38話 マルクの過去
エルザさんの姿が家の中に消えてから数分後、再度裏庭へと出てきてくれた。
ボロボロになったマルクさんを引き連れて。
「この度は主人がご迷惑を……」
「とんでもない! 頭を上げてください!!」
深々と頭を下げたエルザさんにあたふたとしながらも何とか頭をあげてもらうと、エルザさんはため息をつきつつも話しをしてくれた。
「昔っからちょっと顔が良かったもので直ぐに女の子に手を出そうとして……結婚してからは全然見られなかったから大丈夫だと思っていたのですが……」
「一番近くにエルザさんが居るんですもの、他の女性なんて有象無象ですよ」
やっぱりイケメンは手を出すのが早いようだ。そういうスキルでもついているんじゃないの?
全力でフォローしつつも、ふと頭のすみを過ってしまった。
「他にも若い女性が居ますし……宿を勧めたのは失敗だったかしら?」
こんな事でこの宿から追い出されたら柚姉に怒られるし、愛莉歌に殺される。いや、わりと本気で。
「そんなことないですよ! ここは本当にいい宿です! それにマルクさんが興奮したのには訳があるんです……」
「それは……すみません、気が付かなくて。立ち話しもなんですから中でどうぞ」
僕は説明をしようと声をかけるが、エルザさんはゆっくりと聞く必要があると判断したのか、中に入る事を勧めてくれた。
慌てて説明するよりはいいかと、その提案を受け僕は食堂へと移動した。
マルクさん? エルザさんが裏庭に放置していました。
食堂でエルザさんがいれてくれた紅茶らしきお茶を飲みつつ先ほど起こった事をかいつまんで説明した。
「そうですか……あの人が戦う事を……」
「あの、ひとつ聞いても良いですか? 何故マルクさんは、その……戦えなくなったのですか?」
一瞬、僕が聞いてもいいことなのか迷ったが意を決して質問をしてみた。これからマルクさんに戦い方を教える上で必要だろうと判断したからだ。
エルザさんはしばらく黙っていたが、一回頷くとマルクさんが戦えなくなった理由を教えてくれた。
☆★☆★☆★☆★
マルクさんはその昔、この街の守備隊に入隊していた。
そして、その当時の彼の才能は素晴らしいの一言に尽きたそうだ。
同世代との模擬戦では負け無し。街の近くに出没するモンスターも相手にならないと、正に無双と呼ぶにふさわしい働きをした。
そんな彼を仲間も街の人々もおおいに持上げる。その結果……彼は道を踏み外した。
練習をサボる様になり、酒を覚え、顔も良かったので女をとっかえひっかえする毎日。
要はテングになったのだ。
「もうね、その時のあの人を見せてあげたかったわ」
エルザさんも苦笑いしながら、庭先を眺める。多分のびたままのマルクさんを見ているのだろう。
「それは……大変でしたね……」
「そうね、大変だったわ。でもね、そんなに長くは続かなかったの」
エルザさんはどこか遠くを見ながら続きを話してくれた。
酒に女にと堕ちていく一方のマルクさんを見かねて、ついに守備隊の上層部が動き出した。
当時、山脈地域より流れてきた普段よりも強いモンスターが街の周辺に出没する様になっていたのだ。
当然、冒険者達にギルドを通じて討伐クエストが出ていたのだが、上層部はこの討伐をマルクさんにやらせようとしたのだ。
上層部の考えでは、当然一人では太刀打ち出来ない為、他の隊員と力を合わせ討伐するとふんでいた。
上には上が居ると言うことと、力を合わせる事の重要性を教える狙いがあったのだろう。
しかし、実際は違った。
自分の力に溺れ、他者を見下していたマルクさんに手を貸す隊員は居なかったのだ。
今まで見下していた相手に素直に協力を願う事も出来ず、結局マルクさんには幼馴染みの隊員一人だけが付いて行くことになったそうだ。
その幼馴染みは慎重に行動しようとしたが、自分の力を過信しているマルクさんは言うことを聞かず特攻。結果は……、
「二人とも死にかけの重体、運良く冒険者のパーティが通らなかったら……モンスターのお腹に収まっていたでしょうね」
エルザさんはにこやかな顔で話してくれるが、これは僕が思っていた以上に厄介な事かもしれない……。
「それ以降、あのひとは剣を持つことをやめて、こうやって宿屋をやっているのよ」
エルザさんはそこで言葉をきると、ポットを持ってキッチンへと歩いていった。
これは……ヘビーな話しだ……。
僕はキッチンへと向かったエルザさんを目で追いながらもため息が漏れた。
正直、ここまで重い話しだとは思っていなかった。僕なんかで解決出来るのだろうか……。
『悩んでますね、出雲さん』
(岩筒……ねぇ岩筒は神様でしょう? なんとかならない?)
多分返ってくる言葉は予想がつくけど、それでも気の知れた神様にすがりたくなったのだ。
『何度も言いますけど、あたしは鍛冶の神様ですよ? 戦闘に関しては素人も同然です。そういった相談はミカちゃんにしてあげてください』
ミカちゃんって誰なの?
