシ!」
「ゴドウ! ミトトギ! 地下だ! 地下に行ける通路を探してくれ! こっちは俺とクロガネで抑える!」
攻撃を避けながら指示を出すイノ。
ゴドウとミトトギはすぐに事態を察知し、倉庫の中を探し始めた。
「オラァ!」
「ぎっ!?」
クロガネの拳を顔面にくらった男は、奇怪なうめき声を上げて飛んでいく。しかし、空中で体勢を整え、何事もないかのように着地する。
「おそらく、花札の中でも特殊な能力がないヤツだ。一度戦ったことがある」
「あぁ、そうかよ! んなことより弱点とかはねぇのかよ!」
「あるにはある。だが……」
イノの脳裏に浮かぶのは、花札を引き抜かれた男の最期。
絶叫を上げながら花となって散った男は、あまりに惨い末路だった。
「あぁ、そうかよ。じゃあ死なねぇ程度にボコしてやる」
「クロガネ?」
「言わなくても分からぁ。弱点を攻撃したら、アイツら死なせちまうんだろ?」
「……すまない」
「人殺しは俺サマの『仁』に反するからな!」
男たちは両手足をついた体勢で、二人を見ている。
睨むわけでも怯えるわけでもない瞳で、ただ見ている。
イノは、あの雨の日のヤナギを思い出していた。
「イ、イノくん! 見つけましたぁ! 階段ですぅ!」
ミトトギの声が倉庫の中で反響する。
それを耳にした藤の男二人は、声の方向にぐるりと振り返った。
「ひっ!?」
「ミトトギ!」
「よそ見してんじゃねぇゴラァ!!」
男たちはミトトギに向かって、一直線に駆けだす。それを追いかける形でイノとクロガネは走りだした。
「――ッ!」
一人の背中を突き倒し、地面へと叩きつけるイノ。
しかし、もう一人の背中には届かない。
「クソがぁ!!」
追いつけない。一向に近づかない背中に野次を飛ばすクロガネ。
そこに、エンジン音と共に、深紅の光が差し込んだ。
「どいてろ!!」
ゴドウの操る真っ赤なバイクが、倉庫の入口から男を目がけて突っ込んでくる。
急ブレーキをかけながら、車体を男の前に滑り込ませた。
「この野郎!!」
「ぎ!!」
思わず後ろに飛びのいた男の背中を、追いかけてきたクロガネが蹴りつける。
「なっ!?」
しかし、男の身体はビクともしない。背中に当たったクロガネの足を掴むと、軽々と投げ飛ばした。
「クロガネ!」
ミトトギを追っていた男は、狙いを変え、今度はクロガネに襲い掛かる。
地面を転がった彼の身体に、男は馬乗りになった。
「クソ……バケモンが、調子乗りやがって……」
額から血を流すクロガネは、かろうじて意識を保ちながら、男の両腕を抑える。
「待ってろ。今……」
飛び出そうとしたイノの耳に、いくつもの荒々しい足音が聞こえてきた。
だんだんと大きくなるそれは、すぐにその正体を現す。
「カチコミじゃあああああッ!!」
「うおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおぉおおッ!!」
なだれ込んでくる十人ほどの高校生。
改造された学ラン、時代遅れのリーゼントに、漫画でしか見たことのない見事なモヒカン、その全員が鉄パイプや角材を手に、クロガネの下に走りこんでくる。
「ジンさんから離れやがれ!」
「がぎぃ!?」
鈍い音がして、こめかみに鉄パイプの一撃をくらった男は、クロガネの上から引き離された。
「て、テメェら……なんでここに?」
倒れた彼の前に手を差し出す。彼らはクロガネの舎弟たちだった。
「一人でカチコミなんて、水臭いっすよジンさん!」
「そうっすよ! 事情はよく知らねぇっすけど、俺らはジンさんについて行きますって!」
「誰が相手でも、俺らならぜってぇ負けねぇぜ!!」
「たとえあの鬼神が相手でも――ってイノ アオシ!?」
「テメェら、ホントに何も知らずに来たんだな……」
呆れたように溜息を吐いたあと、彼は仲間の手を借りて立ち上がる。
目の前に立ちふさがるのは、藤のカス札。しかも二体。
だが、クロガネたちの顔に不安の色はない。
「イノ アオシ! こっちは俺サマたちが食い止める!! テメェは今のうちに行きやがれ!!」
「頼んだ」
短く言葉を終わらせ、イノとゴドウはミトトギの待つ階段へと急いだ。
「こっち! こっちです!」
「ツキナちゃん乗れ!!」
「ふぇぇ!?」
ミトトギを乗せ、階段を下りていく赤いバイク。
まっすぐな一本道を、赤いテールランプが走る。
イノは振り返らない。
階段を下り、ゴドウが壊した扉を越え、そこから広がる無機質な白い廊下を駆け抜ける。
周囲の景色など、全く見ていなかった。ただ速く。一秒でも早くヤナギの下へ。
一陣の赤い風は奥の扉に向かって吹き抜ける。
そしてイノは、ようやく追いついた。
「来たぞ。ノト マヒル」
読了、ありがとうございました。
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