26話 必勝の武器
三半規管が限界を迎えた翌日、僕とロッタは工房の炉の前に立っている。
「それでは、これより試合に使う武器を作りたいと思います!」
「師匠……本当に私が作るんですか? 今からでも遅くないですよ、師匠が作って下さいよ~」
ロッタは不安そうな目で僕を見てきた。ロッタが気おくれする気持ちもわかる。わかるけど、
「女の子を戦わせるなんて出来ないよ」
僕の気持ちは変わらない。怪我をするかもしれない危険な事に易々と女の子を送り出す事なんてできない。ましてや相手はゴリアテだ。下手をしたら怪我だけでは済まないかもしれない。
「というわけで、僕が出ます」
「何が『というわけで』なんですか!?」
どうやらロッタには心を読む能力は無かったようだ。まぁ普通はないか。
「そんな事は置いておいて、早速武器を作るよ~」
「師匠!? 人の話しを聞いてください!」
なにやら喚いているロッタを無視して炉に火を入れた。武器はロッタが作らなければいけないが、その素材迄は指定が無かったので僕が作る事にする。
作成するインゴットは前まで作っていた鉄製ではなく、ワンランク上の鋼鉄製にする。この時に材料となる鉄材の他に隠し味的な鉱石を投入する。
出来上がったインゴットを作業台へ並べていくと先程まで文句を言っていたロッタも興味が出てきたのか覗き込んでくる。
「師匠、これは……鋼鉄? にしては色が白いですよ?」
「いいところに気が付いたね。このインゴットは普通の鋼鉄製インゴットじゃーない」
僕は冷めたインゴットを片手に持つとロッタがよく見えるように目の前に持っていく。
「精製するときにある鉱石を入れると……」
ロッタの目の前であるスキルを使う。するとインゴットは赤い光に包まれた。
元々はゲームの知識で、発見したのはある鍛冶職のプレーヤーだ。今まで採掘に行っても捨てられていたゴミアイテムを何故かインゴット精製中に投下したところ、完成したインゴットに変化が起きた。その変化は普通の鍛冶師では意味がなく、寧ろ魔法技術や僕達工匠が喜ぶもので、
「インゴットに魔法を付与しやすくするんだ」
僕の手のひらには白から真紅へと変色した鋼鉄のインゴットが握られていた。
「ロッタに作ってもらう武器は“魔法武器”だよ」
優しくロッタに微笑みかけるが、当の本人は驚きで目を見開いたまま反応がない。少し驚かせ過ぎたかな?
☆★☆★☆★☆★
僕が魔法武器を思い付いたのはロッタと行った廃坑の時だ。
レベルの低いロッタが強い武器を作るためにはコレが最適だと思ったからだ。
「無理ですよ師匠! 私は普通の……いえ、普通以下の鍛冶師ですよ! 魔法武器なんて作れる訳ないですよ!」
「そうでもないんだなぁこれが」
普通の鍛冶師が魔法武器を作れない最大の理由が『素材を手に入れられない』という事なのだ。
インゴットならばいくらでも精製することは出来るが、鍛冶師は魔法を付与出来ない。魔法を付与するには魔法技師に頼むしかないのだが、その報酬がべらぼうに高い。
これはゲームの中の知識だが、ただのインゴットに魔法を付与してもらうのに最低でも数千Aかかる。ナイフやダガー等の短刀類なら数は少なくてすむが、それでも最低十個は欲しい。そうなると素材だけで最低数万Aが必要になる。ゲームならば簡単に集められる金額だろうが、現実ではそうもいかない。日本円にして約数百万と言う金額は日本でも異世界でも途方もない金額なのだ。
失敗するかもしれないものに最低数百万……そこまで豪気な鍛冶師はいないだろう。これが『普通の鍛冶師には作れない』と言われえる所以だ。
「でも、僕は魔法を付与出来るし、魔法武器の作り方も知っている……ロッタ、君は言ったよね?『工匠としての僕の技術を教えてくれ』って」
「それは……そうですけど……」
「作ってみたくない? 魔法武器」
僕はあえて下から見上げるようにロッタの目を見た。決して僕の方が小さいからと言うわけじゃない。あえてやったのだ。
「…………やります、私、師匠と同じものを作りたいです!!」
少しの間を置いてロッタは決意したように魔法武器の製作を宣言してくれた。さ~て、これから忙しくなるぞ。
まずはお手本として僕が作る事にする。この際に詠唱を省略せずしっかりと声を出してスキルを使う。僕自信詠唱を知らないので使う際に声を出さないとロッタに教えられないというのもある。
作ってもらう武器は全部で三つ。脇差しを二振りと槍を一本だ。どちらも日本の武器で、ロッタがいつも作っているモノとは異なるので詠唱を覚えるのも苦労していた。
お手本を作った後、僕はひたすら魔法を封じ込めたインゴット製作に時間を費やした。ある程度数を作ったらロッタを見て、また数が少なくなったらインゴットを作る。その繰り返しだ。
