29話 夢の中で
磐筒はどこか恥ずかしそうにモジモジとしながら僕の方を見てくる。と言うか磐筒って確か男神の名前だったと思ったんだけど……違ったかな? それに妖精の女王と日本の神様が仲良しって……和洋折衷にも程があるでしょうに。
「そんな事言われてもね?」
「あたし達はここにまだニンゲン領が栄えている時からの付合いですし……」
さいですか。これはもう何を言っても無駄だろう。
「そうよ出雲。男の子はドーンと構えていればいいのよ」
どこか誇らしげなティターニアの声が聞こえてくる。本当に最初のあのティターニアは何処に行ってしまったのだろう。
「そんな事より、出雲さん。これからよろしくお願いしますね」
そんな事と申しましたか、この子は……ってこれからも?
「はい! あたし出雲さんの血に宿りましたから!」
磐筒はとても嬉しそうな笑顔を向けてくる。そんな笑顔を向けられると文句が言いづらいんだけどな……。
「あの……迷惑でしたか?」
いや、迷惑って訳じゃないけど……。
「あたしが宿ると凄いんですよ? 何と! 鍛冶師としての腕が上がるんです!! 出雲さんにはもってこいじゃないですか?」
いや、もう工匠としてのレベルをカンストしているんですけど……。
「どうですか? 嬉しくないですか? 文字通り神懸かるんですよ?」
磐筒はこれでもかと自分を推してくる。彼女の気持ちは正直嬉しい。嬉しいんだけれど……。
「何か疑問でもあるんですか?」
デメリットもあるんでしょう? 神様の力が全くのノーリスクで扱えるなんて思っていない。きっと何かあるに決まっている。
「疑り深いわね~パワーアップするならそれに越したことはないじゃない」
いや、そうは言いますけど……タダより安いものはないって言いますし……。
「大丈夫です、出雲さんにこれといってデメリットはありません。強いて言えば……常にあたしが傍に居るって事くらいですかね?」
常に……? それって僕のプライベートな時も一緒って事?
「そうなりますね、あたしと出雲さんは一心同体なんですよ。自分で言うと恥ずかしいですね。きゃっ」
「よかったじゃない出雲。こんなんだけど美少女とずっと一緒にいられるのよ。ラッキーね」
いやいや、ずっと一緒って超ハイリスクですよね!?
「え~と……」
「う~ん……」
どうやらこの二人にはわからないようだ。しっかし、こっちとしては文字通り死活問題だ。
ただでさえ僕の周りは女の子だらけだと言うのに……四六時中女の子に見られいるなんて……。
「あっ……そう言う事ですか……」
「何かわかったの? 磐筒?」
磐筒は合点がいった感じで顔を赤らめて下を向いてしまった。そんな様子を真横で見ているはずのティターニアは未だわかっていないようだ。
「ですから……ティターニアさん。これですよ、これ」
磐筒は顔を赤らめたまま右手を筒状にすると勢いよく上下に動かし始めた。丁寧に小指を立てたまま。
いや、見ているこっちが恥ずかしいですからやめて下さいよ。それに小学生の様な見た目の磐筒がやると罪悪感が倍増する。
「あ~なるほどね。出雲も男の子だもんね~」
「あの! あたしがお手伝いしましょうか?」
何を言っているんだ? この幼女は?
全員が寝静まった頃合いを見計らって一人起きた僕は幼女に手伝って貰いながら処理をする……。
うん。どう言い訳をしても捕まるね。
「あら? どうやらもう時間のようね。それじゃ出雲、頑張りなさいよ」
何を!?
「あたしの手が必要ならいつでも言ってくださいね!」
言わないよ! てかもう何なんだ!?
「あ、そうそう言い忘れたわ。出雲、次はサラマンダー領に行くのがいいと思うわ。ちょうどいい時期だしね」
え? 急に真面目な話しですか? てかいい時期って何!?
僕の渾身の叫び声は虚しくも二人には届かず、辺りに光が満ちてきた。
☆★☆★☆★☆★
目を開けると見慣れた天井が視界に入ってきた。この天井は……。
「知っている天井だ」
「当たり前でしょう、何を言ってるのよイズ姉ぇ」
そんなお約束を口にした瞬間僕の視界いっぱいに見慣れた顔が入ってきた。どうやら彼女が看病をしてくれたようだ。
「やぁ愛莉歌。おはよう……おはよう?」
自分で言っていていまいち自信がない。と言うか僕はどれだけ寝ていたのだろう。
「もう、しっかりしてよね。ユズ姉ぇを呼んでくるから、大人しくしててよ」
そう言うと愛莉歌は部屋を出て行った。いや、もっとこう感動的なモノがあってもいいんじゃなかろうか?
