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第九話

九話目です。よろしくお願いします

『アオシ、おいで』


 鈴を転がすような声。全てを許してくれる気がした。


『アオシ、帰るぞ』


 低く落ち着いた声。全てをゆだねることができた。


『アオシ』


 イノは愛されていた。

 そう信じていた。


『じいちゃん。おとうさんとおかあさんは?』


 樹木のようなシワが刻まれた祖父の顔が悲痛に(ゆが)む。

 後にも先にも、イノが祖父のそんな顔を見たのはそれっきりだった。


『大丈夫だ。アオシにはじいちゃんがついてる』


 祖父の身体に染みついた木の匂いは、今でもイノの記憶に残っている。


「じいちゃん……」

「お、起きたか」


 見慣れた天井。目が覚めたイノがいたのは、彼自身の家だった。


「ゴドウ?」

「じいちゃんじゃなくて悪かったな」

「なんで、俺はここに? 確か廃墟で倒れたはず……」

「お前、覚えてないのか?」

「あぁ」


 ゴドウは呆れたように頭をかきながら、あれからどうなったかを説明し始めた。


「アオシが急にぶっ倒れたあと、病院に連れていこうとしたら、『病院はダメだ。家に行け』って言われたんだよ」

「……誰に?」

「アオシに。ずっと『家へ行け』って言ってたぜ? 本当に覚えてないのかよ」

「あぁ……何も覚えていない」


 イノは無意識のうちに大事になるのを避けていた。

 外は既に暗くなっており、雨もパラパラと降っている。


「とりあえずの応急処置はしたけど、明日にでも病院行けよ」

「お前、そういう処置できたのか」

「あぁ、姉貴の影響で……って、それより起きれそうなら来てくれ」


 ゴドウに促されるまま、イノは布団から出て居間に向かう。

 居間は電気がついているものの、外の天気と相まってどこか薄暗い雰囲気があった。


「い、イノくん……目が覚めたんですね……よかった……」


 イノを心配するミトトギ。彼女もゴドウに応急処置されたらしく、身体中にガーゼや包帯が巻かれていた。


「ミトトギ、すまない」

「うぇ!? そ、そんな! これくらいなんてこと……」

「ツキナちゃんも、明日には病院行きなよ」

「は、はいぃ……」


 ゴドウがそう言うと、ミトトギは力なく返事をした。

 イノは三人が無事であることに安堵(あんど)していると、こちらを見つめているヤナギと目が合う。


「帰って来てからずっとあんな感じなんだよ。アオシの方からも何か声かけてあげてくれ」

「……ヤナギ」


 畳の上で小さく体育座りするその少女は、名前を呼ばれるとビクッと身体を震わせた。

 その目には恐怖と共に白が刻まれている。

 膝をつき、彼女と目線を合わせたイノ。

 服を強く握りしめ、押し黙ったまま彼女は動かない。


「ヤナギは、前になんで自分を助けたのか、聞いたよな」


 膝を抱えた少女に、イノは思い出すように優しく語りかけた。


「自分でも上手く言えない。けど、俺はあのとき自分とヤナギを重ね合わせていたんだと思う」


 ヤナギの瞳にイノが映る。白がゆっくりと滲んでいく。


「俺にもあった。信じられるものがどこにもなくて、怖くて、寂しくて、もうどうしようもないと思ったときが」

「イノ……」

「そんなとき、俺には助けてくれる人がいた。だから俺も、ヤナギにとっての、その人になりたかった……と思う」


 イノは言葉を飾らない。

 だからこそ、彼の中にあるまっすぐな思いは、ヤナギの中の白を塗りつぶしていく。


「それが、俺がヤナギを助けた理由だ。だからヤナギも教えてくれないか。ヤナギのことを」


 寂しさを埋めるような雨音が、イノとヤナギの間を満たしていく。


「……わたしは」


 そうして彼女は話し始める。


「わたしはもう、人間じゃない」


 彼女自身に刻まれた、呪われた記憶を。


 ◇

 

