32話 オーガ襲来2
柚姉達が来るまでに、少しこの辺りを調べる事にする。
転がっている遺体は全部で五人分……だと思う。推測しかできないのはどの遺体も損傷が激しく、パーツが足りないからだ。
手足が無いのは当たり前で、首から上が無かったり酷ければ上と下がおさらばしている遺体もあった。
僕は込み上げるモノを必死で我慢しながらこの人達の身柄がわかりそうな物を探し続ける。
すると数枚のギルドカードを発見した。名前を確認すると《デザートウルフ》のメンバーではなかった事に、少し不謹慎ではあるけど安堵のため息が漏れてしまった。
しかし、このギルドカードの枚数よりも遺体が多い……。
「はて、どういう……こ……と」
見回した僕の目に入って来た光景で理解した。残りの人達はギルドカードを持っていなかったのだ。これじゃ身柄がわからないわけだ。
その遺体は木にもたれ掛かるようにして死んでいた。
「こんな死に方じゃ死んでも死にきれないね」
結局、本当の名前を聞く前に逝ってしまった知り合いに近付いていく。
「サルさん……」
あの日ゴリアテと共に喧嘩を売ってきたサル顔の男がそこにいた。その顔は恐怖と絶望に染められたままで、手には真ん中で折れた矛を握りしめている。そして胴体には向こう側が覗ける程の大穴が空いていた。察するにオーガの攻撃を矛で受け止めようとしたが、失敗し矛は折れ攻撃は胴体を射ぬいた……てところだろう。
僕はサルさんを地面に横たえると、限界まで開かれた目をそっと閉じた。
そしてサルさんが亡くなっていた木の根元にもう一人、知り合いが亡くなっていた。
「貴方も、こんな事になるなんてね」
僕はしゃがみこみ真っ赤な髪がトレードマークだった商人の頭を持ち上げた。その惚けた様な表情を見ると、自分でもわからない内に殺されたのだろう。
その頭の持ち主は、ケーラ達の護衛対象であったアンドリューその人だ。
キャンプ場からの距離を考えると、森に逃げ込んだところで別のオーガに殺られたのだろう。そうなるとオーガの数は少なくても二体はいる事になる。
「これは……!?」
声がした方向を見ると、リアンさんと数名の冒険者がこの惨状を見て言葉を無くしていた。
「護衛対象のアンドリューさんとその従者。それに冒険者が三人亡くなっています」
黙り込んでしまったリアンさんに僕はギルドカードを差し出しながら声をかける。
彼は今さらながら僕に気付いたのか、一瞬驚くと直ぐに気を取り直しギルドカードを受け取ってくれた。
「まさか……こんな事って……」
「オーガは最低でも二体はいますね。それよりも柚姉は来なかったんですか?」
僕は言葉を無くしている冒険者達の中に見知った顔が無いのを質問してみた。
「ユズネエ?……ああ、彼女はあの場に残ってもらったよ。連絡係が必要だしね、でも連れてこなくて正解だったかもしれないな」
確かに、この光景は女の人にはキツイかもしれない。
「君も辛かったらキャンプ場へ戻ってくれ。護衛はつけるから」
リアンさんは心配そうな目を向けながらそんな事を言ってきた。まぁこんな姿だし? 心配してくれるのは嬉しいけどね。
「僕は大丈夫です、それよりも他の人達が……!?」
その時、会話を打ち消すような爆発音が森に轟いた。
まさかケーラとリズ? 大丈夫だよね?