そんなことを四日繰り返し、決戦まで残すところ後二日になった日の昼。ついにロッタは魔法武器の製作に成功した。
「師匠~出来ました~」
まず手渡されたのは二振りの脇差しだった。片方の刀身は薄い緑色をしており広直刃と呼ばれる真っ直ぐな刃紋の刀だ。もう一方は薄い黄色の刀身で刃紋は濤乱刃になっている。
どちらも風の属性を宿しており贔屓目に見ても良くできた刀だと思う。
次に渡されたのは和槍の穂先で坑道に持っていった十文字槍と同じ作りになっていた。ただひとつ違うのは全体が薄紅色をしている所で、こちらは火の属性を宿したようだ。
どの武器も僕の期待以上の出来前になっている。
「ばっちりだよ! やったねロッタ。よく頑張ったね」
「へへ、師匠に褒め……られ……た」
緊張の糸が切れたのか、疲労がピークに達していたのか……はたまたその両方か。ロッタは満足そうな顔で前のめりに倒れてきた。
「ロッタ!?」
慌てて抱き留めると腕の中で静かな寝息が聞こえてくる。
「本当によく頑張ったね、偉い偉い。仕上げは僕がやるからゆっくりと休みな」
僕は出来るだけ優しくロッタを抱き上げるとそのまま寝室へと運んだ。ロッタの寝室に初めて入ったけど、シンプルな部屋だった。
「さてと……ちょっと頑張っちゃいますか?」
僕は誰もいなくなった工房でクラフトモードのメニューを見ながら一人呟いた。
☆★☆★☆★☆★
ついに試合当日の朝がやって来た。
武器が出来上がった翌日は丸々一日を仕上げに使い、昨日はゆっくりと体を休める事に徹した。これで少しはコンディションも回復しているだろう。
アルス・テルスのギルドと比べると多少狭い印象の訓練場は多くの観客でごった返していた。
「何でこんなお祭り騒ぎに?」
「何でもアンドリューさんが広めたみたいですよ、師匠。これもお金儲けのひとつだとか……」
あのおっさんめ……転んでもタダでは起きない奴だな。
商魂たくましいのはアンドリューだけでなく、多くの商人がここぞとばかりに売り子を出していた。
片手で簡単に食べられるものから冷やした飲み物まで色々なものが売られている。ここの町はこれほどまでにお祭りに餓えていたのだろうか?
「やっほ~イズモ、応援に来たよ~」
「頑張って」
お祭り騒ぎに呆けていると、後ろから声をかけられる。振り替えれば両手に食べ物やら飲み物を抱えたケーラとリズが立っていた。
「ケーラ、リズまで! ありがとう、頑張るよ。頑張るけどその両手のは?」
「これ? そこの売り子から買ったお肉の包み焼きと冷したハイネ、後は……」
次々と食べ物や飲み物を紹介してくれるので黙って聞いておいた。なんか聞いているだけでヨダレが出そうだ。
試合が終わってからも買えるのかな? 僕も食べたいんだけど。
「師匠、この人達は?」
売店リストを聞いてると今度はロッタが後ろから声をかけてきた。今日は後ろから声をかけらる日だ。
「えっと……小さい方がケーラで、ネコミミの方がリズだよ。二人とはこの町に来るときに一緒のクエストを受けたんだ。ケーラとリズ、こちらはこの前話した僕の弟子でロッタと言うんだ。今日の武器を作ったのも彼女だよ」
僕がお互いを紹介すると双方軽く頭を下げながら挨拶をし始めた。何となくだけど仲良くなれそうな雰囲気だ。
「それはそうと、美味しそうなお肉だね」
僕はリズが手にしている串焼きに目を奪われた。一口サイズに切られた肉にタレがかかっており、匂いだけでヨダレが出てくる。こういうがっつり系の肉料理に惹かれるってことは僕も男なんだと思う。
「これ? じゃあ……あ~ん」
リズは僕が見ていた串焼きを口の前まで持ってきてくれる。両手いっぱいに持っているのに一本だけ差し出すとか、結構器用なんですね。
「え? くれるの? 何か催促したみたいで悪いなぁ」
なんて言いながらも僕は先頭の肉を頬張ってしまった。今度何かお返しをしないといけないな。
口の中に広がる肉の旨味を堪能していると、僕がかぶりついた串をケーラとロッタの二人が凝視している。何かあったのだろうか?
「リズ、ウチも食べたくなったよ。一口ちょうだい」
「リズさん、不躾で申し訳ありませんが私にも一口下さい!」
二人はリズに詰め寄ると手にしている串焼きを互いに奪おうとし始める。
「そんなに欲しいなら買ってきなよ、僕がお金出すからさ」
困惑しているリズを助けようと声をかけるが、凶暴化した二人に物凄い勢いで睨まれてしまった。
「師匠! 私はこの串がいいんです!」
「いくらイズモの奢りでもこれだけは譲れないよ!!」
え~何が違うのだろう? この串だけタレが違うとか?