そんなバカな事を考えながらも今の状況を確認する。
寝かされているのは何時も寝起きをしているロッタの家だ。特に変わった様子はない。強いて言えば僕の布団だけ少し離れて敷かれている事だろうか。きっとこの出来たスペースに看病してくれる人が座っていたのだろう。
次に自分の体を確かめる為に起き上がろうとすると両手に激痛が走る。何事かと両手を見るとどちらの手もグルグルに包帯が巻かれていた。違和感はまだあり、左の頬に何かが張り付いている感じがする。
僕はそんなにも重傷だったのかな?
そんなことを考えていると廊下を慌ただしく走ってくる足音が聞こえてくる。
「師匠! 目が覚めたんですね!!」
「ロッタブ!」
ドアを開けると勢いよくロッタが飛びついてきた。何とか抱きとめようとしたが、生憎と僕の両手は今包帯によって封じられている。その結果、僕はいとも簡単に布団へと押し倒されてしまった。と言うかほぼボディープレスだ。
「訓練場で倒れた時は心臓が止まるかと思いましたよ!」
ロッタは僕を抱きしめながら思いの丈をぶつけてくる。本人はそのつもりなのだろうが、僕からしたらボディープレスを喰らったままホールドをされている気分だ。ついでに両手は負傷中の為タップは出来ません。こりゃ詰みましたな。
「柚葵さんの治療魔法を信じていない訳じゃないですけど、その後も目を覚まさないし……」
あ~そんなことがあったのですね。と言うよりもですね。そろそろどいてくれないと息が出来ずに弟子の胸の中で息絶えてしまいますよ……。
「ロッタちゃん。嬉しいのはわかるけど、そろそろ放さないとイズ君が死んじゃうわ」
柚姉の声と共に僕に圧し掛かっていた圧力がふっと無くなる。どうやら後から来た柚姉がロッタを引っ張ってくれたようだ。
「ありがとう柚姉、正直助かったよ」
柚姉にお礼を言うと彼女は笑顔を返してくれた。ロッタがここまで暴走したのは僕の事をそれほどまでに心配してくれたからだろう。正直にありがたいと思う。
その後、落ち着きを取り戻したロッタや柚姉、遅れて来た咲妃や愛莉歌があの後どうなったかを教えてくれた。
試合結果を聞いた瞬間に気を失った僕はどうやら魔力の枯渇が原因だったようだ。
ゲームの中だとMPが切れても行動をする事が出来るのだが、この世界ではそうはいかないようだ。確かに魔力を使い過ぎると疲労や眩暈などを感じた事があるが、まさかカラになると気絶してしまうとは……今後は気を付けよう。
頬に貼られたガーゼはゴリアテの一撃を避け損ねた時に斬られていた様で、結構ぱっくりと斬れているそうだ。両手の包帯はどうやら僕が使ったあの刀が原因だった。
風神を持っていた右手は数えきれない程の切り傷が、雷神を持っていた左手は手首から肩まで走るように火傷を負っていた。
「あの二振りはとても強い風属性を持っていたのね。その反動にイズ君の手は耐えられなかった……。ちゃんとした防具が出来るまであの刀は使用禁止よ」
優しい口調だったのだが、目は笑っていなかった。この時の柚姉には逆らったらダメだ。命が惜しいのなら素直に従っておく方が賢明だ。
一応ヒールをかけてくれたのだが、一発では治らなかった為にガーゼと包帯を付けたという事らしい。もう少しレベルが上がっていればと柚姉は言っていたが、ヒールが使えるだけ元の世界よりマシだと思う。
その後も色々と話しをしたが、布団から出る事は許してもらえなかった。もう大丈夫だと言ったのだが、全員からダメ出しを受けそのまま布団に横になった。
『出雲さんはモテモテですね』
やることもなく、ボーとステータス画面を覗いていたら夢の中で聞いた声が頭の中に響いた。
「磐筒!?」
『はい、磐筒ですよ』
「なんで……?」
『いやですよ~一心同体って言ったじゃないですか』
どうやらあの悪夢は正夢になったようだ。まさか起きてる時でもこの声が聞こえてくるなんて……。そうか、僕は疲れているんだ。そうに違いない。
『今の出雲さんは魔力不足ですけど、体の方は健康体ですよ』
いらないフォローをありがとう。しかし、これが本当なら早急になんとかしないといけないな……。
『なぜですか?』
「だって……」
喋り始めた僕を遮るように勢いよくドアが開けられた。
「ちょっとイズ姉ぇ? 誰と話してるの?」
部屋へと入ってきた愛莉歌は不思議そうに辺りを見回している。
(ほら、こういうことになるでしょ)
『なるほど……そう言えば人間は“見えないもの”に過剰反応しましたね』
僕はため息をつきながら目には見えない磐筒に話しかけた。しかし、彼女から帰ってきた言葉はどこか暢気なものだった。
「ちょっとイズ姉ぇ?」
「ああ、ごめん愛莉歌。で、どうした?」
いつの間にか目の前まで迫っていた愛莉歌に応える。というかここまで近付かなくてもいいんじゃないの? もう少しで鼻先がつきそうだよ?
