第十四話
十四話目です。よろしくお願いします。
目が覚めると、無機質な天井が広がっていた。
窓一つない部屋。床や壁、身につけている衣服までもが白で統一された、悪趣味な空間。
場所は違えど、ヤナギはすぐに、戻ってきてしまったことを悟る。
「おはよう、ヤナギ」
壁との境目が曖昧な扉。静かな駆動音で開いたそこから、この部屋に似つかわしい白い男と、人間離れした体格のフード男がやってきた。
白い男は変わらない態度でヤナギに微笑みかける。
「こんなつまらない部屋で申し訳ない。明日には本部のきちんとした部屋に行けるから、それまで我慢してほしい」
「……本部?」
ヤナギが反応すると、ノトは意外そうに目を見開く。しかし、すぐにいつもの白々しい笑みに戻り話を続けた。
「キミの力でここの支部は壊滅的な被害を受けた。だからキミを一度本部に送るんだ。本当なら、キミが力をコントロールできるようになってから連れていこうと思っていたんだが……まぁ、仕方ない! キミが気に病む必要はないさ!」
「しか、しかかかかかっかかかかかっかかたたたたたたた」
黒いフードの中から複数の声が混ざったような、壊れたラジオのような音が発せられる。
ノトはそれには何の反応も示さない。まるでその男がいないかのように振る舞う。
「……その人、なんなの」
「おや、興味があるのかい? いいよ、説明してあげよう」
興味なんてあるわけがない。しかし、今のヤナギは沈黙を恐れていた。
何かを考え、何かを話していないと、白に溶けてしまう。そんな感覚を振り払うため、彼女は口を動かし続ける。
「彼の名は『猪鹿蝶』。キミと同じ花札所持者で、ボクの最高傑作さ。あぁ、もちろんキミだけは特別だけどね」
「猪鹿蝶……」
フードに隠れ、ヤナギから男の顔は見えない。
山のようにそびえたつ男の姿に、ヤナギはずっと言いようのない違和感を感じていた。
「違う」
「ん?」
「それ、わたしと同じなんかじゃない」
ヤナギは震えを押し殺してつぶやく。その声には確信があった。
「ふゥむ……同族が故の直感か、興味深いね」
ノトが手を上げて合図すると、男はフードを脱ぎ捨てその姿を見せる。
血管の浮き出た丸太のような腕。一切の毛が生えていない青白い肌、垂直に釣り上がった口の両端。
「キミの直感は正しい。確かに彼は花札所持者だが、キミや『梅に鶯』のように純粋な所持者ではない」
「じじじじじじじじじじじゅんじゅんじゅんじゅんじゅん」
だが、それよりもヤナギの目を引いたのは、顔の前面にバラバラに配置された六つの瞳だった。
「そう、彼は『萩に猪』『紅葉に鹿』『牡丹に蝶』の三つの花札所持者を混ぜ合わせて作った、人工的な花札所持者というわけさ!」
「所持者を……混ぜる?」
男の目は一つの方向を向いていない。
ギョロギョロと辺りを舐めまわすような視線は、止まらず動き続けている。
「花札はなぜか一人の人間に一つしか入らない。原因は分からないが、それが花札のルールらしい。そこでボクは思いついた! 花札ではなく人間の方を混ぜ合わせればいい! 結果は大成功! 我ながら素晴らしい発想だよ! 粘土でできた人形をこね合わせる……と言った方が想像しやすいかな?」
『人間を混ぜ合わせる』。まるで現実感のない言葉に、ヤナギの思考は追いつかない。
眼球の一つがヤナギを捉えた。
「なんで……」
「ん?」
「なんで、そんなことするの?」
ヤナギの質問に、ノトは考える。
顎に手を添え、部屋の中を歩き回り、床を見下ろし、壁を見つめ、天井を見上げ、男を眺め、そして、ヤナギを見つめ返す。
「ゲームとしての花札を、やったことはあるかい?」
考えに考えぬいたノトは、自らの答えを導き出した。
「古来より多くの人々に楽しまれていた花札。そのなかでも最も有名と言っていいのが『こいこい』という遊び方だ。相手よりも早くカードを揃え、できた役の点数で競う」
「なにを、言って――」