★☆★☆★☆★☆
王子様なんか居ない。
それがウチこと、ケーラが今まで生きてきた中で至った考えだ。そりゃどっかの国の王子様なら居るだろうけど、ウチが言っているのは女の子の危機に颯爽と現れる白馬に乗った王子様の事。
もしそんな存在が居るのなら、こんな森の中を逃げ回ったりしてないし、命の危険に晒される事もなかった。そもそも、あの日あの時に現れていればウチは冒険者になってないし、両親も生きていただろう……。
とにかく! そう言うことだからこの世に白馬に乗った王子様なんて居ないんだ。
ウチは今オーガに追われている。
リーダーが見つけてきたある商人の護衛クエストの途中でいきなり襲われたのだ。なんとか森に逃げ込めたけど、リーダー達とは逸れちゃったし、さっきの攻撃で魔力も限界まで使っちゃった。これ以上の魔法を使えば気絶しちゃうし……。
ちょうどいい洞穴があったからそこで休憩中だけど……いつまで逃げられるか……。
「ケーラ、大丈夫?」
考え込んでいると、リズが不安そうな顔で覗き込んで来た。
そうだ、この子だけでも逃がさないと……。
「大丈夫だよ、もう少しで助けが来るから」
この子はいつもそうだ、こんな危機的状況なのに助けが来ることを信じて疑わない。
「来るわけ無いじゃん! 助けなんて期待してないで逃げる事を考えてよね!」
ついついキツイ言い方をしてしまった。リズは怒られた事がショックだったのかシュンとしている。
ウチは何であんなにキツく言ってしまったのだろう。こんな状況でも誰かが助けてくれると信じられる事が羨ましかったのだろうか。
「……よし、そろそろ行くよ」
あれからリズとの会話は無かった。けどお喋りで無駄な体力を使わなかったと思うことにする。今は逃げ切る事だけを考えなきゃ……魔力も少し回復出来たし、これなら……。
「ケーラ危ない!!」
洞窟から出た瞬間の事だった。
リズの叫び声と同時にガラスが割れる様な音が響く。そして、ウチの目の前数センチの所を黒い何かが物凄い勢いで通りすぎる。
通りすぎた方向を目で追うと、ウチと同じ位の岩が木々を薙ぎ倒しながら転がっていった。
「ガァァァ!!」
オーガの鳴き声がビリビリと伝わってきた。今の岩はアイツが投げたんだ。そして、ウチに当たりそうな所をリズの魔法が助けてくれたんだ……。
“助かった”と思うよりも“見つかってしまった”という思いの方が強い。この距離ではいくら魔法を使っても逃げきれないだろう。ならば、
「リズ、ウチが時間を稼ぐから。その隙に逃げなさい」
そうだ、こんな所で二人して死ぬことはない。ウチが盾になれば少なくてもリズは助ける事が出来る。どうせ王子様なんて来ないんだ。だったら今出来ることをウチがやらなきゃいけない。
「嫌だ!!」
しかしリズは頑なにその場を動こうとしない。まったく、素直にウチの言う事を聞いてくれればいいのに……。でもここで言い争っている時間は無い。
「ウチのありったけの魔力だよ! 受け取りな!!」
魔力の限界を超えた魔法は、オーガ諸共目の前の地面を吹き飛ばした。いくらオーガでもこれだけの爆発だ、さすがに死んだでしょう。
これで勝ったと思うと腰から力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまう。
「ははは……嘘でしょ……」
しかし、目の前の光景に思わずそんな言葉が漏れた。そう、ヤツは生きていたのだ。所々に怪我を負っているが動けない程ではなく、こちらを睨み付けながら一歩一歩確実に歩いてくる。
あ~あ……悔しいな。誰か助けてくれないかなぁ。
一番最初に頭に浮かんだのはリーダーではなく、なぜか最近知り合った黒い髪をした男の子だった。
ウチと同じ位の身長で、リズが気付かなかったら女の子にしか見えない人間の男の子。今では珍しい純血の人間だろう。そんな男の子の笑顔が今は頭から離れない。
「嫌だよ……死にたくないよ……イズモ、助けて」
「任せて!!」
居ないはずの男の子の声がウチの耳に届いた。そして声の主は左手に持っている槍を力一杯振り抜いた。
☆★☆★☆★☆★
この世界には白馬に乗った王子様が居る。
あたしことリズはそう信じている。
初めて王子様が現れたのはあたしが親に捨てられた時。寂しくて、ひもじくて、でも自分じゃどうにも出来なかった時。
その人は女の人で、背の小さい人だった。道端に倒れているあたしを見つけてくれると、自分の宿屋まで運んでご飯までくれた。
そして、あたしから何故倒れていたのか事情を聞くと、
「それじゃウチが貴女のお姉さんになってあげる」
と言ってくれたのだ。初めは信じられなかった、でもその言葉に嘘は無かった。これがあたしの最初の王子様、ケーラとの出会い。
そのケーラが今とても苦しそうにしている。原因ははっきりしている、魔法の使いすぎだ。
あたし達はクエストの途中でオーガに襲われた。何とか森に逃げる事ができたけど、そこで別のオーガに遭遇してしまったのだ。そしてそのオーガから逃げる為にケーラがずっと魔法を使い続けてくれた。
あたしは攻撃魔法は使えない。今日ほど悔しいと思った事はない。
「ケーラ、大丈夫?」
あたしは思わず聞いてしまった。でもあたしのせいでこんなに疲れてしまったのだ、何とか元気付けないと……。
「大丈夫だよ、もう少しで助けが来るから」
あたしにケーラが来てくれた様に、きっと来てくれる。あたしはそう信じている。
「来るわけ無いじゃん! 助けなんて期待してないで逃げる事を考えてよね!」
怒られちゃった。
ケーラは王子様を信じていない。『助けなんて来ない。だから、自分で出来る事は何でも出来るようにならないといけないんだ』とよく言われていたっけ……。
何とか話しをしようと思ったけど、また怒られると思うと話しかける勇気が出ない。
「……よし、そろそろ行くよ」
ケーラはそう言うと洞穴の出口へと歩いて行ってしまう。まだ完全に回復して無いのに……無理したら倒れちゃうよ……。
その時、足音が聞こえた。この状況で聞こえてくる足音何てアイツしかいない。
音のした方を見るとアイツが岩を投げようとしていた。狙いは……ケーラ!? でもケーラは何か考え込んでいるようでまだ気付いていない、ならあたしが助けるんだ!