「あむ」
「「あーー!!」」
二人の注意が僕に向いた瞬間にリズは手にした串焼きを食べてしまった。って言うか元々リズが買ったものなのだから、何も問題ないんじゃない?
「リ~ズ~」
「酷いです、リズさん……」
何をそんなに悔しがるのか本気でわからない。
「オーク肉の串焼きならそこで売っているよ?」
リズは食べ終えた串を器用に使い売店の方を差す。この子本当に器用だな。
「あんたわかって言っているでしょ?」
「何の事?」
ケーラの鋭い視線もリズはのらりくらりとかわしていく。
しかし、今の僕はそんなことよりも重要な事がある。わなわなと震える手でロッタの肩を叩く。
「ねぇ今のお肉……オークなの?」
どうか違うと言って欲しい。そんな僕の願いはロッタの一言で脆くも崩れ去る。
「え? そうですよ。あのアルス・テルス襲撃以降大量に出回っていますから今一番安いお肉じゃないですかね?」
なんてこったい……確かに豚肉に似た味だなぁと思っていたのに……まさか本当に豚(魔物)の肉だったなんて……。
「この間のサンドイッチにも使いましたけど……って師匠どうしたんですか!?」
力なく地面に触れ伏す僕をロッタが優しく抱き起こしてくれる。ロッタの腕の中は温かく気持ちがいい……このまま眠ってしまいたい位だ。
「師匠、大丈夫ですか? 師匠!」
「どうやら僕はここまでのようだ……ロッタ、後は……任せ……た……」
「師匠!? 師匠ぉーー!!」
魔物の肉で大騒ぎをする師弟である。まぁ僕が悪いんだけどね?
「あ、イズモ。口の横にソース着いてるよ。ウチが取ってあげる」
ロッタと東◯不敗ごっこで戯れていると、ケーラがハンカチを片手に近付いてくる。さっきまで山ほどあった戦利品は何処にいったのだろう?
「動かないでね~」
ちゅ……。
それは布が触れた時に発する音ではなく、もっと水っぽくそして弾力がある音だった。
「あむ……れろ……れろ……ちゅぱ」
目の前で起こっている事態に脳ミソがついていかない。なぜ、僕はケーラに舐められているんのだろう?
「なっ!!」
「ケーラずるい!」
頭の上からロッタが、そしてケーラの後ろからリズの非難の声が上がる。それもそうだろう、ここはギルドの訓練場で周りには観衆の目があるのだ。こういうことはもっと人目につかないところで、
「って違う! ケーラさん、何してんの!?」
未だに口元を舐めようとしているケーラを思いっきり引き離す。慌ててしまったため声も少し大きくなってしまった。しかしケーラは気にする素振りも見せず、むしろ笑顔を見せている。
ケーラが僕から離れるとすかさずリズが駆け寄り何やら話し込んでいる。それにしてもいきなり美少女に顔を舐められるなんてね……クセになったらどうしよう……。
「師匠……」
「ひゃい! ごめんなさい!!」
不謹慎な事を考えていたら頭上から暗い声が降ってきた。見上げると目から光が無くなったロッタがこちらを覗き込んでいる。
「……師匠は……キスした事あるんですか?」
「ないよ!! てか何でそんなこと聞くっ!?」
僕の言葉は口ごとロッタの唇によって封じ込められてしまった。
って言うか僕のファーストキスなんですけど!? 何で僕はこんな大観衆の中でキスしてんの?
「んぅ……ん……師匠……私も初めてです」
うん、わかった。わかったから一旦落ち着こう。じゃないとこういう時に限って処刑人は直ぐ側に……。
「へぇ……イズ姉ぇってば試合前に随分と余裕じゃん」
「あらあらイズ君……ダメよ、こんな所でおいたしちゃ」
「い、出雲が望むなら私だって!」
一瞬僕は召喚術の才能でもあるのかと思ってしまった。まぁ召喚するのは『手助け』じゃなくて『僕を処刑』する魔物って事が悲しいけど。
よりによって一番最悪なタイミングで柚姉達が戻ってきた。てか今までどこに行っていたのだろうか。
「いや、これは何と言うか……アレだよ……ねぇ?」
何か浮気の現場を目撃されたオッサンみたいだ……僕……。
「エリカさん、ユズキさん、サキさん。私負けませんよ」
いやいや、何言ってるのロッタ!? え? どこで勝負してるの?
「……言うじゃない」
「私だって負けませんよ!」
「うふふ、でもイズ君のファーストキスはお姉ちゃんが貰っているんだけどね」
「「「「はぁ!?」」」」
はぁ? え? 柚姉は何を言っているの? え? だってこれが僕のファーストキスじゃ……。
混乱の極みに達した僕の頭ではこれ以上考えられない。
「とりあえず、イズ姉ぇは試合終わったらシバくから」
この瞬間、僕は勝っても負けても地獄行が決定した。てかこれから試合前だって言うのに何やっているんだろう……。
出雲:レベル17 職業:剣士 サブ:工匠
装備:布の服・革の胸当て・革のブーツ・脇差【???】×2・槍【???】