「そのゲームの中にあるんだよ。『猪鹿蝶』という役が。だから作った。キミのような光札には届かないが、それでも通常のタネ札よりは強力になったね」
「きょきょきょきょきょうりょりょくりょく」
理由になっていない。
得体が知れないということが、これほど恐ろしいものであることを、ヤナギは知らなかった。
「もしかして、ボクは答えを間違えたかい? すまない。昔から自分の中で会話を進めてしまうのが悪い癖でね」
「……人を、そんな理由で殺したの?」
「まさか! 殺してなんていないよ。彼は生きている!」
血色を失った肌。うつろな六つの瞳。ときおり発する言葉にもなっていないような声。
それが生きているとは、彼女には到底思えない。
「ふゥむ……キミはボクが『猪鹿蝶』を作るに至った理論ではなく、ボク個人の動機を聞きたいのか。だったら答えはもっと単純さ!」
ノト マヒル。男は科学者だった。
「『やりたい』と思って、それが『やれる』と分かったから、『やる』。どうだい、単純だろう!」
そして、男は科学者以外の何者でもなかった。
「……どうかしてる」
「あぁ、知っているとも」
喋りすぎたというように、ノトは一度咳ばらいを挟む。
「さて、これからキミの脳をいじる」
ヤナギは周囲の温度が一気に下がったように感じた。
「キミの中の『柳に人』にどんな影響が出るか不安だったが、今回の件で上からの許可も出た。残念だが受け入れてくれ」
後ずさるヤナギ。そんな彼女を怯えさせないよう、ノトはひざまずき彼女と視線を合わせる。
「大丈夫。逃げたいと思わなくなるだけで、キミがキミでなくなったりはしない。安心して身を任せておくれ」
ノトの目には一切の光がない。それをヤナギは、かつて研究所にいたときから知っている。
そんな彼の目を、恐ろしくてたまらない彼の瞳を、ヤナギはきつく睨みつけた。
「おや?」
「わたしは、イノを助ける。そのためにここに来た」
辛く苦しい出来事がヤナギの人生の大半を占めている。
両親、花札、実験、そんな絶望とも呼べる彼女の日常に、イノは突然入り込んだ。
ヤナギにとって、イノという存在は心安らぐ居場所だった。たとえ、それがほんの一瞬だったとしても。
「わたしは、わたしが嫌い。わたしからパパやママを奪って、イノたちにも迷惑をかける力と、そんなわたしが大嫌い」
「ふゥむ……そんなに自分を卑下することはないさ。キミの持つ力はとても素晴ら――」
「だけど! わたしは絶対に、この力を使えるようにしてみせる! あなたがわたしに何をしても、わたしはいつかこの大嫌いな力で、あなたたちから逃げる! ぜったいっ!!」
ヤナギの声が、真っ白な部屋に反響する。
ノトの表情から白々しい笑みが剥がれた。
「それをできないようにすると言っているのだが……ふゥむ、これも一種の悪影響か。連れていけ」
「つれれれれれ……」
ヤナギへと伸ばされる男の腕。
しかし、その手はヤナギに触れる直前で止まる。
「どうした、早く連れていけ」
「くる」
「なに?」
その音は、すぐにノトの耳にも届いた。
「……バイク?」
「どぉらあああああああああああああああああああああ!!」
一台のバイクが宙を舞いながら、ノトが入ってきた扉から飛び込んできた。
空中で姿勢を変えながら、バイクに跨る影の一つは飛び降り、もう一つの影はヤナギの手前でバイクを急停止させる。
「ゴドウ……ミトトギ……」
「や、ヤナギさん! 助けに来ましたぁ!」
「あっぶね! てかアイツがアオシの言ってたヤツか! でかすぎだろ!」
「キミたちは確か……」
そして壊れた扉から飛び出すもう一つの影。
ひときわ大きく濃い影が、ノトの首を目がけて飛び込んでいった。
「ふゥむ……これはこれは」
ノト目がけて蹴りだされた一撃は、瞬時に戻った『猪鹿蝶』の身体で防がれる。
「『もう一回』というやつかい? イノ アオシくん」
読了、ありがとうございました。
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