「女の子の顔がここまで近付いているんだから、もう少し慌てなさいよ……」
せっかく応えてやったのになぜか愛莉歌はご機嫌斜めだ。
「そうは言うけどな、妹が近付いてきた位で慌てるわけ無いダロブッ!」
「うっさいわよ、バカ!! 一人で大声出してたから心配して来てやったのに……もう知らない!!」
愛莉歌は僕の鼻先へヘッドバットを決めると怒りながら部屋を出ていってしまった。まったくなんだって言うんだ?
『あ~あ、かわいそうに……出雲さんは意外と鈍感なんですね』
いや、元はと言えば……はぁもういいや。
僕は反論を試みようかと思ったが、やめておいた。またエキサイティングして愛莉歌のヘッドバットを喰らうのは嫌すぎる。
僕は打開策を考えつつ鼻血を止めるためのティッシュを探し始めた。と言うかこの世界にティッシュはあるのか?
★☆★☆★☆★☆
僕が目覚めてから三日ほど時間がたった。
その間に両手の包帯は取れ、中断していた皆の防具などの製作にも着手し始めた。練習も兼ねて僕の防具から作ったのだが、磐筒を宿した事による恩恵は凄く本人が言っていた通り神懸った結果となる。
恩恵を簡単に言ってしまえば武具製作の成功率とボーナス値の上昇だったのだが、何て言うか失敗する気がしないのだ。これも磐筒の恩恵だとするとやっぱり神様の名前は伊達じゃないのだろう。
驚いている僕の頭の中で勝ち誇ってさえいなければ素直に尊敬できたのに……。
また、ロッタの父親であるミランも無事退院してきた。
久しぶりの我が家が女の子の巣窟になっていたことに驚いていたが、柚姉やロッタから話しを聞いていくうちにどうやら納得をしたようだ。
これからは家族水入らずで暮らせる事だろう。良かった良かった……。良かったのだが、何故か心にチクリと痛みが走る。
僕はここ数日で起きた事を思い出しつつ、愛莉歌のフィストを仕上げていた。相変わらず磐筒の恩恵は呆れる程に力を発揮している。
『どうですか? 今日も絶好調ですよ?
「何か絶好調過ぎてゲームだったら完全にバランスブレイカーだよね」
出来上がったフィストを眺めつつ磐筒と会話をする。端から見れば独り言なんだろうけど。
「お邪魔してもよろしいですか?」
そんな時、ふと後ろから声をかけられた。この素敵なおじ様ヴォイスは……。
「ミランさん」
振り向くとそこにはここの家主であるミランが立っていた。病み上がりのためか線が細い印象を受ける。しかし、メガネの奥に光る眼光は鋭くたった今僕が作り上げたフィストを見つめていた。
「少し、よろしいですかな?」
物腰は柔らかいのにこの有無を言わせる迫力……。僕も職人として年期を重ねれば身に付くのだろうか?……無理だな。
「そのフィストは貴女が?」
「え、あ、はい。そうです」
「拝見してもよろしいですかな?」
急に声をかけられ吃りぎみになってしまったが、僕は手に持っていた真新しいフィストをミランに手渡すことが出来た。
「うむ……」
ミランは一度唸ったまま黙ってしまう。
なんだろう……何かミスったかな?
「あの……」
「素晴らしい……イズモさん、これからも娘をお願いします」
ミランは僕にフィストを手渡すと深々と頭を下げてきた。いきなりの急展開に僕の頭は完全に置いてきぼり状態だ。
「娘が師事をお願いしたと聞いたときは驚きましたが……なるほど、これ程の腕をお持ちとは」
「あ、いえ、それほどでは?」
「お父さん何やってるの!?」
ミランと話していると奥から物凄い勢いでロッタが飛び出してきた。ミランはロッタに向き直ると優しく声をかけ始めた。
「ロッタ、折角これ程までの腕を持った人が師匠になってくださったのだ。これからもしっかりと学んで来なさい」
ミランの影で見えないが、ロッタが息を呑む気配が伝わってきた。話しが見えないが、どうやらロッタも一緒に行けるようだ。
「不出来な娘ですがよろしくお願いします」
「お願いします!!」
ロッタと一緒に旅が出来る。その事実がわかった瞬間何故か僕は気持ちがすっと軽くなる気がしたのだけど、これは一体……?
まぁ何にせよ、僕達のパーティに新しいメンバーが増えた。これからの旅も楽しくなりそうだ。
出雲:レベル20 職業:剣士 サブ:工匠
装備:布の服・頬のガーゼモドキ・両手の包帯
憑依:磐筒