わけのわからない事を言ってくる岩筒を頭の中で睨み付けていると、ポットを持ったエルザさんが戻ってきた。ポットから湯気が出ている所を見ると、新しくお茶を煎れてきてくれたのだろう。
「どうかしら? あの人戦える様になるかしら?」
「ごめんなさい、正直わかりません」
僕はエルザさんの問いかけに正直に答えた。
嘘でも出来ると言えた方が格好良かったのだろうけど、そういう嘘はつきたくなかった。
「でも全力でやらせてもらいます」
僕の答えにエルザさんはただ微笑んでいるだけだった。
☆★☆★☆★☆★
教えると言っても、僕たちにも予定がある。
そこで、リーダーである柚姉に相談をしに二階へと上がってきたのだが……。
目に飛び込んで来たのは力なく廊下に寝転ぶ仲間たちの姿だった。
「何があったの!?」
慌てて一番近くに倒れていたロッタに駆け寄り無事を確かめる。
呼吸も脈も異常がないので、ただ気絶しているだけだろう……。
「あ、イズ君! 今日はお姉ちゃんと一緒のベッドよ!!」
この場に倒れていない唯一の人物が声をかけてきた。そう、柚姉だ。
「柚姉、一体何があったのさ!」
「みんなで話し合いをしていたのよ? でも、みんな疲れていたのか、途中で寝てしまったようね」
柚姉はさも不思議な事が起こったと言わんばかりに話しをしてくれるが、これはもう火を見るより明らかだろう。柚姉の就いているJOB『聖職者』には確か相手を気絶状態にする魔法があると言っていたのを聞いたことがあったような……、
「そ……そうか~疲れて寝ちゃったんだね~それはしょうがないね~」
「結構無理しちゃったのかもしれないわね。今はゆっくりと休ませてあげましょう」
しかし、僕は柚姉の話しに合わせた……。気絶させる魔法? 嫌だな僕は剣士だから聖職者のスキルはよくわからないや。
決して怖かった訳じゃない……そう、みんな疲れていたんだ……きっとそうにちがいない……。
何時までも仲間を廊下に転がして置くわけにもいかないので、柚姉と協力してみんなをベッドへと運んだ。その際に下で話した事を一緒に話しておく。
「そう……マルクさんが……」
「少しでいいから時間をくれないかな?」
柚姉と相談しながら階段を下りて行く。僕自身としてはマルクさんが戦えるようになるまで付き合いたいのだが、パーティのリーダーである柚姉が何と言うか……。
「そうね、闘技大会に間に合うのなら問題ないわ。エルザさんとマルクさんがいいのならね」
柚姉は微笑みながら僕の頬をつついてきた。どうやら自分でもわからない内にとても不安そうな顔をしていたようだ。そんなに顔にでていたのかなぁ……。
★☆★☆★☆★☆
それからエルザさんとマルクさん、柚姉と僕の四人で話し合いをした結果、闘技大会が開催されるギリギリまでマルクさんの練習を行う事で決定した。
その間の宿はこの『白と黒の円舞曲』を使わせてもらえることになった。と言うより、練習の対価として提供してくれたのだ。
その晩、皆が謎の疲れから復活を遂げ、夕飯の席に揃った時にこれからの行動を柚姉と一緒に発表した。
愛莉歌辺りから文句の一つでも飛んでくるかと思ったが、意外と僕の意見に賛成し一緒にマルクさんの練習を手伝ってくれる事になった。
他のメンバーからも特に何もなく、怪我の治療の為に柚姉とリズが交代で治療にあたってくれることになり、手の空いているメンバーはクエストを受けたりと自由行動をとるそうだ。
「あ、そうだ。ロッタはこっちだから」
リズやケーラと一緒に何処に行こうかと話していたロッタの動きが止まった。
「えっと……師匠? 私も“こっち”とは?」
「いい機会だから、ロッタもここいらでレベルアップしておこうね」
僕は笑顔で話しかけたのだが、思いのほかロッタはショックを受けたようだ。がっくしと肩を落とし、明らかに落ち込んでいる。
何も僕だって意地悪で言っている訳じゃない。このデヴィンホーンまでの道中でロッタは真面目に僕の言いつけを守り、確実に力を付けてきた。ならば、次の段階に進むべきだと思ったからだ。
決して僕が忙しいのに弟子であるロッタが遊んでいるのが羨ましかった訳じゃない。本当だよ?