 どこにでもいるような普通の少女。

 運命はそんな彼女を選んだ。


「……? なに、これ?」


 ある日、空から降ってきた一枚のカード。少女は気になってそれに手を伸ばした。

 しかし、それは何の変哲もないカードではない。


(やなぎ)(ひと)』。彼女はまだ、その名を知らない。

「いたっ!?」


 少女の指先を、しびれるような痛みが襲う。思わず手を引っ込めたものの、既に指先がカードと融合し離れない。


「いや! いやっ!!」


 無我夢中で腕を振っても、カードはどんどん少女の身体の中に入っていく。

 叫び声を聞きつけ、彼女のもとに両親が駆けつけてきたときには、既にカードは少女の中へと取り込まれていた。

 これまで感じたことのない熱と痛みが、少女の身体を駆け巡る。耐えきれなくなった少女は地面をのたうち回り、気を失ってしまう。

 次に少女が目覚めたときには、そこに両親はおらず、代わりに見たことのない男が笑っていた。

 男はタバコの白煙を吐き出しながら言う。


「はじめまして。ボクの名前はノト マヒル。キミを担当することになった、天才になれない凡人の科学者さ」


 男は白衣をはためかせながら言う。


「キミのお父さんとお母さん? そうか……何も覚えていないんだね。かわいそうに」


 男は白髪を手でかき上げながら言う。


「一から説明しよう。キミが触ってしまったあの花札……アレは我々が調査を進めている代物でね。未知の化学兵器か、あるいは自然の神秘か、呪いのアイテムなんていうファンタジーな見方もあるくらいでね! 強大な力を秘めていることとカードそれぞれに人智を超えた能力があること以外何も分かっていないのさ……っとすまない。キミのご両親についてだったね」


 男は白々しい笑みを浮かべながら言う。


「死んだよ。キミの力に巻き込まれてね。悲しいがそれも現実だ。切り替えて前を向こうじゃないか!」


 あっさりと、男は言った。

 瓦礫の山と化した家の写真を見せられても、少女は信じられなかった。

 泣いて、泣いて、涙が枯れても叫び続けて、薬を打たれて眠らされる。

 日常的に訳の分からない機械に繋げられ、薬や電気ショックを身体に流し込まれる。

 ときには、再生力を試すという名目で腕や足を切り落とされることもあった。


「おはよう、ヤナギ。今日も頑張ろうか」


 少女には新たな名がつけられた。彼女が取り込んだ謎の花札、『柳に人』にちなんだ名前。

 気づけば彼女の髪は青く変色し、自分の本当の名前を思い出せなくなっていた。


「流石は光札。とてつももないエネルギー量だ……」


 もはや、少女の身体は人間と呼べるものではなくなっていた。

 傷はたちまち塞がり、腕を切り落とされようと、すぐに新たな腕が生えてくる。

 自分の身体がおかしくなってしまったことに、不思議と涙は出なかった。ただ、毎日巡ってくる痛みと、なんでもないように笑う白い男が怖かった。


「おはよう、ヤナギ」


 そう呼ばれるのが怖かった。

 わたしの名前はヤナギじゃないと、言い返せないのが怖かった。

 白衣を着た男たちに、怯えた目で見られるのが怖かった。

 本当に父や母を殺してしまったのか、考えるのが怖かった。

 今、この身体に入っている花札が怖かった。

 少女はただ、怖かったのだ。


「数値オーバー300! さらに上昇中!」

「早く鎮静剤を投与しろ!」

「ダメです! 効果ありません!」

「11―aの首筋辺りに高エネルギー反応! 全員部屋から脱出を――」


 だから、少女は逃げた。

 痛みがない場所へ。白が届かない場所へ。

 どこに逃げればいいのかも分からないまま、ただ雨に導かれるように逃げた。


「なぁ。大丈夫、か?」


 そこで、イノに会った。


 ◇


「……これが、わたしの知る全て」


 全てを話し終えたヤナギ。

 あまりに現実離れした彼女の話に、三人は驚愕(きようがく)の表情を隠しきれない。


「そ、そんなことが……」

「信じられねぇな……」


 二人の反応にヤナギの顔が曇る。


「こ、子どもに、そんな酷いことをするなんて……あの男、次に会ったら……」

「あぁ、まったくだ! 信じられねぇ!」


 しかし、それはヤナギが想定したような反応ではなかった。

 ヤナギの中の曇りは、困惑へと変わっていく。


「ヤナギ、こう言っていいのか分からないが……大変だったな」

「いや軽すぎるだろ! もっとこう気遣いというものをだな!」

「す、すまない」

「なんで……」


 目の前で繰り広げられる光景に耐えきれなくなったヤナギは、疑問をぶつける。


「なんで、そんな顔できるの? わたしが怖くないの?」

「怖い? なぜだ」

「だって……わたしは……」


 言いよどむヤナギの肩に、大きな手がそっと置かれた。

 どこか安心する温かさ。いつかの傘と似た温度が、ヤナギの心に広がっていく。


「ヤナギはバケモノじゃない」

「っ!」


 力強い、心の奥底まで澄みわたっていくような言葉。


「もう大丈夫だ。ヤナギは俺が守る」


 たったそれだけ。それだけの言葉で、ヤナギは十分だった。

 これまで歩んだ呪いの道は、殺してきた感情は、その言葉で報われる。

 その日、ヤナギは初めて子どものように泣いた。

読了、ありがとうございました。

またよろしくお願いします。

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