「ケーラ危ない!!」
あたしの障壁魔法が発動したのは岩が投げられた直後だった。慌てていたせいか、ケーラの正面ではなく斜めに障壁魔法を発動させてしまった。けど、それが逆に良かったようだ。障壁魔法に当たった岩は、軌道がそれケーラに当たることなく奥の木々を破壊していく。
投げた岩が防がれた事に苛立ったのかアイツが叫んでいる。
「リズ、ウチが時間を稼ぐから。その隙に逃げなさい」
通過した岩とオーガを交互に見たケーラは、何か覚悟を決めたように言ってきた。
何を言っているのか最初は理解出来なかった。でも、直ぐにこの人は自分を犠牲にしてあたしだけを逃がそうとしているのだと理解した。
「嫌だ!!」
自分でも驚く位の大声が出た。それでも、あたしだけ生き残る何てそんなのダメだよ!
止めようとした、一緒に逃げようとした。けれど、ケーラはあたしを守る為に魔法を使った。
多分ケーラが使えるほぼ全ての魔力を使ったはず、その証拠にケーラはその場にしゃがみ込んでしまっている。
しかし、この世界は残酷だ。
「ははは……嘘でしょ……」
ケーラの口からそうもれてしまうのも納得する。目の前にオーガが立っているのだから……。
どうしよう、今のあたしに何が出来るのだろう。でも、いくら考えても何も思い浮かばなかった。
もうダメなのかな……ここで死んじゃうのかな……。
もう諦めかけたその時、草木を掻き分ける忙しない足音と懐かしい匂いが近付いて来るのを感じた。
ダッグの町に行く時に知り合った、あたしより歳上なのに小さい男の人。来てくれたと思うだけで涙が出てきた。
「助けて、イズモ!!」
「任せて!!」
その言葉が、その人の声が聞けただけで何故か安心してしまった。
★☆★☆★☆★☆
爆発音を聞いて飛び出した僕は……完全に迷っていた。
「ここどこ!?」
『完全に迷っちゃいましたね』
何を暢気に言ってるのさ! 神様なら何とかしてよ!
『出雲さん、勘違いしちゃいけませんよ。あたしは鍛冶の神様です。迷子をどうにか出来る力何てありませんよ』
この神様使えないよ!?
こうしている間にもケーラ達が危険にさらされてるかもしれないって言うのに!
『少しは落ち着いた方がいいですよ』
「もう~~~~!!」
ダメだ、気が焦ってイライラしてきた。
『落ち着く為にも一つ質問いいですか?』
「何さ」
こんな時に質問とか……手短にお願いしますよ!
『このまま無事に発見出来たとして、今の出雲さんで勝てるんですか?』
なんだって? オーガに勝てるかだって? そんなの、
一発で仕留めてやんよ!
何て言えれば格好いいのだろう。だけど現実問題そううまくはいかないと思っている。
それでもアレが、アレの刃が通ればまだ勝機はあるんじゃないかな?
『その顔を見ると何も考えて無かったようですね』
はい? いや、考えてい、
『いませんね?』
コイツ……無理矢理にでも自分の話しに流れを持っていく気だな?
『まったく~しょうがないですね~』
ニヤニヤと憎たらしく笑う磐筒の顔がはっきりと頭に浮かぶ。イライラも倍増だ。
『そんな出雲さんに朗報です。あたしの力を貸してあげてもいいですよ』
どうやって磐筒を叩こうかと考え始めた時、磐筒からそんな提案がされた。
『さぁどうします?』
何を言っているんだろう? 神様が力を貸してくれる? そんなの答えは決まっているじゃないか。
僕は頭の中で磐筒と向き合った。
森の中に二度目の爆発音が轟く。結構近い場所だ。僕は脇目も振れずに音がした場所へ向かって全速力で走る。磐筒のやつ、しっかりと案内出来るじゃないのさ!
少し走ると開けた場所にしゃがみこむケーラと傍らに佇むリズ。そして、その正面にオーガの姿が見てとれた。良かった、間に合った。
僕はオーガ目掛けて距離を詰めるべくさらに加速する。
二人の横を通りすぎる時、涙混じりの声が確かに聞こえた。
「嫌だよ……死にたくないよ……イズモ、助けて」
「助けて、イズモ!!」
そんな問い掛けに僕が答える言葉なんて決まっている。
「任せて!!」
僕はオーガに向かって全力で【焔】を振るった。
出雲:レベル20 職業:剣士 サブ:工匠
装備:布の服・鋼のハーフメイル・避雷と防風の籠手・脇差【風神(複製)】【雷神(複製)】・短槍【焔】
憑依:磐筒