「レ……レベルアップですか? 何かクエストでも受けるんでしょうか?」
「あ~そっちのレベルアップじゃなくて、『鍛冶』の方のレベルアップね」
本当ならロッタの戦闘訓練も一緒に見てあげたいのだが、そうすることでマルクさんが戦えないままでは本末転倒だ。
という事で、ロッタの戦闘訓練は一先ず置いておいて、今回は鍛冶の方のレベルを一緒にあげようという事である。
「なるほど、わかりました。それで、私は何をすればいいのでしょう?」
「それはね……」
僕はついこの前柚姉達にやめろと言われた笑顔で内容を話し始めた。
翌朝、僕達は中庭に集合していた。
今日のヒール当番は柚姉にお願いしたのだが、何故かリズやケーラまで居て全員集合である。
「まぁウチ達の事はいいからいいから」
「イズモの訓練……興味ある」
という事なので、このまま開始してしまおう。
僕は中庭の隅に置いてある仮設工房に近付くとロッタに注文をした。
「まずは、店売りの片手用直剣とバックラー、それと僕の刀を作ってもらおうかな?」
僕の注文にロッタは緊張しながらも「はい」と返事をし、早速作業にとりかかる。
「何かすまないね。こんな大事になってしまって」
武器が出来上がるまでロッタの作業を見守っていると、申し訳なさそうにマルクさんが話しかけてきた。
別にマルクさんが恐縮する事はないのだ。マルクさんと一緒にロッタもレベルアップさせようとしているのは僕達の方なのだから。
マルクさんに気にするなと伝えてから待つこと数分。ロッタが注文通りに片手剣と盾、それに僕の刀を作り上げた。
よしよし、ちゃんと店売りの基準値に達しているな。刃挽きもされているし、合格点だね。
「それじゃマルクさん。これが基本の武器になります。使ってみての感想をどんどんロッタに言いつけてください。ロッタはその都度武具を改良すること」
そう、ロッタのレベルアップとは店売りではなく、オーダーメイドを作り上げる事なのだ。
店売りとは違い、オーダーメイドは一品物だ。お客様の要望を完璧にこなし、形にしなければならない。
もう少ししたら自分の武器を作らせようかと思ったけど、又と無い良い機会なので便乗させてもらう事にしたのだ。
「それじゃマルクさん。始めましょうか」
僕は笑顔のまま出来上がったばかりの刀を構えた。
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夜。僕の前にはボロボロのマルクさんとロッタが転がっていた。
結局、どうしていいかわからなかった僕は実戦形式の模擬戦を繰り返す事にしたのだ。
戦う事を恐れている人に逆効果なのでは?
と思ったりもしたが、僕はカウンセラーの専門家でもない為、何が正解かわからない。なら、自分達がやって来た事をすればいいのでは? と愛莉歌と意見が一致した。
それが実戦形式の模擬戦だったのだ。
僕達の師匠。まぁ僕の祖父なんだけどね。その祖父の教え方でもあったんだけど、怪我などをして練習が嫌になった時などは徹底的に防御の練習をするのだ。
攻撃を受ければ痛い。それはもうどうしようもない事実だ。
ならどうするのか。
『簡単な事だ、避ければいい、どうしても避けれなければ防御するしかない』
最初祖父にこう言われた時は、正直祖父の頭を疑った。いや、痛い事をしなければいいんじゃないの? なんて思ったが、祖父の頭の中には“やらない”という答えは無かったようだ。
それからは地獄の特訓が続いた。体が反射的に攻撃を避けるように叩き込み、回避不可能の時でも最低限のダメージに抑える為に防御の練習が続いたのだ。思い出すだけで膝が震えてくる。
正直、マルクさんにそれを施すには時間が足りな過ぎるという事で、防御を中心に教える事になったのだが、その結果が今目の前に広がっている光景である。
午前中は軽く準備運動程度に素振りなどをした後、僕の攻撃を防御する練習。
昼休みを挟んで午後は愛莉歌の嵐の様な攻撃を受けまくっていたマルクさんは、もう動くサンドバック状態になっていた。
そして、ロッタ。彼女は戦闘には参加しなかったのだが、マルクさんからの要望を聞き出す前にバックラーが壊れまくり、修理や新品を作ったりとずっと炉の前から動けなかった。まぁこっちはただの魔力切れなんだけどね。
さてさて、これで本当にうまくいくのか……正直不安になってきた。
出雲:レベル27 職業:剣士 サブ:工匠
装備:布の服・鋼のハーフメイル・避雷と防風の籠手・脇差【風神(複製)】【雷神(複製)】・短槍【焔】
憑依:磐筒
愛莉歌:レベル29 職業:武闘家 サブ:狂戦士
装備:俊足の道着・鋼鉄の甲冑靴・モンスターナックル
柚葵:レベル23 職業:聖職者 サブ:???
装備:神官のローブ・革の靴・神官のロッド
咲妃:レベル27 職業:魔法使い サブ:???
装備:魔法使いのローブ・革の靴・魔力のロッド
ロッタ:レベル25 職業:鍛冶師
装備:鋼鉄のハーフメイル・鋼鉄のソードメイス
ケーラ:レベル25 職業:魔法使い
装備:魔増のローブ・魔法使いの靴・マジシャンワンド
リズ:レベル23 職業:聖職者
装備:聖なるローブ・神官の靴・聖なる杖




